2日目(3月3日 日曜日)

中国本土〜澳門(マカオ)

2日目は朝から畚野・林組と田中・松原・上村組、そして高木単独に分かれて別行動の日。
朝食はみんなでホテルから歩いて5分位の所にある大衆飲茶のチェーン店「翠園酒家」(ジェイドガーデン、写真左が看板。新橋にも日本店があり土日の昼はワゴン式の飲茶が食べれます)へ行き、今では少なくなってしまったワゴンから点心を選べる伝統的飲茶に挑戦(最も伝統的な飲茶屋で有名な陸羽茶室Luk Yu Tea Houseでは、昔の駅弁売りみたいに大きな木の箱をひもで首から下げて回るらしい)。ここのジェイドガーデンは50mプールがそっくり入ってしまいそうな程大きな店です。
ここでもピラニア軍団の本領発揮。朝からとにかく食う食う。食って食って食いまくりました。人数が多いので競争意識が生まれるせいかどうかわかりませんが、すごい迫力でした。


ジェイドガーデンでは、団体さん到着とばかり、ワゴンを押したおばちゃんが我々のテーブルをワッと取り囲んできました。飲茶ではまずお茶を注文するのがお作法ですのでポーレイチャー(普揖=正しくは手辺に耳茶、紅茶と同じ発酵した中国茶)を注文。日本人と見るとすぐジャスミンチャー(緑茶に乾燥したジャスミンの花を混ぜたもので、北方のお茶なので香港人は飲まない。鳥龍茶=ウーロン茶は台湾・福建省のお茶)を持って来るので先手を打つ必要があります。
ワゴンには香港人の朝食の定番のお粥、大根もち(米の粉に大根、干しえび、中華ハムをまぜて厚さ1cm位の長方形に固めて蒸して軽く焼いたもの=もちと言う割にはもちもちしてなくて味がしない)、「腸粉」(チョンファン、米の粉を水に溶いて加熱してできる薄膜で、牛肉やチャーシューを巻いて醤油と油をかけて食べるもの=白くてぷよぷよしていて歯応えゼロ。別名ライス・クレープ)が乗っていたが、大根もちや腸粉は日本人の味覚には合わないので、おばちゃんに「唔要/ムイウ」(いらない)と言ってぷりぷり海老餃子を待ちました。
ぷりぷり海老餃子の乗ったワゴンが来たので、「蝦餃」(ハーカウ、エビ入り蒸し餃子)をばさーっとまとめてもらいました。蝦餃はいつ食べても透き通った皮とぷりぷりのエビが美味。この透き通った皮は小麦粉を水でさらして浮き上がった細かい粒子を集めた粉で作るそうです。いつ食べてもおいしくて安心します。
その他、「黒椒鴨掌」(ハクチーアップチャップ、中国独特の臭い調味料=豆 豆支=タウシー/日本の大徳寺納豆みたいなものや八角で味付けた鴨の足の煮物)や焼賣(シウマイ、しゅうまい)、「火鴨鮮荷飯」(ホーアップシンホーファン、はすの葉で包んだ鴨肉入り五目ちまき)、「叉焼包」(チャーシウパオ、チャーシューまん)等を食いまくり、最後に高木にデザートワゴンからマンゴープリンを集めてきてもらって食べましたが、ここのは果肉無しで少し粉っぽい味でした。私はマンゴープリンに関しては舌が「肥え肥え」なので半端なものでは満足できない体(舌)になってしまいました(ある意味で不幸だと自覚しています。最近すごくおいしい物を食べると喜びよりも内心「しまった!食べてしまった!」と思うようになってしまいました.......)。
我々はとても朝とは思えない勢いで食べ、最後に畚野先生が広東語で「唔該/ムゴイ!埋単/ マイタン!」(チェック プリーズ!)と叫んでお会計。一人2,000円位だったのですから安いものです(唔該は日本語の「どうも」と「すみません」を合わせたような意味で使う便利な言葉で、人混みをかきわける時も唔該、なにかしてもらっても唔該、人を呼ぶときも唔該と便利に使えます。ちなみに「ありがとう」は多謝/トーチェ)。

