「ただいま」
 自宅の扉を開けて、声をかける。
 玄関には、大勢の靴がある。
 『帰ってきてるんだ?』
 ただいまといいながら、居間に顔を出す。
 「ちゃーちゃん!」
 両親と、姉夫婦とその息子が、一斉に三井を見て、笑顔で迎える。
 「おかえりなさい」
 「あ、うん…。試合見に来てたんだって…」
 纏わりつく甥っ子を抱き上げて、母と姉に問い掛ける。
 「そうなの。折角ちゃーちゃんが、スポーツマンしてるんだし、ここは、応援しかないってことでね、おじい様たちまで連れていっちゃったわ」
 「父さんや義兄さんまで…。仕事抜けて、大丈夫だったんだ?」
 「ま、夏だからね休みが取れるんだよ」
 苦笑しながら、顔を見合す父と義兄に、不審な顔を向けながら、三井は、着替えるために甥っ子を抱いたまま、自室に向かう。
 「ちゃーちゃん、あのね、ばすけっとね、すっごーくかっこよかったよ」
 「おう、さんきゅ!祝人も応援してくれたんだ」
 ベッドに甥っ子を置いて、部屋着に着替えはじめる。
 「うん!いっぱいおうえんしたの!ちゃーちゃん、がんばれって…」
 「そっか、ありがとな」
 にっこり笑って小さな頭を、撫でてやる。
 「あのね、ちゃーちゃんのね、すりーぽいんとしゅーとってね、ぜっぴんなんだって!」
 「何だって?誰がそんなこといってたんだ」
 あからさまな賛辞を、甥っ子から聞いて、照れくさいやら恥ずかしいやらで、三井は困ってしまった。
 「あのね、とーさまと、おはなししてたおじちゃん」
 「は?」
 「しんぶんきしゃのひと」
 「記者?」
 「ちょーこーこーきゅーなんだって。あのね、ちゃーちゃん、ちょーこーこーきゅーってなに?」
 「祝人…」
 三井は赤面してしまった。
 まさか自分の口から、超高校級の説明をするのは、普段冗談でチームの仲間に言うのとは、わけが違う。
 「ねぇー、ちゃーちゃんってば」
 期待に目を輝かせた、甥っ子に、三井は、なんとこたえて良いものやら悩んでしまう。
 「とっても上手ってことだよ」
 廊下の入り口から、義兄が、笑いながら息子に教えるために声をかける。
 「義兄さん…」
 振り返って、三井は真っ赤になる。
 「確かに、寿君のスリーポイントは、絶品だったね。特に山王戦では、鬼気迫るものがあって、見ているこちらもぞくぞくしたよ」
 「そんな…」
 そんな手放しで誉めないでほしいと、三井は思った。
 うぬぼれてはいけないとは思うのだが、やさしい励ましや賛辞が、自分の心を弱くしそうだ。
 「優勝できなかったし、まだまだ、力が足りないって痛感したとこなのに…。」
 「目標を高く持つのは良いことだよ。でも、卑屈になることは無いからね。精一杯やったことは、必ず正しく評価されるんだよ」
 「義兄さん…。ありがと…」
 「なに、思ったことを言っただけさ…。おっと、そうだ、お茶にするから、降りておいでって言う伝言だったんだ」
 おいでおいでと、三井を手招きする。
 三井は、甥っ子を抱き上げて、義兄の後に続く。
 
