<おやすみ東京2>

 

牧と三井が同じ部屋に暮らして初めての秋がきた。

3月の終わりに、同期の土屋と河田にばれてしまった牧と三井の仲だったが、それ以上広がることもなく、平穏と言えば平穏な毎日を送っていた。

しかし、秘密を知った河田と土屋は、口止め料と称してほぼ週の半分を彼等の部屋で過ごしていた。

まぁ、いくら新婚風の牧と三井でも、そう毎日いちゃいちゃもするわけではないので、特に、二人の愛の生活について支障が出るわけではなかったが、三井の機嫌が目に見えて下降することもあり、牧は、そろそろ、二人に交渉すべきかどうか悩んではいた。

バスケ部の方は、4人ともレギュラーに選ばれており、毎日が張りのある生活だ。

学生リーグでは、かなりいい線をいっていたが、後一枚手札が足りない状態で、トップになることが出来ないでいた。

 

そんな、初秋の午後。

「なぁ、うちのチーム、何が足らんとおもう?」

リビングのカウチに寝転がって、昨シーズンのNBAファイナルのビデオを見ながら土屋がこぼした。

「フォワードの点取り屋だベ」

フローリングの床にどっかりと胡座をかいて、缶ビールを飲んでいる河田が答えた。

「そやなぁ。さすがに、俺と三井だけやったら、駒不足やんなぁ」

がばっと起きあがって、土屋が河田を見る。

「足らなかったら、補強すればいいんだベ」

「やっぱり、来年の新人をスカウトするのんが一番やなぁ」

「心当たりあるンか?」

「うーん…。うちの後輩は、フォワードが今一やったしなぁ…」

「ウチは、沢北がいたンだが、どうやらアイツ、アメリカにいくらしいベ」

「牧んトコは?」

我が物顔で、座っていた土屋が、河田と同じくフローリングに座っていたこの部屋の真の主のうちの一人牧に問いかけた。

牧は、眉を器用に右側だけ上げ、土屋を見た。

「そうだな…。うちは、3年のフォワードは少し弱かったかな…。シューティングガードの神が、ポイントゲッターだったし…」

「三井んトコは?」

今度は、カウチの横の椅子に、座ってじっとしているもう一人のこの部屋の住人、三井に声をかけた。

「うちは、ガードがほとんどだよフォワードもいるにはいるけど…」

「湘北は、2年のコンビが、点取りまくってたからな」

牧が、三井の後を受けて話す。

「ソレじゃ、みんな後輩はあてに出来ねぇっってコトか…」

河田が、肩を竦める。

「うーん…。こんな事やったらインターハイ見に行ってめぼしい奴探しといたらよかったなぁ…」

「監督やキャプテンがあたってるんじゃないのか?」

「うちのスカウト頼りないやんか…。俺等の時も、やばかったんとちゃうん?」

「確かに条件じゃ、他に負けてたベ」

「そうやったなぁ」

頷きあう河田と土屋を見て、三井が、不思議そうに言った。

「どうして、条件の悪いところに河田は来たんだ?」

「中途半端な強さのトコを自分の力で、強くするっつうロマンだベ」

「ウソつけや。お前上級生に山王出身のおらんトコ選ったんちゃうんか」

土屋が言ったことが、図星だったのか、河田は、鼻を鳴らして黙った。

「じゃぁ、土屋はどうしてうちに来たんだ?」

三井が、今度は、土屋に聞く。

「他んトコは、みんな郊外に学校があったんや。ここが一番立地よかってん」

「つまり、遊び歩くのに良かったからと?」

牧が、呆れたように尋ねた。

「まぁな。地方から来るとなぁ、そういうことも条件のうちやんか」

「牧と三井はナンでここに来たんダ?」

三井は、言葉に詰まってしまった。

今、彼等が、条件は、良くなかったと言っていたが、三井にとっては、唯一この大学が好条件で推薦を受けさせてくれたのだ。

三井の受験に関しては、牧が、この大学のオファーを受けた時に、どうしても一緒にプレイしたい選手がいて、彼の行くところに進学すると言ったことから来ていると思われるのだが、三井自身は知らないでいる。

