☆ 街へ繰り出そう
部屋に戻ったら、夕食まで自由行動。
それが、赤木の指示だった。
翌日の初戦に備えて、心身ともにリラックスすることが大切だ。
三年の部屋に、牧が電話を掛けてきた。
三井を誘い出す電話だ。
バスで、駅前のターミナルまで出てこれないかという内容だった。
三井も、簡単にOKして、待ち合わせの場所を決める。
電話は、牧が一方的に話して、三井が、それに合意するという状態だった。
横にいる、赤木と木暮に、三井が気を使わないように、牧が相づちを打つだけですむような、会話にしたのだが、三井は、果たして気がついたかどうか。
私服にさっさと着替えた三井は、ちょっと散歩してくると、赤木と木暮に告げて、部屋を出た。
うまい具合に、向かいの一年生の部屋の戸が閉まっていたので、五月蠅い桜木に気づかれずにすんで、三井は胸をなで下ろす。
宿を出て、少し歩いたところに、バス停があった。
さほど待たずに、バスがやってくる。
「ラッキー」
バスに乗り込み、駅前に向かった。
「三井!」
待ち合わせの場所に行くと、牧が立ち上がった。
「すまねー、またせたか?」
「いや、もっと遅くなるんじゃないかと思ってたから」
「結構バスがスムーズに来たんだ」
「それは、幸先がいいな」
牧は、あたりを気にしている。
「どうした?」
不審げに三井が尋ねる。
「いや、今日は、桜木達がついてきてないんだなって思って…」
「おう、なんか、気づかれなかったんだ」
「それはラッキーだったな」
「いつも、牧と会うときは、あいつらに邪魔されてたからな」
「はは、そういえばそうだ」
二人は、してやったりという風に、目を合わせて笑った。
「さて、どこに行こうか」
「うーん…」
「時間制限とかはあるのか?」
「あぁ、夕食までの自由行動なんだ。六時までには宿にかえんなきゃならねぇ」
「そうか、あまり時間がないから、遠出は出来ないな。とりあえず、そのあたりをブラブラとするか?」
「そうだな」
ウインドウショッピングでもするつもりで、二人は駅前の商店街に繰り出した。
ブラブラと歩いて、店をひやかしていると、なんだか小腹が空いてきたので、お茶でも飲もうということになった。
手近な喫茶店を見つけて入る。
冷たい飲み物と、サンドウィッチをオーダーして、空腹を紛らわそうとした。
「そうだ、今日会場で御子柴にあったか?」
牧が、思い出した用に尋ねる。
「え、お、おう…」
三井は、今日、御子柴に声を掛けられてからの一連の騒動を、手短に話した。
「なんだ、土屋や諸星にも捕まったのか?」
「あいつ等、ちっとも変わってねぇんだもんな。悪ガキのまんま。いまだになんか企んでるよーで、油断できねーよ」
「そうだな。でも、お前の消息を結構しつこく聞いてきたから、知らないって言っておいたんだが、良く簡単に見つけられたんだな」
昔とかなりイメージの変わった三井を、名前だけであっさり見つけてしまうとは、油断ならないと、牧は考えていた。
「おう、なんか、藤真から聞いたって言ってたぞ。牧が惚けて答えねーっていってたけどな」
「あぁ、あいつ等に尋ねられたときに、知らないってごまかしてたんだよ」
「へぇ?どうして」
「何となく、三井は、昔のことに触れられたく無さそうに感じたんだが…。違ったか?」
「う、そ、それは…」
確かにそのとおりだ。
過去に、強気でいた自分を今更蒸し返されるのは望んでいないことだ。
でも、それだからと言って、ありがとうとも言い難くて三井は、言葉に困る。
「まぁ、他の奴に三井をとられたくないって事が、いちばん大きな理由だがな」
「え?」
牧がこぼした言葉を、聞き取り損ねて、三井は牧の顔を見る。
「いや、なんでもない…」
牧は、タイミングがまずったなと、心の中で舌打ちした。
さりげなく、三井の気を引こうとしたのだが、今回は失敗したようだ。
「ところで三井。土屋達との賭け、一体どうするんだ?」
「え?一応断ったんだけどな」
「桜木達に引きずられながら?」
「ん、まぁそうなんだけどよ…」
「気をつけろよ。あいつ等のことだ、そんなこと知らないってトボケそうだからな」
「おう、わかってるよ。いざとなったら、牧とつきあってるって言って逃げるしさ」
「そうか、うまくいくように祈ってるよ」
「って、あれ?牧、それじゃ、うちがあいつ等んとこに負けるみたいじゃねーか」
「あ、そうだな、すまん!湘北が奴等に勝てばなんの問題もないんだからな」
「おう!やってやるぜ!」
諸星と当たる以前に、強豪Aランクの豊玉や山王と当たる湘北が、どれだけがんばれるかな、と、牧は考えた。
『しかし、山王に勝てそうなチームと言えば、案外湘北のような型破りなチームだったりするかもな…』
