牧と三井が同じ部屋に暮らして1年が過ぎた。
相変わらず、部屋には、3日に2日は土屋と河田が入り浸り、二人の邪魔をしているようだ。
今日も今日とて、リビングのソファに我が物顔で腰を落ち着けている土屋が、周りのメンバーに声をかけた。
今日は、部屋の主である、牧と三井のほかに、河田と、同期のバスケ部員の森本、清水、田村も上がりこんでいる。
練習のあと、近くの居酒屋で食事を済ませて、この部屋に傾れこんできたのだ。
「なぁ、あさっての新入生の勧誘合戦どないするのん?」
「どないするのんって…」
みんなは顔を見合わせている。
「去年、先輩達がクラブ紹介のときにやったパフォーマンスのことか?」
牧が代表して土屋に尋ねた。
「そうそう。去年の先輩方は、ユニフォーム着て歌、歌たやろ?」
土屋の答えに、全員が、去年の、先輩たちの勧誘パフォーマンスを思い出した。
彼らの大学は、オリエンテーションの最終日に、大ホールで文化系、体育会系、公認同好会が、順に勧誘のデモンストレーションを行うことになっている。
彼らの先輩達は、数名で歌を歌ったのだ。
あまり、上手とはいえない野太い歌声を、全員が思い出してしまった。
そして、彼らの学年は、結局推薦入学者と、付属高校出身者の今集まっている7人以外に入部希望者がなかったのだ。
「そういえばそうだったな」
「今年は俺ら二回がやらなあかんのやろ?」
「ユニフォーム着て歌うのか?」
三井が嫌そうに土屋にたずねた。
「そんなダサいことしたん、ウチの部だけやったやん」
「そうだな…。それじゃ、今年はどうするんだ?」
村田が、土屋に答えを促す。
「仮装してバスケ!」
「仮装?」
「どうすんだべ?」
土屋の言葉に全員が顔を見合わせた。
「どうせ、運動場にテーブル並べて、一回生を迎えるんやろ?それやったら目立ったもん勝ちやんか」
「で、その仮装したままで、舞台でバスケすんのか?」
「そうそう!」
「うーん…。しかしバスケはなぁ…。どんな服着るんだ?」
動きにくい服装で、バスケをすることで、怪我をしてはたまらないと、牧が土屋を見る。
「そんなん、三井にスリー打たせとけばええやんか。あと河田にダンクとか」
「つまりパフォーマンスだけか?」
「そうや。どうせ推薦組みはほっといたって入るんやから、その他の素人を勧誘するんが目的やろ?」
「まぁ、そうだな」
「俺らの回、一般入部はゼロだったからな」
「ま、あの勧誘ではいる物好きは、なかなかいねぇべ」
「そやから、衣装で目立って、印象を強うしてから、綺麗なシュートや豪快なダンクを見せるんや」
「さすがは悪知恵は、土屋の独壇場だよな」
三井が感心したように呟く。
土屋は、そんな独り言を吐いた三井を、チラッとみて、何もなかったように、牧を見る。
「そういうわけで、仮装はどうや?」
「そうだな、それなら…」
「んじゃ、どんな服を着るんだべ?」
河田が、興味深げに土屋を見た。
「コンセプトは、バスケしそうにない人々っていうのはどうや?」
「バスケしそうにない人々?」
「どんな仮装なんだ?」
「たとえば、花魁とか、そういう綺麗どころとかや」
「つまり女装ってこと?」
全員が顔を見合わせる。
「しかし、女装となると、なかなか…迫力あり過ぎないか?」
清水が、そう話した途端に、河田に逆海老固めを決められた。
「まぁ、ある程度は見た目も考えてやらなあかんと思うけどな」
清水の悲鳴を聞き流しながら、土屋はそう言うと、徐に、かばんの中からルーズリーフとペンを取り出した。
「なにすんだ?」
三井がふしぎそうに覗き込む前で、土屋は7本の線をひき、それぞれの線の下に、文字を書き始めた。
「花魁、女子高生、バニーガール、バーのママ、チャイナ娘、女王様、当たり…。なんだ、このあたりって言うのは?」
三井と同じく、土屋の手元を覗き込んでいた森本が、7番目の『当たり』を指して尋ねた。
「これは、一人だけ女装と違ごうて、普通の仮装や。カッコえぇ仮装させたるで」
「なんで?」
「女子マネ対策や。ウチの部、女子マネがおらへんやろ?ついでに募集しょうと思てな」
「女子マネ?」
「そういやいないな」
「先輩に聞いたらな、去年の勧誘のあれで、みんな辞めたらしいわ」
「そ、そうだったのか…。どうりで、3月の顔見せに行った時には、いたはずなのにこの1年見ないと思ったんだよな…。」
「まぁ、俺ら、一回生のときはさほど恩恵はこうむらねーけど、二回生とかだったら欲しいよな」