「俺は、三井がここに行くと言ったからかな。一緒のチームでバスケしたかったから決めたんだ」

「牧…」

三井には初耳だった。

三井が、牧に進学先の話をしたときに、牧もそこを考えていると言ったのだ。

だから、牧にも、好条件でスカウトがあったのだと思っていた。

牧は、三井の頭をよぎった不審を感じ取ったようで、言葉で言い換えることにした。

「いくつか、条件が良く似ていて、同じような成績のところからのオファーがあったんだ。その内のどこに行くかを考えていて、三井が、偶然同じところを言ったから、それなら一緒のところでやってみようと思ったんだよ」

「なんだ、そっか」

安心したように、三井が、息をついた。

「ホンなら、三井は、ここが一番条件よかったん?」

「う、うん…。それに、下宿できるトコだったし…」

「何や、家出たかったんか?」

「あこがれるだろ、一人暮らしってさ…」

三井が、恥ずかしそうにうつむく。

「ソレが、結局、新婚さん家庭になったんやなぁ」

「なっ!」

真っ赤になって、三井が抗議しようとしたが、にっと土屋に笑われては、知られていることで後ろめたくて口ごもってしまう。

「しかしなぁ、ウチのスカウトでまともなフォワード入ってくるかなぁ…」

「誰か知ってる奴いねーンか?」

「フォワードねぇ」

「三井、心当たりあるん?」

土屋が、三井を問いつめる。

「え、い、いや、その…。仙道ってフォワードしてたよなって…」

「仙道?」

三井を除く3人が、異口同音に呟いた。

「三井その仙道って、陵南の仙道のことなンか?」

「今年、インハイで優勝した奴やんなぁ?三井、知っとんの?」

こくっと、頷く三井に、牧は頭を抱えたくなった。

仙道と言えば、三井が牧とつきあう前から、三井にちょっかいを出していて、牧の恋路の邪魔をしてきた男だ。

しかも、三井と牧がつきあいだしても、懲りずに三井に粉をかけまくっている、牧にとっては、許し難い男なのだ。

「よっしゃーっ!三井!そいつがええわ!知り合いのお前が頼んだら、入ってくれる気にもなるんちゃうか?」

「そうだベ!仙道で、ウチのフォワードも安泰だベ」

やたらと盛り上がって、仙道ゲットだゼ!と叫んでいる土屋と河田を横目に、牧は、溜息をついた。

確かに仙道ほどのプレイヤーが、このチームに加われば、一気にレベルアップになるだろう。

しかし、だ。

後輩をやたらとかわいがる三井に、あの、油断の隙もない仙道が付け入らないわけがない。

絶対邪魔されるに決まっている。

『とりあえず、三井さんが、牧さんを選んだのなら、今は、引きましょう。でもね、いつまでも、三井さんの心が一緒というわけはないでしょうから、その時は容赦しませんよ。三井さんを泣かすことがあったら、許しませんからね。まぁ、今後もチャンスが有れば積極的にアタックさせていただきますけどね』

