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【危険がいっぱい4】


☆しんじられねぇっ!

 三井は、機嫌が悪かった。
 この2日間と言うもの、自分の意志とはまったく関係無しに、男達に言い寄られるのだ。
 相手というのが、わけのわからない痴漢男だけなら、その場限りで済んだのだが、厄介なことに、それだけではなかった。
 自分の後輩、しかも2歳も年下の流川や、桜木、果ては陵南のエース仙道までが、自分に迫ってくるのだ。
 そろいもそろって馬鹿力の持ち主で、三井のちょっとやそっとの抵抗など、あって無きが如く簡単に封じ込められてしまい、年上としての面目丸つぶれなのだ。
 三井自身は、断じてホモではないと、声高らかに叫びたい。ムサい男を抱きしめるなら、柔らかいナイスバディなお姉さんの方がいい。三井はグレてはいたが、ノーマルな男子高校生、一八歳の男の子だった。
 なのに、言い寄ってくるのは、可愛い女子高生ではなく(湘北高校で不良グループの女王様だった三井に、言い寄る勇気ある女生徒はいないかもしれないが)、一癖もふた癖もある連中(しかもすべて男!)なのだ。その上、自分が押し倒すのではなく、押し倒される方だという。
 『俺ぁ、女じゃねぇっ!』
 抵抗しても効果無く、いいように扱われるのも我慢がならない。
 流川や仙道が、何を考えているのかわからない。いきなり、抱きしめてキスを迫る。もがいても振りほどけない。頭にくる。
 その上、桜木だ。
 昨夜、いきなりキスをして、責任とって彼氏になるという。相手にせずに、さっさと無視して寝てやった。なのに、今朝目が覚めたら、真っ赤になって、こっちを見つめるのだ。邪険に扱っても、いつもならムキになって突っかかってくるのに、今朝はやたらとしおらしい。物言いたげに俯き加減で三井を見るのだ。
 『ちくしょーっ!もう無視だ!無視!口聞いてやんねぇ!』
 プリプリしながらも、補習をうけるために、家を出る。昨夜、家に泊まった桜木とは、必要最低限の言葉しか交わしていない。子供じみてはいるが、怒りを表に現しているという、三井なりのパフォーマンスであった。
 不機嫌な三井の後を、戸惑い顔の桜木が、とぼとぼとついてくる。
 「なぁ、ミッチー」
 「・・・・・」
 無視だ。とにかく、相手になんてなってやるもんか。
 「なぁ、ミッチー、何か怒ってんのか?」
 「・・・・・」
 怒ってるぞ、とっても。
 「ミッ・・・」
 「やかましい!黙って歩け!」
 振り向きもせずに、断言してやる。
 ようやくおとなしくなった。黙って後ろからついてくる。三井は、ほっと一息ついた。
 本音をいうと、三井自身どうしていいかわからないのだ。
 桜木は嫌いじゃない。態度が大きいが、自分に良く懐いていて、可愛い後輩だ。弟がいるとしたら、こんな奴がいいと思っていた。だが、こんな状況はごめんだ。恋人なんて冗談じゃない。つきあうなら女がいい。なのに桜木は、めちゃくちゃ意識している。真っ赤になってついてくる。勘弁して欲しい。逃げ出したい。でも、桜木は、バスケ部だ。どうしてもこれからもつき合わなきゃならない。どうしたもんだか、と溜息をついた。
 電車に乗って、学校に向かう。
 桜木は、少し離れたところに立っている。近づいてきたから一睨みしてやったのだ。
 いつまでもこんな事じゃいけないのはわかってる。早く結論を出して、桜木を納得させたい。バスケに集中したい。自分に残された、安西先生の元でできる高校バスケの時間は、多くないんだから。
 そんなことを考えていると、いきなり肩を掴まれた。桜木かと後ろを睨んだら、この間の痴漢ヤロー達だった。
