【危険がいっぱい3】


☆かんべんしてくれよぉ

 「どこまでついてくんだ?あぁ?」
 三井の、キャパの少ない堪忍袋の紙縒よりも弱い緒が切れた。
 振り返って、相手を睨み付ける。
 そこには、相変わらず飄々とした風貌の、陵南高等学校バスケット部新キャプテン仙道が、三井のガン付けにも怯んだ様子もなく、嬉しそうに立っていた。
 「やぁ、やっと振り向いてくれましたねぇ」
 いかにも平和そうな口調で答えるのに、三井はいきなり脱力した。
 「何言って・・・もう湘北の前だぞっ!てめぇんとこは、練習ねぇのか?」
 「えぇ、今日は、体育館が点検で部活は休みなんです」
 「だからって、何でこんなとこまでついてくんだよっ」
 「いやぁ、せっかくお近づきになれた三井さんと、別れるのが惜しくって・・・このまま、湘北までついてっちゃおうかなーなんて思ったんですけど・・・いけませんか?」
 「はぁっ?あったり前だろうがぁーっ何考えてんだよ、お前?」
 「三井さんと、もっと仲良くなりたいなーっ、なんてことですけど・・・」
 「せんどーっ」
 脱力して、仙道をかわす気力もなく、どうして良いのかわからなくなった三井は、途方に暮れて隣の流川を見た。
 『こんな奴無視すりゃいいのに、何で律儀に相手すんだっ?この人はっ・・・』
 やれやれと溜息をつきながら、流川は、三井の腕をとり、仙道を無視して、湘北の校内に入っていく。
 『あれっ?』
 無視された上に、置いてけぼりにされそうな仙道は、慌てて二人の後を追いかける。流川と、引きずられた三井が部室方向に向かうのを見て、これからどうしようかと考える。
 『さぁて、体育館でも見に行くかな?』
 赤毛の五月蠅い一年生の顔を思い浮かべながら、三井と流川の先回りをすることにする。

 「ちょ、ちょっと待てよ、流川。手を離せって」
 夏休みとはいえ、無人ではなくまばらに生徒が行き来する校庭を、一年生に無言でぐいぐいと引きずられて、部室まで連れて行かれるのは、先輩しかも最上級生の三井にとっては、威厳丸つぶれ状態である。それを、自力で振り解くことができずに、手を解けと頼むこともプライドが許さず、偉そうに命令する。
 「・・・・・」
 相手にせずに、ひたすら自分を引きずる流川に、もがいても振りほどけない、自分の非力さにも情けなさが増大する。とにかく、腕を離さない流川に、せっぱ詰まった声を上げる。
 「流川ーっ!」
 やっと、三井の悲痛な声が、流川に届いた。
 立ち止まり、三井の方を見る。
 「離せよ、何も引っ張らなくったっていいだろ」
 渋々、流川は、手に取った三井の腕を離す。
 再び、部室に向かって歩きだして、三井は、流川の機嫌が、あまり良くない様な気がした。
 「流川?何か怒ってんのか?」
 「・・・・・」
 流川は、三井の問いかけを無視して、歩いていく。
 流川は機嫌が悪かった。三井を、好きかもしれないと自覚した途端、あの、仙道がちょっかいを出してくるとは、思わなかった。
 しかも三井に興味を持って、交際のお願いまで口にする。自分が言いたくても言えない一言を簡単に、言ってしまう仙道に腹が立つ。
 無防備な三井にも、もう少し、自分の身ぐらい守ろうとする意欲があっても良いもんだと思う。三井の取り巻きの顔が浮かんで、怒りをそっちに持っていく。チヤホヤする前に、身を守るすべぐらい教えておいても良いものをと、心の中で八つ当たりする。
 「おい、流川」
 無視されて、慌てて後について行くが、三井は、意志の疎通がうまくいかないのに、頭をひねる。さっきまで、流川の思ってることが、割と良く解っているような気がしていたのに、今は、全く解らない。これが、普段の流川だったのだが、なまじ、会話が通じてしまったために、この落差に、三井はついていけなかったのだ。
