夜の繁華街は、人通りがまだ多い。
酔っ払った人に、因縁をつけられないように気を配りながら、牧が、手にしたメモを見ながら三井を案内する。
「下調べしてきたのか?」
三井が、牧のメモを見て、尋ねる。
「いや、大阪に詳しい、土屋に頼んだんだ。宿舎の場所を言って、近くにある美味そうな店を何件かFAXしてもらったんだ」
「へぇ…」
用意のいいことだと、三井は、牧の手の中のメモを見た。
目的の店は、少し行列が出来ていたのですぐにわかった。
並んで、たこ焼きを買う。
近くの公園に、腰をかけて、たこ焼きを食べていると、聞きなれた声が聞こえた。
「あぁっ!、三井さん。俺の誘いはことわったくせに、牧さんとこんなとこでデートしてるなんてひどいですよ」
「ば、ばか、んなでけー声で、何言ってんだよ」
三井が慌てて、仙道をたしなめる。
「仙道は、一人で出てきたのか?」
「いえ、越野と福ちゃんと3人で、たこ焼き食べに…」
見ると、福田と越野が、さっきの店の行列に並んでいる。
「お前も並ばないのか?」
「今並びますよ。三井さんを見かけたんで挨拶にきただけです」
そういうと、仙道は、越野たちのところに行った。
たこ焼きを食べ終わった二人は、ぶらぶらと周辺を散歩して帰ることにした。
このあたりは、若い年齢層の集まる場所らしく、彼等と同じくらいの年齢の男女があちこちで座り込んで話をしている。
若者相手の店もたくさんあるようで、今は閉まっているが、明日、時間に余裕が出来たら来れればいいなと思う店も何件か見つけた。
宿舎に戻るとロビーに、赤木と桜木と宮城がいた
「なんだ?何かあったのか?」
牧が声をかける。
「ミッチー!」
「三井サン!」
口々に、三井の名を呼んで宮城と桜木が近づいてくる。
「な、なんだ?」
「心配しましたよ。会議室から走り去って、部屋にいっても返事がないし。何処行ってたんですか?」
「あ、たこ焼き喰ってた」
言うと、桜木と、宮城がひどいと口々に三井を非難する。
赤木が、小言を言いそうになったので、牧が間に入る。
「俺が誘ったんだ。あまりに空腹でな。心配かけたようだな、すまなかった」
そういうと、三井の肩を押して、部屋に戻ろうと促す。
「じゃぁな、明日は開会式だけだが、体調崩さないように睡眠はしっかりとってくれよ」
牧は、3人にそう声をかけると三井を促してエレベーターに乗った。
部屋に戻り、ふぅと一息つく。
「もう少しで、赤木の説教くらうところだったぜ」
「なんだ?やはり苦手なのか?」
「なんかよ、うちのオヤジよりウルセーんだよな。ったく、うざったい説教野郎なんだ。あいつ」
「ははは…。なんだか、目に見えるようだな」
「説教喰らう身になってみろよ。たまんねーぞ」
「明日からは、一応赤木に根回ししてから抜け出すようにするよ」
「頼むぜ」
三井には、赤木の説教や、宮城や桜木の非難も勘弁して欲しいことだった。
バスケだけに集中できる、環境が欲しいと切実に思った。
「風呂を先に使ったらどうだ?」
「え?お、おう、いいのか?」
「あぁ、俺は、先に監督と少し打ち合わせしてくるから、使ってくれて良いぞ」
「監督って、安西先生と?」
「あぁ、多分、他の二人も一緒だと思うが。安西先生に用があるなら、一緒に行くか?」
「い、いや…。別に用はないんだ…」
「じゃぁ、行ってくるよ」
「うん」
牧を見送って、三井は、溜息をつく。
安西監督に話ができる、牧や赤木がうらやましい。
自分は、いつも遠くから見ているだけだ。
先生から、声をかけていただくことも少ない。
2年間無駄に時間をつぶしてしまい、先生の期待にこたえられなかった負い目が、まだ自分にあって、先生に打ち解けることが出来ないのだ。
国体で、少しでも先生の期待に添えるように頑張って、先生を全国制覇の監督にしたい。
よしと、気合を入れて、三井は立ち上がり、とりあえず、風呂に入ることにした。
悩んでいても仕方がない。
前進あるのみと、気分を切り替える。
風呂から出てくると、牧が戻ってきていた。
「早かったんだな」
「あぁ、明日は、開会式だけだから、その後どうするかの確認だけだったんだ」
「どうするんだ?」
「試合観戦するか、自由行動するかで、監督やコーチがもめだしてなぁ」
「へぇ?」
「結局、安西先生が、ゆっくり心と体を休めることが大切と仰って、自由行動に決まった」
「そっか」
「そこで、三井。明日、どこかに観光に行くか?」
「へ?」
「せっかく大阪に来てるんだ、時間があるなら観光でもするか?」
「うーん。どうしよう」
「大阪なら、海遊館が有名だな。水族館は嫌いか?」
「あ、そういや、大阪にはでっかいジンベイザメのいる水槽があるんだよな」
「そうだ、どうせ、平日だし、空いてるだろうから、身体も疲れないんじゃないか」
「そうだなぁ」
「じゃぁ、明日は、ジンベイザメを見に行こう」
「うん」
牧が、風呂に入ったので、三井は、ベッドに横になって、テレビをつけた。
CMが、普段見ているものと違って、なかなか新鮮だ。
携帯電話やJRも関東と関西ではかなりCMも違うようだ。
見入っていると、牧が風呂から上がってきた。
「なにか、面白い番組でもあるか?」
