<おやすみ東京5>
三井と牧が、同じ下宿で暮らし始めて、初めての年末のこと。
クリスマスが近づいて、冬休みのことをそろそろ考え始める頃、三井に、実家から電話が入った。
「なんだよ、それ?」
三井が、受話器片手に慌てている。
「俺は、どうしたらいいんだよ?え?やだよ、んなとこいきたくねーよ」
横にいた牧は、どうしたという風に三井を見る。
「ちょ、ちょっとまって…。」
三井が、受話器に手で蓋して牧に向かう。
「どうしたんだ、三井?」
「い、いや、冬休みだけど、うちの連中、海外に出かけるから、誰もいねーって言うんだ」
「三井も、一緒に行かないのか?」
「何か、太平洋の島で、世界で最初の日の出見るんだって言ってるんだよ」
「キリバスのミレニアム島?」
「あぁ、そう、そんなとこ」
「行けばいいじゃないか」
「やだよ。何にもないって言うんだもん」
「じゃぁ、年末年始はどうするんだ?一人じゃないか」
「うん…。どうしよう…」
三井は、受話器を片手に途方に暮れている。
「貸してみろ」
牧は、三井から受話器を受け取り、三井の母に声をかけた。
「お電話変わりました。牧です。ご無沙汰いたしております。お話伺いました。差し支えなければ、三井君に年末年始を、うちですごして貰いましょうか?えぇ、うちは、別に大丈夫ですから。はい、では、よいお年をお迎えください。じゃ、三井君に代わりますので」
牧は、三井に受話器を戻した。
「もしもし?あ、うん。わかった。うん。じゃ…」
三井は、通話を終わって、受話器を下ろす。
「なぁ、牧、いいのかよ?正月なんかに邪魔しちまって」
「あぁ、うちも、三井の家と似たようなものだよ。年末年始は、両親と兄夫婦は温泉地の別荘にいってしまうんだ」
「牧はどうすんだよ?」
「俺は、合流したりしなかったりだよ。高校にいた時は、ほとんど一人で正月だったなぁ」
「へぇ…」
「さて、今年は、三井と一緒の正月だから楽しみだな」
そう言うと、受話器を取り上げて、実家に電話をかけた。
「あぁ、紳一です。今年の冬休みですが…」
三井と正月を過ごすことになったと、説明し始める。
「何なら、こちらで年越してもいいんですが。え?一緒に?あぁ、聞いてみます」
受話器を手でふさいで、三井に尋ねる。
「三井も一緒に温泉に行かないかといってるが?どうする?」
「え?いいのか?」
「あぁ、部屋は余っているから大丈夫だよ。そういえば、三井は温泉好きだったよな。一緒に行くか?」
「う、うん」
「選抜大会は、どうするんだ?湘北の後輩たちが出てるだろう」
「うん。緒戦くらいは応援に行くつもりしてるけど…」
「じゃぁ、それが終わってからになるな」
そう言うと、三井も一緒に行くことを告げて、予定を詰めてから、電話を切った。
「両親は、早めに向かうらしい。俺たちは、応援が終わってから合流になるな」
「うん。温泉か。何か楽しみだな。で、どこの温泉なんだ?」
「箱根だよ。別荘にも温泉を引いてるからいつでも入れるぞ。まぁ、近くに大きな旅館もあるから、そこの大浴場に行くというほうが、三井は好きだろう?」
「箱根かぁ。じゃぁ、正月には駅伝があるよな」
「あぁ、近くにルートがあるよ。子供の頃には、旗を振ってみていたような気がするな」
「へぇ。俺んちは、伊豆に爺さんの別宅があったんで、そっちに行ったりはしたけど、箱根で年越しは初めてだなぁ」
「じゃぁ、今年は一緒に見に行こう」
「うん!」
こうして、冬休みの予定が決まった。
選抜大会が行われる、都内の体育館に、三井と牧、土屋、河田が観戦にやってきた。
「なぁ、ミッチーのとこって、選抜に出るくらい強かったんやなぁ」
「あぁ、今年は、陵南が夏に全国制覇したけど、陵南は仙道とか優勝メンバーが、引退したんで新人ばかりになったしな」
「湘北は、主軸の流川と桜木が残っているからなぁ」
