木目1

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大道棋の歴史(12)  藤倉満 表紙に戻る
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以上あれこれと、大道棋の起源を探ってみたが、私の非力と勉強不足のせいで殆ど結論めいたものも出せず、お恥しい次第である。 拙稿が今後の本格的な大道棋史研究の足掛りにでもなってくれたら、私として幸これに過ぎるものは無いのであるが・・・。

最後に今は既に見ることも稀になった大道棋街頭実況の好文を御紹介して本稿を終らせて戴く。

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◆春の日に − 大道棋を探る 編集主幹
(詰将棋パラダイス昭和三十二年六月号)

寒い春と思っていたが、やはり時候の移り代りはゴマ化しがない。 ポカポカと暖く、家の中にはジッとしておられない陽気となった。

合オーバーも不用な位の陽春のある日、ブラリと家を出た。 町が何となく明るく、人の顔も浮いて見える一年中で一番よい季節。

東京で言えば浅草観音、大阪で言うたら法善寺、庶民的な遊び場で知られた名古屋の大須観音。 その観音サマを中心に映画館、芝居小屋、ストリップ劇場、青線、桃線、飲み屋、射的場が群がっている。 (桃線とは赤線と白線の中間という小生の新造語)

その歓楽地帯に足を向けた。 格別目的があるわけではないが、外出するのは月に一度か二度だし、大道棋屋でも出ていたらヒヤかそうかと言うわけである。

午後の二時ごろ。 繁華街の中心のS映画館の前に人だかり。 案の定 “大道棋” だった。

ズイと人を割って前に出る。 まだ始めたばかりらしく、次の問題を出していた。

A図

これは皆さん既におなじみの「歩詰回避」問題で、有名な古作物である。 古来よりのは9九香の外はもう一段ずつ上っており、玉の位置は7三にあるのが普通である。

「さあ、詰まんかね、本当に易しいものですよ。 詰んだらお金は要らないが、研究用だから賞品は光二つしか上げられない・・・
易しいから五分間しか出しておかない。 やる人がなければ、私が正解を教えます・・・」

シン(大道棋屋として客に応接する人、中心の心・・・)のオッサンは五十位で知らない顔。 前に立っているサングラスのサクラは四十才位だが、これも知らぬ顔。

一つからかってやろうかと思ったがジン(客)がシマッテイル(沢山集っている) 割には手を出すものがないので遠慮していると、シンのオッサン

「誰もありませんか。 それでは私が正解を教えましょう。
まず8三龍とゆきます。 8五玉と上る一手ですね。 ここで6三角と成っては7四桂と合駒を打ちます。 玉方は合駒ができます。 同馬、同歩、7七桂と打っても8六玉でアトが続きません。
それでは駄目で、8三龍、8五玉の時に7四龍と歩の頭に龍を捨てる手がウマイ手です。 8六玉なら7六龍でおしまいです。 同歩なら9四角成、8六玉、7六馬までです。
それで7四龍を同玉と取る。 7五歩打、今度は歩詰ではありません、8五玉、9四角成、8六玉、7六馬までで詰みます。 どうです。 分りましたですか。
さ、今度はもう一つウントやさしいサービス問題を出しましょう。」 と言ってサラサラと並べたのが次のB図。

B図

オッサンは並べながら
「さあさあ、こう言う問題です。 上へは出られない。 下へは下れない。 然も銀があります。 全くカンタンなものです。 さて、これは出来ましたら賞品として光三個をさし上げます。
もし失敗した場合は研究料として一回50円です。 ただそれもお預りするだけで、二回目にできればお返しします。 問題がカンタンだから十分間しか出しておきませんよ・・・」
と言ってチラリと腕時計を見た。