 『最っ低ーっ!』
 「よぉ、探したぜぇー。今日は逃がさねーからなぁー」
 語尾をいやらしく伸ばしながら、しゃべりかける。二人がかりで三井をドアの方につれていく。次の駅で降ろすつもりなのだ。
 『ちくしょーっ!何でこんなことになんだよっ!』
 駅に着いてドアが開き、三井は二人に押し出された。掴まれた肩をもがいて振り切り、三井は、相手と対峙する。
 「何だってんだよ!しつけー奴らだなっ」
 「ずいぶんと今日は強気じゃねぇか?」
 「そーそー、この間は青い顔してたのになぁ」
 駅の構内では、逃げ出すこともできないのに気付いて、三井は舌打ちをする。
 とりあえず、出口方向に視線をやって、退路を判断しようとした。そこに、慌てて下車した様子の桜木が、追いついた。
 「ミッチー、どうしたんだ?こんなとこで・・・ふぬっ?」
 三井の前にいる男達を見て、足を止める。怪訝そうに二人の顔を見て、説明を求めるように三井に視線を向ける。
 「なんだぁ、てめぇは?」
 「関係ねー奴は、すっこんでろ」
 男達は口々に、凄んで桜木を見る。
 痴漢だというには、自分が情けなくて、三井が口ごもっていると、男達が、三井の腕をとって、駅の外へ連れ出そうとする。
 「ミッチーっ!」
 桜木は、慌てて、三井を連れ戻そうと、男達の腕を振り払い、両者の間に割って入った。
 「野郎ーっ!」
 男が、桜木に殴りかかる。アッパーぎみの右フック(桜木の身長にあわせて、顔を殴ろうとすれば、こうなるのかもしれない)をかわして、男の腕を掴む。桜木が反撃しようとしたのに気がついて、三井は、慌てて叫んだ。
 「さ、桜木、手を出しちゃなんねぇっ!」
 「ミッチーっ、何でだ?」
 「約束しただろーが、安西先生とっ!」
 「しかし、ミッチー」
 男の腕を掴んだままで、桜木は、困惑顔をする。もう一人の痴漢が、桜木の脇腹に蹴りを入れた。たまらずに、桜木が掴んでいた男の腕を離す。
 「桜木!」
 一瞬、無抵抗になった桜木に、男達が殴りかかった。腕で、男達の攻撃をガードしながら、桜木は、どうしたもんかと、三井を見る。三井は、青い顔をしておろおろと、桜木を見ている。助けに入りなどすれば、一撃で、撃退されるかもしれないと、桜木は思った。
 『なんせ、ミッチーは、喧嘩がめちゃくちゃ弱いからな』
 そうなったら面倒だと、三井が聞いたら怒りで卒倒しそうな事を考えて、この場をうまくやり過ごす道はないかと、辺りを見回した。
 周りでは、こわごわと、乗降客が遠巻きにしている。向こうから、駅員がやってくるのが見える。ちょっとやばいかもしれない。その時、三井の後ろに、見知った顔を見つけた。
 「じい!」
 「?」
 三井が、桜木の視線の先の男が、海南の牧だと認識したのと、牧が桜木に殴りかかる男の腕を掴んだのと、どちらが早かったか・・・。
 「て、てめぇはっ!」
 腕を掴まれた男が、牧の顔を思い出したのと、駅員が数人、やってきたのが同時だった。
 厄介なことになるのを恐れた痴漢達が、慌てて逃げ出した所を、駅員達が追いかける。
 「大丈夫だったか?桜木」
 牧が、桜木に声をかける。
 「おお、別に何ともねぇ。でも助かったぜ、じい」
 ひらひらと手を振って、桜木が答える。
 「三井も、怪我はないか?」
 牧の注意が自分に注がれたのに気付いて、三井が、ようやく我に返った。いきなり、牧が現れたことで、少々パニックに陥っていたようだ。
 「あ、あぁ、俺は何ともねぇ」
 「あいつらは、この間の奴だな、一体何を揉めてるんだ?三井?」
 「えっ?い、いや、別に・・・」
 「別になんでもないのに、週に2回も揉めるのか?」