「一回生は、3、4回生の奴隷だったもんな。これから二回生になる俺たちにはいてくれるほうがありがたいよな」
「せやろ?そんで、勧誘しようっちゅうわけや」
「ところで、これはくじ引きするのか?」
「そうそう、ジブンら、名前を書いたらそれぞれ3本ずつ横に線引いてや」
土屋はそう言うと、彼の右にいた森本にペンと、下をくるくると折り曲げたあみだ籤を渡した。
順番に、一同は、名前を書いて横に線を引いていく。
最後に、土屋が、名前を書いて横に3本線を引いた。
「さぁ、ご開帳や」
籤の結果、花魁に森本、女子高生に田村、バニーガールに清水、バーのママに河田、チャイナ娘に土屋、女王様に三井、当たりが牧となった。
「バニーガールぅ?」
「げっ!女子高生って…」
「花魁かよぉ…」
「ママだぁ?」
「女王様ってなんだよぉ…」
土屋と当たりを引き当てた牧以外は、口々に不満を言う。
「ところで土屋。この衣装はどうするんだ?それに、ゴールポストも」
ブツブツ文句を言っている5人を尻目に、牧が、冷静に土屋に尋ねる。
「あぁ、俺が借りてきたるわ。ゴールポストは、学校の近くの知り合いの家にあったし、衣装は、去年の暮れにバイトした店で話しつけてきてあるんや」
「バイトって何してたんだ?」
「2丁目のショーパブのウエイター。あ、おれは、普通のウエイターで、女装はせんかってんけどな」
「そんな舞台の衣装かりてもいいのか?」
「うん、今のショーには使こてへんから貸してくれるらしいわ」
「そうなのか…」
「そやそや、牧、何着る?」
「え?普通じゃだめなのか?」
「だめに決まってんだろ!お前も仮装しろよな!」
横から、三井が口を出した。
「そや、牧、ジブン、確かアラブの民族衣装もっとったな」
「えっ?もしかして…」
「ガラベイヤ?」
「そうそう、あれ使いや」
「いや、それは…」
「みんな嫌な服着るんやから、ジブンも着いや」
「う、うー」
全員服が決まったところで、会合は終わった。
牧と三井を残して、他の5人は部屋を出て行こうとする。
「あ、そや、三井。女王様やけど、SMなんと、ベルばらとどっちがえぇ?」
「なんだよそれ…?」
「後、白雪姫のままははっちゅうのんもあるけど…」
「なんか変なのばっかじゃんか」
「一番ましなんは、ベルばらかなぁ」
「…ましなのでいいよ」
「よっしゃ、たのんどくわ」
「じゃ、おつかれー」
一同が帰っていくのを見送って、、牧が玄関の鍵をかける。
「やれやれだな」
リビングに戻り、客が飲み散らかしたテーブルを片付け始める。
三井は、ソファに凭れたまま、牧を見ている。
「?どうした、三井?」
「ズリィよ、牧…」
「?」
「お前だけ当たりじゃんか…」
「そうはいってもな、ガラベイヤの仮装だぞ?」
「でも、女装じゃねぇだろ?」
「うーん…。しかしな、女装で笑われるのと、普通の仮装で笑われるのとだと、心に来るものが違うぞ」
「?」
「女装は笑わせてあたりまえだろ?」
「ま、そうだけどよ」
「開き直れていいじゃないか…」
コップを流しで洗いながら、牧はこぼす。
「普通の仮装で、しかもただ民族衣装を着ただけで、笑われたら、立ち直れないぞ」
牧は、以前旅行先で着た、アラブの民族衣装の写真で、ネイティブアラビアンと、大笑いされたことがあったのだ。
「牧…」
「ま、笑いをとるためだから、諦めるがな」
「ご、ごめん。牧…」
そんなにあの写真を気にしていたとは、三井は知らなかったのだ。
逆に、とっても似合っていてかっこいいと思っていたりするくらいだったのだが…。
「いや、まぁ、そんなに気にしていないさ」
洗い物を終え、リビングに戻ってきた牧に、三井は抱きついた。
「なんだ?三井」
「ごめんな、牧…」
「…いいよ、もう。…三井、そんなにしおらしくしていると勘がくるうじゃないか」
「え?」
「可愛すぎて、歯止めがきかないぞ」
「…ばか」
そういうと、三井は照れたように抱きついた腕を離そうとしたが、牧は、それを許さず、三井を強引に振り向かせ、キスを仕掛けた。
はじめは強引さに抵抗していた三井が、それに応じるように力を抜くと、牧は、三井の体をソファに横たえ、三井のシャツのボタンを外しはじめた。
それに気がついて、三井が慌てて、牧の背中を叩いた。
牧は、三井をキスから解放してやる。
「ま、まき…」
「?どうした?」
「シャワー…」
「かまわんさ」
「で、でも…」
「このままでいい」
そう言うと、何か言いたそうな三井の口を、再びキスで塞ぎ、三井の身体を開いていった。