
【危険がいっぱい5】
☆イヤダ!イヤダ!イヤダ!
「起立、礼、着席」
長かった、補習がやっと終わった。
せっかくの夏休みの初頭、うだる暑さの中、補習に通い続ける苦労が終わった。
三井は、この数日、起こったいろんな事を、思い返していた。
中途半端な時間に通っていたことで、普段見かけない変な男たちから、痴漢にあったり、それに伴って海南の連中ともめたり、あまりいい事がなかった。
なによりも、後輩の流川、桜木、陵南の仙道に言い寄られてしまったことが、最低の出来事だ。
今まで、何ともなかったはずの後輩たちの、視線が違っている。自分を女のように見ているのがわかる。まさか、男子バスケット部の中で、自分の貞操を守るために、必死で気をつけなきゃならなくなるなんて、思っても見なかった。
三井は、大きな溜息を一つついて、教科書やノートを、鞄にしまい込む。これから、部活だ。明後日の月曜から、静岡の常誠高校に遠征合宿だ。今日と明日の練習は、調整に費やされるだろう。
一年坊主の鬱陶しい視線にさらされるのは辛いが、休むわけにはいかない。なるべくあの二人から離れて過ごそう。重くなりがちな心を無理やり奮い立たせて、三井は部室に向かうべく教室を跡にした。
「っうーっす」
多少投げやりな挨拶をしながら、部室の引き戸を開ける。部室には、進学講習に出ていた、木暮と赤木が、先に着替えをしていた。目敏い気配り人間の木暮が、声をかける。
「あっ、三井。補習終わったんだ?」
「おう、やっと、うっとーしいのが、終わったぜ」
「よく我慢して毎日通ったな、三井」
「んなガキじゃねーんだから、約束は守るさ」
ちょっと、自慢げに三井が答えたところを、今まで関心無さそうにしていた赤木が、突っ込んだ。
「何を偉そうに言っとる。補習に出るのが当たり前だろうが」
「なっ・・・」
「まぁまぁ、赤木も、三井もこんな事で衝突してないで、早く着替えて体育館に行こうよ。俺たち三年が遅れてちゃ、一二年に示しがつかないよ。」
木暮にせかされて、赤木も三井も、急いで着替えて体育館へと向かう。
その日の練習は、何事もなく順調に終わろうとしていた。
水飲み場で、三井が頭から水を被っていると、背後に人の気配がした。蛇口は、他にも空いているので、順番を待っているわけでは無さそうだ。
三井は、水を被るのをやめて、頭を左右にぶるぶると振って水滴をふるい落とし、首からかけていたタオルで頭を覆い、後ろを見た。そして、少し後悔した。
できれば、敬遠したい一年坊主の内の一人、神奈川県の新人王、流川楓がじっと立っていたのだった。
昨日までの流川の仕打ちを思い出して、三井は、少し怯んだが、今は、二人きりではない。水飲み場には、他に、宮城や安田や塩崎、桑田に石井などがいるのだ。これなら、いくら流川が変な奴でも、あまり無体なこともできないだろう。無視だ、無視。
「なんだ、流川も上がりか?じゃぁな、お先」
そういって、あっさり横を通り過ぎようとした、三井の二の腕を、流川が、がしっと掴んだ。
「な、なんだよ、流川・・・?」
いきなりの事に驚いてしまって、少し声が詰まる。
「1ON1の相手して欲しいんですけど」
「え?い、いや、俺は・・・」
用事があると、答えようとしたのも聞こうとせずに、流川は、ぐいぐいと三井の腕を引いて、体育館に引きずっていく。
「ま、待て!流川!今日は、用があるんだってば!おい、流川!」
体育館の入り口まで三井を引きずってきて、流川が振り向いた。
「海南の牧に会いになんて行かさない。他の奴とのデートだってぶっつぶしてやる」
「な、何いってんだ?」
強引に体育館の中に、三井を押し込んで、後ろ手にドアを閉める。
「る、流川?」
「逃がさねぇ」
三井の肩を、がっしりと掴んで床に押し倒す。何が起こったのか、一瞬わからなかった、三井に覆い被さり、強引に唇を奪う。
「!」
