そして、その日、予定の練習がすべて終了し、解散となった。
「三井さん、また、来週、お会いしましょうね」
仙道が、いつのまにか傍に寄ってきて、三井の手を取り握リしめる。
「う、おう…。今日は世話になったな…」
一応、社交辞令を□にする三井に、仙道は、うれしそうにより一層手を強く握リしめる。
「そんな、三井さんに言っていただくほどのことはできていませんよ。でも、社交辞令でもうれしいな」
語尾にハートマークをつけているような、仙道の調子に、三井は嫌な予感を感じて後ずさろうとした。
「せんどう?」
「あー、来週まで、お元気でー」
そういうとがばっと抱きついて、すりすりと頬擦りをはじめた。
「んー。この抱き心地がたまらないんですよね…」
一層深く抱きつく仙道を、陵南と湘北の一同が強引に引き剥がす。
ハードな練習で、くたくたになっていた三井には、それこそ拷問に近い、圧力だった。
ぐったりとした三井を、流川と桜木が両側から抱きかかえ、湘北への道を急ごうと校門をくぐろうとした。
「どうしたんだ?三井?」
牧が、元気のない三井に気がついて、声をかけた。
「ミッチーは、体力がないから、ダウンしたのだ」
桜木が、牧に、言わなくてもいい説明をしたが、三井は、抗議したくてもそんな体力も今は抜け落ちていた。
「何だ?大変だな?これから、家に帰るんだったら、送っていくぞ?」
「ふぬ。ミッチーはこの天才が送っていくから、じいは心配すんな」
「何だ?もしかして電車で帰るのか?この時間、通勤ラッシュが始まるのに、そんな状態の三井じゃ、混んだ車両は辛いだろう?」
「うぬ…」
「僅かタクシーで送っていってやるから、お前たちはもう帰るといい」
「そ、そんなわけにはいかねえ。俺様も送ってやる」
「俺も送る」
三井を支える赤毛と黒髪の後輩が、□々にそういうのを見て、牧は苦笑する。
「コラ、お前たち何をやっている」
そこに、湘北の元主将赤木がやってきた。
なかなか、後ろからついてこない、桜木たちに気がついて、校門近くまで戻り、今の情景を見たのだ。
何か、牧ともめているのかと心配になってきたようだ。
「ゴリ」
「赤木」
赤木が、説明を促すので、牧がこの状況を話す。
「まったく、三井も情けない。そんなことでへたばってどうする」
「く…」
確かに赤木の言うとおりなのだが、それでも、本当は、自力で帰るだけの体力はあったはずなのだ。
仙道の攻撃がなければ…。
実は、もうたっているだけで精一杯だったりするのだ。
「三井。顔色が悪いぞ、少しそこに腰掛けたらどうだ?」
牧が、気がついて、三井に、校門脇の生垣の所に腰掛けるように勧める。
言われるままに腰掛けて、三井は、ほっと一息つく。
「どうしたものかな」
赤木がこぼすのに、ようやく三井は、答えられるようになった。
「ちょっとここで休んでくよ。そしたら、帰れるようになるって」
「ふぬ。それなら、俺が付き添ってやるよ」
「俺も」
一年二人が即座に答える。
「しかし、お前たちは、三井の自宅と正反対だろうが」
「それなら、俺が送り届けようか?」
横で様子を見ていた牧が、提案した。
「先日も、三井の家にお世話になったから、道はわかっているしな。それにお前たちの家よりは、海南の寮のほうが、近い」
「しかし、それではあまりにも…」
「別に気にしなくてもいいぞ。俺は、三井をこのままにしていくほうが気になるからな」
「そうか…」
赤木も、折れて、牧が三井を送っていくことになった。
桜木と流川は、不満気ではあったが、赤木に有無を言わさず引っ張っていかれてしまった。
「牧…。いいのか?」
申し訳なくて、三井は、牧にたずねる。
「かまわんさ。そうだ、ちょっと待っていてくれよ」
そういうと、遠目で見ている海南の一行のところに走りより、三井を送っていくことになったと告げた。
「何で、牧さんが…」
