5. 仙道2
(三井さんって、本当に楽しそうにバスケをする人なんだ…)
同じコートに立って、パスを回してると、三井が、嬉しそうにボールを扱うのがわかる。
しかも、とっても動きがクレバーだ。
動作にほとんど無駄がない。
まるで計算されたように、ポジション取りをしているのだ。
だが、それだけではなくて、まるで、チームのメンバーの気持ちが読めるように、いて欲しいところにいてくれるし、欲しいところにパスもくれる。
初めて同じチームになった人と、こんなにうまくパスが回せたことはほとんどない。
(やりやすい)
体力がないようだというのは、インターハイ予選の時にわかったことだが、今日の時点では、そんな不安要素は見あたらない。
なによりも、“やってやる”というような、前向きな姿勢が、ひしひしと感じられる。
陵南の田岡監督が、中学時代の彼に惚れ込んで、スカウトに力を入れていたということを、彦一が話していたのを思い出す。
(三井さんがうちの先輩だったら、おもしろかったろうな)
コートで三井を知って、ちょっと残念な気がした仙道だった。
入れ替えで、コートの外に出る。
一足早くコートから出ていた三井と、牧が楽しそうに話している。
さっきは、あまり話してくれなかったが、今、三井の機嫌が良さそうなので、もう緊張も解けたかと声をかけてみることにした。
『あれ、三井さんと牧さんって、知り合いだったんですか?』
すると、いきなり三井の表情が、強張った。
(えっ?なんで?)
警戒している表情だ。
牧と話しているときには、少し緊張が解けるのに、自分が話すととたんに体が硬くなる。
目も合わさずに逸らす。
『三井、もしかして、緊張してるのか?』
牧でさえ気が付くほど、露骨に表情が強張っている。
そのうえ、そそくさとコートに戻っていってしまうのだ。
(俺が何かしたんですかーっ?)
思わず腕を掴んでぐらぐらと揺すぶってやりたい衝動に駆られる。
湘北のメンバーとじゃれるのは、まぁ当然として、牧とは、あんなに和やかに話しこんでたのに。
(なんで俺だけ?)
嫌われているのだろうか。
しかしいつ嫌われるほど話をしたんだろう。
まともに言葉を交わしたのは、今日が初めてだというのに…。
残された牧と話しているうちに、なんだかやりきれなくなってきた。
牧は、それとなくうまく行くように気を配ってくれると言うが、本当にそうなるだろうか。
自分にも、牧や、湘北のメンバーに向けるように笑いかけてくれるんだろうか。
コートに目をやると、3ポイントシュートを決めた三井が、嬉しそうに藤真とハイタッチをしていた。
(三井さん…)
三井に対して、執着のような気持ちが、自分の胸にわき上がっていることに、この時、気がついた。
(なんか…やばいかも…)
はまりそうな予感がする。
三井に笑いかけてもらえたら、この気持ちにも収まりがつくのだろうか。
暗い溜息が、仙道から幾度となく漏れた。
6. 三井2
(おもしれー)
午後の試合形式の練習は、三井のバスケ心をくすぐるものだった。
パスが通る。
湘北のメンバーだけでなく牧や藤真、花形など中学の県代表メンバーも中学の時は、あまりうまく行かなかったパス回しが、今はバッチリと通っているのだ。
(仙道もいいなぁ)
部屋では緊張してうまく話すことができなかったが、パスは、本当によく通った。
バスケの楽しさを満喫して、入れ替えでコートを出る。
今日は、体調もよくて全てにおいてばっちりだった。
(バスケに戻れてよかった)
幸せな気持ちになる。
機嫌のいいままに、宮城や牧と感想を交換する。
こんな何気ない話でさえ、楽しい。
そんな幸せの最中に、仙道が話しかけてきた。
とたんに、躰に緊張が走る。
(う、うわっ、やべっ…!)
こんなに露骨に警戒しては、仙道どころか、牧にまで気付かれてしまう。
落ち着こうとして、余計に緊張が走ってしまう。
(なんで、こんなに緊張すんだよーっ!)
