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10. 5号室再び

「仙道、俺なんかやっちまったか?」

「え?な、なんですって?」

「お前、なんか怒ってるんだろ?」

「い、いえ、そんな!」

「じゃぁ、なんでそうやって俺を無視すんだ?」

「無視だなんて…」

「でも、食堂から、今まで、ほとんど口きかねぇじゃん」

「それは…」

「じゃぁさっきの、俺のまねして、俺をからかってるのか?」

「とんでもないです!」

「仙道!」

「違うんです!これは俺が解決しなきゃならないことなんです。三井さんには全然関係ないことで…」

「関係ないから無視すんのか?」

三井が、仙道の胸ぐらを掴んで言い寄る。

「三井さん…。お願いですから…。離れてください…」

胸元の三井の手を、そっと押しのけて、仙道は、すっと身をひいた。

「や、やっぱり俺のことなのか?そうなんだろ?何したんだよ!言ってくれよ!このままじゃ、俺…」

三井の眼が次第に潤んできて、ぽろぽろと、涙がこぼれ出した。

「三井さん…」

その眼が偶然合って、仙道が苦しげに三井を呼んだ。

仙道よりも一回り小柄な三井の両肩に、手を置き、がっしりと掴んで逃げられないようにする。

「仙道?」

何が始まるのか不安げに三井が問いかける。

「言わないでおけるなら、ずっと言わないでおこうって思ったんです…。きっと三井さん怒るだろうし…。」

「な、なんだよ?きいてみねぇとわかんねぇだろ?」

「怒らないでくださいね」

そう言うと仙道は、一旦眼を閉じて、深呼吸して話し出した。

「俺、まさかこんな事になるとは、思わなかったんです…。三井さんに避けられて、すごく寂しくて…。ずっと三井さんが、他のメンバーと楽しそうにしてるの見て、とても悲しかった。それでさっきとうとう切れちゃって、あんなに問いつめちゃったんです。その後、なんで俺、こんなに三井さんに執着すんだろうって、ふと思っちゃって…。考えたら考えるほど、なんか怖い答えになっちゃって…」

「なんだよ…?その怖い答えって…」

「俺、三井さんのこと好きになっちゃったんです…」

「はぁ?」

「好きって言っても、好き嫌いの好きじゃなくって、どうやらLOVEの方の好きみたいなんです…」

「仙道…?」

「今だって、三井さんを強引に押し倒して、キスだってしたいし、それ以上のこともしたいんです…。軽蔑しますよね…。もう、俺のこと…。」

「せんど…」

「荷物まとめます。牧さんに言って、部屋替えてもらいます。三井さんの邪魔はしないとか、偉そうなこと言って、俺自身が、三井さんの障害になるなんて思いませんでした…」

眼を伏せて、三井の肩に置いた手を離し、ベッドの上に置かれた着替えをスポーツバッグに押し込もうとした。

「ま、待てよ仙道!」

「三井さん?」

呼び止めたものの、三井は、どうしたらいいのかまるで解らずに、躊躇していた。

11.三井4

仙道の様子がおかしい。

さっき、話を解ってもらって、嬉しかったのに、今は、向こうから視線を逸らしてるなんて。

やっぱり愛想が尽きたんだろうか…。

(なんで?)

急に悲しくなって、眼が潤んじまった。

俺って、宮城とかにからかわれるんだ、涙腺弱いって…。

(なんで悲しいんだ。嫌われたかもしんないから?いや、さっきもそうだったよな。仙道に嫌われてるってことが、すっごく悲しかったんだ)

胸ぐらを掴んで問いつめたら、離してくれって言う…。

(そんなに俺のことイヤになった?)

だめだもう、涙とまんねぇ…。

仙道と眼があったら、すごくくるしそうな顔してた。

俺の肩掴んで、仙道が話し出した。

内容は、仰天ものだった。

(俺のこと好き?キスとかそれ以上のことをしたいって?俺に?)

自分はどう考えても、見た目は全然可愛らしくない男なのに…。

目を見たら本気そうだった。

(冗談じゃねぇのか…)

なら自分は、どうなんだろう。

仙道の気持ち受けとれるんだろうか…。

仙道が、荷物まとめて部屋を変わるって言う。

(なんか、いやだ)

そう思って、とっさに引き留めちまった。

(なんで、いやなんだ?仙道といたいのか?)