あまりの事に、三井は遅まきながら、抵抗をし始める。流川の長い前髪を、夢中で掴んで引っ張ると、ようやく長いキスから解放された。
「何しやがるっ!」
三井が怒鳴るが、涙目で、真っ赤になっていては威厳もなく、不埒な一年坊主には、可愛いと逆に喜ばれる始末だった。
「何って、ナニ」
再び、力ずくで押さえ込み、抵抗を示す三井の両手を、左手一本で纏め取り、再びキスをする。空いた右手を、三井のTシャツの中に忍び込ませる。汗で、少し湿った肌に指を這わせると、三井が硬直した。涙を溜めた目を、いっぱいに見開いて、流川を非難するように見る。流川の指が、胸の飾りに辿り着き弄び始める。
三井は、流川に良いようにされている自分が、信じられなかった。あんまりではないか。自分は、バスケをするために戻ってきたのだ。あんなにみっともない醜態をさらして、涙ながらにバスケがしたいと訴えて・・・。
間違っても、後輩にこんな不埒な行いをされるために戻ってきたわけではない。
三井は、思い切り抵抗を始めた。躰を捩り、足をばたばたさせ、流川の舌に噛みついた。
「!」
想像以上の抵抗にあった流川は、三井の躰を離した。噛みつかれた舌から、血が滲んでいる。口を押さえて、三井を見た。
三井は、流川から少し離れたところで立ち上がり、Tシャツの胸元をつかんで、涙をぼろぼろ流しながら、流川を見ていた。
流川は、ふらっと立ち上がり、口を押さえたまま、三井の方に一歩足を進めた。三井は、一歩下がって流川の手の届かない距離を保つ。何歩か、同じように進む。三井の顔が、恐怖で青ざめてくるが、かまわず間合いを詰めていった。後ろ向きに下がる三井の方が、分が悪かった。流川が、急にダッシュしたことに、三井は、ついていけず、流川の接近を許してしまった。
流川の右手が、三井のTシャツを掴む。三井が咄嗟に身を引いたため、三井のTシャツは、音を立てて引き裂かれた。
「流川!」
裂けたTシャツをたぐり寄せて、流川は、三井を捕まえることに成功した。足払いをかけて、強引に三井を倒す。
三井は、腕を突っ張って抵抗を示すが、流川にのしかかられて、身動きがとれなくなってきた。
『嫌だ!嫌だ!嫌だ!』
再び、流川の指が、肌を這い始める。抵抗も封じられ、もうだめだと、三井は、絶望的な気持ちになった。涙が、ぼろぼろとこぼれる。流川の唇が、三井の目尻に当てられる。
その時、体育館の重い引き戸が開けられた。
三井の胸を這っていた流川の指が、止まった。ゆっくりと入り口を振り返る。
「っ?ミッチー!」
体育館の入り口に立ち、中を見ているのは、湘北の問題児、桜木花道だった。
「ルカワーッ!何しやがるっ!」
桜木は、体育館の中に走り込んできて、三井を押し倒している流川の肩を掴み、三井から流川を引き剥がす。
「ミッチー・・・」
流川を引き剥がした下にいる、三井の姿を見て、桜木は狼狽えた。Tシャツが引き裂かれ、いかにも乱暴されたという風情で横たわる三井の姿は、奥手な桜木ですら、くらくらするほどの色気があった。
「さくらぎ・・・」
流川の体重から解放された三井は、少し怯えた目で、2歳下の赤毛の自称天才を見上げて、体を起こす。引き裂かれたTシャツを見て、躰に残った少しの布で躰を隠そうとしている三井を見て、桜木は自分が着ていた制服のシャツを脱ぎ、三井の肩に掛けてやる。
そして、振り返り、流川を見た。
「ルカワーッ!ミッチーになんて事するんだ!」
「るせー。邪魔しやがって」
「なにっ!」
一触即発の緊張が、体育館を支配する。
「先輩は、誰にも渡さねぇ」
「ミッチーは、てめーのもんじゃねーぞっ!」
いきなり、殴り合いが始まった。
止める気力もなく、三井は、ただ、ぼんやりとその様子を見ている。
「おい!こら、流川、花道ナニやってんだよ!」
開け放った体育館の扉から、宮城の姿が現れた。二人の喧嘩を止めようと、体育館に踏み込んで、殴り合う二人の向こうに座り込む三井の姿を見つけた。
