「居酒屋って、俺達一応未成年なんだけど…」

「何言うてんのん。このメンバー見て、誰が高校新卒にみるかいな」

にやにやと、土屋が笑う。

彼の目線は、牧と河田に注がれている。

「でも、三井は、ジュースにした方がいいベ」

「な、なんでだよ!」

「確かに、この中じゃ、三井がいちばん若く見られそうかな…」

「牧までそんな事言う!」

憤慨する三井を宥めながら、一行は、学校から近くにある居酒屋にと入っていった。

春先の別れのシーズンで、宴会の多い時期だが、まだ時間的に少し早いため、店内は閑散としている。

とりあえずビールと、軽く食べるものを注文する。

「ほんなら、4人の再会を祝しまして、乾杯といきましょか」

「あぁ、そうだな」

「かんぱーい」

ジョッキを心持ち掲げて、軽くふれあわせる。

4人の話題は、やはり、インターハイと、国体、そして、最後の選抜大会の話が中心となった。

あの時はやられたとか、この時は、惜しかったなとか、そう言う話題には事欠かない。

そして、全国の強豪選手のその後の進路について、情報交換がされ始める。

「しかし、まさかうちの大学に、お前達も来ていたとは、奇遇だな」

牧が、うれしそうに言う。

「3月のはじめに、牧や三井にも進路聞こうおもて、電話したんやけど、二人とも何か旅行中やって言われて知らせられへんかったんや」

「ほう?旅行いってたンか?どこに?」

「え?」

「何か、かなりいっとったんちゃう?なんせ、3日ほどしても一度かけたけど、まだ帰ってへんって言われたし」

「うっ」

ちょうどその時期は、牧と三井は、ナイル川の上にいた時期だと考えられる。

二人でいっていたというのが、少しはばかられて、二人は口ごもる。

「なんや、俺らには教えられへんの?」

土屋が絡んできたので、やむを得ず答えることにした。

「あぁ、その時は、三井と、海外に行っていた」

「ひゃーリッチやん!どこ?」

「エジプト」

「へぇーっ!遠い所にまぁ」

「よかったか?」

「あぁ、すごく良かったよ」

「せやけど、何で、三井となん?」

「え?」

「同じ県出身てゆうたかて、学校違うし、そんなに旅行いく程仲よかったん?」

「あ、あぁ、国体の強化合宿で、意気投合してな。それに、大学も、同じところに決まったし、ひとつ旅行にでも行こうって事になってな」

少し苦しい言い訳を、牧がしている。

三井は、冷や冷やもので牧と土屋のやり取りを聞いていた。

ここで二人が、つきあっていて、先週から、一緒に暮らし始めているなんて、なかなか言えない。

「そっかー、えぇなぁ、仲のえぇライバル校の選手がおって。俺なんか、豊玉の奴等と喋るけど、そこまで仲ようなれんかったなぁ」

河田も、フムフムと頷いている。

「ま、これから、お前達とも仲良くやっていきたいと思うんで、よろしくな」

牧が、話に、取り合えずピリオドを打ったので、三井は、そっと身体の力を抜いた。

そして、話題は、今後の部についてのことに移っていった。

今日戦った先輩達のチェックと、附属組3人について、あれこれと思うことを話し出す。

食事のオーダーと、酒の追加をしながら、みんなは、せっせと飲み、食べた。

そろそろお開きと言うところで、土屋が、ふと周囲に尋ねた。

「そうや、みんなの連絡先教えてや。これから、連絡網つくっといた方が、何かとええやろ?」

そういうと、まず自分の名前と住所、電話番号などを書いた紙を、コピーするから下にそれぞれ書き込んでくれと、残りの3人に回した。

土屋の住所は、大学の最寄り駅から一駅先の学生用の下宿らしい。

次に記入した河田は、かなり遠いところに部屋を借りたらしく、その地名までいくには線を2回乗り換えねばならないようだ。

牧も三井も、各々の電話は書き込めるが、住所については、同一の住所しか書けないから、どうしたもんだかと悩んでいたが、とうとう、諦めて、牧が代表して記入を始めた。

「あれ、牧と三井同居してんのん?」

「あぁ」

