☆ 緒戦突破
翌日、湘北高校は、初戦の相手豊玉高校を、苦戦の末ようやく下した。
豊玉戦で、エース流川が負傷し、勝利したものの、今後の戦いに不安を残すことになった。
「大丈夫かよ、流川の眼…」
宿舎に帰って、風呂を使っていると、流川が入ってきた。
眼帯をしたままだ。
木暮と赤木に挟まれて躰を洗っている三井は、遠目にみる流川の動きが、ぎこちないのに不安を募らせる。
片目でものを見ることになれてないので、バランスが狂っているらしい。
心情的には認めがたいが、やはり湘北のエースは、流川だろう。
その流川が、この調子では、明日の山王戦は苦戦が予想される。
「今晩で、腫れが引いてくれるといいんだがな」
木暮も、不安そうにささやく。
心に不安を抱いたまま、三井達三年生は、浴場から出た。
ぞろぞろと部屋に戻ると、部屋の前で仲居さんから声を掛けられた。
「あのー、湘北高校の三井さんですか?」
「え?そうですけど?」
「お客さんがお見えですよ」
「客?」
誰だろうと、言われるままについていくと、ロビーのソファに見覚えのある頭が見えた。
「あ、三井さん!」
「仙道?どうしたんだ?こんな所に…」
何がどうして、ここでこいつを見るんだと、三井の頭は半ばパニックだった。
「三井さんのインターハイ出場を陰ながら応援しようと思い立ちまして」
「応援?」
「えぇ、明日の山王戦はちゃんと体育館で応援するつもりですが、その前に元気づけようかなって…」
「元気づけるって…」
仙道は、三井の右手をとり、両手で包んだ。
祈るようにうつむき加減の額に近づける。
「仙道…?」
不審げに名を呼ばれて、仙道は、手をそっとおろす。
「ちょっと、祈りを込めてみました」
「え?」
「山王に負けないように」
両手で、三井の右手を、ぎゅっと握ったまま、にっこり微笑む。
「お、おう…。サンキュ…」
三井は、今一仙道の行動が理解できないが、とりあえず自分たちの勝利を祈ってくれているようだったので、礼を言う。
仙道が、三井の後ろを見て、ふと笑った。
おもむろに、三井の手を離し、今度は全身を抱き包む。
「ち、ちょっ…と、センド?」
三井は、いきなりのことで、驚いて固まってしまう。
固まっている三井の、うなじに、そっとキスをしながら、仙道は、三井の後ろを見る。
「く、くォらーっ!センドーッ!ミッチーを放せっ!」
固まった三井の背後から聞こえたのは、桜木花道の怒号と、二人分の慌てた足音だった。
「おや、桜木、それに流川も。今日は、豊玉戦後苦労様」
「放せって言ってるだろっ!」
無理やり、仙道の腕を引き剥がす。
すかさず、流川が、三井を抱き留め、桜木が、仙道の邪魔に立ちふさがる。
「つれないなぁ、せっかく、明日の山王戦に向けて、みんなを激励に来たのに…」
「ウソつけ、ミッチーにちょっかいかけに来ただけのくせに」
仙道を、これ以上三井に近づけないぞと言うように、桜木と流川が、踏ん張る。
「おまえら…」
あまりの喧嘩腰に、三井は、そこまでやらなくてもと、声を掛けようとした。
「センパイは黙ってて」
三井を抱きしめた流川が、三井を制する。
「な、なんだよ、せっかく励ましに来てくれたんじゃねーか」
不足そうに口をとがらせた三井に、流川が、フゥと溜息をついた。
「センパイ、アイツを信用しすぎ」
「そうだぞ、ミッチー!センドーは、ミッチーをネラってるんだぞ!」
桜木も振り向いて、三井に注意する。
「うっ?」
逆に、何を言うというように、二人に言いこめられて、三井は言葉に詰まった。
「ずいぶんだなぁ…二人とも」
仙道は困ったように、肩を竦めた。
「ウルセー」
「そうだっ!とっととカエレ!」
声を揃えて、反撃にあった仙道は、今日はこれまでかと、退散することにした。
「じゃぁきょうは帰るとするよ、桜木、流川、明日がんばれよな。三井さんも、活躍期待してますから」
そういうと、三人に手を上げて、帰り始めた。
姿が見えなくなるまでは油断できないと、三井は、流川に抱きしめられたままだ。
出口で振り返って、こちらを向いた仙道に、二人は緊張する。
仙道は、苦笑して、三井に会釈をして、宿を出ていった。
「フゥ、やっと帰っていったか」
桜木が安心したように呟いた。
流川も、三井を抱いた腕を解いて、ほっと一息ついた。
「流川、桜木、お前等、アイツを邪険にしすぎなんじゃねぇの?」
三井が、恐る恐るつぶやくと、二人は、予想通り三井の言葉を否定する。
「それは違うぞ!ミッチー」
「センパイ甘い!」
一気に返事が帰ってきて、三井は口ごもる。
「う、で、でもよ…。やっぱ、仙道もよそのエースなんだし、仮にもお前等より年上なんだしさ、一応、応援に来てくれたんだから、それなりの礼のある態度は、とらなくちゃなんねぇんじゃねぇのか?」
常識論を、話してみる。
「で、デモよ、俺は、ミッチーが心配で…」
桜木が、ちょっとは何か考えることがあるのか、そう答えるのに、流川も頷いている。
「ふぅ、全くお前等は、意地を張り通すんだなぁ…。でも、引くときはちゃんと引いて、挨拶は、欠かしちゃなんねぇと思うぞ」
「ミッチー…」
「今度、アイツにあったときに、ちゃんと謝っとけよ」
年長者として、一応、言うべき事は言わねばならないと、三井は、注意する。