「なんだよ、うちが、豊玉に負けるって思ってんのか?」
三井が、ふくれっ面で牧を睨む。
「そうじゃないよ。無敵の山王に打ち勝つのは、案外湘北みたいなチームの方が向いてるかもなって思ってたんだよ」
「お?そうだよな!やっぱ、目標は全国制覇だからな!」
「おいおい、その前にうちと当たるんだぞ」
「今度は負けねぇよ」
「なんの。こっちも負けないさ」
互いに、闘志を前面に押し出して、不適な笑みを浮かべる。
「やっぱり牧と三井やん!」
いきなり、横から関西訛りの声が聞こえた。
声の方を振り返ると、そこには、先程体育館で別れた、土屋と諸星が立っていた。
「お前等なんで…」
驚いて、三井が呟く。
「牧が抜け駆けしてるって睨んだとおりだったな。駅前張っていて正解だったよ」
「ほんまや、諸星冴えとるわ。なぁ、ミッチー。俺等と遊びにいかへんか?」
「ミッチーって言うな!」
「なんや気にいらんの?可愛らしいのにな」
「とにかく三井、牧も出ようよ。その辺ぶらつこうぜ」
諸星の誘いに、牧と三井は顔を見合わせる。
あまり、そばにはいたくないのだが、断るのも角が立ちそうで、渋々、ついていくことにするかと眼で打ち合わせる。
「なんや、眼で語りおうてんの?えぇなぁ」
ひやかしはじめそうな、土屋をおいて、牧と三井は、レジに向かう。
牧が奢ろうとしたが、三井が、今日は割り勘でいいと言って、半分出そうとする。
試合前だし、馴れ合わない方がいいと言うことで、割り勘でいくことになった。
店を出ると、諸星と土屋がついて出てくる。
「で、どこいくんだよ」
三井が、偉そうに尋ねる。
「そうだなぁ、ゲームセンターなんかどう?」
「せやせや、対戦しょーな」
諸星と土屋は、言うが速いか、三井の腕を引いて、商店街の先に見えるゲームセンターに引きずっていく。
「おい、放せよっ」
三井がじたばたするのを、意に介さず、目的地に進んでいく二人の後を、牧は、溜息をついて歩いていく。
『なんで、三井と二人きりになると、こうも邪魔が入るんだ?』
なかなかうまくいかないものだと、牧は、腕を組んで考えた。
『インターハイがすんだら、うちに招待してみようか』
そうしたら、邪魔者も入らないしなぁと、今後の対策を検討する。
ゲームセンターで、いきなり、三井は土屋と格闘ゲームの対戦をさせられている。
「俺、格闘系は苦手なんだってー」
「まぁまぁ、何事も経験経験」
どうやら、本当に、格闘系はダメらしく、三井は、あっと言う間に土屋に倒されてしまった。
「ほらみろー。だからやだって言ったのに…」
ちょっとすねてしまった三井だった。
グレていたときも、ゲーセンで、よくたむろしていたが、格闘ものはからきしダメで、三井は、主に落ちものと呼ばれるテトリス系のゲームや、レースもの、シューティングものや、UFOキャッチャーで遊んでいたのだ。
気分転換に、三井は、ぬいぐるみのキャッチに挑戦しようとしている。
「俺、○カ○ュー欲しいんだ」
黄色い、モンスターのぬいぐるみを狙い始めた。
周りで、土屋と諸星が、前だ横だと指示をとばしている。
何度かコインをつぎ込んで、ようやく一匹のモンスターキャラクターを手に入れて、三井の機嫌は戻ったようだ。
「三井、あれやらねぇ?」
諸星が、バスケットのシュートゲームを指している。
「誰が、いちばん入れるか勝負しねー?」
そこでいきなり、フリースロー大会になってしまった。
じゃんけんで順番を決める。
諸星、牧、土屋、三井の順に投げる。
「これって、普段とゴールの高さや、ボールの重さが違うから、難しいんだよな」
そう言いながらも、さすがに各校のエース級だけあって、かなりの高得点をマークして、それぞれ景品を手に入れている。
結果は、それぞれ一ポイント差で三井、諸星、そして、牧と土屋が同ポイントだった。
その後、落ちものや、対戦レースなど、あれこれと試してみる。
「三井、そろそろ時間じゃないか?」
時計が、五時を回った頃、牧が気がついたように告げた。
「あ、いけねー。俺、もどんなきゃ」
慌てて、三井が、ゲームを中断する。
「すまねー」
たくさんのぬいぐるみを手に持って、三井が、帰り支度をする。
「門限か、残念だな」
私学に通うのこりの三人は、市街地の交通の便に恵まれたシティホテルが宿舎なので、まだ、門限まで余裕があったが、外れたところに泊まっている三井は、バスにかなり揺られなくてはならない分、大変だった。
三人に見送られ、バスターミナルからバスに乗り込む。
「三井、明日、がんばれよ」
「おう、サンキュ!お前達もがんばれよ!」