「本当のほんまに?」

「あぁ」

「ふーん、ほんまに仲良しさんやねんな」

「大学も一緒になったことだし、二人で折半すれば、ワンランク上の部屋が借りられるから、とりあえず住んでみようと言うことになってな」

「この地番って、この近くだナ?」

メモを見て、河田が呟いた。

「え?そうなん?それやったら、学校にめっちゃ近いやん!もう、この店で酔いつぶれても泊めてもらえるし、早練の時も、泊めてもろたら楽ちんやし、言うことなしやんか!」

もはや、決定事項というように土屋は叫ぶと、手元のビールを一気に飲み干した。

 

それからは、牧と三井の嫌な予感通りに、酒のピッチが上がり、いちばん酒に弱い三井を酔いつぶすまで酒宴は続いた。

「あーあ、三井弱いなぁ、しゃーない、送っていったるわ。な、河田」

「ンだ。牧一人じゃ、運べないベ」

「いや、タクシーが…!おい、待てよ!」

牧が断ろうとするのも聞かず、二人は、三井を担ぎ上げ、店を出ていこうとする。

「タクシーなんかもったいないだけや、こんなに近いのに、誰も乗せてくれるかいな!」

だから、早く案内しろと、牧をせかして、二人は、店を出ていった。

「あ、おい!お前ら、勘定どうすんだ!」

取り残された、牧は、おあいそを持った店員と眼があってしまった。

溜息をついて、あとで請求書突きつけてやるとぶつぶつ言いながら、精算を済ませて店を出る。

酔った三井を両方から抱えた河田と土屋を従えて、牧は、せっかく始まった二人の新居に、もはや安息はないかもしれないなと、暗い未来に密かに溜息をつきながら、家路を急ぐこととなった。

「へぇーっ。何や広いやん!」

「俺の部屋の3倍はあるゾ!」

三井を、リビングのソファに転がして、二人は、部屋を物珍しそうに観察する。

「2人で借りているから、割とお得なのさ」

本当は、牧の実家と関係のある不動産業者に頼んで格安にしてもらっているのだが、それは、内緒だ。

牧は、三井の寝ているソファに軽く腰を下ろし、三井の目を覚ましにかかる。

「三井、家についたぞ。風呂に入って、さっさと寝た方がいいが、どうする」

軽くゆすられて、三井が、ゆっくりと目を覚ました。

「ん…、まき…」

三井は、状況が把握できていないようで、目の前にあった牧の膝から、太股にかけてに抱きついて、うーんっとなつき始めた。

「み、三井、起きろ!」

牧は、二人きりなら、あまりの可愛らしさにそれこそ抱きしめて、キスの雨でも注いでやりたいところだが、如何せん他人の目が背中に注がれているのを十分理解していて、背中に冷や汗が流れる。

牧自身は、別に、この二人にばれたところで、痛くも痒くもないのだが、周りを気にする三井の方は、きっと恥ずかしさで固まって、人前にでられなくなってしまうだろうというのが、わかるだけに誤魔化し方をどうしようかとあれこれと考え始めていた。

「ふーん、三井って、結構甘えたさんなんやなぁ」

牧の横にいつの間にか立っていた土屋が、笑う。

牧は、心臓が止まりそうなほど驚いたが、ここで、ボロを出しては、三井の泣き顔をみなくてはいけないため、必死で堪えていた。

牧の様子を横目で見ながら、土屋は、牧の足になつく三井の喉元を、猫をあやすようにくすぐる。

「ん、んーっ、…まき、やだ…」

寝ぼけた三井は、くすぐったさに身を捩り、一層牧の足にしがみつくという凶悪なまでに可愛らしい仕草を見せてくれる。

いつもの抵抗は一体何なんだーっと牧は、心の中で叫びながらも、このままでは、状況は大変まずいため、やや強引に目を覚ましてもらうことにした。

「三井ったら、起きないと風邪引くぞ」

かなり強めにゆさぶって、なつかれている足を同時に勢い良く引いた。

「んーっ…」

ようやく、三井は、起きようという、意志が働いたらしく、のそのそと起き始める。

ソファに身体を預けたまま座り、目をこすって、眠たそうにしている姿も、牧にとっては大変おいしいシチュエイションなのだが、じっと我慢の牧には、もはや拷問となりつつあった。

