☆ 合宿(その2)

 「よし、今日はここまで。解散」
 「ありがとうございました」
 体育館に大勢の声がこだまする。
 国体の神奈川県代表少年バスケットチームの合同練習の会場となった、海南大学の体育館で、二日目の練習が終わろうとしていた。
 「ふえー」
 さすがに、県下選抜メンバーの合宿だ。
 三井は、気力面ではじゅうぶんなのだが、如何せん体力面でついていくのが精一杯だ。
 零れ落ちる汗をTシャツで拭い、シャワールームにと足を運ぶ。
 「おつかれさんっした」
 「おう・・・」
 宮城が、追いついてきて横に並ぶ。
 「だいぶ形になってきましたね」
 「そうだな。初日はどーなる事かと思ったけどな」
 「ようやくパス出しすんのに、抵抗感がうすれてきたっすよ」
 「そうだな。初日は、無意識に湖北のメンバー探しちまったもんな」
 昨日までの敵に、パスを送る違和感が、はじめのうちはどうしても払拭できなかったのだが、ようやく、何とかパス出しができる様になってきた。
 シャワールームに入ると、既に五室ある個室はすべて使用中だった。
 個室があくまで、待つことにする。
 「しかし、さすが、私立の大学の体育館っすね。体育館は広いし、シャワーは個室だし…」
 「そうだな。進学考えちまうよな」
 「おっ、三井さんもそろそろ進学考えてんですね」
 「う、そ、そりゃ…俺だってもう、三年の夏越えたしよ…」
 「で、どっか行けそうなとこはありましたかい?」
 「い、いや…まだだけどよ…」
 「そんなこったろうと、思いましたよ…。まず、三井さんは、卒業考えねーと…」
 「うっせー!てめーがいうな!俺といい勝負の癖に!進級できんのかよ。来年も二年のキャプテンじゃ示しつかねーぞ」
 「あ、言いましたね。俺だってやる気になりや、進級なんてへでもないっすよ」
 「俺だってそうさ!これからちゃんと出席すりゃ、卒業できんだよ」
 二人ともむきになって、成績談義をしていたら、個室の扉がひとつ開き、赤木が出てきた。
 「や、やめんか!湖北の恥をこれ以上曝すな!」
 「なっ…赤木!」
 「でも、ダンナ」
 デモもしかしもない!まったく…黙って聞いていれば…。恥自慢ばかりしてどうする。情けない」
 赤木がくどくどと、説教を下し始めると、残りの個室の扉が開いて、藤真、花形、長谷川の翔陽組と魚住が出てきた。
「まぁまぁ、そんなに、怒るなよ、赤木。何も、悪気があってのことじゃなし…」
 赤木を宥めたのは、魚住だった。
 「魚住…」
 「まだ半年あるんだから、卒業や進学なんてどうとでもなるだろう。要はやる気だと思うぞ」
 ゆったりと落ち善いた物言いをする魚住の言葉に、場の雰囲気は、収拾に向かっていた。
 「まったく…こんな、低レベルな話を聞かされるとは、国体選抜もかわっちまったな」
 そういって、せっかく収まりかけた話に油を注いだのは、藤真だった。
 「藤真…。言い過ぎだぞ…」
 花形と、長谷川が両方から、藤真の腕を引き、諌めようとするが、反対にその腕を振り払って、藤真が言葉を続ける。
 「いいか、それ以上情けない話を続けるつもりなら、選抜代表からはずしちまうぞ。なんてったって、俺も参加校の監督なんだからな」
周りがいっせいに藤真を見る。
 「藤真!てめぇ!」
 三井は、切れそうになっているのを、宮城に必死で押さえつけられていた。
 「三井さん、暴力はいけませんって!」
 「藤真、よせよ」
 花形と長谷川は必死に、藤真のTシャツの袖を引く。
 「何だ?何か、もめているのか?」