 部室まで、無言で歩いてきた流川は、三井が続いて入ってきたのを、目の端に止めながら、さっさと着替え始める。
 無視されて、ちょっとむっとしながら、三井も同じく着替えを始めた。
 先に着替え終わって、ロッカーを閉めた流川が、モタモタしている三井をじっと見つめる。
 「なんだよ」
 視線に気付いて、Tシャツの袖に片手を通して、頭から被ろうとしている手を止めて、三井が流川を見る。
 流川は、三井の肩越しに、後ろのロッカーへ両手をつき、三井を、自分とロッカーの間に縫い止める。
 「な、何だよっ、流川っ」
 三井が、焦って、流川を押しのけようとするが、あまり効果はなかった。
 「あんまり、仙道の相手しねーよーに」
 「はぁ?」
 「ムカつく」
 「はぁぁ?」
 いきなりの会話に、三井はついていけない。
 「約束」
 「・・・?るか・・っ!」
 意味を聞こうと問いかけた三井の、口をキスで塞ぐ。
 「!!!!」
 驚きに目を開いた三井の目元が、徐々に真っ赤になっていくのを、うっすらと目を開けた流川は見ていた。
 見開いていた目が潤んで、きゅっと目を閉じた目尻から一筋涙が流れたことで、やりすぎたと悟った流川は、名残惜しいが、やっとキスから三井を解放する。
 「何しやがるっ!」
 涙目で、首筋まで真っ赤にして怒る三井を、じっと見て、流川はぼそりと呟く。
 「仙道の相手はもうしねーよーに」
 「流川?」
 「わかんねーようなら・・・」
 そういうと、流川は、三井の顎を掴み再びキスしようとした。
 「わかったーっ!まてっ!流川!」
 必死に腕を突っ張って、三井が、キスを死守しようとするのに、あまりいじめてもと思ったのか、流川は、三井を自由にしてやった。
 「わかった?」
 問いかけると、コクコクと小刻みに頭を縦に振る。その姿が、子供のようで、流川はふっと口元に笑みを張る。
 「わかってんなら良い」
 話は終わったと、部室のドアに手をかけて、三井に、体育館に行くから早く支度しろと言う眼差しを送る。
 三井は、慌ててTシャツを被り、ロッカーを閉じる。
 何となく流川の機嫌が直っているようで、三井は少し安心した。これ以上のことを、力づくで来られたら、自分は抵抗できないに違いない。痴漢の連中に感じた恐怖を、2歳下の後輩に感じるなんていう屈辱に、三井は唇をかむ。
 これからは、なるべく流川と二人きりになるのは避けよう。
 そして、先輩の威厳を見せるためにも、今日から、寝る前にダンベル運動をしよう。
 『絶対に腕力つけて、小生意気な後輩どもに一泡吹かしてやるっ。』
 密かに、あまり続きそうにない決心をして、三井は、流川の後を追った。


 夏の暑さのために、風通しを良くしようと開けられた、体育館の扉から、ひょっこりと、顔を覗かせて中を窺う。
 「セ、センドーッ?何しに来やがったーっ」
 思った通りの反応を起こす、湘北の赤毛猿を見て、仙道は、右手を挙げて挨拶をする。
 「やぁ、相変わらず元気そうだねぇ」
 「ふぬっ、この天才をスパイに来たのか?」
 「スパイなら、こんなに堂々とやっては来ないよ」
 「それじゃ、何で・・・?」
 「いやぁ・・・」
 どう答えようかと、一思案しているところに、着替えた流川と三井が、体育館に現れた。
 「おおっ!ミッチーっ!どうだった?大丈夫だったか?」
 目敏く三井を見つけた桜木が、近寄ってくる。
 「あぁ、何でもないってよ」
 「そうか、めがね君も心配してたんだぞ。ん?目の所痣になってんな。あれ、目が赤いぞミッチー。痛くて眠れなかったのか?」
 ちょっと眉毛を寄せて心配そうに、三井をのぞき込む。
 目が赤いのは、流川に泣かされたからだとも言えず、答えに窮した三井が口ごもっていると、流川が、桜木の背中を蹴り降ろす。
 「どあほー。邪魔だ。どきやがれ」
 「ふんぬーっ!ルカワーっ!」
 いつもの、殴り合いに入ろうとしたところに、赤木の怒号と拳骨が飛んだ。