 呆れたように三井を見る牧に、三井は口ごもる。痴漢が、この間のことを逆恨みして絡んできたとは、言いにくい。
 俯く三井に、牧と桜木がどうしたもんかと顔を見合わしたとき、一人残った駅員が、どういうことかと声をかける。
 なんと答えていいかわからず、三井は、頼りなさげな顔をする。
 とりあえず、牧が、電車の中で言いがかりをつけられたようだと説明して、駅員を納得させて返した。
 「しかし、お前とは、いつもとんでもないときに出くわすなぁ」
 おもしろそうに、三井を見つめて牧が話しかける。
 「うっ、で、でも、何でお前がこんなとこにいんだよ」
 「何言ってるんだ?ここは、海南の最寄り駅だぞ。この間も来たんじゃないか?」
 「えっ?そ、そうだったな」
 気付くも何も、先日は、一つ手前の駅から闇雲に逃げてたどり着いただけだ。土地勘のない三井にそんなことがわかるはずもなく、聞いたのだが、悟られたくなくていい加減に相づちを打った。
 「ミッチー、電車が来たぞ、遅刻するぞ」
 桜木が、ホームに来る電車見つけて、三井を促す。何となく、牧と三井を見ていて、このまま話を続けさせたくなかったのだ。
 「お、おう!」
 遅刻の二文字に反応して、三井が電車に乗ろうとする。その後に、牧もついてくる。
 「ま、牧、何で・・・?」
 「ん?俺も乗るんだが、どうかしたか?」
 「い、いや、別に・・・」
 ならいいが、と言って、牧は、ふと桜木を見た。
 「桜木もこの電車で通学しているのか?」
 「いや、俺は、徒歩通学だ」
 「え?じゃぁ」
 「夕べは、ミッチーん家に泊まったからな」
 「何、三井の?」
 「おぉ、ミッチーん家は、でっけーぞ。お袋さんの飯も、うめーしな」
 な、ミッチーと、三井の肩を抱いて、桜木は調子に乗って三井の家の自慢をする。別に、桜木が自慢することではないのだが、桜木は、もう自分が三井の特別のような、気になっていたのだ。
 「こら、暑いぞ桜木、離せよ」
 三井が、牧の視線を感じて、居たたまれずに、桜木に離れるように言う。
 「ふぬ、ミッチーと俺の仲なのに・・・」
 「さ、桜木、何言って・・・」
 三井が、驚いて桜木を見る。今朝はしおらしかったのに、牧を相手に何を虚勢張ってやがるんだ、とあせる。
 「どう言うことだ?」
 牧が、桜木のこぼした言葉に反応する。
 「ミッチーと、俺は、恋人同士だ」
 「ば、馬鹿やろーっ!違うって言ってんだろー!」
 「しかし、ミッチー」
 「どっちなんだ一体」
 「ぜってー違う!俺は・・・」
 「ミッチー」
 「桜木、どうやらお前の思いこみのようだぞ」
 「じ、じゃあミッチーは、誰が好きなんだ?」
 「な、何で・・・そんなこと聞くんだよ」
 「ほかに好きな奴いるんなら、そいつと対決する!」
 何を言ってるーっ!と三井は焦る。何で、牧の前でこんな事告白しなきゃならないんだ。その前に、三井は、現在気になる女などいなかった。バスケ一筋の毎日で、彼女もいない。答えたくても答えられないのだ。
 「ルカワか?それともセンドーなのか?」
 「お、おい、何言って・・・」
 『何で男の名前が出てくるんだ?まるで俺がホモみたいじゃねーか、牧になんて思われるか、わかんねーだろがっ!』
 三井は、焦って、真っ赤になって、桜木を見る。調子に乗りやがって、もう口聞いてやんねーぞと、恨みがましく睨み付ける。
 「なんだ、三井は、流川や仙道ともつき合ってるのか?」
 牧がおかしそうに、二人の間に割ってはいった。
 「ちがーう!」
 「でも、キスしてた。ミッチーは好きじゃねぇ奴ともキスすんのか?」
 「あ、あれは、あいつらがむりやり・・・」