「ちょっと、三井サン!あんたも止めてくださいよ!」
そう言って、三井の側まで近づき、三井の姿を見て、一瞬息をのんだ。ぼんやりとしたその表情が、いつもの、意志の強そうな勝ち気な表情を見慣れた宮城には、まるで別人のように見えた。その上、桜木の大きめの制服を肩から掛けられたままで、腕で、自分の躰を抱き寄せている姿の頼りなさに、なんと声を掛けて良いのかわからなかった。
「三井サン・・・あんた・・・」
『すっげー凶悪・・・』
宮城が、手を三井の肩に置いた途端、びくっと肩が揺れた。三井は、怯えたような瞳で、肩に手を置いた相手を見上げる。
「みやぎ・・・?」
相手が、宮城だと認識して、ようやく躰の緊張を解いた。
「三井サン、どうしたんスか?こいつら?」
それにその姿は、と問いかけると、ようやく、三井の表情が、普段のものに戻っていった。そして、それが、だんだん怒りの表情に変わっていくのを、宮城は、不思議な気持ちで見ていた。
三井は、すっくと立ち上がり、掃除用具の入ったロッカーからバケツを取り出して、体育館から走り出ていった。
「三井サン?」
宮城は、呆気にとられて、後ろ姿を見送ってしまった。ふと我に返って、横で、殴り合いを続ける1年コンビを見て、どうやって止めようかと思案する。主将の赤木は、先程帰ってしまったし、今日は、桜木軍団も見物に来ていない。
「花道!流川!いい加減にしろよ!」
少し離れたところから、声を掛ける。
「リョーチンは黙っててくれ!今日という今日はこのキツネヤローに思い知らせてやるんだ!」
右のストレートを繰り出しながら、桜木が叫ぶ。
「るせー!せっかく、もー少しだったってのに邪魔しやがって、テメーこそ二度と、そんな口きけねーよーにしてやる!」
流川も普段の何倍もの台詞を叫んで左のボディブローを打ち出す。
「おい、おめーら・・・」
宮城が、あきれたように声を掛けた。
そこに、いきなり、水が浴びせられた。
「な、何すんだ、ミッチー?」
「センパイ・・・」
肩から息をした三井が、空のバケツを持って立っていた。
「どいつもこいつも、馬鹿にしやがって!いいか!流川!二度とあんな馬鹿なことしやがったら、今度こそ許さねーぞ!桜木もだ!俺は、誰のもんでもねーっ!二度となれなれしー口ききやがったら、ただじゃおかねーからな!」
一気に捲し立てた三井は、手に持ったバケツを投げつけて、体育館を出ていった。
「ミッチー!」
追いかけようとする桜木と流川を、宮城が止めた。
「こら、花道!流川!テメーら、ここを片づけていけよ!おまえらが原因で、三井サンが、ヒス起こしたんだからな」
すっかり戦意喪失した二人は、宮城に追い立てられて、モップを持って渋々水浸しの床の後始末を行い始めた。
『しかし、さっきの三井サンってば、スッゲーイロっぽかったよな。普段のあの人と別人だったもんな。堀田番長とかの、アイドル状態だったってのもまんざら嘘じゃねーんだな』
一年坊主のモップ掃除を監督しながら、宮城は先程の三井の表情を思い返していた。ノーマルなはずの宮城だが、少し三井の表情にはクるものがあったのだ。
『いや、いや、それでも俺はアヤちゃん一筋』
ぶんぶんと首を振って、三井の表情を頭の中から追い出す宮城だった。
『くそーっ!くそーっ!くそーっ!』
三井は、部室で速攻で着替えをして、駅に向かっていた。
『流川の奴、調子に乗りやがって!今度、あんな事しやがったら、あいつが昼寝してるときにバリカンで頭刈ってやるっ!逆モヒカンで5厘刈りだ!ぜってー!おぼえてやがれ!』
そして、はたと気がつく。次は、今回のように逃げることができるだろうか。流川や、桜木に捕まらないように気をつけねば。明日というよりも、月曜からの合宿が不安だ。少し情けないが、木暮や赤木、宮城の近くにいよう。そうすりゃ、あいつらだってそうそう無茶は出来ねーだろう。
