「三井さーん。今晩わー。お電話ありがとうございます。どんなご用でしょう?」
「仙道?」
三井は、今話題にしていた仙道が、目の前に立っていたので、驚いてしまった。
「電話するより、直接あって話したくなったので、来ちゃいました」
「来ちゃいました…って…お前、神奈川から飛んできたのか?」
「はい!ちょうど明日休日だし、三井さん家にお邪魔した後、実家に帰ろうかなって…」
これおみやげですと、アイスクリームと思われる袋を差し出した。
「お、おうサンキュな、ま、あがれよ」
仙道をリビングに通す。
「おじゃまします。あ、牧さん、今晩わ、お邪魔します」
「あ、あぁ」
牧は、仙道の行動力に半ば感心しながら、三井の様子を横目で見て、とりあえず夕食の片づけをさっさとすませた。
近況を話している三井と仙道に、冷えた麦茶を出してやる。
牧が、三井の傍らに座ると、仙道が、三井に向き直って尋ねる。
「で、お話って何です?」
「あ、いや、その…」
面と向かって話するのはなんだか照れくさくって、三井は言葉を濁し、牧の方を向いた。
牧は、その視線で、仕方ないと割り切って、話を進めることにした。
「いや、実は、仙道の進路について、なんだが…」
「進路?俺の?」
いきなりの話に、仙道が目を丸くする。
「その、だ、もし、もうどこか決まっているのなら、仕方ないんだが、まだ、特に決まっていないなら、うちの大学はどうだろうかと、声をかけたかったんだ」
「牧さんと三井さんの大学へ?」
「おう、そうなんだ、うちは、フォワードが少し薄くてな。仙道みたいなタイプの選手が欲しいんだ」
「へぇ。光栄だなぁ…」
「そのうちに、うちのスカウトが挨拶にいくと思うんだが、考えてみてくれないか」
「な、仙道、もし、決まってないなら、考えてみてくれよ」
三井が、熱心に声をかけるのに仙道が、にっこり笑った。
「いいですよ、俺も三井さんや牧さんと同じチームっていうのに惹かれるものもありますから」
「いいのか?」
三井がぱぁっとうれしそうな顔をする。
「ただし、一つお願いがあります」
「え?」
「もし、推薦が決まって、俺が、三井さんの後輩になることになったら、卒業旅行についてきて下さい」
「俺?」
「えぇ。俺、三井さんと旅行に行きたいです」
「そんなことでいいのか?」
三井が、承諾しようとしているので、牧は慌てて止めようと口を開きかけた。
「このくらいの条件出したっていいですよねぇ、牧さん」
ニッと笑って、牧を牽制する。
「いいよな、牧、その位で仙道がうちに来てくれるんだからさ?」
「…三井がそれでいいのなら、俺がとやかく言うことはないだろう」
「じゃぁ、決まりですね!俺、さっそく冬のツアーパンフ取り寄せますからね!」
商談成立と、仙道は、三井の手を取ってブンブンと上下に振る。
「なんだよ大げさだなぁ」
どこがいいでしょうねぇと、あれこれ候補をあげている仙道に、三井も、相づちを打ちながら笑っている。
牧だけが、内心煮え立っていたが、ここで何か言ったりしては、男が廃ると必死で耐えていた。
「じゃぁ、今日は、この辺でお暇しますね。また、三井さん、電話下さいよ。ストバスでもしましょうね」
そう言って、仙道は、帰っていった。
玄関まで仙道を送っていった三井が、機嫌良く戻ってきた。
「よかったな。仙道脈ありだぜ!来年こそうちが、学生リーグ制覇だな!…?牧?」
反応のない牧に、三井はまた、機嫌を損ねてるのかと、覗き込む。
「あ、あぁ…。戦力アップは、いいんだけどな…」
「なんだよ、まだ俺が信用できないか?」
むっとして三井が牧を睨む。
「いや、しかし、仙道の条件には参ったな…」
「大したこと無いじゃん。どうせどっかに旅行だろ?」
「そこが大問題だ!仙道と二人で旅行なんて、馬の目の前に人参ぶら下げてるようなもんじゃないか」
「まき…。」
「二人きりだなんて!…ん?ちょっとまてよ…」
牧は、いきなり考え込んだ。
「牧?どうしたんだ?」
いきなり、考え込んだかと思うと、牧は、急に顔を上げて、意地悪く笑い出した。
「そうだな。たしかに…」
一人納得して笑う牧に、三井は不審な目を向ける。
「どうしたんだよ牧?何かあったのか?」
「三井、さっきの仙道の条件思い出して見ろよ」
「え?」
「三井と卒業旅行に行きたいとは言ったが、三井と二人きりで行きたいとは言わなかったよな」
「あ、そ、そういえばそうだな…」
「それなら、いいだろう。俺や、土屋達も一緒について行ってやろう」