 牧の視線がつきささる。
 『これじゃ、俺が、ホモの淫乱みてーじゃねーか』
 「じゃぁ、誰が好きなんだ?」
 言って見ろと言わんばかりに、桜木は、腕組みをする。
 悔しくて、目に涙が滲む。
 どうやら、三井は、フリーのようだなと、牧は感じた。桜木は、思い込みのようだし、ほかの二人も、優柔不断な三井につけ込んだんだろうと推測した。押しに弱そうな奴だからなと、納得する。いまも、どう答えていいのかわからずに、ぐるぐる回っているようだ。その表情を牧は見つめていて、ふと、悪戯を思いついた。
 三井の肩を抱き寄せ、びっくりしている三井の髪を、撫でる。
 「言ってやれよ、三井。誰とつき合ってるか」
 「ま、牧・・・?」
 「ぬ、じい、どう言うことだ?」
 桜木に、笑いを含んだ視線を送りながら、三井のこめかみに軽いキスをする。
 「ま、牧?」
 「まさか、ミッチー、じいと・・・・」
 「さあね」
 いかにもその通りというような表情で、牧は、ふっと笑ってやる。
 「だって、そんなこと一言も・・・」
 「三井は優しいからな・・・可愛い後輩を傷つけたくないんだろうよ」
 驚く桜木を横目に、牧は、三井が固まってしまっているのをいいことに、顔や、首筋に、軽いキスの雨を降らしてやった。三井は、朝からシャワーを浴びたのか、バスソープの香料らしいフローラルアルデヒドの淡く甘い香りがする。(これは、三井ではなく彼の母の趣味だった)
 思いの外滑らかな肌と、カレーシュの香りに牧は、妖しい気分になってしまった。
 これでは、冗談で済まないぞと思いながら、固まっている三井を見る。頼りなさげな顔をして、目元が赤い。苛めすぎたかなと思ったが、桜木を完璧に信じさせるのに、決定的な台詞を思いついて、三井に追い打ちをかけた。
 「そうだ、三井、日曜は大丈夫か?」
 「え?」
 いきなり、話題を振られて、答えを返せない。三井よりも、何故か桜木が、素早く反応した。
 「日曜って何だ?ミッチー」
 「え?い、いや、その・・・」
 「桜木が気にすることではないだろう」
 牧が、もったい付けて答えてやった。
 「待ってるよ、三井」
 わざと、桜木に聞こえるように、三井の耳元でささやく。
 「じゃぁ、三井、日曜にな。桜木、あまり三井に絡むなよ」
 タイミング良く、駅に着いた。牧は、もう一度、三井の頬にキスして、電車を降りた。
 車内には、呆気にとられた桜木と、真っ赤になって下を向く三井が残された。
 牧が、ホームから三井に手を振るのを見て、桜木が、喚いた。
 「ミッチーの裏切りものーっ!」
 「ち、ちが・・・」
 「どー違うんだよっ!じいは、ミッチーとつき合ってるって言ったぞ!」
 「桜木・・・」
 実は、牧は、一言もつき合っているとは、言っていなかった。否定も肯定もしなかったのだ。が、そんなことは、単純な桜木にわかるはず無く、湘北の最寄り駅で下車するまで、三井を非難し続けた。
 『何でこんな事になるんだ?牧のヤロー何考えてやがるっ』
 三井は、振って湧いたような災難にどうしていいのかわからず、もうやけくそ状態になっていた。
 駅から、学校までの間、ぶつぶつ文句を言う桜木に、三井は、キレた。
 「やかましい!だったらどーだってんだっ!てめーにゃ関係ーねぇことだろーがっ!」
 「み、ミッチー・・・」
 驚いた顔をする桜木を残して、三井は、校舎まで走り出した。
 「ミッチー!」
 桜木の声を後ろに聞いて、振り返らずに無視をする。もうややこしいことはごめんだった。とにかく、教室に逃げ込めば、桜木は追ってこない。そう考えて、いやな補習の待つ教室へと、初めて三井は真剣に向かったのだった。


☆どうしよう?