 その夜、三井家は、試合の話で盛り上がった。
 そこに、電話が入った。
 「ちゃーちゃん、仙道さんとおっしゃるかたから」
 家族の目を逃れるため、自分の部屋の子機に切り替えて、三井は、電話に出た。
 「おう、待たせちまったか?」
 《いえ、それほどでは。ところで、宮城がら、三井さんのところに電話をするように言われたんですよ。一応、話は聞いたんですがイマイチよく分からなくって…。どういうことなんですか?》
 「あ、その…。すまねー、明日なんだけど、暇かな?」
 《ええ、暇といえば暇ですが…》
 「あ、あのさ、明日、流川とバスケすんだけど、お前もこねぇ?」
 《流川と三井さん?二人っきりのところに俺がお邪魔してもいいんですか?》
 「おう、1対1じゃ、飽きちまうし、お前もいれば、結構おもしれーかなって思って…」
 《…。なんか、無理やりのようですけど…。もしかして、流川と二人っきりになるのを警戒してます?》
 「う…」
 《いいですよ。喜んでご一緒させていただきます。いやぁ、うれしいな。三井さんやっと、俺と友達だったこと思い出してくださったんですね》
 「…」
 《…。じゃ、明日どこに行けばいいんですか?》
 「ウーン、明日家に流川が迎えにくんだ。9時ごろって言ってたんだけど…」
 《分かりました。じゃ9時前に三井さんのお宅に伺うってことでいいですか?三井さんが俺を誘ったりしたんじゃなく、俺が勝手に三井さんのお宅にお邪魔していて、ついでに参加するって方が都合いいんでしょう?》
 「せんど…」
 《いいですよ、気にしなくって。せっかくだから3人で思いっきりバスケしましょうね》
 「おう!」
 三井の家の場所を説明したあと、お休みと挨拶を交わして話を終わる。
 なんだか仙道に見透かされているようだ。ちょっと、情けなくって恥ずかしいが、とにかく流川と二人っきりの練習を阻止できたのでほっとした。
 居間に戻って明日出かけると伝える。
 「ちゃーちゃん、どこいくの?」
 甥っ子が、遊んでもらおうと思っていたようで、恨めしげに三井を見上げる。
 「あー、バスケの練習だよ」
 ついて行きたいと駄々をこねる甥っ子に、三井は少し困ってしまう。
 「うーん…。外で一日バスケを見てるだけなんて、いやだろ?」
 「あ、それなら、僕がついていこうか?」
 義兄が、声をかけた。
 「義兄さんが?」
 「うん、明日も休みだし、べつに用も無いからね。祝人が飽きたら連れて帰るよ」
 「いいんですか?せっかくの休日なのに」
 「あぁ、どうせ夏休みのまとめどりだから気にしないで。もうすぐ向こうに帰るし、祝人も少しでも寿君と一緒にいたいみたいだからね」
 そう言って微笑む義兄に、すみませんといって、纏わりつく甥っ子を抱き上げる。
 「じゃ、明日、一緒に見にくるか?」
 「うん!」
 うれしそうに抱きつく甥っ子に笑いながら、一家団欒の夜はふけていった。
 

これはこれで楽しいんだ

 「おはようございまーす」
 能天気な声が、三井家に響いた。
 「おう、仙道。すまねぇな。よびつけちまって…」
 「いえいえ、三井さんのお誘いなら、何を置いても駆けつけますって」
 「仙道…。そんな大げさな」
 「おや、ちっちゃい三井さんだ。おはようございます。俺のこと憶えてるかな?」
 仙道は、祝人を見つけて、にっこりと笑う。
 「おはようございますぅ…」
 三井の影に隠れながらも一応挨拶はするが、笑顔一杯のこの男に、なんとなく三井を取られそうに思ったらしく、彼のジーンズをしっかりと握り締めている。
 それに気づいて、三井が、甥っ子を抱き上げてやる。
 「なんか今日、こいつもついてくるっていうんで…」
 「あぁ、はい」
 「一応、義兄が面倒見についてきてくれるらしいから、そう迷惑はかけねーと思うけど…」
 「そんな、迷惑なんて。大きい三井さんと小さい三井さんがいるんで、俺的にはハーレムって感じです」
 「はぁ?」
 玄関先で、脱力しそうな会話をしていた三井の視線に、流川の姿が目に入った。
 「流川」
 「…。うっす」
 流川は、三井とのバスケだということで、ご機嫌だったのだが、玄関先にいる大男をみて、一気に機嫌が急降下する。
 「やぁ、流川。おはよう。三井さんとバスケしようと思って、お誘いに来たんだけど、流川もそうなんだってね?」
 「俺のほうが先に約束した。てめーはすっこんでろ」
 「そんな冷たいこといわないで、いっしょにやろうよ。ねぇ、三井さん?」
 「う、そ、そうだな…」
 「先輩!」
 何でというように、流川は、甥っ子を抱いている三井を見た。
 「だ、だってよ…。こいつも、せっかく誘いに来たんだからそんなに突き放すことねぇだろ…?」
 「じゃ、そろそろいきましょうか?」
 へらっと笑った仙道が、一行を促す。
 三井は、甥っ子がついてくるというので、その子守りに義兄も同行すると二人に告げる。
 「なんかお邪魔して悪いですが、よろしくお願いしますね」
 にっこり笑いながら三井の肩を抱く、彼の義兄が、流川と仙道は、なんだか面白くなかった。
 自分たちと話すときと比べて、三井が、いっそう可愛いように見えるのは気のせいだろうか。
 普段、自分たちとの会話では、なにか一歩引いているような三井が、義兄には、全面的に安心して力を抜いて話しているようだ。
 「ま、とりあえず行きましょうか」
 仙道の音頭で、一行はコートの方に向かった。
 