湘北は、3年が全て引退し、流川と桜木を中心とした新チームとなったが、攻撃の要が残ったことで、他の新編成のチームより優勢で、冬の選抜出場を勝ち取っていた。
「お前らの母校はどうなんだよ」
「あかんわ、うちは、この冬は出られへんかったみたいや」
「ウチは、出てるベ」
山王は河田の弟も出ているが、今日は、まだ対戦がなかったらしく、体育館には出てきていないとのことだ。
三井は、後輩たちを激励すべく、選手控え室に向かう。
ほかの3人も三井の後にぞろぞろとついてきた。
ノックもそこそこに、控え室を覗き込むと、桜木が、三井に気づいた。
「ミッチー!」
駆け寄る桜木の後ろから、流川もやってくる。
「よう!調子はどうだ?」
「はっはっはっ!天才に不調はないぞ!」
ばしばしと三井の肩を桜木がたたく。
「いてて、桜木力抜けよ」
「ふぬ?相変わらずミッチーは非力だな」
「やかましい!体力小僧のてめぇと一緒にするな」
そういって、桜木とぽんぽんと言い合いをしている三井を、横から、流川が抱き込んだ。
「センパイ。久しぶりっス…」
「フヌっ!ルカワ!ミッチーを離せ!」
桜木と流川が、三井を取り合いはじめたので、周りの湘北メンバーたちが慌てて、止めに入ろうとするが、体力勝負の二人に太刀打ちできそうなものもいず、おろおろとするばかりだ。
「こら!てめーら!離せよ!俺は、ぬいぐるみや抱き枕じゃねーんだからな!」
三井が、憤慨して二人の頭をはたいた。
「ふぬっ。ミッチー乱暴になったぞ」
さほどこたえた様子でもないが、一応、桜木も流川も三井を離した。
「やかましい。主将と副主将が試合前に何やってんだよ」
そういうと、三井は、二人を置いて、恩師のところにかけていった。
「安西先生!」
嬉しそうに話をする、三井を横目に桜木と流川は、面白くなさそうに頭を掻いた。
「なぁ、牧。ちょっと聞いてえぇ?」
「何だ?」
「湘北っていつもこんなん?」
「そうだな。この2年ほどはこんな感じだな」
「えらいフランクなとこやな」
「まぁ、よく言えばそうだな」
悪く言えば、無法規な湘北のメンバーは、ようやく、三井の後ろに付いてきた、3人を見る。
「じい。なんだ?丸ゴリもいるな?ふぬっ、もしかして、テキジョウシサツか?」
「やぁ、桜木。新チームでは主将なんだって。がんばってるな」
「おう、ノザルにゃまけねーぞ」
「ははは。お手柔らかに頼むよ。まぁ、今日は、神奈川代表だから、頑張ってくれよ」
「まかしとけって」
「そろそろ時間なんちゃうの?」
「あぁ、そうだな。客席に行くか。三井」
「お、おう」
離れがたそうな三井に声をかけて促し、一行は、控え室を辞すことにした。
部屋を出た一行に、桜木が声をかける。
「ミッチー!後で、勝利のお祝いに来いよ!」
「おう、勝ったらな」
「まかしとけって」
元気な桜木を残して、観客席に向かう。
「相変わらず桜木たちは元気だな」
「おう、あいつら、怖いもんなしだからな」
「ミッチーの後輩だけあるわ」
「なんだよそれ?」
観客席までそんな話題をかわしながら、やってきた一行は、全体を見渡せる二階席の真中あたりに陣取った。
4人並んで座って、試合開始を待っていると、後ろの席から、三井に腕が回されてきた。
「み・つ・い・さーん」
「どわっ?」
三井を抱きすくめているのは、来春から、三井たちの後輩になることが、内定した仙道だった。
「何や、仙道も見にきてたんか」
後ろから抱きこんだ三井に、ごろごろと懐いている仙道に、土屋が呆れたように声をかける。
「こらっ!仙道。何でもいいから、離せよっ!」
三井は、必死でもがいているが、あまり効果がない。
だんだんと、涙目になり始めたので、牧が、仙道の腕を離しにかかる。
「仙道、そのくらいにしておけ」
これ以上いくと、後が大変だと、目線で合図をして、仙道を下がらせる。
「一年の終わりに、三井さんに会いたくて…。ここならきっと、三井さんに会えると思ったんですよ。予感があたってよかったです」