約五分、サングラスのサクラが手を出した。

まず50円を盤の上において、銀をつまみ上げた。

どんなマズイ手を指すかと興味を持って見ていると、まず8二銀と打ち込んだ。

「これは9二玉と下る一手ですね。 上へは出られない−」 と言って9二玉と下る。

次は9一銀成だ。

「ナル程、えーと、玉を上るか、下るか、あ、上れば詰みですね・・・」 と言って9一同玉と取る。

次は7一飛と成る。

「これは合駒の一手ですね・・・」

「あ、そうか、合駒ができるのだナ」 と言ってサクラは投げた。

「惜しかったですね、お客さん。 全く惜しい。 一つヒントを示しましょう。 これは皆さんこうなんですよ−」 と言って次の如き図にした。

参考図

「これはネー皆さん、この詰んだ局面から銀が一枚抜いてあるんです。 つまりB図では飛車を成らねばなりません。 B図からイキなり8二飛成では同玉と取られてダメです。 二手目か三手目に飛車を成るのです。 これだけヒントを出せば、もう詰むでしょう」

約束の10分はもうとうに過ぎた。

しばらくすると若い人が一人手を出した。

銀をつまんで8二銀!
(いけない、いけない、カモだ)
オッサン9二玉。
カモは7三銀ナラズ。

オッサン
「ハ、やられましたね。 正解です。 オヤオヤ、飛車を取ります・・・」
と言って銀で7二飛を取る。

カモ君は「あッ、そうか」と言って50円玉をポンと出す。

「やさしいんですがね、詰みませんかねー。 よろしい、それではもう少し易しくしましょう」 と言ってB図を少し作り直して、次のC図とした。

C図

「サア、8五金一つだけではタヨリないと思われる方の為に、もう一つ7六金をつけ加えました。 二手目か三手目に飛車が成ればおしまいです。 今の方も、今度できれば今の50円はお返しします。」とうまくすすめる。

三十才位の青年が、勢いよく手を出す。 まず百円札を出して、50円のツリを貰う。

「お金はアトで良いのですよ。 サア破って下さい。」とオッサン。

青年はサッと9四金(正解だ!)

私もこれは有望だぞと思う。 オッサン動揺も見せず
「これは取る一手ですね・・・」

次いで青年は8五金(いかん!)

「やられましたね、下れば銀打までですね。 オヤ? 同香と金を頂戴」

青年「アッ、そうか・・・」
とバラリ駒を投げ出す。 玉方8三香の利きを見落としたらしい。

その時、フト前を見ると、私の顔見知りのテキヤ。 サクラの一人だ。 その男が居ては、まさか私が手を出すわけにもゆかない。 私としてはタバコはどうでも、大道棋と言うものは詰むものであると言う見本を大衆に示そうと思ったのだが、 顔見知りの大道棋屋では具合が悪い。

目で知らせて人垣から外へ出て、二人で近くの喫茶店に入る。

「久し振りです。 お元気ですか」
「ありがとう。 どうだね、バイ(商売)になるかね。 今何人で打っているの?」
「三人なんですよ」
「日にどれ位・・・」
「千五百から二千ですね」

三人だから一人五、六百円の収入になるらしい。

「名古屋は良いよ、君達マジメだからね、50円というのは良心的な値段だよね。 モク(五目)の方はやらないのかね」
「モクとギショウ(将棋)と一日おきに打っているんですよ」
「タカマチ(縁日)にはゆかないのかね」
「タカマチにも行きます。 犬山に二三日前行きましたがダメでした。」
「今日などジンはかなりシマッていたようだが・・・」
「今日は良い方なんです。 大体夕方が良いんです」
「今出していた銀問題。 あれ坪井君(坪井定一五段)の作ったダイモン(問題)だが、よくあれを使うネ」
「あれが一番クイ付が良いんですよ。 カイ(正解)を入れる人が名古屋に二、三人あります」
「本当に良い問題だね。 しかし、たまには変った問題、例えば双玉など出したら−−」
「この辺では双玉はムリですね。 秘手五百番から全部出しているのです。 今日のも二つともそうですよ」
(註 B図は五百番の三二八番、C図は三三〇番です)
「そうかね。 今度その続編を作る」
「そうですか、出来ましたらゼヒ一冊お願いします」
「承知しました」

こうして、私の大道棋探検も幕となり、冷い生ビールを一杯引っかけて帰宅した。

B図、C図は解説を省略します。 どうしても分らぬ人は往復ハガキで編集部まで−−。 (了)

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