 「やめんかーっ!ばかもん!」
 頭を抱えてうずくまる一年坊主二人を見下ろして、赤木が三井の方に向き直る。
 「もういいのか?」
 「あぁ、異常なしっていわれた」
 「そうか。」
 幾分ほっとした口調で、赤木は頷いて、三井と流川に準備を急ぐように促す。そして、仙道にあまり部員を刺激しないように言い置いて、残りの部員を集合させる。その日の練習が始まった。


 『何なんだ一体・・・』
 三井は、どうにも集中できなかった。
 仙道の視線を背中に感じる。それで、動きがワンテンポずれる。そうすると、流川の冷たい視線が突き刺さるのだ。それぞれの視線が気になって、集中力が切れ、シュートが決まらない。
 三井のシュートの決定率は、技術はもちろんだが、最終的にはメンタルな部分が大きく影響するようで、今の状態は、最悪だった。
 3Pはおろか、左右45度、フリースロー、果てはレイアップシュートまではずしまくる。
 宮城や桜木が、どうしたんだという表情で三井を見る。赤木が、何をやっとるんだというように呆れた顔をする。木暮が、昨日の打ち所が悪かったのかというような心配顔で、こちらを見る。流川が、肩をすくめて溜息をつく。ほかの1・2年生が恐る恐る三井を窺う。仙道が、おやおやと言う様子で目を瞠るのを横目で見るに至って、三井はキレた。
 今日31本目のシュートミスをして、一瞬立ちつくし、突然体育館の外へ駆け出して行った。
 「ミッチーっ?」
 「三井?」
 「三井さん?」
 「三井サン?」
 背中にチームメイトの声がかけられるが、振り向きもせずに、ただ体育館から離れる。水飲み場のあたりまで走り続けて足を止める。
 水道の栓をいっぱいまで開き、頭から水を被る。
 『ちくしょーっ。なんなんだってんだよーっ』
 何処にもぶつけられない、イライラを持て余して、辺りに水をまき散らしながら、ぶるぶると頭を振る。
 1・2分冷たい水を被り続けて、荒い息が少し落ち着いてきた三井は、ようやく頭を上げる。
 『こんなことで、動揺してちゃ、どうしようもねーな。これから全国だっていうのに。平常心が大切なんだ。落ち着け。集中するんだ』
 ふうっと一つ大きく息をついて、頭から滴る水を、Tシャツで拭こうとして、目の前にタオルが差し出されたのに気がつく。
 「どうぞ」
 「あぁ、すまねー」
 相手の顔も見ずに礼を言い、スポーツタオルで、顔や頭を拭き始める。
 ふと、今タオルをくれたのは誰だったかと、顔を上げて、目の前にいる男に気がつく。
 「う、うわっ。仙道?」
 「はい?」
 いつの間にか仙道が、横にいたことに、三井は先ほどの決心も忘れて思いっきり動揺する。
 「何でお前がこんなとこに・・・」
 「いやぁ、ま、そんなことは、どうでも良いじゃありませんか」
 三井の後をつけてきて、水を被る姿を見て、再びタオルをとりに戻ったなど、説明するのが面倒だったのだ。
 「ところで、三井さん。今日、体育館に入ってきたときから、様子が変でしたけど、何かあったんですか?」
 「何かってなんだよ?」
 「いえ、校門で別れるまでは、とっても元気だったのに、着替えてからは、何か元気なかったようだから。流川に何か言われたのかなって。」
 そういわれて、いきなり、部室での流川とのやりとりを思い出した三井は、首筋まで真っ赤にしてしまう。
 「目が真っ赤でしたよね。流川に泣かされた?」
 「ち、ちがっ・・・!」
 両肩を捕まれて、顔をのぞき込まれるのを、避けようとするが果たせず、目の前に迫る仙道のアップを見たくなくて、きゅっと目を閉じる。
 「じゃぁ、キスでもされました?」
 半分冗談で、仙道が口にした言葉に、思い切り反応してしまい、ぱっと目を開いてしまう。
 「うーん、抜け駆けされちゃったかな?」
 「な、何言って・・・」