三井が、牧を選んだとき、牧だけに聞こえるように新たに宣戦布告した、仙道の言葉を思い出す。

ふうと、大きく溜息ついた牧を、名を呼びながら、三井が不思議そうな顔で覗き込んでいた。

「まき?」

「三井?」

三井が、こんな側に寄って無防備に声をかけるのは、二人きりの時に限られているというのに、何故、アイツ等の目の前でと、思った途端、部屋に二人きりなのに気が付いた。

「アイツ等はどうしたんだ?」

「何か、監督に、仙道のこと言いに行くって出てった」

「ったく…。あのお調子者をスカウトなどと…」

牧が忌々しげに呟いたのを見て、三井は不思議そうに尋ねた。

「そんなに、仙道嫌ってんのか?」

面と向かって、三井に問われて、牧は言葉が詰まってしまう。

「仙道って、結構イイヤツだと思うんだけどなぁ…」

それは、お前だけにだと、言いたいのだが、たぶん信用しないだろうから、牧は、その件に関してあえてコメントは避けた。

「三井は、仙道が、来た方がいいのか?」

「え?おう!仙道なら、ウチのフォワードの力不足を十分にカバーできるだろ?それに、気心も知れてるし、国体で一緒に試合した時、すっごくやりやすかったしさ。いいことばかりじゃん?」

『いいことばかり?』

牧は切れそうになったが、ぐっと堪える。あの男の話題で喧嘩などしたら、それこそ奴の思いどおりだ。

コメントを避けて黙っていると、三井は、リビングに置いてある電話の子機をとった。

ボタンを押して、相手が出るのを待つ。

『短縮?誰にかけてるんだ?』

牧は、嫌な予感から眼を背けて、三井の動きを見る。

「あ、仙道?俺、三井。ちょっと話したいことあるんで、帰ってきたらTELくれよな。じゃぁ、また」

留守電らしく、三井が一方的にメッセージを入れて、通話を切った。

「三井。お前が仙道の交渉にあたるのか?」

「ん?多分そうだと思うけど…。牧も知ってるから、二人で説得するってのはどうかな?」

『とんでもない!やなこった!』

そういいたいのは山々なのだが、三井を一人で仙道の元に行かせて、何かあったらそれこそとんでもないことだったので、牧は言葉を詰まらせた。

「そ、そうだな…。三井がその方がいいならそうするよ」

ひきつった笑顔で牧は答える。

「OK!決まりだな」

満足そうににっこり微笑む三井を、牧は、複雑な心境で見ていた。

『何故そんなうれしそうな顔をして笑うんだ?仙道がそんなに良いのか…』

嫉妬以外の何ものでも無い感情に、どっぷり自己嫌悪に陥って、俯いてしまう。

「…まき?」

三井が、心配そうに牧を覗き込む。

「どうかしたのか?さっきからなんか元気がないぞ。牧?」

そう言いながら、三井は、胡座をかいている牧の膝の上に手をかけて、俯く牧を覗き込む。

その表情が、あまりに心配げで、牧は少し感動した。

『まだ、心配してくれるくらいの仲ではあるんだな…』

おもむろに三井の身体を抱きすくめ、彼の胸に顔を埋める。

「ど、どうしたんだ?牧?」

普段とあまりにも違う牧の態度に、三井は驚いてしまう。

無言で動かない牧に、三井は、フウと一息ついて、身体の力を抜く。

胸元にある、牧の頭をそっと抱きかかえ、そろそろと牧の硬めの髪を梳くように撫でる。

何のかんのと言いながら、二人は未だラブラブ状態だったようだ。

「まき…」

三井がそっと呼ぶ声に、牧はようやく顔を上げる。

二人の唇が幾度か触れ合って、深く重なる。

夕焼けがブラインドから差し込む部屋で、二人のシルエットが重なっていった。

 

 