 三井のいきつけのコートに、向かうことになったその道中、三井は、腕に抱いた甥っ子と話をしていて、横を歩いている義兄とも和やかな雰囲気をかもし出している。
 しかし、残された流川と仙道は、二人の話に割り込むこともできず、じっと沈黙の時間が続いていた。
 仙道は、三井と三井によく似た義兄と甥の3人を見て、ハーレム状態で実はご機嫌だったのだが、流川は、一日の計画がことごとく崩された後、お邪魔虫だらけの今日のバスケに暗い予感がして、どうにも落ち着かなかった。
 空いたコートについた一行は、それぞれ準備をし始める。
 見学の義兄親子は、日陰のベンチに陣取り、残りの3人は、体をほぐし始める。
 「さてと、どうする?」
 体が温まって、ボールを一通り手になじませた後、三井は、二人を振り返った。
 「交代で1対1しますか?」
 「そうだな、3本ずつで交代すっか。じゃ、順番はじゃんけんで決めるぞ」
 じゃんけんで、流川対仙道から始まることになった。
 三井が、コートから出て、観戦の体制をとる。
 「てめーには負けねー」
 「おや、お手柔らかにね、流川」
 道中では不機嫌だったが、やはりバスケ馬鹿な流川は、仙道との勝負に闘志を燃やしている。
 一方の仙道は、相変わらず飄々とした雰囲気を崩してはいないが、やはり、楽しそうだ。
 真剣勝負に、見ている三井も引き込まれる。
 『やっぱり、あいつらすげーよな…。いや、俺だって3年なんだから、負けてちゃなんねーよな』
 二人の癖を見破ってそこを突いてやろうと、食い入るように見つめている。
 流川の攻撃が終わって、仙道が三井を振り向いた。
 「三井さん、次、俺の攻撃なんですけどこのままいっちゃっていいですか?」
 「おう、そうだな。攻撃ごとに変わっちまうと、ずっと同じパターンになっちまうからな…」
 「残る方は、本続いちゃいますけどね」
 「ま、間に休憩入れてもいいしな」
 「そうですね、のんびりいきましょう」
 そんな感じで、3人の自主練習は行われた。
 途中、三井の義兄の差し入れによる昼食を取った後も、黙々と対戦が続いた。
 三井の気持ちはいつになく浮き立っていた。
 普段の流川との1対1も、それなりの内容なのだが、仙道はというと流川以上に狡猾なプレイをするため、三井は翻弄されないようにふんばることに苦労した。
 『さすがに、天才って言う渾名ついてるよな…』
 荒い息を整えて、三井は、流川と1対1をしている仙道に目を向けた。
 疲れも見せずに、流川と勝負している。
 しかし、やはり仙道のほうが1枚上手のようだ。トータルとして、仙道2、流川1といった感じで勝敗が決まっている。
 流川は、仙道に阻止されたことを悔しげにネットを見つめている。
 三井はというと2人ともにトータルでほぼ互角というところで、3年生の面子を潰さずにすんでいる様だ。
 そんな3人の前に、大学生らしい3人連れがやってきた。どうやら、3人と試合を希望しているようだ。
 三井たちは、気分転換になるということで、その挑戦を受けることにしたが、結果は、彼らの圧勝となった。
 『このメンバーなら、そう簡単にまけねーよな…』
 三井を中心に、フォワード2人が点をとりまくる戦法で大差で勝負がついてしまったのだ。
 
 対戦の後、時間を見れば、そろそろ夕刻が近づいていた。
 「この辺で切り上げっか」
 三井もかなり体力を消耗していて、残りの2人についていくのが辛くなっていたのだ。
 「そうですね。時間を忘れる位熱中しちゃったな」
 「おう、俺も面白かったんでおんなじ…」
 「ウス」
 「さて帰るか…」
 身支度を整えて、コートを後にする。
 帰らずに熱心に見学していた甥っ子の手を引いて、義兄と並んで岐路につこうとした。
 ふと思いついて、振り返る。
 「お前ら、これからどうすんの?」
 「え?これからですか?おれは、まぁ、ホカ弁でも買って下宿に帰るくらいかな」
 「帰ってメシ食う」
 2人は、本当に食べて寝るくらいしか用がない様で即答をした。
 「そっか、それなら、ウチで食ってけよ」
 「いいんですか?」
 「おう、朝、お袋が誘えって言ってたから、なんか用意してるみてーだし…」
 そういうと、2人を促して、家路へと向かった。
 