 そこに、海南の一行がやってきた。
 牧が、ただならぬ気配に一同を見回す。
 「どうしたんだ?」
 「牧!」
 藤真を除く一同が、牧の声に振り向く。
 「べつにー」
 そういうと、藤真は、固まっている一同をすリ抜けてシャワー室を出て行く。
 「いいか、今度そんなつまんねー話聞かせたら、即刻クビにしてやるからな!」
 出掛けに振り向いて、三井に一言放ち、後は振り返りもせずにシャワー室を後にした。
 「すまなかったな」
 藤真を追おうとして、立ち止まり花形が三井に声をかける。
 「花形・・・?」
 「ちょっと、今日は、藤真の機嫌が朝からよくなかったんだ。たぶん八つ当たりだろうと思うんだが…」
 「八つ当たり?」
 「不愉快な思いをさせてすまなかった」
 そういうと、長谷川を伴い、花形は藤真を追っていった。
 「?いったいどういうことだ?」
 牧か、花形を見送ってこぼした。
 とりあえず、不機嫌な(?)藤真が去ったことで、シャワー室内の空気は、三井を除いて落ち着きを取り戻した。
 「何だってんだよ?藤真の奴」
 「まぁまぁ、三井さん。運悪く藤真さんのヒステリーにぶつかったんですよ。機嫌直してくださいって。さっさとシャワー入リましょうや。そのうち、掃除当番だった奴らがやってきて、落ちついて入ったりでき
まけんぜ」
 「お、おう、そうだな・・・」
 宮城に促され、ようやく、三井はシャワーを利用しようと個室に向かった。
 シャワーを浴びて、ざっと汗を流し、夕食を取り希望者は入浴をして、各自割り当てられた部屋に戻る。
 「うーっ・・・」
 二段ベッドの下に寝転がって、三井は伸びをする。
 「なんだ、元気ないな」
 同室の牧が、見咎めて声をかける。
 「うん…なんか、くたびれちまって…」
 そういいながら、のそのそと体を起こす。
 「どうした?あと残リ一日あるんだぞ?」
 「おう、わかってんだけどよ…。どうも、藤真とあわなくってよ…」
 この二日、何かというと、三井に嫌味をこばす藤真に、だんだん不満が鬱積してきているのだ。
 「そうか?しかし藤真もポイントガードだからな。三井と息が合わないと困ったことになるな」
 「おう、俺だって、あわそうと思ってんだけどよ。あっちが俺を嫌ってちゃな・・・」
 「嫌ってる?」
 「そうじやねえ?」
 「まさか…?」
 「何かと突っかかってくんだよ!俺のせいじゃねえよ」
 「三井…」
 「何だよ!お前も赤木みてーに俺が悪いって言うのかよ!」
 「いや、そんなことはない。三井は、いつだって、一生懸命がんばってるよ」
 「もー、わけ、わかんねえ…」
 再びベッドに寝転がって、三井は脱力する。
 「・・・そうだ。なあ、三井。何か飲みにいかないか?自販機までだが・・・奢るぞ」
 「え?じゃ、いく!ここの自販機、種類豊富なんだよな!」
 そういうと、がぱっと飛び起きて、牧に笑いかける。
 「じゃ、いくか…そうだ、福田。お前もこないか?」
 もう一人の同室の福田も誘って、三人ぞろぞろと、休憩ホールの自販機に向かう。
 豊富な種類の中から、気に入ったメニューを探し、牧に奢ってもらって、機嫌の戻った三井は、自然ににこやかになってきた。
 「はー、風呂上りに一杯って感じでうめーよな」
 「何だ、三井。まるで酒飲みの台詞だぞ」
 「そっかあ?」
 缶の中身をぐいっと飲み千して、ぽっと一息ついた三井の後ろから、いきなり抱きついた奴がいた。
 「三井さーん、見っけ!」
 「!」
 [せ、仙道?]