「あ、三井サン、そろそろ、食事ですよ!」
上から、降りてきたらしい宮城が、彼らを見つけて声を掛ける。
「お、おう」
三井も、それに答えて、動き始める。
「お前等も、早く食事の場所に行けよ。着替え、まだ持ったままだろ?」
風呂場の帰りに、三井と仙道を見つけたため、まだ、着替えも持ったままの桜木と流川を促す。
自分は、宮城とともに、食事の会場である広間に向かうべく移動する。
「どうかしたんスか?三井さん」
「え?」
「いや、花道達とあんなとこで立ち話ししてるなんて」
「あぁ、仙道がな、明日の山王戦を前に激励に来てくれてたんだよ」
「へぇ?仙道が?」
「おう、明日は観戦するって言ってたぞ」
「よく、あの監督が広島まで来るの許しましたね」
「え?」
「陵南は、新チーム結成して、もうほとんど休みナシで、選抜に向けて動いてるらしいんです」
「へぇ…すげーな」
「だから、良くインターハイ見学にこれたなっておもったんすけど」
「そう言えばそうだな…」
「まさか、抜け出してきてるなんてことは…」
「さ、さぁ…まさかな。いくら何でもそんなに練習さぼったりする奴じゃねぇ、とは思うんだけどなぁ…」
「そうですよねぇ」
実際は、無断で、やってきているのだが、所詮は、バスケに関しては、真面目な二人なので、そんなことを考えることがなかったのだ。
広間に入ると、もう、他の連中が集まってきていた。
桜木と流川がやってくるのを待って、夕食が始まる。
夕食後、監督の部屋で、ビデオを見て、山王の圧倒的な強さを目の当たりにすることになった。
「す、すげー」
三井は、あまりの力の差に、どうすればいいのかわからなくなってしまった。
今の湘北の戦力を冷静に分析すれば、どう贔屓目に見ても勝ち目はない。
絶望感に打ちひしがれながら、木暮達と庭を涼んで歩く。
『本当に勝てるんだろうか…』
今までの強気な様が、一度に萎んでしまったようだ。
それほどに、山王の力は圧倒的だった。
頭を冷やすため、木暮達から、外れて一人になって考えてみる。
現在の湘北の戦力で、どうすれば、彼らを突破することが出来るのか。
自分たちの、ラン・アンド・ガンの攻撃が、どの程度通用するのか…。
死角がないように思える、山王にも、何か弱点があるのだろうか。
『こうなりゃ、自分の仕事をきちんとして、恥ずかしくねぇ試合をするしかないのかな…』
倒れるまで、動き続けようとか、シュートミスをしないように集中力を高めてとか、そんなことしか重い浮かばないのだ。
『ふぅ…』
「三井」
溜息をついたところで、声を掛けられて、振り向く。
「…牧…?」
三井は、驚いて、名を呟く。
「どうしたんだ?こんなところを一人で。夕涼みでも、もっと明るいところに行った方がいいぞ」
「牧…お前こそなんでこんな所にいるんだよ!明日、海南も初戦だろ?作戦とか大丈夫なのか?」
「あぁ、ミーティングは終わったんだ。それで、ふと、三井はどうしてるかなって思ってな」
「なんだよ、それ」
牧が、三井に近づいて、彼の手を取る。
「明日、がんばれよ。山王戦は、今日の豊玉以上に苦戦するだろうけど…」
「牧…」
「去年山王に負けたときは、全力を出したんだが、どうしようもなくってな」
なんでそんな不安にさせること言うんだよと、三井は、内心泣きそうになった。
「でもな、今年の湘北なら、あるいは、勝てるんじゃないかって、最近思うようになった」
「え?」
「お前達は、一人一人は、まだ発展途上で、完成されていないだろ?だから、戦力分析はランクCになるんだ。でも、メンバーが互いに影響しあって、信じられない力を出すときがある。それは、戦力分析では出てこないんだ。お前達にはそれがある。だから、そういう力が、十分に発揮できれば、山王だって下せると思うんだ」
「牧…」
「三井、明日は、がんばれよ。日本中を、あっと言わせてやれ」
牧の激励に、三井の胸は熱くなった。
「おう、がんばるよ。ありがとな、牧」
「うん、じゃぁ、俺は戻るよ」
「え?もう?」
「あぁ、実は、ホテル抜け出してきたんだ。そろそろ戻らないとやばいだろ?明日初戦を控えているチームの主将としては」
片目を器用につむって、牧は笑う。
「そ、そうだな」
「じゃぁ、今日はゆっくり躰を休めて、明日に備えような、お互いに」
三井の手を握った右手で、励ますような握手をし、空いた手で、三井の肩を叩いて、牧が手を離した。
「おう!」
三井も、牧の励ましにようやく、やる気を起こして、力強く返事をする。
それじゃぁと、牧が、バス停の方に向かって去っていくのに、三井は、声を掛ける。
「牧」
「ん?」
振り返る牧に、三井は、呟くように話した。
「そ、その、今日はありがとな…。明日、俺、精一杯戦うから。海南も、がんばれよ」
三井の小さな声が聞こえたのか、牧が、笑って、片手を上げた。
「おやすみ、三井」
そう言って、去っていく牧に、三井も返した。
「おう、おやすみ」
今度は、牧も振り返らない。
ちょうどバスが来て、牧が乗り込むまで、見送って、三井は部屋に戻ることにした。
牧の励ましが、うれしかった。
自分で自分に恥ずかしくないプレーをすれば、道が開けるような気がした。
『あしたは、がんばろう!』
こうして、三井の山王戦前夜は、終わろうとしていた。