「あ、眼ぇ醒めたん?三井、酒弱かってんなぁ」

土屋の声に、はじめて、三井が、ぴくっと反応した。

恐る恐る、声の方をみる。

にやにやと笑っている土屋と、ただ立っているだけで、周りに威嚇を与えるタイプの河田とが、目に入ったとき、三井は、何で、この二人がここにと答えを求めて、牧をみた。

「なんや、何で、俺らがここにいるかワカランって顔してんなぁ」

くすくす笑う土屋の後ろで牧は、そっと肩を竦めて、、立っている。

「酔いつぶれたお前ェを、家まで送ってやったんだベ」

河田の答えに土屋がすかさず突っ込む。

「そう言うわけで、送迎代出してな。代金は、俺らの飲み代分って事で頼むわ」

ちゃっかり、土屋が商談成立というように三井の手を強引に持ってシェイクハンドする。

「え?う、うそ!」

「ごっそーさン」

河田が、片手を上げて、部屋を出ていこうとする。

「ほな、今日は、俺ら帰るわな。今度は、泊めてなぁ。口止め代って事で、無料で頼むで」

土屋も、河田に続こうとする。

「ちょ、ちょっとなんだよ!口止め料ってっ!」

三井が、慌てて聞き返す。

「もちろん、牧と三井が、ラブラブなのをこの胸に納めておくって事やんか。何?他の人にも教えてもえぇのん?」

「ラブラブって…。牧!ばらしたのか?」

「三井…」

牧が三井を止めようとして、一瞬遅れたため、三井が、とうとう白状も同然の台詞を吐いてしまった。

「ほらほら、自分で白状したやんか。他の奴等に知られとうなかったら、わかってるやんなぁ。三井?」

「ここから、この部屋は、俺達の別荘だベ」

してやったりの二人は、満足げに頷いて、靴をはき始める。

三井は、酔いが一度に醒めたような顔で、固まって突っ立っている。

牧は、やられたといった表情で、溜息をついていた。

「ま、そんなにしつこく邪魔せぇへんからさ。たまに泊めてや、な?せっかくの新居やもんな。そろそろおじゃま虫は消えましょか?」

手をひらひら振りながら、また明日と言って、土屋が、河田のあとに続いて部屋を出ていった。

 

「ま、牧、どうしよう…」

三井は、おろおろと牧に歩み寄り、牧のシャツの裾をぎゅっと握った。

「三井…。ま、すっとぼけるだけさ」

牧が、そっと三井を抱き留め、優しく抱きしめた。

三井も、為すすべもなくて、牧の胸に、凭れてじっとしている。

「ま、考えてもしょうがないから、とりあえず、先に風呂に入ったらどうだ?」

三井を腕の中からそっと解放して、牧は、三井を風呂に誘う。

「…うん…」

「三井、心配しなくても、あの二人は、結局難癖を付けて、この部屋に泊まりにくる理由を見つけただろうし、奴等は、このおいしい秘密を、他人に教えずに自分たちで利用すると思うから、影響はないよ」

三井の額に軽くキスをして、浴室へと送り出す。

してやられたという感じはするが、牧は、事がばれた割に、ダメージが少なかったので、内心安心していた。

これから、新居に出入りするであろうお邪魔虫が、度を超した厚かましさを発揮しないことを祈りながら、牧も三井のあとに続いて浴室に向かった。

土屋の言う、『ラブラブな二人』に名実ともになって、いっそのこと、周りを圧倒してやってもいいかななどと思いながら、浴室のドアを開けた。

 

果たして二人に、その後ラブラブな夜が訪れたのかどうかは、神のみぞ知るということで…。

 

 

 

1998.3.28

 

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