開かない窓ガラスの向こうから、三井が、手を振っている。
彼のバスが見えなくなるまで、三人は見送っていたが、バスが、左折して見えなくなると、我に返った。
「牧、俺達を騙してたろ?」
「三井なんかしらんってゆうてたやんか」
今度のターゲットは、牧のようだ。
両側から責められて、牧は閉口する。
「俺は、お前等の知っている三井は、知らんと言ったんだ」
開き直って答える。
「あぁ、そうきたか?」
「確かに、俺等の知ってる三井とは、ちごうてたからなぁ」
「なんて、同意すると思ったら大間違いだぞ」
土屋と諸星は、見合って、そうだよなと頷いている。
牧は相手にしてられないという風を装って、宿舎に向かって歩き始める。
「あ、おい、牧!」
「勝手に言ってろ!俺は、帰る」
「なんやつれないなぁ」
どうせこのままいても、三井のことを責められるだけだろう。
後ろから、かかる声を振り切って、牧は宿舎に帰っていった。
「ちぇ、つまんないの」
「まぁ、そこが、牧らしいんやけどなぁ」
「ま、今日は、三井と遊べただけで良しとするかな」
「そうやな、お楽しみは、ぼちぼちと小出しにする方が、長いこと遊べるしなぁ」
「じゃ、また、牧のデートぶち壊しに行こうな」
「うんうん。海南の情報提供者のおかげで、牧の行動バレバレやもんな」
「神か?あいつのおかげで、牧が抜け出すときに知らせてもらえるからな」
「ほな、今日はこのくらいで解散しますか?」
そういって、二人はそれぞれの宿舎に戻っていった。
一方、三人と別れた三井は、バスに揺られて、山間の宿舎に戻ってきた。
バスを降りて、ブラブラと宿舎に向かって歩いていると、なんだか宿の周りが騒がしい。
注意してみると、湘北のメンバーが、あたふたとはしりまわっている。
『?』
何かあったのかと心配で、近くに桑田を見つけて声を掛ける。
「桑田、どうしたんだ?何かあったのか?」
その声に、桑田が振り向いて、驚いた様な顔をした。
「み、三井さん!」
「何があったんだ?」
「よ、よかったーっ!三井さん無事だったんですねー!」
桑田が、駆け寄ってくる。
「はぁ?」
「三井さんが、急にいなくなったって、大騒ぎになっちゃって、みんなで探してたんですよ」
「なんだって?」
「ミッチー!」
三井と桑田の姿を見つけて、桜木が飛んできた。
「あっ、桜木君。三井さん見つかったよ」
「ミッチー、黙っていなくなったら、みんな心配するだろっ!」
「黙ってって…。俺は赤木と木暮にちゃんと言ってから出てきたぞ?」
「散歩するって言って、何時間経ってると思うんだよ!何かあったのかって、大騒ぎだったんだぞ!」
「何かって、一体こんな所で何があるって言うんだよ」
「ミッチーのことだから、山で迷子になってるんじゃないかって…」
「なんだとーっ」
なんて、心配性なんだと言いたいところだが、散歩に行くと言って、繁華街に繰り出してしまったのは自分なので、ちょっと気が引けたのだ。
「あ、三井!戻ってきたのか!」
木暮が、桜木の声に気づいて、やってきた。
「木暮」
「どこに行ってたんだい?あ、その袋…。市街に行ってたのか?」
「あ、あぁ…」
「今度からは、もう少し行く先をはっきり言っておいてくれよな。桜木や流川が、心配して大変だったからさ」
「う、す、すまねぇ」
「さぁ、三井、もう少しで食事が始まるから、着替えて、落ち着いた方がいいな。部屋に戻ろうか?」
「お、おう、そうするよ」
木暮に促されて、部屋に戻ると、中では、赤木が、腕を組んで不機嫌そうに待っていた。
「赤木、三井が戻ってきたよ」
「三井、子供じゃないんだから、行く先ぐらいちゃんと告げて行け!」
「う…」
なんだか、自分が悪者になったようで、三井は、落ちつかない。
部屋のドアを勢い良く開けて、流川が飛び込むように入ってきた。
「センパイ」
安堵したように三井を見て、三井の躰をぎゅっと抱きしめた。
「わ、ル、流川!」
必死にしがみつくように抱きつくので、三井は、身動きがとれない。
「流川、もう大丈夫だから、三井を離してやってくれよ。な?」
木暮が、声を掛けても、流川は一層しがみついている。
「ねぇ三井、流川や桜木が、とても心配して探し回ってくれたんだよ」
「う…。す、すまなかったな、流川?心配かけちまって…。」
三井の言葉にようやく顔を上げた流川は、抱きしめた腕をやっと緩めた。
「どこ行ってたんスか?」
「え?いや、市街地をブラブラしてたんだよ」
三井の手にある、ゲームセンターの包みらしい、ぬいぐるみの入った袋を見て、フゥと、溜息をついた。
「さぁ、そろそろ夕食だから、三井も服を着替えて」
「おう」
ようやく三井は、流川から解放された。