もしかして、自分も仙道のこと…。

(そうかもしんねぇ…)

今言わなきゃ、後悔するよな。

俺っていつも、ホントに大事なことに気が付くのが遅いんだ。

(よし!)

12.仙道4

言ってしまった…。

胸の中にしまっておこうって決めたのに。

せめて、嫌われないように、時々笑いかけてくれるなら、それで良いって思って、黙ってようって思ったのに…。

三井さんの涙見て、もうだめだった…。

(軽蔑されるよな…)

もうきっと笑いかけてもらえない…。

嫌われたまま、3日間同じ部屋で過ごすのは耐えられない。

(部屋替えてもらおう…)

逃げるようだけど…。

(済みません、三井さん。全然協力できなくて…)

荷物まとめようとしてる俺を、三井さんが呼び止めた。

(三井さん?)

13. それが答えだ

「仙道、あのな…」

三井は、自分の言葉を探しながら、ゆっくりと話し出した。

「俺、お前に嫌われたくねぇって、今日一日思い続けてたんだ…。さっき、お前が口きいてくんなくて、嫌われたって思って悲しかった。涙腺弱いから、みっともねぇとこ見せちまったし…。」

「三井さん?」

「お前が出ていくって言ったとき、すっげーいやだって思った。で、なんでいやだって思ったのか考えたんだ。」

「…?」

「お前、俺のこと好きだって言ってくれたよな?俺もきっとそうだと思う…」

「え?」

問い返した仙道の視線に曝されて、三井の顔が一気に赤くなった。

「だ、だから!俺も、お前のこと好きなんだったことだよっ!」

「三井さん…」

仙道は、信じられないような顔をして、三井を惚けたように見ていた。

「だ、か、ら!そんな顔してこっちみんなよっ!」

三井が真っ赤な顔をして、仙道に抗議した。

「す、すみません…。三井さんが、俺のこと好きになってくれたなんて…。なんか、びっくりして…。信じられない…くらいです」

「そうだよな。まさか、俺だって、今朝までこんな事になるなんて思っても見なかったもんな…」

「三井さん…」

「ん?」

呼びかけるなり、仙道は、三井を抱きしめた。

「ちょっ!仙道!」

「嬉しいです。本気で諦めなきゃって思ったから。三井さんに受け止めてもらえて…」

仙道は、抱きしめた三井の肩口に顔を伏せて動かない。躰が、小刻みにふるえている。

「俺、あんまり人を好きになったことなくって、ようやく、好きになれる人ができたと思ったら、三井さんで…。そんなこと言ったら、きっと嫌われるから、口に出さずに三井さんの事そっと見てるだけにしようって…。諦めようって思ってたんです…。だから…。」