 「三井さんって、すっごく正直ですね」
 「仙道?」
 「とっても可愛い。いやぁ、まいったなぁ本気になっちゃいますよ、俺」
 「せ、仙道?」
 いやな予感がした。先ほどの流川の時と同じ様な空気が、間に流れているようで、三井は、落ち着きをなくす。それが、逆効果になるのに気付かずに、捕まれた肩を解こうと、腕を突っ張って抵抗を示す。
 「は、離せよ、仙道・・・」
 「ねぇ、三井さん。それ、誘ってるようですよ。よけいに離したくなくなりますねぇ」
 「仙道っ!」
 「流川にだけってのは、不公平だと思いませんか?俺だって立候補しましたよね?さっき、流川とは何でもないって大声で宣言してたのに、ちゃっかりキスなんかしてるんだ。俺にも権利あると思うんです。」
 ねっ、と顔をのぞき込まれても、うん、なんて返事ができるはずもなく、とにかく仙道の腕から逃れようとじたばたする。
 「じゃぁ、今日は、これだけにしておきますよ、まぁ、予約ってとこですかねぇ。」
 そういって、軽く三井の唇に自分の唇を触れ合わせる。
 三井は、今日3度目の災難に固まってしまう。
 「おや?いきなりおとなしくなりましたね。その方が可愛いですよ、三井さん。」
 仙道は、三井が、固まってしまっているのを良いことに、瞼や額にキスの雨を降らせる。
 「ミッチーっ!ぬっ、センドーっ!何してやがるっ!」
 そこに、桜木がやってきた。仙道を引き剥がし、三井を後ろ手に庇う。
 「おや、いいところだったのに」
 「なんだぁ?ミッチーにイヤガラセしてんじゃねぇ!」
 「嫌がらせとは、心外だな。愛の告白だよ。」
 「はぁっ?」
 許容範囲を超えた仙道の回答に、桜木の頭は混乱する。
 「センドー。ミッチーは男だぞ?」
 「わかってるよ。もちろん」
 「じゃぁなんで・・・・?」
 「あぁ、お子さまの桜木には無理だったかな?男であろうと女であろうと、人を好きになるのはかまわないだろ?桜木は、女の子だから、人を好きになるのかい?」
 「ぬっ」
 お子さまと言われ、桜木の眼差しが途端に険しくなる。
 「俺は、三井さんって人を好きになったから、正直に告白してるんだよ」
 「ふぬっ・・・」
 所詮単純王の桜木には、仙道をやりこめる策などなかった。言葉に詰まった桜木の腰を、容赦なく流川の蹴りが襲った。
 「どあほー、何言い負かされてんだ」
 「ふんぬーっ!流川ーっ」
 再び殴り合いになりそうな予感がして、三井が、止めに入る。
 「おい、お前ら、やめろよ」
 二人の間に入って、顔を見合わせる。
 「しかし、ミッチー、流川の野郎が・・・」
 「お前も、何でもかんでも喧嘩腰になってんじゃねぇ」
 「ふぬっ」
 「流川もだ、寄ると触ると喧嘩しやがって」
 「・・・・」
 「いやぁ、お見事ですねぇ」
 のんきそうに仙道が拍手を送る。それを、三井は、きっと睨むと、仙道の鼻先に指を突き攻撃する。
 「うるせぇ!てめえは、とっとと帰れ」
 「ひどいなぁ、三井さんが冷たい」
 「やかましい。てめぇがいると、落ちつかねぇんだよ。練習の邪魔だ。さっさと帰れ」
 今日の溜まりに溜まった鬱憤を、一気にはらすように、三井は悪態をつく。1対1ではできないことかもしれないが、今はとりあえず、後輩2人を後ろに引き連れているので気が大きくなっているようだ。
 「わかりましたよ、今日はこの辺で退散します。じゃぁまた、宿題の答えをもらいに来ますね。忘れないで下さいね」
 「うっ」
 もう忘れかけていた三井は、咄嗟に固まる。
 「じゃぁ、これは忘れないおまじない」
 そう言うが早いか、三井の後頭部を掴んで引き寄せ、先ほどよりは強引なキスをする。
 「!!!」
 「センドーっ!」
 「!」
 後輩の前で、面目丸つぶれの三井は、相変わらず真っ赤になって、大声で喚く。
 「バカやろーっ!てめぇなんかもうしらねーっ!」