 硬直した三井を、気にしながら、牧はおんぶお化けしている、仙道を睨む。
 福田が、申し訳なさそうに、仙遊を三井から剥がそうとしている。
 「あ、フクちゃん、冷こいなあ。もう少し、三井さんのぬくもり感じていたいのにぃ・・・」
 「ばか、三井さん困ってる」
 仕方ないなあと言いながら、仙道は三井を解放する。
 「三井?大丈夫か?」
 仙道から解放された、三井の肩をとんとんとたたいて、牧が心配げに声をかける。
 「…まき」
 ようやく意識が戻った三井は、はっと気がついて、仙道を振り返り、だっと、牧の後ろに隠れた。
 「あらら。三井さんつれないな」
 そういいながら、牧の背後に隠れた三井ににじリ寄ろうとする。
 「お前が、三井を脅かすようなことするからだよ、仙道」
 三井をかばいながら、牧は、溜息をついた。
 「あっちいけ」
 牧の背後が、安企圏と知って、そこを死守しようと三井は、仙道を追いやろうとする。
 「そんな子供みたいなこと言わないでくださいよ…。まぁ、三井さんは、そんなところもかわいいんですけど」
 「仙道。いいかげんにしろ」
 「ああっーフクちゃん痛いって…」
 福田に耳を引っ張られて、仙道が、部屋のほうに引き摺られていく。
 「まったく…。どこまでが本気なんだか…」
 「ぜってー嫌がらせだ!」
 牧の後ろにしがみついたまま、三井が、仙道の姿が見えなくなるまでチェックしていると、横から声がかかった。
 「またまた、おあついことで」
 「?藤真」
 そこには、腕組みをして、不機嫌そうな藤真と、はらはらしながら、成り行きを見ている花形の姿があった。
 「いちゃいちゃしてんなよな」
 「なっ!どこが!」
 「その姿で、否定するか?」
 「へ?」
 三井は、未だ牧の背中にしがみついているところだった。
 「あっ」
 我に帰って、三井が、牧の後ろから体を離す。
 「これは行きがかり上だよ。藤真」
 牧が、困ったように言い訳する。
 「苦しい言い訳だよな」
 「な、何で。そんなに俺に突っかかるんだよ!」
 三井が、とうとう今までの鬱憤を晴らすかのように、藤真に抗議した。
 「なんだ?」
 「この二日間、いつも俺に、イチャモンつけてるじゃねーか!」
 「ほう?」
 少女めいた顔の眉が器用に片方だけ釣りあがった。
 「藤真…」
 花形も、心配そうに声をかりる。
 「藤真いいかげんにしろよ」
 黙っていた牧が、声をかけた。
 「なんだと?」
 とたんに一層不機嫌そうな表情をして、藤真は牧を睨む。
 「いいかげんに、子供みたいに好きな子をいじめるのは止めろよ」
 「なんだって?」
 三井が、牧の言葉にあっけに取られた。
 「何を根拠にそんなこと言うんだ?えぇ、牧」
 藤真が、きついまなざしで牧を見る。
 「中学のとき…いや、小学生のミニバスケのころから変わってないじゃないか。お前、いつも好きになった子を、泣かしたリいじめたりしてただろうが。今の三井へのあたりかたといっしょじゃないか」
 「…くっ…」
 悔しそうに、藤真が牧を見る。
 「そんなことしたって、お前の気持ちは三井に通じないぞ。わかってるのか?」
 「くそっ!ちょっと先に三井と個人的に話すようになったからって、優越感に浸ってんじゃねえぞ!絶対にそいつをお前になんか渡したりしないからな!」
 牧を睨みつけて、言うだけいって、藤真は今度は、三井に顔を向ける。
 「絶対に俺のものにしてやるからな!」
 そう言って、踵を返す。
 「藤真!」
 花形が、慌てて後を追っていき、ホールには自販機のブーンという稼動音が聞こえるだけとなった。
 「やれやれ」
 牧が、溜息をついた。
 「あのよ…。牧…ちょっと聞いていいか?」
 恐る恐る、三井は牧に声をかける。
 「どうした?」
 「俺、さっきの会話ぜんぜん見えてねぇんだけど…」
 「…そうだな…。三井にすれば青天の霹靂ってやつかもしれないな」
 「な、なんだったんだよ、あれ…」
 「ま、立ち話もなんだし、そこに座ろう」
 ホールのソファにと三井を促して腰掛ける。
 「三井は、藤真とは、あまり話したりした事がないんだったな」
 「おう…。校区も違ったし、中学の県選抜ん時も、あいつと話す機会なんてなかったしよ」
 「そうだな。ニ人とも取り巻きがすごかったからな。神奈川県のアイドル対決なんて言われてたくらいだしな」
 「アイドルはよせよ…」
 「しかし、あのころの三井は、可愛かったぞ」
 「だから…よせって」
 「なんだ、照れてるのか?」
 「どーせ、今はかわいげがねーよ」
 「そんなことないぞ。三井は結構今も可愛いと、俺は思うがな」
 「は?」
 「あのころは、見た目がそうだったが、今は、姿かたちというよりは、もっている雰囲気が可愛いな」
 [牧?]