朝食を食べた後は、畚野・林組は朝からマカオでギャンブル三昧。田中・松原・上村組はシンセンへ。高木はおたくグッズ探しにでかけました。
高木と田中・松原・上村組は3時過ぎに香港島の灣仔(ワンチャイ)にあるグランドハイアットの2階のカフェで待ち合わせて、イギリス領のうちにアフタヌーンティーを楽しんでからマカオに行くことにしました。

田中・松原・上村組はいよいよ中国本土、シンセン(サムジェン)へ出発。
地下鉄で九龍塘(カオルーン・トン)駅まで行き、九広鉄道(97年5月からは北京-九龍間=30時間が開通し京九鉄道とも言われるようになった)で国境の駅、羅湖(ローウー)へ。九龍塘から羅湖までの運賃は27HK$/405円ですが、4分しか離れていない1つ手前の上水までは'7.3HK$/110円しかしません、どうもシンセンに気軽に買い出しに行けないように意図的に高くしているようなのです。
九龍塘から羅湖までは約30分で到着しますが、途中は新界(ニュー・テリトリー)と言われるエリアで海沿いの風景も楽しめます。羅湖到着直前には南国風の大きな葉っぱの木(バナナの木に似ている)の下に水牛までいました。
羅湖駅は大きな駅で、パスポートコントロールも空港並みの広さがあります。外人専用のカウンターをぬけて、ちょっと広めのどぶ川にかかった国境の橋を歩いて渡ると、人民解放軍の緑色の制服を着た兵士が2人立っていて、もうそこは中華人民共和国 広東省 深 土川(シンセン)市。私は2年振り2回目の訪問でした。


シンセン/サムチュン

入国管理局のビルの2階にある小さな「査証弁事処」(穴が開いて中のスポンジが見えているベージュ色のビニールレザーのソファがあった)でビザ(パスポート半ページ分のスタンプ、VISA FEE 85HK$、97年からは100HK$/1,500円)を発行してもらい、外に出ると人で一杯の出口の外側のもっとも人が通ると思われる中央部分がなぜか空いていて、空いたスペースの向こう側にいたパイプ椅子に座った役人らしきおやじが(銃を持っていて、ヘタなことをしたら撃たれそうな気がして妙に緊張した。by松原)、上村曰く「無表情な真顔」で、「不可為了悠能戦勝風渡禁止!!!」(←嘘中国語)とハンドマイクで怒りながら叫んでいて、どうやらここを通るなと言っているようなのです。上村の前を歩いていた人は排除されてしまったそうで、その異様な風景に上村が「なんですかここは!!」とすっかり驚いてしまいました。上村はその後「もう帰ろう」と繰り返し言ってました

駅を出てすぐの歩道橋(新宿駅西口の小田急ハルク前の大きな歩道橋並み)を歩いていると、私の足にいきなり乞食の子供(7〜8歳?)が抱きついて来て頭をぺこぺこしながら「マニーマニー」と言って離れなくなってしまいました。実はこのガキには94年の2月に来た時も抱きつかれたので(はっきり覚えている)、振り切ろうとしましたが上村や松原が笑いながら写真を撮り始めたので(撮った写真は田中さんにプレゼントしました、なかなかいい絵だったと思います。by松原)、渋々2HK$/30円をあげて追い払いました(子供をだしにして大人がやらせていることはわかっていた。とんでもない共産国だ)。
シンセンはたった2年間で大きく変わっていて。2年前にあった駅前の人民南路沿いの古い商店街が跡形もなく無くなっていて更地になっていました(食事中にお客がいきなり床につばを吐いて私が唖然とした食堂とか嘘ばっかりの骨董屋があって面白かったけど、中国としては見せたくないものなのかもしれません。つばを吐く人々は相変わらず多かったですが)。
川を渡っただけなのに、風景は香港とは随分違い、香港名物の横看板もありません。自転車用の広い測道がある通りがあって、雑然とした古い家を壊して大作りな高層ビルをどんどん建設(写真左は駅ビル)されていました。通りの名前も人民南路とか和平路とかしっかり中国してます。
この街は、どうも埃っぽく、なんとも言えないすえたような雰囲気で、松原はきょろきょろしていましたが上村が「もう帰ろう」と言うので駅から15分位歩いただけで早々にひきあげました。カメラををまえるのもはばかられるような危険な雰囲気なのだからしょうがないです。
シンセンには郊外(的士で30〜40分)に東武ワールドスクエアの中国版のような施設(錦繍中華景区)や中国の少数民族の文化を紹介する中国民族文化村がありますが、行く気も起き無いいつ行っても変な所でした。中国本土体験ツアーと割り切って考えないと行けません(クラクションが鳴り響き、貧乏くさくないのに女の子が街中を裸足で歩いていたし、しかもみんな真顔で誰も笑っていない、とにかく異様な喧噪だった。平気でひったくりが出てもおかしくないような気もした、だいじょうぶかよ ここは?という感じだった。by上村。見るべきものもなく、やることないって感じで、なんかつまらなかったです。by松原)

