☆ 開会式

 

翌日、湘北高校一行は、バスケット会場へとやってきた。

開会式の前に、明日対戦する大阪代表の豊玉のメンバーと衝突してしまった。

海南の牧のすっ惚けでその場は治まったものの、明日の対戦に遺恨を残すことになってしまった。

「ったく、お前等はどんなところでも騒ぎを起こすんだな」

牧が、渋い溜息をついて愚痴る。

「牧…」

三井は、少し赤面して牧を見る。

確かに、湘北は、騒ぎが多いのも事実だ。

牧に落ち着いた対応をされると余計に、そのギャップが際だってしまう。

「ま、そこが湘北らしさなんだけどな」

三井の肩をぽんぽんと叩いて、牧はにっと笑った。

「すまねぇ、迷惑かけちまったな…」

「いやいや、それほどのことじゃないよ」

『やっぱり、牧ってイイヤツ』

三井は、先日感じた牧に対する信頼を、さらに深める。

牧は、三井と話が出来るチャンスに、素直に喜んでいた。

何となく和んでいる、三井と牧の雰囲気に嫌な気配を感じて、桜木と流川が二人の間に割って入った。

「ミッチー、そろそろ行かないと、ゴリが怒るぞ」

「センパイ」

両側から、三井の腕を掴んで、引きずり始める。

「ちょっ、お、おまえら、まてよっ!」

引っ張られながら、三井は振り返り、牧の方を見る。

「三井、また後でな」

牧が苦笑して、三井に手を降る。

開会式の後なら、もう少し時間に余裕が出来て、話すこともできるだろうと、牧は考えていた。

他校の、そう、常誠の御子柴をはじめ、牧に三井の消息を尋ねた奴らが、この会場にいる。

そいつ等が、三井に気付いてちょっかいをかけるのを防ぐつもりになっている牧だった。

『まぁ、あの五月蠅い後輩達がいるから、三井にちょっかいをかけにくいだろうがな』

はたして、三井は、牧とつきあってるからと言って相手を突っぱねることが出来るのだろうか。

『三井のことだから、そんなこと忘れて、パニックになるかな?そんな時に、ふと俺の顔でも思い浮かべてくれるようなら、しめたものなんだがな…』

などと、考えている牧は、薄い笑みを浮かべて、じっと作戦を練っているようで、海南のメンバー達は、声を掛けるのをためらっていた。

会場に、間もなく開会式が始まるとのアナウンスが入り、牧は我に返る。

気持ちを入れ替え、海南の主将としての勤めを果たさねばならない。

「よし、いくぞ」

振り向いて、海南のメンバー達に号令をとばした牧は、普段の神奈川の帝王の表情に戻っていた。

決められた集合場所にと、メンバーを誘導していく。

「おい、もう放せよ…」

会場にアナウンスが入り、湘北のメンバー達にも気合いが漲った。

三井は、それでも両腕を放そうとしない一年坊主達に、声を掛けた。

「いや、ミッチーはつい迷子になりそうだから、こうしていてやる」

「何言ってやがる!俺ァ、そんなに頼りなくねぇぞ!」

じたばたする三井だが、力の差は歴然としているため、あまり効果はなかった。

「三井サン、そろそろ入場行進っすよ」

見かねて宮城が声を掛ける。

「花道、流川、お前等は後ろに並べ。三井サンは三年だから前で行進でしょ。ハイハイ、並びましょーね」

声を掛けながら、桜木と流川の腕を払って、三井を解放してやる。

三井を木暮の後ろに並ばせて、後は、ゼッケン順に並んでいく。

「いいか、行くぞ」

赤木が全員を振り返り、ついてこいと促す。

赤木の後にぞろぞろと付いていくと、開会式の入場行進の待機場所についた。

隣は、神奈川県の第一代表の海南である。

桜木が、清田と騒動を起こすかと思われたが、牧と赤木が、後ろを一睨みして、二人を鎮めた。

行進曲にあわせて、順序よく入場が開始された。

神奈川県は、海南がまず入場し、続いて湘北が入場する。