自分の気持ちがうまくセーブできない。
仙道は、優しげに笑っているだけだというのに。
気にしなくちゃならないところは何もないと言うのに。
なのに何故こんなに緊張するのかわからない。
最初に後ろから声をかけられて、驚いたからなのだろうか。
(わかんねぇ…)
コートの入れ替えの指示があったのを幸いに、現実から逃げ出してしまった三井だった。
7.5号室
気詰まりな雰囲気が、5号室に漂っている。
練習が終わり、簡単なミーティングの後解散となり、各々の割り当てられた部屋に、着替えに戻ってきたのだ。
相変わらず三井は、緊張してうつむいている。
仙道も、にこにこしていた表情が、今は困惑とあきらめのそれに変わってきている。
牧が、赤木に確認してくれた結果、湘北では、復帰した当初は、多少緊張していたようだが、桜木や、宮城のフォローですんなりと周りにとけ込んできたという。
単に、馴染んでいないから様子をうかがっているのだろうと言う答えだった。
しかし、それなら、もうそろそろ馴染んでくれても、大丈夫なんではないだろうかと思ってしまうのだ。
終始無言で着替えた後、ベッドの上に腰掛けている三井を視界の端に捉えながら、仙道は、やりきれなくなって大きく溜息をついた。
その気配に、三井がびくっと反応する。
三井の仕草に、とうとう仙道が切れた。
「三井さん」
「え?」
「俺、三井さんに何かしましたか?」
「え?い、いや…別に…」
「じゃぁなんで、そんなに俺のこと怖々見るんです?」
「せ、仙道…」
「こっち見てくださいよ。別にとって喰いはしませんから」
仙道は、目を反らしたままの三井に近寄る。
その気配に、過敏に反応して三井の顔が上がった。
不安げな瞳をして仙道を一瞬認めて、再び視線を逸らす。
仙道は、三井の腕を捕まえた。
「三井さん」
驚いた三井と、視線があった。
「せんど…」
「どうして、俺が怖いんです?」
顔を三井に近づけて、答えを促す。
「…ん…ねぇ」
「はい?」
三井が、こぼした言葉の意味が解らずに聞き返す。
「わ…わかんね…ぇ」
「わからないって…?」
予想外の回答に仙道が困惑気味で問いかける。
「なんで、自分でもこんなに緊張すんのか、わかんねぇんだよっ」
三井が、多少やけくそ気味に答える。
「三井さん…」
「この合宿で、俺、絶対認められて、ちょっとでも多くコートに出たいんだよ。国体で、スカウトの目にとまらねぇと進学もあぶねぇし…。だから、この3日間バスケに専念できる環境であって欲しいって…。そう考えてた時にお前が後ろから急に声かけてきて…。ビックリしちまって、その後なんでかわかんねぇけど、緊張して、どきどきして、仕方ねぇんだよっ!」
一気に叫んで、三井は、ぷいっと顔を逸らした。横顔が、真っ赤に染まっている。
怒っているのかと思ったが、表情から見ると、どうやら羞恥で赤く染まっているようだ。
掴んだ手から、どきどきと鼓動が伝わって来る。
「三井さん…。どきどきしてますね。」
よけいに真っ赤になった三井は、仙道の手を、身じろぎして振り切ろうとした。
「仙道…放せよ…」
「あ…。済みません。でも、三井さんが慣れてくれるまで、このままでいようかななんて思うんですけど…」
「な…っ!」
三井は、力を入れて、腕を振りきろうとした。
そうさせまいと、仙道は、三井を後ろから羽交い締めにした。(見た目では抱きしめたようにも見えるが)
「仙道!」
全身から三井の、どきどきとした鼓動が伝えられてくる。
「俺を見てくださいよ…。俺、三井さんのバスケの邪魔なんてしません。むしろお手伝いだってできますからね。全国で優勝して、日本一のチームメイトになりましょうよ」
「仙道…」
三井の抵抗がやんだ。
腕を緩めて、三井を解放する。
「三井さん、まだ緊張してます?」
「え?あ、あれ?」
胸に手を当てて、小首を傾げる風な三井を見て、仙道は、ちょっと怪しい気分になりそうになった。
「も、もう大丈夫ですか?」
それを悟られまいと、話を強引に進める。
「う、うん…。もう、そんなに緊張、してねぇ…」
「よかった…。三日間ずっと拒絶されたままだとどうしようって、すごく不安だったんですよぉ」
「わ、悪かったって…」
頬を染めて、三井が、呟く。
「じゃぁ、改めて、三井さん、三日間よろしくお願いしますね」
「おう!こっちこそ、よろしくな」
