はがき随筆           (日付は毎日新聞掲載日) 
     柴田初子                                 

2009

      秋ですね
          2010.10.18       我輩はカエルである。 名前はまだない。
                           暑い毎日なので、どこか涼しいところはないかと
                           探し当てたのが、このシュロ竹の葉の上である。
                           
                           ここの主は疲れがでたのか、
                           点滴を受けて病院から帰ってきた。
                           渋いベージュに淡いグリーンが斑に入っている私を見るなり
                           「あれ おしゃれなカエル」 と一言。  
                           
                           夜になると気になるとみえて主がやってきた。
                           昼間の私とは違って、
                           飛んでくる虫を捕まえようと手足を伸ばして構えていると。
                           「やあ頑張っているね」と励まされた。

                           もう秋ですね。
                           早く主が元気になりますように。 
                           私は祈った。 


      達磨の旅
          2010.8.24      車椅子生活となった父だが、
                         何事も自分でやろうとする前向きな姿勢は変わらない。
                         もう少し甘えたらいいのにと思うのだが、
                         「俺の最後の生き様をよくみてくれ」と
                         車椅子を自力で操って頑張っている。
                         
                          「何でそんなに頑張れるの」と問いかけると
                          「先の太平洋戦争時の出兵ではひどい目にあったよ
                          つらい時は、あの頃を思い浮かべるとすべてが楽に思えるよ」
                          とポツリ。 老いてなお、自分と戦っている父には頭が下がる。

                         そんな父は時世の句をしたためていた。
                          「七転び八起き、達磨の旅終わる」 虹二  



      スミマセン

          2010.7.14      雨の日 晴れの日が交互にやってくる。
                         この時期、私はとても憂うつになる。

                             ある日街角で、「傘の先が目に当たったどうしてくれる」
                             とクレームをつけられ、数万円を要求された。

                         どうも、すれ違いざまに「スイマセン」と謝ったのが
                         いけなかったらしい。

                            スミマセンという言葉の裏には、万事を無難にすり抜けようと
                            する妙薬が秘められていると思うのだが・・・

                         アメリカにいってはスミマセン、沖縄に行ってもスミマセン
                         という言葉には絶望するしかないという、塩野七生さんの
                         言葉を重くかみしめている。       


      裸婦と私
          2010.6.            新緑の夏木立に囲まれて、裸婦像がみえる。
                             あれ! こんなところにいつごろからあったのかな。
                             近寄ってみると、朝倉文夫作。
                             昭和46年別府市に寄贈されたと記されている。

                           じっと裸婦像を見上げる。上品で端正な顔立ちは
                           なんだか昔にかえったようで心安らぐ
                           いつから日本人の顔は変わったのだろうか。
                           見上げながら、私は裸婦と会話する。
                           
                             「はじめまして、少し風が出てきましたね」
                             なにも答えてくれないが、その前に立つと
                             なぜか私は素直になれる。
                             「また、お会いしましょう」心軽く市役所の裏庭を後にした。  


      三度目の涙
          2010.3.1        電話の向こうから、孫娘の大きな泣き声が聞こえる
                          わけを尋ねると、「受験した第一志望校に合格したのよ。
                          嬉しくて泣いているの」とママ。

                            そうだったのか。小6の身には大きなプレッシャーだった受験。
                            「よく頑張ったね」とほめてあげたい。
                            おばあちゃんは最高に幸せだよ。

                            昨年は父の入院、夫の発病とダブルパンチに二度泣いた。
                            厳しい風に立ち向かうスカーレット・オハラのような
                            心意気で過ごした一年だった。

                          今年はなにかいいことがありそうなそんな春がやってきた。
                          三度目の涙はうれしい涙だった。
       



       鍋奉行 
           2010.1.30           寒い、寒い、こんな日は鍋に限る
                               アンコウが手に入ったので、
                               白菜、太ネギ、水菜、生シイタケ、豆腐を取り合わせ、
                               お客様を待つ。
                                 
                          鍋奉行様がお着きになった。
                          主人と二人、箸をもって待つことしばし。
                          「まだ早い」 「今が食べごろ」 と口やかましいのに加え、
                          「下味をつけたほうがいいんだ」という
                          鍋奉行様の味付けには困ってしまったが、

                              鍋を見つめる3人の顔はニコニコ子供のよう。
                              昔話に花が咲く。鍋って体も心も温かくする。
                              風邪なんかとんでいけー 。