シンセンには1時間も滞在しませんでしたが早々に引き上げて、また国境の橋を歩いて渡って再び香港へ。
九広鉄道の終点の九龍駅まで行って、地下鉄で香港島の灣仔(ワンチャイ)まで行き、高木と待ち合わせをしているグランドハイアットホテル(君悦酒店)の2階のカフェに到着。

この間、高木は待ちに待ったおたくグッズ探しに専念。彼は何はさて置き旺角(モンコク)にある「信和中心」(シノセンター)に直行。ここはビデオCD、漫画、おもちゃ、アイドル歌手や映画スターの生写真・写真集・ポスター等々、おたくのコレクターズアイテム屋さんが5〜6階建てのビルにびっしり入ったまさに「おたくの殿堂」だそうです。彼はキューティーハニーその他のフィギュア(1体1,000〜2,000円のものを7体購入)や吹き出しのセリフが広東語になっている日本の漫画をデイパックに詰め込めるだけ買ったそうです。彼曰く「漫画は海賊版ではなくて正規版だったので面白味は無かったが、さすが日本のマニアの巡礼の地だけのことはあった」そうです。
ちなみに彼は今年の3月、経理部の竹井さんの妹さんからユナイテッドのアジアフリーチケットを5万円で買って、台北の「光華商場」というアジアのもう一つの巡礼の地にも行ったそうです、彼はそれなりに筋金入りです。

彼は漫画とは言いますが、アニメという言葉を使わないので不思議に思ってメールで聞くと、
「深い意味はないのですが漫画と言う場合その中にはアニメ系の物も含むイメージですね(このメールを受け取ってからそう言えばセーラームーンの中国語吹き替えのLDも買っていたことを思い出しました。ちなみにビデオは漫画専門店でNTSCフォーマットは有るか聞いたところ、無いと言われたので1つも買って無いっす。)
ただ、LDとかビデオのたぐいは1度見たらもう見ないのであまり印象に残らないんですよね。漫画なんかだと、何と無しにめくることも有るので記憶に残るのです。
#蛇足 香港に行ったときはエヴァンゲリオンのTV放送はクライマックス直前(壊れる直前とも言う)だったため、信和中心でもかなりディープな店にしかグッヅが無かったように記憶してます」
と返事をくれました。

我々が高木と待ち合わせをしたグランドハイアットは、実に豪華でロビーに入ると3階までの吹き抜けの空間にローマ風の黒っぽい大理石の柱が何本もドーんと立ち、床も総大理石でぴかぴかでなんともハイソな雰囲気。生演奏の弦楽四重奏とピアノの調べまで聞こえていました。
カフェ(ティンフィンラウンジ、ハイティーは15:00〜18:00)は吹き抜けの中2階にあって、天井が高いオープンスペースで、窓は床から天井まで4m位ありそうな大きなもので何十メートルも続いていて、窓越しにヴィクトリアハーバーが挑められます。ここでは早速アフタヌーンティーセットを注文(2,000円/人位)。中国風のシンプルな木製のケーキスタンド(3段重ね)にハムやキューカンバー(きゅうり)サンドイッチやいちご、スコーン(正しくはスコン)、ケーキが盛られていました。