姑息な計画を立てて、三井は、少し安心した。
「あれ?三井さん?」
駅前の商店街で、声をかけられた。声の主は、陵南高校のエース。
「仙道?・・・何でこんな所に?」
三井が、不審気に呟く。
「もう練習終わりですか?せっかく湘北に遊びに行こうと思ったのに」
残念そうに仙道が答えた。
「遊びにって、お前・・・」
「だってもうすぐ湘北は合宿でしょ?そうなったら遊びに行けないじゃないですか。それに・・・」
「それに?」
「三井さんにこの間の返事も聞きたかったし。デートのお誘いに来たんですよ」
「ばっ・・・馬鹿ヤロー!何言ってんだよ・・・」
「何って、この間おつきあいのお願いしたじゃないですか。その答えですよ」
「うっ・・・」
「まぁ、こんな所で立ち話もなんですから、どこかその辺でお茶でもどうです?」
そう言うと、強引に三井の腕をとって、歩き出した。
「お、おい、仙道?」
三井の軽い抵抗など、まるで効かない。仙道は、目についた喫茶店に三井を連れ込む。テーブルについて、さっさと自分はオーダーを済ませ(なんとプリンパフェだった)、三井にもオーダーを促す。渋々、三井もアイスコーヒーをオーダーする。
「あれ、三井さんって甘いの嫌いですか?」
「い、いや、そう言う訳じゃねーけど・・・なんか今日はあんまり食いたくねー気分だったから・・・」
「何かあったんですか?」
「べ、別に・・・」
仙道の視線から、目を逸らす三井の仕草は、いかにもそのとおりと言っているようなものだった。
『わかりやすい人だなー。きっと隠し事できないんだろうな・・・』
仙道は、にこにこした表情の奥で、三井との話の進め方を考える。
「な、なんだよ・・・?」
かまわれても困るくせに、放っておかれるともっと居心地悪くて、三井が仙道を見る。
『いいなぁ、まるでちっちゃい子供といるみたいだ。腹の探り合いなんて、全然したことないような人なんだなぁ』
「仙道?」
呼んでも答えてもらえなくて、三井は、少し焦る。こういう間は苦手だった。
「いやぁ、三井さんて新鮮だなぁって、ちょっと感動してたんですよ」
「なんだよ、それ・・・?」
「まぁまぁ、それより、この間の答えですけど・・・」
「ま、まだ、ちゃんと考えてねーよ・・・そ、それに、俺は、お前のことなんにも知んねーし・・・」
「お互いのことを知るためにも、つきあい始めるんじゃないですか」
「そ、そりゃ、そうだけどよ・・・」
「ね、OKくださいよ、三井さん」
「お前の付き合うってのは、友達として付き合うじゃだめなのか?」
「そうですねぇ・・・最初はお友達からってのがおつきあいのセオリーなのかなぁ」
「って、お前は違うのか?」
「うーん・・・そういうつきあいは、やったことないんですよねぇ・・・」
「何にも知らねー奴でも、いきなり深いつきあいになるのか、お前は?」
「時と場合によりますけどね・・・。」
「あきれた奴・・・」
節操なしという悪印象を与えたくなくて、仙道は、自己弁護をする。
「でも最近は、部活が忙しくてそんな余裕もなかったんですよ。いたって寂しい毎日だったんです。ホントですよ」
「ふーん・・・」
あんまり信用してないような口調で、三井が相づちを打つ。
そうこうするうちに、オーダーの品が運ばれてきた。しばし、互いにオーダーした品を、胃袋に入れることに集中して、沈黙が二人の間に流れた。先に、我に返ったのは、仙道だった。あらかた、プリンパフェを食べ尽くして、三井を見る。三井は、仙道のパフェを平らげる勢いに圧倒されて、自分のコーヒーを啜る事も忘れてしまっていた。
コホンと、一つ咳払いをして、三井の意識を、パフェの器から、自分に向ける。
「ね、だから、OKくださいよ」
「なにが、ね、だよ・・・俺は、男と付き合う気はねーんだよ」
「そんなー」
「ったく・・・流川といい、桜木といい、牧といい、その上、お前まで・・・何でこう男と付き合いたがるかな・・・」