「…っくしゅん!」

牧の腕の中でボウっとしていた三井が、くしゃみをした。

「冷えてきたか?」

牧が、手元に散らばっている衣類の中からシャツを、慌てて三井にかけてやる。

「うーっ…。シャワー浴びてくる…」

シャツを肩におざなりにかけたまま、気怠げに歩いて、三井がバスルームに消える。

一人残された牧は、大きくのびをして、三井を抱えていたことで凝り固まった筋肉をほぐす。

手早く身繕いを整えて、牧が剥がした三井の服をまとめていく。

三井が、意外に大人しく牧に身を任せたことに戸惑いつつ、二人の中は、それなりにうまくいっているんだということを実感して、ほっと一息つく。

とりこんでおいた洗濯物の中から、バスタオルと三井の着替えを出して、バスルームへと持っていく。

「三井、タオルと着替えここに置いておくぞ」

声をかけて、着替えを置き、リビングに戻る。

さっきまで、夕日が射し込んでいた窓の外は、いつの間にか夜の闇に変わっていた。

空腹を感じた牧は、時計を見て、納得する。

夕食の準備をしようと、キッチンに向かう。

冷蔵庫の中身をチェックして、手早くできる中華に決めた。

米を研いで、炊飯器をセットし、野菜を洗って切りはじめたところで、三井がバスルームから出てきた。

「あ、わりぃ、俺の番だったのに…」

「いや、今日は俺がつくるよ。簡単なもので悪いけど…」

本日の献立は、野菜と肉の炒めものとインスタントのワンタンと春巻きといったメニューだった。

米が炊けるのを待って、野菜と肉を火にかける。

熱々のおかずが出来て、食事開始だ。

「いただきます」

手を合わせて、食べはじめる。

「なぁ、牧?」

「ん?」

食事が終わって、一息ついたところで、三井が牧に呼びかけた。

「仙道と何かあったのか?」

「何かって?」

「いや…。さっき、なんかへんだったろ?」

「変?」

「仙道を勧誘するっていったら、なんかイヤそうにしてたから…」

「あぁ…」

「やっぱ、何かあったのか?」

不安げに、三井が牧を見る。

「いや、そう言うんじゃなくて…」

「なんなんだよ!」

湯飲みを置いて三井が、緊張してみている。

ある程度本当のことを言わねば、三井は納得しようとしないだろう。

一つ溜息をついて、牧は話し出した。

「何のことはない。ただ不安なだけさ」

「へ?」

きょとんとした三井の顔が、あまりに可愛らしくて、牧は、うっすらと微笑む。

「三井とつきあい始めた頃にな、仙道は、これからもチャンスが有れば三井にアタックするから覚悟しろと、宣戦布告していったのさ。そんな仙道が、後輩になれば毎日三井に危険が待ってるんじゃないかってな…」

「なんだよそれ?俺が仙道と何かあるとでも、思ってんのか?」

三井の柳眉がきっと逆立った。

「違うよ。三井の気持ちを疑うなんてことはないさ。でも、仙道は油断ならない奴だし、うまくごまかされてしてしまうんじゃないかとか思ったり…。もしそうなったら大変だとかね」

「そんなわけないだろ」

「いや、それだけじゃないな…。後輩を大切にする三井だから、きっとアイツにも優しくするんだろうなと思ったら、ちょっとね」

「なんだよ」

「ヤキモチ妬きそうになって、自己嫌悪しただけだ」

「は?」

「だからただのヤキモチ」

三井は、呆れた顔で牧を見た。

「牧…。お前なんか帝王らしくねーぞ。それ…」

「そう、だから、あんまり言いたくなかったんだよ」

仕方ないというふうに肩を竦めて、牧は三井を見た。

「馬鹿だなぁ、俺、そんなに頼りないか?仙道のことは気のいい後輩って感じなんだぜ、宮城や桜木や流川とあんまかわんねぇんだ…。お前とは全然違うんだけどな」

「三井…」

頬を染めて照れたように呟く三井に、牧は、感動を覚えた。

今日の三井は、出血大サービスだ。

こんな景気のいい話は、もしかしたら今限りかもと、牧は情けなくも思ってしまった。

「何だよ?そんな顔でみんなよ!」

うれしくて笑ってしまった牧を見て、三井は、真っ赤になって、ぷいっとそっぽを向いた。

「悪い、今日は、三井に感動してばかりだ。うれしいよ…三井」

そっぽを向いたまま、三井は、ばーかと呟いた。

そこに、ピンポーンと来客のベルが鳴った。

三井が、その場にいるのに照れてしまっていたので、珍しくさっと立って応答に出る。

「はい?」

ドアの向こうには、にっこり笑った仙道が立っていた。

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Revised: 2001/05/13 .