なんとも日常生活からかけ離れた雰囲気と窓越しの日差しにぐったりとしていると、1階からカフェに上がる階段付近にゴージャスな雰囲気にまったくそぐわない高木が登場。高木はおどおどした態度で我々を探していて、我々を発見するまでほっとけない雰囲気だったので松原が迎えに行きました。彼もアフタヌーンティーセットを注文してばくばく食べていました(高木は生演奏の横の階段を駆け上がって、走って来ました。汗ダラダラで青いポロシャツは塩を吹き、みんなの食べるスピードに追いつこうとすごい勢いで食べ始め、あげく手づかみで食べていました。by松原)。
ここのアフタヌーンティーセットは2,000円位でしたが、主な高級ホテルのアフタヌーンティーセットの相場は140HK$/2,100円前後。最高級のPeninsula HongKongのザ・ロビーで食べても155HK$/2,325円(14:00〜18:00)です。

その後、セントラルまで行きショッピング。
松原の希望で初日にも行った9階建てのアウトレットショップが入ったペダー・ビルを見物。ここはブランドのネームタグをマジックで消したり、切れ目を入れて売っているような本格的なファクトリーアウトレットショップと品の良いイギリスの雑貨を売っていました。アウトレットは確かに安かったのですが品数が少なかったのが残念でした。

そして、店を数軒見た後はマカオ行きのフェリー乗り場がある上環(ションワン)に移動。


澳門/マカオ


香港の出国手続きをして、マカオ(澳門/オウムン。99年12月20日に返還)まではファーイースト・ジェットフォイル(遠東噴射船)で行きました(出国の際、田中さん、上村、松原、高木の順で出ましたが、後ろを振り返ると何故か高木が止められて何やら言われ、パニクっている姿が見えた、高木以外の3人は中国から香港に入る時に出国申請用紙を記入してパスポートにはさんでおいたので審査官にパスポートを出すだけでOKだったが、高木はその準備が無いのにマネをしてパスポートを出したのでひっかかったらしい。by上村)。
ジェットフォイルはボーイングのジェットエンジンを船尾の左右に2基つけた水中翼船で、桟橋を離れると最初は船特有の揺れが上下左右にありますが、沖に出ると「ウィーーーーン」と飛行機みたいな音がしてジェットエンジンが作動し始め、船体が持ち上がったような感じがして、ゴゴゴゴーーーーっという音と小刻みな揺れと共にマカオまでの約80kmを55分で突進します(海の中は水中翼部分だけになる)。
2階席のファーストクラス(週末・祝日は片道162HK$/2,450円、2等は149HK$/2,235円)に乗ると出発早々にワゴンでジュースが配られますが、ワゴンは1回だけ回ってくるだけなので遠慮しないで確実につかまえてもらっておかないとコーラやオレンジジュースは飲めません(後になってとりにいくと安物の紙パックのサトウキビジュースみたいなものしか残っていません)。

マカオが近づくと、海の色が茶色に変化します。マカオと香港は大きな川=珠江(真珠の川という意味)の河口の東西の先端に位置していますが、香港は大小様々な島が周りを囲んでいますが、マカオは珠江が運ぶ大陸の泥や砂を含んだ海に直接囲まれているので海の色が茶色いのです。
マカオは半島と2つの島で構成されていて、半島の面積は香港島(南北10〜11km、東西12〜13km)の1/3位だと思います。マカオの通貨はパカタ(Pt.)ですが、公衆電話以外は香港ドルが使えます(1HK$=1Pt.。香港ではパカタは使えません)。私は的士で香港ドルで払ったらパカタでおつりをもらったことがありますが、滞在時間が短い日帰りの旅行者はこんなことでもないとパカタを目にすることはありません。
大きなフェリーターミナル(写真左上はフェリーターミナルから見た風景、後ろに見える橋はマカオ=半島とタイパ島を結ぶ新マカオ・タイパ大橋)でマカオの入国手続きをして、フェリーターミナルから2km離れたカジノがある老舗ホテル、円筒形の外観が特徴的なリスボア(葡京酒店)までタクシーで行きました。このホテルの前で畚野・林組と待ち合わせをしていたのです(マカオ到着時「高木おぎじ事件」発生。松原・上村と高木の間に外国人=ベトナム系が座っていたが、その人は着いてもまだ眠っていた為、高木はその人を起こすまいとそーっとその人をまたごうとしたが、足があたってしまい起きてしまった。高木は申し訳ないと思ったのかその人に深々とおじぎをしていた=しかも無言で、おじぎという日本の習慣を理解できないその人は、きょとんとした表情をしていたのがとてもおかしかった。by松原)。
ぼけっとする間もなく意外な程すんなり待ち合わせに成功して、ここから先はギャンブル三昧。全員自由行動になりました(畚野さんはいつの間にかジョルダーノで買った服に変身していました。オレンジ色のポロシャツに黄色い蛍光色のブルゾンを着ていて「さくらやのPHS販売ヘルパー」みたいで妙に怪しかった。by松原)。(注)ジョルダーノについては次のページで詳しく説明しています。