 その日の午後。
 三井は、気が進まず、重くなりがちの足を運びながら、部室にやってきた。
 できることなら、桜木に会いたくない。流川にも会いたくない。でも、バスケをするには、我慢しなくてはいけないのだ。
 何度目かの溜息を吐いて、部室の引き戸を開ける。
 『つ、ついてねぇ・・・』
 部室の中には、三井が最も会いたくないと思っていた1年生二人が、三井を待ちかまえるように腕組みをして待っていた。
 「よ、よぉ・・・」
 白々しく挨拶をして、自分のロッカーへと向かう。二人の視線を感じながら、着替えはじめたが、やはり我慢できなくて、振り向いた。
 「何見てんだよっ!着替えたんならさっさと練習にいけよっ!」
 「ミッチー・・・」
 桜木が、呼びかける。
 「な、何だよ?」
 少し、焦って答えに詰まった自分が、少し情けない。
 「本当に、じいとつきあってんのか?」
 『つきあってねーよっ』と言おうとした時に、もう一人の、黙っているだけだった流川が、自分の真横まで来ているのに気がついた。流川の右手が挙がって自分の腕を掴むのを、目線で追う。腕を引かれて、流川の腕の中に倒れ込む。
 「あんた、誰でもいいのか?」
 耳元で、とんでもないことを囁かれて、やっと我に返る。
 「る、流川、何言って・・・」
 「牧に、仙道、その上、どあほうまで・・・」
 「ちがっ・・」
 否定しようとしたが、流川のキスで口を塞がれた。離れようと藻掻くが、やはりびくともしない。昨日ダンベル運動をしようと心に決めたのに、初日から、サボってしまったことを思い出した。今日こそと心に誓う。でもとりあえず、今のやばい状況を何とかしたかった。何か、流川のキスから逃げる道は無いかと、辺りを見渡して、桜木と目が合う。
 桜木は、流川の突飛な行動に、呆気にとられていた。目元の潤んだ三井と、視線を合わせて我に返る。
 「ルカワーっ!何しやがるっ!」
 桜木が、慌てて、二人を引き剥がす。
 「うるせー、どあほー」
 狭い部室で、いきなり二人の殴り合いが始まった。
 「お、おい、やめろよ」
 非力な三井に、その騒ぎが止められるわけもなく、巻き込まれないように、自分の身を守ることが精一杯だった。
 『ど、どうしよう・・・』
 どうすることもできず、ただおろおろと、立ちつくす。まだ着替え終わっていないので、体育館にも行けない。着替えようにも三井のロッカーの前は、戦場と化している。
 「桜木、流川・・・」
 二人に声をかけたとき、部室の引き戸が、開かれた。そこには、湘北の守護神、赤木がいた。
 「こらーっ!何をしとるかーっ」
 1年坊主2人に正義の鉄拳を下し、喧嘩を止め、頭を抱える二人に、さっさと体育館へ行けと、雷を落とす。
 一瞬の間に、騒ぎが収まり、部室には、静寂とともに三井と赤木が残った。
 気まずい沈黙の中で、三井は、とりあえず、着替えようとロッカーに手を伸ばす。
 「三井」
 赤木が、改まって呼びかけるので、仕方なくそちらに視線を向ける。
 「何だよ」
 「おまえも3年なんだから、あまり、あいつらを挑発するな。一緒になって、騒ぎをつくってどうする」
 あまりの言い方に、とうとう三井は、切れてしまった。
 「あぁ、そーだよ、俺が悪いよ。怪我で、部を飛び出してグレたのも、宮城をリンチしたのも、バスケ部に殴り込んだのも、俺のせいだよ。仙道が邪魔しに来たのも、流川が訳わかんねーのも、桜木の態度がでかいのも、牧が桜木をからかうのも、電車で変な奴らに因縁つけられるのもみーんな俺のせいさ。体育館が暑いのも、部室が狭いのも、学校がボロイのも、誰も悪かぁねぇ、みんな俺のせいなんだよっ!」
 情けなくて、涙で目を潤ませながら、三井が一気にまくし立てる。
 「何を自棄になっとるんだ?」
 赤木は、また三井が、訳の分からぬだだをこねると、溜息をついた。
 取り合わない赤木に、自分が、あまり対等な立場とは見られていないことに、改めて気づく。2年のブランクで、こんなに違ってしまったと、今更ながらに悔やまれてならない。負い目もあって、どうしても、赤木や木暮と対等とはいえない自分だが、バスケットのために、すべてを、仕方ないと割り切ったつもりだった。しかし、改めて、相手から立場を明確にされると、我慢にも限界がある。くやしくて、潤んだ両目から、涙がこぼれる。泣きたくなんかないのに、俯くと、床にぽとぽとと、涙の染みができる。