普段騒々しい連中も、さすがに神妙な顔つきで入場行進を終えた。

開会式は、冗長な役員や来賓の挨拶と、緊張が漲る選手宣誓とすすみ、ようやく選手退場となった。

先程の待機場所に戻ってきて、やっと、無事終えた安堵の溜息をもらす。

牧が、戻ってきた赤木に声を掛ける。

「お疲れ」

「あぁ、なんだか緊張したな」

赤木も、ほっとした表情で答えている。

「湘北はこれからどうするんだ?」

「特にないが、宿舎に戻って自由行動だな。海南は?」

「うちも似たようなものさ」

「そうか」

「明日の試合がんばれよ」

「うむ。海南もな」

互いの健闘を祈って、話を終えた。

「あ、そうだ、三井」

宿舎に戻ろうとしていた湘北の一行に、牧が声を掛ける。

「え?」

近づいて、三井の肩を抱き、こっそりと耳打ちをする。

「これから暇なんだが、もし、三井もそうなら、一緒に繰り出さないか?」

「これから?」

「一旦宿に戻るんだろ?それで、予定が空いていたらでいいよ。後で、宿舎に電話しようか?その時に返事くれればいいから」

「おう」

ちゃっかり約束を取り付けて、牧は抱いた三井の肩をぽんぽんと叩き三井から離れた。

手を挙げて、三井を見送った後、いつもの主将の顔に戻った牧は、さっさと宿舎に戻って、町に繰り出す用意をしようと考えていた。

「ミッチー。じいと何話してたんだ?」

不審そうに、桜木が、声を掛ける。

「い、いや、別に…」

空々しく三井が答えるのに、宮城は脱力した。

『なんでそんな見え見えな、ウソをつくかなこの人は…』

案の定、桜木に突っ込まれて焦っている。

『どうせ、牧さんと遊びに行く約束でもしたんだな…。花道と流川を振りきるっていう、自信があるのかねぇ…』

宮城は、なんでこう行き当たりばったりかなと、溜息をついた。

桜木につつかれている三井に、常誠高校の御子柴が声を掛けた。

どうやら、赤木や木暮に挨拶をしたついでというふうを装っている。

「三井君」

「み、御子柴…」

「明日の試合、がんばれよ、対戦できるのを楽しみにしてるから」

「あ、あぁ、どうも…。常誠もな」

「へぇ、三井やん、来てるっていうの、ほんまやってんな」

御子柴の後ろから、長身の男が、その横にいた、彼よりは少し小柄な男に声を掛ける。

「牧の奴、すっ惚けてたけど、俺達の情報網を馬鹿にしてるよな」

「土屋?諸星?」

三井は、御子柴の後ろにいた二人を、驚いたように見つめた。

「ひさしぶりー。年賀状もここんとこくれへんし、心配しとったんやで、なぁ、諸星」

「そうそう、牧は、知らないって言うしな。でも、この間藤真から、教えてもらったんだよな」

「うっ…」

御子柴を押しやって、長身の関西弁を話す土屋と、彼からみると小柄な諸星が、三井を囲む。

「しかし、三井は、ちょっと見ない間に随分風貌が変わったなぁ」

「ほんまやなぁ。あのころは、めちゃ可愛らしかったのに、今はなんかいかつうなったなぁ」

土屋が、三井の頬を、指でつつく。

三井は、あまりあいたくなかった過去の知り合いのあいだに、冷や汗もので立っている。

「なぁ、三井。三年前の約束覚えてるか?」

「三年前?」

「そうそう、俺達と賭けしただろ?」

「賭け?」

「忘れてしもたんか?」

「三井が、俺達のどちらかに負けたら、そいつとキスするって約束したじゃないか」

「ううーっ…」

「あ、思い出した?」

そう言えばそんな約束をした覚えがある。あのころは、怖いものナシで、負けるなんて思ってもいなかったから、そんな強気の約束をしてしまったのだ。

「なぁ、それって、まだ有効やんなぁ。今回、その約束守ってもらいたい思てんねんけど」

「そ、それって…」