私はリスボアのカジノ(娯楽場)は2回目でしたが、ベガスと違い雰囲気がまさに賭博場(マカオにはカジノが11箇所もあります。リスボアよりフェリーターミナルの近くのマンダリン・オリエンタル・ホテル/澳門文華東方酒店のカジノの方が雰囲気が良いそうです)。カジノではギャンブル好きの中国人が中国独特のゲーム「大小」(3つのサイコロの目を当てるだけのゲーム)で大騒ぎしていました。スロット用のコインもベガスはホテルオリジナルのジュースのLLサイズのカップに似た容器に入れますが、マカオは水色やピンク色のプラスティック製のざるに入れます。ホテルの外には店先のショーウインドーに時計や宝石を並べた質屋が軒を連ねていました(ずらっと並んだ金ピカのROLEXやダイヤの指輪を見て「身ぐるみはがされちゃった人も多いんだろうなあ」と感じたのを憶えています。by松原)。
マカオと香港の街並みは香港とあまり変わりませんが、マカオには香港の横看板(道にせり出した電飾付き看板)が無い点と所々にヨーロッパ風の建物が残っていている点が香港と違います。
マカオのシンボル的存在で17世紀にイエズス会の修道師が建てた聖ポール天主堂跡(今は正面の壁しか残っていない)やコロニア風の建物が立ち並ぶマカオの中心地セナド広場周辺は香港とは違う「植民地的雰囲気」が味わえます。
香港にはほかの都市では観光の定番の「歴史的建造物」がないので、建物が観光スポットになっていること自体香港とは大きく違います。物価も香港より安いので、ギャンブルに走らなければポルトガル料理や本場のカステラやポートワインも味わえます(上の写真はマカオと言えばこのセント・ポール天主堂跡ですが、火災で内部は崩壊し、実は単なる壁という現場写真)。

この日、午前中からマカオに行っていた畚野・林君の行動を後になってメールで聞いたところ、
「畚野さんに連れられて、高速船に乗りタクシーでマカオのカジノへ向かったのですが。その前に近くの貴金属の店(時計や宝飾品)を見ながらぐるぐるしてました。
それから、カジノへ行ったのですが、最初のうちは畚野さんがブラックジャックをやっているのを見ていて、それから大小へ移りました。
大小はたくさんの人がばらばらとボードの上にお金とかチップとかを置いていたので、最初のうちは自分のお金が誰かにとられたりするのではとちょっと不安になったのを覚えています。そのうち、はまっていきだんだんとかける金額があがっていきましたが最終的にはとんとんだったと思います」と答えてくれましたが、とんとんなら立派なものです、誇れます。

この日は皆さん夜行便で香港に帰ってきたようです(ジェットフォイルは24時間乗車可能ですが深夜2時3時になると運賃が20〜30HK$高くなり、かつ運行間隔が長くなるので帰りの便はあらかじめ要チェックです、畚野はフェリーターミナルに2時過ぎに着いたら次の便が4時だったのでカジノで時間をつぶさざるを得なくなったそうです)。
ちなみに、ギャンブルで勝った人はヘリでも帰れます、わざわざフェリーの上を飛んで追い抜いてくれるので優越感が味わえますよ(と言っても私は乗ったことはありません、所要時間は20分、片道1,310HK$/19,650円)。