 赤木は、それを見て、幼い子供をしかっているような気分になってしまった。普段から、宮城とペアで認識してしまいがちだったので、頭では同学年と解っていても、感覚が、どうしてもついてこない。後輩をいびっているような気分で、居心地悪くて、咳払いを一つする。とっとと着替えて、この場から立ち去ることを望んだ。ロッカーを開けて着替え始める。身動きせずに泣き続ける三井に、厄介なと閉口したが、とりあえず声をかけた。
 「泣くな」
 いい年をしてと言いそうになったが、赤木も、これ以上、三井のごたごたに巻き込まれたくなかったので、踏みとどまった。
 「泣・・いて・・・ねぇ」
 声を詰まらせて、しゃくり上げながら、三井が、抗議する。
 着替え終わった赤木は、それのどこが泣いていないんだと思ったが、小さく溜息をついて、ロッカーを閉じる。
 「先に行くぞ」
 声をかけて、部室を後にする。
 後に残された、三井は、しゃくり上げながらも、ようやく着替えを再開した。泣いてなんかいられないんだ。安西先生と全国制覇だ。手の甲で涙を拭って、顔を上げて、ロッカーを閉じた。

 その日の練習は、無事終了した。
 三井は、部活終了とともに、ダッシュで着替えて一目散に学校を後にした。ぐずぐずしていて、流川や桜木にちょっかいかけられるのが、いやだったのだ。本当は、居残って練習したかったのだが、流川と二人きりになる確率の高さに、今日のところは、泣く泣くあきらめてしまった。
 気持ちだけは、体力訓練のつもりで、早足で駅までの道を歩く。道路工事現場の横を通り抜けると、そこから声をかけられた。
 「あれぇ、三っちゃん?」
 振り向くと、堀田たちが、作業服で缶ジュースを片手にしていた。
 「どうしたんだ?ここでバイトか?」
 彼らは、三井のインターハイの応援のための、資金を作っていたのだが、それは、三井には内緒である。見かけの割には、気の優しい三井の友人たちは、そのことで、三井が負担に感じないように、さりげなく気を回していた。
 「三っちゃんは、いつもより早いけど、練習の帰りかい?」
 「え、あぁ、そんなに早いかな」
 「少しね。それより、体に無理をさせないようにね。インターハイももうすぐだし」
 「あぁ。また倒れちゃ、みっともないからな」
 そんな意味じゃないよと、堀田たちが口々にいかに三井が一生懸命試合を戦っていたか、答えようとしたとき、休憩時間が終わったのか、彼らを呼ぶ声がした。
 じゃあな、という軽い挨拶で、三井は彼らと別れ、再び駅を目指す。
 駅について、改札をくぐろうと定期を出したとき、いきなり左腕を捕まれて、駅の外につれていかれる。
 三井が驚いて、腕を掴んだ相手を見た。それは、学校に置き去りにしたはずの、湘北のエース流川だった。
 「流川?な、何で、こんなとこに」
 「自転車で飛ばした」
 ぐいぐいと、人気のないところに引きずられていく。ようやく、腕をふりほどいて、流川と向かい合う。
 「じゃなくて、自主練はどうしたんだ?」
 「後で戻る」
 「何か急ぎの用なのか?」
 「昼間の続き」
 「はぁ?」
 「どあほうに邪魔された、キスの続き」
 そういうと、三井を壁に押しつけ、顎を掴んで、いきなりキスをする。
 「!!!!」
 三井は、腕を突っ張って抵抗したが、やはり流川はびくともしなかった。
 悔しくて、流川の胸元を叩く。目尻に、涙が滲み始める。一筋、涙が、こぼれ落ちたとき、ようやく三井は、解放された。
 「何しやがるっ!」
 涙目で、流川をにらみつけるが、あまり迫力がない。というよりも、流川にとっては、この年上の口の悪い態度のでかい先輩を、潤んだ瞳が、まるで幼い子供のように、かわいく感じさせてしまう結果となっている。
 「何って?」
 「言葉の上げ足とってんじゃねぇ!」
 「・・・・」
 「ったく、何でおまえはいっつもそうなんだよっ!俺の気持ちとかお構いなしで、ゴーインにキスしやがって。何がうれしくて、男にキスされなきゃなんねーんだ!」
 「だったら、抵抗すればいい」
 「してるよっ!」
 「あれじゃ、誘ってるよーなもん」
 「なっ!悪かったなっ!非力で!これでもテーコーしてんだよっ!とにかく、もう俺にかまうな!一昨日の約束だって、もう桜木にばれちまったから、もうチャラだ!てめーにゃ、もう弱みなんてねぇーんだからなっ!」