ご機嫌で牧は、頷いている。
「…牧…。お前、結構意地悪…」
三井は、ちょっと仙道に同情したが、考えて見れば、仙道と二人っきりで、もし何かあったとしたら、それこそ牧の嫉妬がとんでもないだろうから、これで良かったのかもしれないと、思ったりした。
『エジプトではさんざん苛められちまったもんな…』
あんな思いは、二度とごめんだと三井は思った。
それに、牧達もついてくるということは、それなりに、楽しい旅行になるなと、考えた。
「楽しみだなぁ。どこに行くつもりなんだろう?」
くすくすと笑う三井に、牧もつられて笑う。
「さて、どちらにしても、少し資金調達が必要かな」
計画的に単発のバイトを入れて、資金を溜めておかなければならないと、牧は思った。
「そうだな、俺もなんかバイト考えよう…」
「あの口調なら、三井はご招待じゃないのか?」
「そ、そんなの…。遠慮しちまって楽しくないじゃんか!旅行は自費だよ絶対!…ま、去年は、出世払いで借金しちまったけどさ…」
「国内なら、まぁ、何とか自費でいけるだろう」
「俺、今日から五百円貯金しようかな…」
「五百円貯金?」
「おう、とにかく、手元にある五百円玉を使わないで貯金するんだ」
「へぇ、そうだな、五百円玉って割と財布に集まってくるしな」
「だろ、結構これが貯まるっていうぜ」
「?誰がそれを実践してるんだ?」
「土屋」
「なるほど…」
「よーし、早速始めようっと!」
そう言うと、三井は、部屋に入っていった。
くすっと笑って牧が、リビングを片付けていると、三井が戻ってきた。
両手に缶のような物を持っている。
「牧、牧!これ、一個お前にやる!」
「なんだ?」
三井の手にしているのは、貯金箱だった。
五百円で一杯にしたら五十万円貯まる貯金箱と、一回り小さい三十万円貯まる貯金箱だ。
牧に五十万円の方を渡す。
「これで、今日から、お前もはじめろよ、な?」
自分の貯金箱を振ってからからと音をさせる。
早速貯金したらしい。
「なんだ、もしかして、競争するつもりなのか?」
「い、いや、そう言うんじゃないけどよ…。一人じゃ、途中で挫折しそうでさ…」
「…わかった。つきあうよ」
「そっか?よかった!じゃ、俺の、ここに置くからな!お前のも横に置いておけよな」
「はいはい」
サイドボードに、二人に貯金箱が並ぶ。
「よし、目標は…っと…」
「一杯になるまでかな?」
「オッケー」
「しかし、よく二つも持っていたな」
「土屋んトコでもらったんだ…あいつ、なんかプレゼントによく貯金箱もらうんだってさ…」
「…それはそれは、気の毒というかなんというか…」
「ま、意地になって貯めてやるとかいってるけどさ」
二人で顔を見合わせて笑う。
「でも、一杯になるといいな…」
「仙道との旅行までだとかなり辛いな…。ま、一旦、そこまで続けて、実績を見てその後も続けるか決めてもいいな」
「そうだな、無理は禁物だもんな」
「貯金貧乏は、ごめんだぞ」
「わかってるって」
牧の手が、三井の肩に掛かる。
三井が、牧の方を見る。
自然に、顔が近づいて、キスを交わす。
「…ん」
三井の手が、牧のシャツをキュッと掴む。
唇が離れて、三井が、牧にもたれかかる。
牧は、三井のこめかみにキスを送っていたが、一つ溜息ついて、身体をそっと離す。
「…?まき?」
「このくらいにしておかないと、もう、歯止めが利かないから…。さっきのこともあるから、三井に負担かけてしまうだろ?」
「…!」
三井が、カッと頬を染めた。
「やな奴…」
牧は、三井のその言葉に笑いながら、三井の額にキスをして、三井の背中をポンポンと叩く。
「風呂に入ってくるよ」
そう言うと、牧は、部屋に着替えを取りに行ってから、バスルームへと向かった。
『なんだよ、もう…。でも、ま、明日もバスケするんだから、無理は禁物だよな。』
「さてと、もう寝るか…」
欠伸が出てきたので、一つのびをして、三井は、部屋に戻った。
パジャマを出して、着替えはじめて、ふと、手を止める。
にやっと笑って、急いで着替えて、牧の部屋に向かった。
『今日は、牧、変だったから、いやがらせしてやろっと』
牧のベッドにごそごそと潜り込んで、すぐに寝息をたててしまう。
その夜、牧は、自分のベッドですよすよと眠る三井に驚き、同じベッドに入ったものの、先程のセリフの手前、手を出すわけにもいかず、眠れない夜を過ごしてしまった…らしい。
1998.6.25.