 「ただいまー」
 一行が、家に戻ってきた。
 「お帰りなさい。暑かったでしょ?シャワー浴びなさいね」
 母が、にっこりと一同を指示する。
 汗臭い連中が一気に屋敷の中に入ってきたので、食事より優先順位が上がったのだった。
 言われたとおり、順番にシャワーを使う。
 その間に洗濯機がフル回転して、彼らの着替えを洗濯しはじめる。
 乾燥機がとまるまで、仙道と流川は、浴衣を着せられて客間に座らされる。
 「もうちょっと待ってくれよな、おふくろ達今メシの用意してっからさ」
 「はぁ、すみません。なんかお邪魔しちゃって…」
 「…」
 恐縮する2人に、三井はにやっと笑う。
 「おふくろも、姉貴も面食いでさ、お前ら見て、浮き足立ってやんの。ま、ボランティアだと思って、今日はわがままに付き合ってやってくれよ」
 冷たい麦茶を2人に供して、三井が、浴室に行く間、仙道と流川は、取り残されることになる。
 三井は、甥っ子と一緒に風呂に入った。
 姉が帰省している間に、どうも甥っ子の面倒は、三井の担当ということになりつつあった。
 「今日は、おとなしくバスケ見てくれてたな」
 「うん、あのね、ちゃーちゃんとってもかっこよかったの」
 「そ、そうか?」
 「うん!いちばんかっこよかったよ!」
 目をきらきらさせて、うれしそうに言う甥っ子に、赤面しながら、三井は、感謝の言葉を言う。
 「ありがとな」
 「うん!」
 甥っ子は、いすに腰掛けている三井に背伸びしてキスをする。
 「うっ…い、いきなり、どうしたんだ?」
 いきなりな行動に、三井は赤面しながらも問い掛ける。
 「したかったのー!」
 「そ、そっか…」
 脱力した三井に、何度もキスをして、甥っ子はようやく満足したらしい。
 「ねぇ、ちゃーちゃん?」
 「ん?」
 「あしたもれんしゅーなの?」
 「いや、まだ決めてねーけど…。どっか行きてーとこあんのか?」
 「うん、ちゃーちゃんとでーとしたいの!」
 「はぁ?デート?」
 「うん!…だめ?」
 「いや、まぁ、デートはともかく、どっか遊びに連れてってやるよ。どこ行きてーんだ?」
 「ゆーえんち!」
 「オッケー。じゃ、あした遊園地行こうな」
 「うん!じゃ、ゆびきりね」
 甥っ子と指きりげんまんを歌って、明日の約束をする。
 風呂から上がって、汗を乾かしていると、ようやく食事の準備が整ったようで三井に声がかかる。
 三井は、仙道と流川を客間からダイニングへと誘導する。
 テーブルには、三井一家と姉夫婦一家が同席している。
 「本日は、本当にお世話になってしまって…」
 仙道がそつなく礼を述べ始めると、横で流川も、会釈を珍しくしていた。
 「まぁ、よろしいのよ」
 なかなかに見栄えのよい青年2人に、三井家の女性陣は、ご満悦だった。
 「そろそろはじめますか」
 三井の父の一声で、会食が始まった。
 仙道と流川は、あきれるほどの食欲を見せて、女性陣の目を見張らせ、仙道の滑らかに動く口説は、料理を誉めつづけ、和やかに会食は進んでいった。
 
 「ちゃーちゃん、仙道さんたちに泊まっていっていただいたら?」
 三井の母が、にっこり笑ってそう告げた。
 「え?いやそんな、ご迷惑では」
 「いいのよ。泊まってらしてね」
 三井の母と姉ににっこり微笑まれて、逆らえるものは、その場の男ドモにはいなかった。
 
 客間に川の字に敷かれた布団に、流川と仙道が三井を挟むように陣取った。
 「ちゃーちゃん」
 そう言うと甥っ子が、とことこと客間に入ってきて、三井の布団に潜り込んできた。
 「なんだ?またか?」
 このところ、ずっと甥っ子が、三井の寝床に潜り込んでくるのが恒例になっているので、あっさり三井も懐に甥っ子を入れてやる。
 「おやすみー」
 甥っ子はそう言うと三井の頬にちゅっとキスをして、おやすみの挨拶をした。
 「おう、おやすみ」
 三井も、甥っ子の頬にキスを返して、甥っ子の背をあやすようにぽんぽんとたたいてやると、一瞬のうちに甥っ子が寝入ってしまった。
 「いいなー。三井さん、俺にもおやすみのキス」
 仙道が、自分の頬を指差してキスをねだる。
 「ば、ばかいってんじゃねぇよさっさと寝ろ!」
 そう言うと、三井は布団をガバッと被ってしまった。
 「ちぇっ。つれないなー。ま、それが三井さんらしいといえば三井さんらしいところですから…。しかたないですね。じゃ、おやすみなさい」
 そういうと、仙道も布団をかけて横になった。
 「…」
 流川も、ため息をついて、布団に入った。
 布団の中で、三井は、何でこうなってしまったのかと途方にくれた。
 明日、甥っ子と遊園地にいくと聞いて、ついてこなきゃいいんだがと、なぜかいやな予感だけが胸に浮かぶ。
 別のことを考えようとするうちに、やはり疲労からか、睡魔がやってきて三井を夢に誘った。
 川の字に大男3人が並んで寝息を立てはじめて、三井の3連休の初日が終わろうとしていた。