「いや、なんかチャンネルが違うんで、よくわかんねぇ。でもCMなんか変わってておもしれーよ」
「そうか、関東と関西はNHKのチャンネルからして違うんだよな。こっちは2CHだろ?NHKは。教育が、12CHなんだな。そこからして違うんだな」
チャンネルを回していて、牧が面白そうに言った。
しばらく、あちこちのチャンネルを見ていて、三井が、あくびをし始めたので、そろそろ寝ることにした二人だった。
テレビを消して、明かりも落として、ベッドに入る。
「おやすみ、三井」
「おう、おやすみ」
間もなく、部屋には二つの寝息が聞こえるだけとなった。
翌日。
国体の男子少年バスケット会場の開会式に、神奈川県代表一行もやってきた。
入場を前に、各都道府県の代表が集まっている。
「やぁ、ミッチーひさしぶりやん」
そこで、大阪代表の土屋と出会った。
既知の挨拶を交わしていると、わらわらと、諸星や御子柴がやってくる。
牧のところにも、山王や、全国の強豪達が声をかけにやってきて、神奈川県の周りはにぎやかになった。
挨拶を交わしているうちに、開会の時間となった。
それぞれが各チームに戻っていき、入場行進となった。
国体は混成チームも多く、ある種お祭りのような雰囲気があり、インターハイほど、緊張感がなくて、和やかに開会式が進められる。
どんな時もあまり変わらない、来賓の挨拶をきいて、ようやく、開会式が終了した。
「今日は、これから自由行動だ。ここで、他の学校の試合を観戦するもよし、どこかに観光に出かけるもよし、それぞれが、心身のリフレッシュを計って、明日の試合を万全の体調で迎えられるようにしてくれ。わかっていると思うが、羽目を外さないように」
牧が、この場で、解散を告げる。
体育館と、宿舎は、歩いていける場所なので、団体行動せずに帰れるだろうということだった。
「三井サン、これからどうスんです?」
「え?俺か?俺は、牧と海遊館に…」
宮城の誘導尋問に引っかかって、三井は、これからの予定を桜木や流川の前でしゃべってしまった。
「ずるいぞ!ミッチー!俺様も一緒に行ってやる!」
横で流川もコクコクと頷いている。
「三井さん、俺もご一緒して良いですよね」
背後から、仙道も三井に抱きついて言う。
「へぇ、俺たちも魚見に行こうか、なぁ、花形」
藤真が、にやっと三井を見ながら話す。
「牧さん!ひどいっすよ!何で俺誘ってくんないんですか!」
牧に、海南の1年坊主が抗議している。
結局、全員がついてくることになってしまった。
いったん、まとまって、ホテルに戻り、着替えて、出発することになった。
「牧、すまねぇ。俺、つい、うっかり…」
部屋に戻って、着替えている時、三井が謝った。
「いや、仕方ないさ。俺も、あいつ等を巻いて二人だけで行けるとは思ってなかったしな。ただ、赤木や高砂までついてくるとは思わなかったよ」
赤木は、桜木や三井が、何か騒ぎを起こさないかと心配で、ついてくるという。高砂は、他のメンバーが行くので、結局一人になりたくなくてついてくるようだ。
そんなこんなで、団体様ご一行になってしまったのだ。
「まぁ、これだけいたら、団体料金で入れるから良いんじゃないか」
牧が、はははと、空しく笑う。
着替えて、ロビーに下りると、他のメンバーが揃っていた。
「じゃぁ、いくぞ」
牧が、土屋に教えてもらったFAXメモを持って、先導する。
どうやら、最初から三井と海遊館に行くつもりで、土屋から情報を仕入れていたようだ。
地下鉄を乗り継いで、一行が、海遊館にやってくる。
団体割引のチケットを購入し、ぞろぞろと中に入る。
最初の水槽の前で、牧が、一行を振り返る。
「じゃぁ、ここから自由行動だ。解散」
そういうと、三井の腕を取って、まず、さっさとエスカレーターに乗る。
結局は、みんな同方向の順路に従うのだが、三井の横を確保して、牧は他をさりげなく牽制しながら水槽を見て回った。
「わぁ!ペンギンだ!」
三井が、ペンギンのコーナーで嬉しそうに立ち止まる。
どうやら、気に入ったらしい。
このコーナーは、ペンギンの陸上と水中の動きが両方見れるような作りになっており、水に入ると弾丸の様に泳ぐペンギンに三井が引き込まれていった。
アザラシや、イルカの水槽を見ながらフロアを下っていくと、この海遊館のメインの巨大水槽にたどり着く。
ジンベイザメが悠々と泳ぐ水槽を、ベンチに腰掛けながら三井は、ゆったりとした気分でリフレッシュしていた。
「なんか、リラックスするよなぁ」
「そうか、それなら来てよかったな」
「うん。牧、ありがとな」
「どういたしまして。明日の試合にリラックスして臨んでもらえれば、それでいいさ」
「おう!まかしとけって。なんか、調子よさそうな気がするぜ!」
三井は、強気の発言をする。
確かに、最近調子も良いし、今日のリフレッシュで、気分も浮上している。
明日からの試合に、わくわくしているのだ。
「それはよかった」
三井のやる気満々な発言で、周りも、それなりに気分が向上して、やる気が起こっているようだ。
その日、宿舎に戻っても、一行のやる気は盛り上がったままで、一日の終わりを迎えた。
翌日の神奈川県代表の試合は、強気のメンバーが、見れそうである。