「キスっていうのん、べつに、もっと進んでもかまへんでー」

「進むって…」

「あ、そうだよな、もし三井が負けたら、一晩お相手してくれるってのはどう?」

「あ、それ、ええやん!そうしよー、な、三井?」

「え?それ、俺も一丁かませてくれ!」

横で圧倒されていた御子柴が輪に入ってくる。

「ちょ、ちょっと待てよ」

やばい、話が、どんどん不利な方に進んでいく。

「ふんぬーっ!ミッチーは渡さん!」

横で聞いていた桜木と流川が、三井をかばって、割り込んでくる。

「なんや、三井の後輩?」

流川が、三井を抱えて、周りの男達を睨む。

「いやぁ、相変わらず、三井はバスケ部に親衛隊持ってるんだ?」

「ミッチー、こいつらの言うことなんか聞かなくていいぞ。ゴリが、怒るからあっちに行こうな」

桜木が、三井を促す。

「へぇ?三井、ミッチーて呼ばれてんの?ほんなら、俺はツッチーやな。諸星は?」

「モッチーはやめろよ」

こたえずに話している二人にかまわずに、流川が、三井を引きずっていこうとする。

反対側を桜木に引っ張られ、もう、どうしようもない。

「おい、流川、桜木」

それはそれで、三井は困る。

先輩の威厳が、丸つぶれだ。

「あ、行ってしまうんだ?三井」

「ほな、約束したでー」

知らないあいだに約束が成立しそうだ。

「ちょ、ちょっとまて!約束なんかしねーぞ!」

引きずられながらで、格好悪かったが、言うべき事は言っておかなければ、後で大変なことになるから、三井は大声で拒否した。

「なんだか、三井変わったよな」

引きずられていく三井を見ながら、諸星が呟いた。

「せやなぁ。なんか、見た目よりも可愛らしいなぁ。中学ん時は、偉そうやったけど、今は、めっちゃ頼りなさそうやもんなぁ」

土屋が、にやにやと同意する。

「からかいがいありそうだよな」

「ええおもちゃ、見つけたな」

「牧の奴、まさか、独り占めしようなんて思ってんじゃないだろーな?」

「そらゆるせへんな。藤真が連絡くれたんも、そのへんがあるのんちゃう?」

「邪魔しろってことだよな」

「お言葉に甘えましょか」

土屋と諸星は、顔を見合ってにっと笑った。

その姿を横で見て、御子柴もなにやら考えている風である。

「おい、いい加減にはなせよっ!」

一方、引きずられていった三井は、未だ、二人に両腕を拘束されたままだった。

「ミッチーは、危なっかしいから、こうしてなきゃならないんだ」

「桜木ぃ!」

「センパイ」

反対側の流川が声を掛ける。

「な、なんだよ?」

「今のヤツラ、何?」

「う…。あ、あいつらは、昔の知り合いで…」

「小さい方は『愛知の星』だ」

桜木が、知識を披露する。

「諸星だ。でかい方が土屋。大阪の代表だ」

「トヨタマか?」

「いや、もう一校の方だ」

「負けたらキスするんすか?」

「や、やんねーよ!なんで男とキスしなくちゃなんねーんだよ!」

ここのところ、たびたび降りかかっている災難だが、自分から進んでキスなどしたいわけがない。

「ま、ゼンコクセイハするんだから、ミッチーは無事だな」

「お、おう、そうだったよな。うちが、優勝すりゃ、かんけーねぇことだよな」

「ウス」

諸星のところと当たるには、まず、豊玉に勝って、次に、優勝候補の筆頭の山王に勝たねばならない。

本当は全然楽観視出来ないのだが、そのあたりは大雑把な三井や流川や桜木だった。

「一旦宿に戻るぞ」

そんな彼らに、湘北の主将赤木の号令が下った。

ぞろぞろと会場となっていた体育館を出て、市電の乗り場に向かう。

宿舎までは、市電とバスを乗り継ぐのだ。

珍しい市電に、来たときもそうだが、帰りもご機嫌の湘北ご一行様だった。