愚痴る清田に、国体チームのキャプテンとしてはあたりまえだろうと、もっともらしい言い訳をして、一同を追い帰した。
「持たせたな」
三井の元に戻ってきて、牧は三井の横に腰掛ける。
「動けるようになったなら、声かけてくれよ」
「お、おう…すまねー」
「気にするなよ。それより、タクシーで帰った方がいいんじやないか?いくら、回復しても、疲れた体で混んだ電車は辛いだろう?」
「う…」
その顔に、肯定の意味を見取って、牧は、持っていろと言い置いて、目の前の車道に近づく。
タクシーを見つけて、手を上げる。
横付けされた車を持たせて、三井の元に戻る。
三井も、自力で歩けるようなので、彼の荷物を持ってやり、車にともに乗り込む。
三井の自宅の所在地を告げ、深くシートに腰掛ける。
「大丈夫か?三井?」
「おう。もう大丈夫だよ。でも、いいのか、牧?うちからだと結構遠回りじゃ…」
「何、大丈夫だよ。そんなに遠くじゃないしな。三井が、湘北に通っているよりは、ずいぶんと近いだろう?」
「そりゃ、そうだけど…」
「海南に入っていれば、結構近かったのにな」
「はは…。そういや、勧められたよな…」
「そうだろう?たぶんスカウトあったと思ったからな。三井が春にうちにいるんじゃないかと思って、期待したんだがな…。湘北に行ったと聞いたときはがっかりしたよ」
「う…」
そんなこと今ごろ言われても、困ってしまうと三井は思った。
なんせ、あの頃は、自分が湘北にはいることで、安西先生と全国制覇するんだと息巻いていたし、できるものと信じてもいたのだ。
まさかあんなに早くに挫折を味わうとは思わなかったが…。
「でもま、三井は、湘北で正解だったんだな」
「え?」
「中学の頃の三井とは、一味もふた味も違うだろ?」
「?」
「中学の頃は、意外と精神的に脆そうだったのに、今は、逆に強くなったように思うな。それはきっと湘北に入ってからの3年間の中で培われたものなんだろう?」
「…まき」
挫折したことが、自分の糧になっていたのだろうか。
バスケに戻れず無駄だと思える時間を過ごしたことも、自分の中に培われた何かになっているのかもしれないと思うと、三井の心がふっと軽くなるような気がした。
「ま、海南で、一緒にバスケができなかったことは残念だが、今、こうして、同じチームで全国制覇を目指していけるから、よしとせねばな」
「牧」
「できれば、大学では一緒のチームになりたいと思うんだが…。三井はどう思う?」
「俺?」
牧と、一緒の大学に入る。
それは、とても魅力的なことに思えた。
とてもバスケの感覚が近いポイントガードだということが、夏休みのストリートバスケや、この国体選抜の合宿でわかったし、自分のプレイを十分に生かしてくれるだろうという気持ちがむくむくと湧いてきた。
「俺は、三井とバスケを同じチームでやりたいな」
「お、おれも!俺も牧と一緒のチームになりてぇ」
「そうか、それは光栄だな」
にっこりと牧が微笑む。
「これから、進学の相談もいっしょにしような」
牧はそういうと、三井の手を取った。
「約束だぞ」
強引に指切りをする。
「おう…」
三井も少々強引さに驚いたが、ともに、進学を考えるのは賛成だったので、指きりに応じた。
しかし、牧は、海南でも成績がかなり上位に位置しており、品行方正なうえに、バスケの実績の評価も高いので、推薦は取りたい放題と思えるが、三井は、出席日数も、成績もぎりぎりの元不良だ。
果たして同じところの推薦が取れるかどうかは、なかなか難しそうだった。
「でもよ、俺、結構成績悪いぞ…」
後でばれるよりはと思い、三井は自己申告をした。
「え?そうなのか?三井は、成績がいいと思っていたよ」
「どこから…」
「だって、引く手あまたの推薦入学を蹴って、公立受験したんだろ?」
「お前・:湘北のランク知ってんのか?」
「いや」
「あの桜木や、流川が、すんなり入れるんだぞ」
「う、うーん…」