三井は、ふうっと、溜息をこぼした。
「え?牧さん?牧さんや桜木も立候補してるんですか?流川だけじゃなく?」
三井の言葉に、仙道が反応する。流川だけが、三井に言い寄っていると思っていたが、ライバルは思いの外強力だ。
「牧は、友達で良いっていったがな」
三井は、昨夜の電話を思い出して、ふと笑みをこぼす。その表情の変化に、仙道は、なにやら嫌な感覚が胸の中に広がる。
「じゃぁ、三井さんはOKしたんですか?」
少し焦って、三井に問いかけると、三井は、何をそんなに焦ってんだと言うような表情で答える。
「ダチが増えるくらいどって事ねーだろ?」
「三井さんの友達ってどの程度の友達なんですか?」
「どの程度って?」
「だから、一緒に食事したりする程度?デートとか、それ以上とか・・・」
「何でダチと、デートしたり、それ以上のことすんだよ?ダチはダチだ。一緒につるんで、遊ぶんじゃねーか」
「・・・・牧さんがよくそれで良いって言いましたね」
「何でだ?牧は友達で良いって言ってたぞ。電話で話したり、たまに逢って馬鹿話したり、一緒にバスケしようって・・・」
何と遠回しなスタートをと、仙道は牧の気の長さに感心した。もしかして、本気で友達になるつもりなのだろうかと、考え込む。
「わかりました。三井さん、俺も最初は友達で良いです。一つ年下ですけど、友達として、おつき合いいただけますか?」
「へ?・・・お、おう・・・別に変な事しねーなら、かまわねーぞ」
「変な事って?」
「うっ・・・い、いや、だから・・・その・・・き、キスしたり・・・そっ、そんなことだ・・・」
「牧さんが、そんなことするんですか?」
「ち、ちげーよ・・・牧は・・・」
じゃぁあの不埒な一年コンビかと、仙道は、すました顔をしたスーパールーキーと、態度のでかい自称天才児を思い浮かべる。
「わかりました。じゃあ・・・」
そう言って右手を三井の方に差し出す。
「へ?何だ?」
「オトモダチの握手ですよ。これからよろしくお願いしますね、三井さん」
そう言いながら、三井の右手をとって、無理やり握手を促す。
「お、おう・・・」
友好条約締結だ。にこにこした仙道の顔を見ていて、何でこんな事になったのか、三井にはよくわからなかった。心の中で、そっと溜息をつく。
仙道は、この、見た目よりはるかにウブい三井を、どうやって陥落させるかという、新たなゲームに挑戦する気持ちになっている。流川や、桜木の他に牧も参加しているのだ。絶対に負けられない。
「ところで、三井さん。明日午後から、空いていませんか?」
「え?明日?」
「えぇ、練習ありますか?」
「あ、いや、練習は、午後から自主練なんだけど・・・」
「じゃぁ、会えませんか?」
「悪りぃ、明日は、牧と約束あんだ・・・」
「え?そうなんですか・・・せっかく、実業団の試合のチケットが手に入ったんで、一緒にどうかなと思ってたんですが・・・」
そう言って、仙道は、そのチケットを見せる。
三井が、それを見ると、牧と観戦を予定しているカードのチケットだった。
「おう、俺もそれ、行くんだ」
「牧さんとですか?」
「あぁ」
「そうか・・・じゃぁ、会場で逢うかもしれませんね。もし逢ったら、一緒にお茶でもしてくださいね。俺きっと一人だし・・・」
絶対邪魔してやろうと、密かに心に決めながら仙道は、下手に出るのを忘れない。
「何だ、陵南の奴誘えばいいじゃないか?」
「明日は、一日練習なんですよ。でもこのカード見たいから、自主的に早退けするつもりだったんです。それなのに、陵南のメンバーつれていけないでしょ」
「お前・・・確かキャプテンだったよな・・・そんなんで良いのか?」
あきれて、三井が尋ねる。
仙道は、それには答えず、テヘヘと笑ってごまかす。
「陵南も苦労するな・・・」
心底陵南のメンバーに同情する三井だった。
☆てめぇらーっ!