やっと、緊張が解けた三井から、笑顔を引き出すことができて、仙道の表情も、明るくなった。
「あっ、そろそろ、夕食ですよ。食堂に行きましょうよ、ね?」
「おうっ」
ようやく打ち解けた二人は、夕食をとるために部屋を後にした。
8.仙道3
『俺、三井さんに何かしましたか?』
『じゃぁなんで、そんなに俺のこと怖々見るんです?』
『こっち見てくださいよ。別にとって喰いはしませんから』
『どうして、俺が怖いんです?』
とうとう切れてしまった。
あまりにつれない三井さんの姿に、我慢できなくなったのだ。
三井さんの形のいいアーモンド型の瞳が、不安げに揺れている。
(なんか、頼りなげだなぁ…)
三井さんが一気に捲し立てた後、ぷいっとそっぽを向いたのも、とっても可愛い。
どきどきしている躰を、羽交い締めにして気がついた。
(なんか、俺、やばいんじゃ…)
完璧に三井さんにはまってる。
まるで、そう、これは…。
最近、人を好きになることなんて忘れていたけれど、この感じはまさしく、世の人が『恋』って言うやつのそれじゃぁなかったか。
『俺を見てくださいよ…。俺、三井さんのバスケの邪魔なんてしません。むしろお手伝いだってできますからね。全国で優勝して、日本一のチームメイトになりましょうよ』
(羽交い締めのはずだったのに)
抱きしめていてついこぼれてしまった言葉に、三井さんは反応してくれた。
腕の中で静かになる。
『三井さん、まだ緊張してます?』
(うっわーっ)
俺の問いかけに答えている、小首を傾げた三井さんの仕草が、あまりに可愛くて、押し倒しそうになった。
(男だぞ…。三井さんはっ!)
かろうじて、踏みとどまる。
『じゃぁ、改めて、三井さん、三日間よろしくお願いしますね』
思わず、話を逸らしてしまった。
『おう!こっちこそ、よろしくな』
初めて俺に向けられた、三井さんの笑顔に、感動してしまった。
(こんなに明るく笑うんだ)
もう、このまま長居をすると、きっと押し倒す。
『あっ、そろそろ、夕食ですよ。食堂に行きましょうよ、ね?』
(どうしようっ)
心の中で焦りながら、食堂へと三井さんを誘った。
(とにかく落ち着いてこれからのこと考えなきゃ)
9.三井3
(ひーっ!きたーっ!)
ついに、仙道が怒っちまった。
あんなに露骨に警戒してりゃ、俺だって、怒るよな…。
焦って、とんでもなくみっともねぇことを口走っちまった。
かっこ悪くて自分でも真っ赤になったのが解る。
(でもよ、ホントに、仙道が近づくと緊張してどきどきするんだもん、仕方ねぇじゃんか)
でもなんでどきどきすんだろう…。
怖い訳じゃないと思う。
仙道はイイヤツだとも思う。
『俺を見てくださいよ…。俺、三井さんのバスケの邪魔なんてしません。むしろお手伝いだってできますからね。全国で優勝して、日本一のチームメイトになりましょうよ』
後ろから捕まえられて、耳元にささやかれた内容が、すごく嬉しかった。
日本一のチームメイト…。
なれるといいな…。
この県代表のメンバーなら、きっと日本一になってもおかしくない。
そのうちの一人になれたら、すっげーうれしい。
『三井さん、まだ緊張してます?』
(あれ?治まっちまった)
あんなに緊張してたのはなぜだろう?
(もしかして…)
仙道に馬鹿にされたくなかったのかもしれない。
天才の奴には、俺の足掻きなんて理解してもらえねーって、勝手に思いこんで、ばれないように警戒してただけなんじゃ…。
(それなら、すっげーかっこわりぃよな…)
『も、もう大丈夫ですか?』
『う、うん…。もう、そんなに緊張、してねぇ…』
『よかった…。三日間ずっと拒絶されたままだとどうしようって、すごく不安だったんですよぉ』
『わ、悪かったって…』
どうしよう、仙道に悪いことしちまった…。
『じゃぁ、改めて、三井さん、三日間よろしくお願いしますね』
(なのに仙道って、怒んないんだ)
人間できてるよな…
『おう!こっちこそ、よろしくな』
思わず全開の笑顔になっちまった。
子供っぽいって、宮城や桜木がいうから、やめようと思ってたのに…。
そう、もっと渋く決めたかったんだけど…。
(ま、仙道が変な顔しなかったから、いいか)
よかった、嫌われなくて…。
(あれ?なんで嫌われたくなかったんだろう?)
やっぱ、チームメイトには、嫌われたくねーもんな。
(うんうん、きっとそうだ)
さぁ、夕飯だ!
気掛かりも消えたから、きっと、飯がうまいよな。