想像して、かなリランクが低そうかと、考える。
「ま、赤木みてぇに、難しい大学に進学希望する奴もいるから、幅は広いかもしんねぇけど」
「そうか」
「ま、俺は、底のほうだけどよ]
「まぁ、まだ半年近くあるじゃないか。この国体や、冬の選抜のときにスカウトの目にとまるよ」
「そうだといいな」
「ぎっとだいじょうぶざ」
牧の本当だか、お世辞だか今一つ掴めない、励ましに、三井は頼りなさそうに頷いた。
タクシーが、三井の家に着いた。
「寄っていってくれよ」
三井が、牧を誘う。
「いや、しかし、いきなりではご迷惑が…」
「んなもの、大丈夫だって」
そう言って、牧の腕を取り強引に引っ張り込んだ。
「ただいまー」
「お、お邪魔します…」
「おかえリー」
相変わらず家にいる甥っ子に、出迎えられて、三井は、家の中に入っていく。
「おふくろー。牧来てっから」
「え?牧さん?」
うれしそうに、三井の母と姉も出てきた。
牧が、如才なく挨拶をして、リビングに通される。
三井は、牧に少し待ってくれるよう頼み、制服を着替えに部屋に入った。
急いで着替えて、リビングに戻ると、牧は、三井の母と姉に相変わらず質問攻めに遭っていた。
「何だよ、またつまんねー事聞いてんのかよ」
「あら、つまんなくないわよ。ちゃーちゃんの大切なお客さんなんだから、失礼のないように、お話させていただいたのに…」
「じゃ、もういいだろ」
そういうと、牧を三井の部屋まで、強引に引っ張っていく。
「ふいー。やっぱり、ウチの親はテンションだけーわ。傍若無人だよな」
「それほどでもないぞ。きれいなお母さんとおねえさんじゃないか」
実は、牧は、三井似の二人に囲まれているのは結構うれしかったりする。
3年も男子校で暮らしていると、きれいな女性は例え少しであろうが、近くで話してみたいと考えている。
たとえ、人妻であろうが、子持ちであろうが、自分の母並みの年齢であろうが、そんなことは、あまり関係がない。
美しい女性に声をかけられて、うれしくならなきゃ男じゃないと、ひそかに牧は思っていたのだ。
「…はい?」
「三井を車で連れてきたとき、お母さんや、おねえさんに会えるかなと、ちょっとわくわくしたのさ」
「そんなもんかなあ…」
「ああそんなもんだよ」
一通り落ち着くと、牧が、帰ろうと腰を挙げた。
「待てよ。今きっとお袋たち、晩飯作ってるぞ」
じつは実際そうだったので、三井は、牧が帰るらしいと連絡に降りた。
「えーっ」
「泊まっていただきなさいよ。ね」
そういうと、牧のおりてくる方向をじっと見ていて、実物の牧を見つけたようだ。
「牧さん」
そういうと、二人は申し合わせでもしたように、牧の腕を引っ張り、三井の言葉を待つ。
「泊まっていってくださいな」
「はあ」
ありがとうございますと、牧が、頭を下げたところで、腕を放し、にこりと微笑み、それじゃあと、料理を再び再開する。
「三井」
「ん?」
「悪いが電話貸してくれないか」
「おう」
三井に電話を借りた牧は、夕食不要と、外泊についでを寮に連絡を入れた。
「牧、すまねーな」
「こちらこそ。また、お世話になるよ」
「…」
「?どうかしたか?」
「いや、牧って、動じねーよな」
「?」
「どんな事がおきたって慌てず騒がずって感じ…」
「そんなことないぞ」
「そう見えるって」
「うーん…。そう言ってもらえるのはありがたいが、結構俺は小心者だったりするんだぜ」
「冗談」
「いや。ホントだって。好きな奴にはなかなか告白できないしさ」
「へぇ?そうなんだ。牧の好きな奴ってどんなタイプ?」
「ま、そのうち教えるよ」
お前だとは言いがたくて、牧は、言葉を濁した。
「そっか、約束な」
三井はそういうと、にっこり笑って、指切りを迫る。
牧は、一瞬、告白したい衝動に駆られたが、ここは、我慢と、にっこり笑って指きりに応じる。
複雑な、牧の気持ちと裏腹に、三井はご機嫌だった。