「んだよ。この間も下宿に押しかけてきたじゃねーかよ」
「でも、冬休みになると、三井さん、実家に帰られるかもしれないし、確実に会える場所を考えたらここしかないって思ったんですよ」
「仙道は、相変わらず三井にべったりやねんなぁ」
「そうです。俺、三井さんと一緒にいたくて大学内定とったんですから。三井さん、卒業旅行ちゃんと考えてくださいね」
「お、おう…わかってるって…」
仙道が、進学について、多くの大学から誘いのある中、三井たちの通う大学に決めたのは、ただただ、三井と卒業旅行に行きたいという仙道の要望を、叶えるという条件を三井がのんだことにある。
ただし、恋人の牧が、二人きりの旅行を心配して、土屋たちと同行する計画を立てているのだが、まだそれは、仙道には告げられていない、極秘事項であった。
「どこに行こうかな。今、それが一番の楽しみなんですよ」
「ま、まぁ、まだ日があっから、ゆっくり考えようぜ」
「そうですね。3学期の自由登校になったら、パンフレット掻き集めて、三井さんのところに行きますからね」
「お、おう」
仙道のアタックに、三井がたじたじとなっているところで、会場では、試合が始まろうとしていた。
試合は、序盤で湘北がパワーで圧倒し始めると、一気に片がついてしまった。
大差の得点差で湘北があっさりと勝ちを収めたところで、一行は観客席を降りる。
今度は仙道も一緒だ。
勝利の祝辞を述べるために、選手控え室に再び向かった。
「よぉ、まずは一勝おめでとう」
三井が後輩たちに満面の笑みで祝辞を述べる。
「ミッチー!ふぬ?何でセンドーまでいるんだ?」
「やぁ、桜木。一勝おめでとう」
仙道が、三井に後ろから抱きつくようにしながら、桜木に祝辞を述べる。
「ミッチーにさわるな!」
三井を抱き込もうとした桜木をあっさりとかわす。
「ふぬ?ミッチーは、湘北のOBだぞ!」
「そうだけど、春からは、俺の先輩でもあるんだから、条件は一緒だろ」
桜木と仙道の言い争いが嵩じるうちに、横から流川が、三井を引き出して、今度は自分が抱きこんだ。
「る、るかわ?」
「ウス」
ぎゅっと抱き込んで、頬ずりせんばかりの流川に三井もたじたじとなる。
見かねた牧が、流川から、三井を取り戻し、一行の中に戻して、ガードしようとした。
「三井、そろそろ帰るか?」
「お、おう…」
「下宿に戻って、荷物をまとめないといけないだろう?」
「ん?ミッチーどこかに行くのか?」
「帰省ですか?」
桜木と仙道の問いかけに、三井はあっさりと答えてしまった。
「ん?正月を牧ん家で過ごすんだ」
「なに?」
いきなり紛糾しそうになった気配を察して、牧が、一行を促し部屋を辞し、そそくさと帰り道を急ぎ始めた。
「三井さん。何で正月まで牧さんと一緒なんです?」
後ろから、追いかけてきた仙道に、三井が説明をする。
「だって、正月一人になっちまうし…」
「それなら俺ん家でもよかったんでしょう?おもてなししますよ」
「だって、牧の別荘、温泉なんだもん…」
温泉好きの三井は、仙道の実家より温泉をとる。
「さぁ、三井。急がないと電車の時間に遅れるぞ」
「お、おう。じゃぁな、仙道」
三井は、はや、温泉モードの頭になって、あっさりと仙道と別れて、家路を急ぐ。
「何や、ほんまに温泉好きなんやな」
その様子を、見ていた土屋が面白そうに言う。
「うちも、有馬に別荘あるから、今度遊びに来たらええわ」
「ホントか?」
「うん。ほんま」
「ウチの近くにも温泉あるべ」
河田も、同じように誘う。
「え?マジ?」
「よかったな三井。宿泊費のかさまない温泉旅行があちこちできそうだな」
牧が、苦笑して、三井に話し掛ける。
「おう!何かラッキーだぜ」
新規に温泉を開拓できそうでほくほくしている三井は、見ていて、面白いくらい幸せそうなので、牧は、内心、温泉でこれから三井を釣る人間が増えそうで、三井のガードが困難になる予感がした。