 今までのうっぷんを晴らすように、一気に三井は捲し立てた。
 「・・・・・俺の気持ちは?」
 「はぁ?」
 「先輩のこと、好きだから」
 「はあぁ?」
 何言ってやがると、笑い飛ばそうとしたが、流川の表情が、あまりにマジだったので、三井は、一瞬ひるんだ。
 「だから、これからも、迫る」
 「ま、まてよっ!俺の気持ちは、どーしてくれんだ!」
 「あんたが、誰とつきあってよーが、かんけーねぇ」
 「おい、流川?」
 「いつかきっと、俺のこと好きになる!」
 三井は、流川の強引さに、怒りをとおりこして呆れてしまった。結局、自分の意志などお構いなしに、流川はこれからも迫ってくるだろう。大きな溜息をわざとらしくついて、諦めの言葉を吐く。
 「勝手にしろ」
 「?」
 「許したわけじゃねえぞ!俺は、後輩のしかも男となんか、つきあうのはゴメンなんだからなっ!いくら、てめぇが迫ろうが、相手にゃなんねーよ!」
 話は終わったと、流川を残して、駅に戻ろうとする。すると、また、三井の腕を、流川が掴んだ。
 「なんだよ、もう話なんてねぇだろ?放せよ。」
 「牧さんと、つきあってんすか?」
 「なんでだよ」
 「どあほうが、言ってた。電車で、ベタベタしてたって。日曜もデートだって」
 三井は、否定するかどうか一瞬迷ったが、多少自棄気味だったので、先ほどの、流川の言葉を使って曖昧な答えを返す。
 「俺が、誰とつきあおーが、お前にゃ関係無いんだろうが」
 「・・・・・」
 流川は、どうやら、肯定の意味にとったらしい。
今度こそ話は終わったと、三井は、流川を残して駅に向かった。
残された流川は、肩をすくめ、一つ、溜息をつくと、再び、居残り練習をすべく、学校へと戻っていった。


☆これでいいのか?

 家に帰って、三井はぼんやりと、自分の部屋でTVを見ていた。食事も終わって、風呂も使って、少し、うとうと、しながら、歌番組を見るともなしにかけていたのだ。
 電話の子機がなって、母から外線だといわれた。
 「牧さんからよ」
 繋がれた、回線の向こうから、意外と陽気な牧の声が聞こえた。
 「よぉ!三井」
 「牧、てめぇ・・・今朝のあれはなんだよっ!おかげで、今日一日散々だったんだぞっ!」
 「はははっ・・・やっぱり。桜木が、かなり怒ってたからなぁ」
 「笑い事じゃねぇ!俺の身にもなってみやがれ!」
 「流川や桜木が訳を聞きたがって、うるさかったんだろう?」
 「それが解ってて、なんであんなことすんだよっ!」
 「うーん、理由を言うと、三井に嫌われそうだな・・・」
 脳天気そうに笑って、牧が答える。
 「言わねーでも嫌う」
 今でも好きじゃねーぞと、言い添えようかと思ったが、話題を繋ぐために、三井は堪えた。
 「解った。理由は、2つある。」
 「2つ?」
 「1つ目は、桜木がムキになるのが面白そうだったからだ。」
 「あんまり、桜木を挑発すんなよ。被害を受けるのは、俺なんだぞ」
 迷惑なと、三井は抗議する。
 「2つ目なんだが・・・」
 「なんだよ、言いにくいことなのか?」
 「怒るなよ。三井に興味があったんだ。」
 「なんだと?」
 「つまり、桜木や、流川、仙道なんかを、手玉に取ってる三井に、興味がわいたんだ。」
 「俺は、あいつ等とつきあってもいねーし、手玉になんかとってもいねぇ!みんなあいつ等の思いこみだけだっ!俺はホモじゃねぇっ!」
 心外だと言わんばかりに、三井が抗議する。
 「そうか。でも、きっと、奴らが思いこむほどの、魅力がきっと三井にはあるんだ。それを、俺は見てみたいと思ったんだ。だから、三井と付き合いたかった。それで、ほかの奴らを牽制するために、やったんだよ」
 「付き合うって、お前・・・」
 「もちろん、今すぐ恋人とか、そういうものでなくていいんだ。俺も、男と付き合ったことはないからな。とりあえず、友達でいいんだ。だめかな?」
 「牧・・・」
 「学校も、校区もまるで違う、しかも、ライバル校の三井とは、どうしても、そう簡単に道で出会うことだってできないから、せめて、友達ならこうやって、電話で話したりできるだろう?約束して会うことだってできる。たまには、いっしょにスト・バスだってできる。嫌か?三井?」