「お先ー」
日曜日。湘北高校のバスケット部は、翌日から始まる静岡の常誠高校への遠征の準備のため、午後からの練習は、各個人の自主練習となった。
三井は、牧との約束を果たすため、さっさと体育館を出る。一旦、家まで帰って、着替えを済まし、荷物を置いてから、牧との約束の場所へ出かけるつもりだった。
体育館を出る三井の後ろ姿を、流川がじっと見つめていた。
『4時に○○駅の東出口改札前・・・』
流川は、心のメモから三井の予定を思い出す。今日は、この時間に絶対押し掛けて邪魔してやるのだ。まだ、時間はある。それまでは、練習だ。
流川の姿を、横目で桜木が見ていた。
『ルカワのヤロー・・・ミッチーが、じいとデートすんのは確か○○駅の東出口ん所で4時って言ってたよな・・・』
こちらも、邪魔してやると心に誓いながら、毎日練習後に課せられた基礎練習を黙々とこなしていた。
いつもは、1ON1を迫る流川が三井を黙って見送り、基礎練習をブウたれる桜木が素直に黙々とセットをこなしている様子を、湘北高校の気のいいバスケット部員達は、何かいい知れない緊張感で見つめていた。
午後4時5分、三井は待ち合わせの駅の東出口についた。少し待ち合わせに遅れてしまったかと時計を見る。
「三井!」
改札の向こうから、牧が三井を呼んだ。
「牧!すまねーっ!遅れちまった」
牧に駆け寄り、悪いと謝る。
「いや、まだ時間はあるから、大丈夫だ。それより、来てくれて嬉しいよ」
「何だよ、俺だって、約束は守るぜ」
「いや、そうじゃなくて、桜木達に邪魔されてるんじゃないかと思ったんだ」
「あ?そういや、今日はあいつら、なんだかおとなしかったなぁ・・・」
今日の練習を思い出しているのか、心持ち首を傾げた三井は、幼い感じがして、牧はやばい気持ちになるのを抑えるのに少し苦労した。ふと、三井から目を反らして、周りを見渡し、牧は、我が目を疑った。
「ん?」
駅前の人混みの中に湘北の1年コンビを見つけたのだ。
「どうしたんだ?牧?」
尋ねる三井に、視線をそちらに向けるよう指さす。
「流川?桜木?」
三井は、驚いて二人を見た。
見つかった二人は、これ幸いに邪魔をすべく、二人に近づいてきた。
「お前ら何しに来たんだ?」
「じいとミッチーのデートを邪魔しに来たんだ!」
桜木が、胸を張って自慢げに答える。その横で、流川も小さく頷いている。そして牧をじろりと睨んで、ぼそりと呟いた。
「センパイは渡さねー」
「何言ってんだ?」
三井は、あんぐりと口を開けて二人を見た。
牧は、ふぅと一息はいて、三井の腕をとる。
「三井、そろそろ行かないか?」
「お、おう・・・。テメーら、馬鹿なこと言ってねーで帰れ。明日からの準備をさっさとしろよ。じゃーな」
牧に促されて、三井もそれに従う。
少し歩いたところで、牧がこぼした。
「参ったな、ついてくるぞ。ホントに邪魔する気なのか」
三井は振り返って、目立つ2人組が歩いてくるのに閉口した。
「すまねー・・・」
「いや、どうせ体育館までだ。チケットは持ってないだろうからな」
「そうだな。あっ!そーだ、確か今日は、仙道が、チケット持ってるから見に来るって言ってたぞ」
「なんだって?」
牧が驚いた顔をするのを、三井は、おもしろいものを見たと笑いそうになったとき、いきなり後ろから抱きしめられて、硬直した。
「み、つ、い、さーん」
「仙道!」
牧が、仙道から、固まった三井を引き剥がす。
「馬鹿ヤロー!いきなり抱きつくなよ!ビックリするじゃねーか!」
我に返った三井が、再びからみつく仙道を振り払いながら怒鳴る。
「やだなぁ、そんなに邪険にしないでくださいよ。俺やっぱ一人だから一緒に連れてってくださいよー」
「センドー!」
何しに来やがったと、流川と桜木が、二人に追いついてきた。
「あれ、二人もチケット持ってるんだ?」
「チケットってなんだ?」
そう言って首を傾げる桜木と流川に、仙道は、ジャケットの懐から、チケットを数枚出す。
「なんだ?これ、バスケットの試合か?」
「・・・・?」
「あれ?二人は、ここに行くんじゃないの?」
仙道は、二人の顔を見る。
「うっ・・・・お、俺は、ミッチーが、変な所に行かないように見張ってるだけだ」
桜木は、じっと牧を睨み付けて話す。仙道が、流川の方を確認すると、こちらも、桜木の台詞に軽く頷いている。
「じゃあ、これあげるよ。今日は、三井さん達もここに行くから。一緒に観戦しようよ。そうしたら、三井さんを守れるよ」
仙道は、牧の目を見てにっと笑う。この二人は、うるさいが、三井達の邪魔をするにはもってこいの戦力だ。
牧は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
三井は、成り行きにはらはらしていた。牧の機嫌が一気に急降下しているのがわかる。困ったことになったと、仙道に見つからないように溜息をつく。
「牧・・・どうしよう・・・」
「仕方がないな、とりあえず会場に行こう」
「う、うん・・・」
牧と三井は、仙道、流川、桜木を引き連れて、バスケットの会場に向かうことになってしまった。
夏のあつい午後の終わり。牧の溜息と共に夕方が近づいてくる頃のことだった。
三井にとって、これからどうなるのか考えると、頭の痛いバスケット観戦になりそうだった。