仙道が伏せていた顔を、あげた。

眼の周りが少し赤くなっている。

「三井さん…好きです。二度と三井さんのこと悲しませたりしません。だから…俺とつきあってください」

「…仙道…。言っただろ。俺もお前のこと好きだって」

三井が微笑むのを見て、仙道は抱きしめた腕を緩めて、三井の顔を両手で包んだ。

そっと、三井の目元にキスを送る。

涙の後が、塩辛かった。

「すみません。悲しい思いさせちゃって…」

「もう、突き放したり、無視したりしねーなら許してやる」

そうされることが照れくさいのか、三井の目元が、再び赤く染まる。

「三井さん…良いですか?」

「え?…っ!」

何をと聞く前に、口づけをされた。

1、2度軽く触れるだけのキス。

そして、今度は、深く口づけられる。

「ん…っ!」

三井は焦っていた。

いきなりキスされるとは思っていなかったのだ。

仙道の胸板を、ギブアップするときのように、2、3度叩く。

サインに気付いた仙道が、唇を放す。

「三井さん?」

「ちょ、ちょっと待てっ!」

「?」

「そ、その…。俺、お前のこと好きだけど…。キスとか、それ以上のことは、まだ心の準備ができてねぇみてぇで…その…」

「…つまり、普通の恋人のように、ゆっくりステップを踏んでいきたいと?」

「そ、そう!そうなんだ。やっぱり、何事も手順を踏んでから…」

「…わかりました。三井さんが、いわれるんなら、そのようにします。じゃぁ、今はどのくらいなら、許してもらえるんでしょう?」

「え?」

「まさか、手も握っちゃだめだとか?」

「いや、そう言う訳じゃ…」

「じゃ、このくらいは許してもらえますか?」

そう言うと、仙道は三井を抱きしめ、額や目元に軽いキスをした。

「だめ?」

「あ、いや…別にこのくらいなら…」

「さっきみたいなキスはだめなんですね…」

「さっきって?」

「唇にフレンチキス」

「え?うそ、さっきのってフレンチだったのか?」

「最初はね」

「…」

「あれはだめですか?」

「あれは、できたら、まだ勘弁して欲しいな…」

「できたら?…ってことは、我慢できなけりゃいいって解釈して良いんですね?」

「え?あ!そ、それは勘弁!今の撤回するっ!」

「ずいぶんいやがってますね」

「そりゃ、俺、今朝まで男を好きになるなんて思ってなかったんだもん」

「それは俺も同じですよ」

「でも、お前は、俺にあれこれしたいって思うんだろ」

「基本的に、相手が、男女どちらであろうと、俺の方はそんなに変わりませんから…」

「え?」

三井の問いかけに、仙道は、まずいことを言ったと気が付いた。

「い、いや、なんでも…」

「なんだよ、言いかけてやめんなよ」

「しかし…」

「仙道!」

諦めて、仙道が、おそるおそる話し出す。

「…ふぅ…。つまりですね、俺は、まぁ、抱かせてもらう方だから、そんなに…」

「ちょっと待てよ、じゃぁ俺は?」

「え?三井さんは抱かせてくれる方ですよ」

「そ、それって、俺が女の代わりって事?」

「代わりなんかじゃありませんよ。俺は三井さんだから、欲しいと思うんです」

「ちょ、ちょっと待って…。俺って、男だぞ?」

「そんなこと、わかってますよ」

今更何を言うのかと、仙道は三井を見て、ふと疑問に突き当たった…。

「三井さん…。もしかして男同士のってどうするか知らないとか…」

「うっ…。わ、悪かったな!」

三井が真っ赤になっているのを見て、仙道は、こりゃだめだと溜息をついた。

「そうですか…。」

「仙道?」

不安そうに三井が仙道を見る。

「大丈夫ですよ。俺が知ってますから。ゆっくり一つづつ覚えていけばいいんです」

そこまで自制心が持つかどうかは怪しいとは思いながら、せっかく手に入れかけている三井を、焦って失いたくはない。

まぁ、真っ白なら、自分好みになってもらえるもんなと、仙道は心の中でほくそ笑んでいた。

「一つづつ?」

「そう、一つづつ」

「仙道?」

「はい?」

「なんか、お前隠してないか?」

「何をです?」

「いや、なんかわかんねぇけど、なんか企んでねぇ?」

不審げに三井がこちらを見るので、背中に冷や汗が流れそうになった。

「まさか!なんにも企んでませんよ」

「そうか?それならいいんだけどよ」

三井の、不審をごまかすため、仙道は、三井を抱きしめた。

「三井さん…」

「ん?」

「幸せになりましょうね」

「なんだよ急に?」

「なんとなく…。三井さんを見ていて、思っちゃったんです」

「へんなやつ。やっぱり噂ってホントだったんだ」

「噂って?」

「お前が変わり者だって事」

「なんです、その噂。ひどいなぁ…。俺だってちゃんと考えて行動してますよ」

「でも、なんか…」

「三井さんまで、そんなこと言うんですか?」

「いや、俺ってまだ、お前のことよくしんねぇから…」

「そうですね…お互いまだよく知らないんですよね」

「今朝、初めてまともに口聞いたんだもんな」

「なんだか…。なんかリゾートの恋って感じのノリで始まっちゃったんですね」

「うん…」

「でも俺、三井さんとこうして話すきっかけができてよかったです。三井さんがこんなにすてきだなんて、陵南じゃわからなかったから」

「ひゃーっ。んなこっぱずかしいこと言うなっ!」

「でもホントですよ。運命の女神に感謝しなきゃ。ほとんど一目惚れ状態なんですから…」

「…そうだよな」

「最初は、一瞬で決まったけど、幸せは、ゆっくり育てていきましょうね」

「う、うん」

仙道は、にっこり笑って、三井の耳元にささやいた。

「二人でゆっくりと、ステップ踏んでいきましょうね。三井さん…これからよろしくお願いします」

「おうっ!」

元気よく返事をした三井に、眼を細めて、仙道は満足そうに頷いた。

 ちょっとばかり先が困難だけれど、二人でしっかり乗り越えていこう。

 だって、まだ恋は、始まったばかりなのだから。次へ

1997.3.9