 牧は、下手に出ながらも、巧妙に三井の興味を引くように、話を続ける。とりあえずは、人の話を聞く姿勢はあるらしい。付き合いたいと言った時点で、電話を切られるかもと考えていたが、思いの外、三井は、礼儀をわきまえているようだ。この分なら、きっとストリート・バスケの言葉に食いつくはずだ。
 「俺は・・・」
 三井は、なんと答えていいか、迷った。やはり、牧とのスト・バスに、とても興味があって、むげに断ることができなくなっていたのだ。
 三井の戸惑いが手に取るように解って、今一歩で捕まえられると確信した牧は、一度引いてみることにした。
 「やはり、迷惑だったか?悪かったな、三井。変なことばかり言ってすまなかった。忘れてくれ・・・」
 「牧・・・待てよ、ほんとに友達でいいんだよな?恋人とか、そういうもんじゃないんだな」
 かかった!と、内心牧は、ほくそ笑む。とりあえず、下手に話を繋ぐ。
 「ああ。俺は、とにかく三井と親しく話したりできればそれでいいんだ。三井には迷惑かもしれないが・・・」
 「別に迷惑じゃねぇよ。ダチが一人増えたぐれーで、どうこうなんねぇよ」
 「じゃぁ、OKしてくれるのか?」
 「あぁ。でも、つきあってみて、たいしたことねー奴だから、無かったことにするなんて言うなよ・・・」
 「そんなことはないさ。きっと、お互いに満足できるさ」
 「ちぇっ、しょってやがるぜ」
 「まずは、自己紹介からかな?」
 「知ってるよ。そのぐれー。ただ、年はよくわかんねーけど」
 牧が、冗談を振ってきたので、こっちもお返しをする。
 「ひどいな。別にOBでも落第したわけでもないんだぞ」
 受話器の向こうでも、笑っているのが解る。考えて見れば、バスケをする同学年の奴と、こうして、何気なく話をするのは初めてかもしれない。
 「うちじゃ、おまえは、じいだからなぁ」
 「ったく、桜木には参ったよ。面と向かってあんなこと言われたのは初めてだ。そういえば、三井もかわいい呼ばれ方してたじゃないか?」
 「うっ、あれは・・・俺だって困ってんだよ」
 「なんだ?嫌なのか?たしかミッチーだったな」
 「やめろって、何か、犬や猫みてーだろ」
 「そうかなぁ。俺よりはずっといいと思うぞ」
 「そ、そりゃ、お前や、赤木や、魚住よりはな・・・」
 「ゴリとボスざるだったか?うちの清田は、野猿だったな・・・」
 「人間じゃねぇからな」
 「まったく。じゃあまだ俺は、人間なのか?」
 「さてね、桜木のネーミングは、よくわかんねーからな」
 「そういえば、流川と仙道はそのままだったよな」
 「ずるいよな」
 「まったくだ」
 もっともらしく話をしていて、我慢できずに、二人で、吹き出してしまった。
 「ところで三井。日曜は大丈夫か?」
 「あ?あぁ。べつにどってことねぇよ」
 「桜木が、うるさそうだったから、来てもらえないかもと思ってたんだよ」
 「何か、あいつ等、俺と牧が付き合ってるって信じ込んでるから・・・」
 「ははは・・・それなら、大丈夫かな」
 「ああ、ちゃんと行くよ」
 「そうか、待ってるよ。じゃあそろそろ切るよ。あまり長電話も、家の人に悪いしな」
 「そんなことはねぇけど・・・」
 「まだ、最初だからな。悪印象は避けたいよ」
 「細かい奴」
 「そういうなって。じゃあまたな、三井。おやすみ」
 「おう!おやすみ」
 受話器を置いて、ほうっと一息つく。
 思っていたほど、牧は難しい奴ではなかったので、少し安心した。
 これからうまく付き合っていけたらいいと思う。
 バスケの関係者で、同じ年の友人が初めてできた。湘北高校の二人は、チームメイトとして、付き合ってくれるが、やはり、三井の方に負い目があって友人とは言い難かったのだ。考えて見れば寂しい身の回りだったが、ようやく明るい陽が差してきたと言うところだった。
 流川や、桜木のことなど、問題はまだ残っていたが、今日は、とりあえず小さな満足で、締めくくろう。
 三井は、明日のためにもう寝ようと考えて、はっと思い出した。
 部屋の収納ドアをあけて、昔、通販で買った、ダンベルを引っぱり出した。自分の身を守るために、少しでも力を付けようと思う。まずは、お試しのエクササイズから、とにかく始めよう。
こうして、三井の至って平和な夜は更けていった。
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