 「ま、とにかく、だ。藤真とは、実は、小学校のミニバス時代から知ってるんだが、あいつの癖というかなんと言うか、自分が気に入った奴を徹底的にいじめてしまうんだよな」
 「はあ?」
 「よくあるだろう?子供のころ好きだといえなくて、ちょっかいかけて女の子を泣かしちまうガキ大将とかさ」
 「まさか、あいつも…」
 「そのまさかだよ。いつも、結構あいつと好みが似てたんだよな。おかげで、そんなこんなで、とばっちりをよく受けたんだ。で、いつもあいつは、相手の女の子をいじめた上に泣かせちまうんだよな」
 「そ、そんな」
 「だから、あいつって、ほとんど目分からのアプローチで成功したことないんだよ」
 牧は、ったく情けないと、溜息をひとつついた。
 「それと今のって…。まさか…」
 三井は、なんとなくいやな予感に、眉をひそめる。
 [そうだよ。まったく、今までのパターンと同じなんだよ。藤真のアプローチ…」
 「じ…じゃあ」
 「藤真は、三井がかなり好きなんだな。多分つきあいたいんだろう。この間、俺たちと実業団の試合であったろう?どうもそのころから、そうらしいんだが…。足引っ掛けたりして嫌がらせしてたよな?。それが、この合宿で、一気に爆発したんじゃないかな」
 「わ、笑えねー話だな…」
 「三井にしてみれば、とんだ災難だな」
 「どうしたらいいんだよぉ」
 「ま、そのうち熱がさめると思うんだが…それまでは、あきらめないといけないかな…」
 「そ、そんなあ…」
 「ま、できるだけ、俺を楯にすればいいさ。俺がいたら、そんなにきつく言ってこないだろうし…。ま、防波堤の役ぐらいはできるな」
 「まき…。頼むよ」
 「OK。さ、とりあえず部屋に戻るか。」
 「おう」
 三井は、牧と連れ立って部屋に戻る。
 あと一日無事に終わることを、三井は切実に祈りなから…。
 そのため、藤真や牧がこぼした言葉を完全に把握できたわけではなかった。
 今、一番頼っている牧が、実は、三井を狙っているということに思い至らないようだ。
 藤真が、三井を手に入れたいという言葉の中に、牧には渡さないとか、牧の言葉で藤真とはいつも好みが似ているとか、考えればそのあたりにたどリ着くのだが、三井の牧に頼りきった思考の中では、完全にフィルターにかかってしまっているようだ。
 とにかく、三井は、藤真の嫌がらせからあと一日、身を守る必要かあった。
 そして翌日。
 三井の心配は、とりあえず杞憂に終わったようだ。
 気になって横目で藤真を見るとじっと目が合ったりして、少し冷や汗がでたが、それ以上、藤真の嫌がらせもなく、練習は、無事に終わった。

 その日の午後、合宿の日程を終了し、解散となった。
 「おつかれ。三日間ありがとうな」
 解散して別れ際、三井は、牧に、無事に過ごせた礼を言った。
 湖北、海南、陵南、翔陽からなるメンバーは、各チームごとに固まって分かれていくようだ。
 「あぁ、三井も。同じ部屋で楽しかったよ。また、あと何日かは合同練習で、調整もあるだろうから、そのときはよろしくな」
 「おう、こっちこそ!」
 各自、この合宿で仲良くなった者たちと別れの言葉を交わし、解散していった。