 とっとと返れと、アリキックを繰り出し始める。そんな大人げない三井に、仙道は微笑みながら、退散を始める。
 「わかりましたって、うわ、三井さん。ちょっと、まいったなぁ。帰りますよ。ホントに」
 可愛いんだから、と独り言をこぼしながら、仙道が、校門の方に歩いていく。
 その後ろ姿を見て、三井は、ほっと安堵の息をついた。
 「ふぅ、さて、練習に戻るか・・・」
 振り返り、流川と桜木に戻るぞと言いかけて、流川の視線に気付く。
 「何だよ、流川」
 「約束破った」
 「へっ?」
 咄嗟のことに、三井は、部室での脅しのことを言っていることに、気付くのが遅れた。
 肩をがっしり掴んで、流川が強引にキスを迫る。慌てて抵抗して、三井は、隣で呆然と立っている桜木に助けを求めた。
 「やめろっ流川っ、あれは不可抗力だっ!おいっ!桜木っ!突っ立ってないで、流川をなんとかしてくれ!」
 「お、おぅ」
 恐る恐る、桜木が流川を離しにかかる。
 「どあほう、離しやがれっ」
 ここでは無理と諦めたのか、流川は、三井を離し、桜木の手も振り解く。
 三井が、ほっと、息を吐いたところに、木暮の声が聞こえた。
 「三井?桜木、流川も。そろそろ休憩が終わるから戻って来いよ。」
 どうやら、三井が、飛び出した後すぐに休憩になったらしい。
 「三井、大丈夫か?具合が悪いようなら、今日は・・・」
 「おぅ、大丈夫だって。今戻る。」
 木暮と連れだって、三井は、体育館に戻り始めた。残された二人も、後に続く。

 その後の練習は、無事に終わった。三井もようやく本来の調子が戻り、ほっと一息つく。
 部室に戻って、着替えをすます。そうしていると、桜木が近寄ってきて、肩を抱く。
 「なぁ、ミッチー帰りに飯食いに寄ってかねーか?」
 「あぁ?なんだ?」
 「今日誰もいないんだよ。家帰っても飯がねぇんだ」
 三井は、桜木が抱きついているのを、流川が鋭い目つきで睨んでいるのに気付いた。桜木が離れたら、また、流川に良いようにされてしまうかもしれない。三井は、桜木に流川の防波堤となってもらおうと考えた。
 「いいぜぇ、何なら家にくるかぁ?」
 桜木を連れていりゃぁ、流川よけにもなるし、そう、帰りの痴漢も寄ってこないだろう。
 「おっ?いいのか?ミッチー?」
 「あぁ、昨日は、流川も来たしな。別にどってことねぇよ」
 「ふぬっ?なんでキツネが?」
 「んぁ?あぁ、昨日の状態を心配してくれたみたいでな、つきそいって感じかな」
 「よし、それなら、この天才が、今日は送っていってやる」
 『今日は、もうついてきてもらわなくても大丈夫なんだけどな』
 ただ飯が食えることで、桜木はご機嫌だった。よけいになれなれしく、肩を抱いてくる。
 「さあ、ミッチー、帰ろうか」
 「お、おう・・・」
 肩を抱かれるのを、暑苦しいんだと振り解きながら部室を出る三井の背中を、流川がずっと見つめているのに、気付いたものは誰もいなかった。
 『どあほうの奴、明日は絶対八つ裂きにしてやる。三井さんも三井さんだ。何であぁガードが弱いんだか。試合の時みたいなディフェンスが、何でできねーんだ?』
 流川の心の仕返しメモに名前が刻まれたのも知らずに、二人は、宮城とじゃれ合いながら、呑気に帰りを急ぐ。
 電車の中も、ひたすらご機嫌でしゃべりまくり、からみついてくる桜木を、概ね気に入っている三井は、仙道や流川の接触に比べて、警戒する心がまるでない。完全に安全パイ扱いである。

 三井の家を見て、流川の5倍増しの反応を示した桜木に、夕食を提供し、客間に二日連続で布団を引く。今日は、最初から三井の分も布団がある。少なくとも桜木を一人にする気はないようだ。
 風呂を使って、布団の上で、他愛ない話をしながら、時間をつぶしている時、ふと、今日の、仙道のことに話題がいった。
 「なぁ、ミッチー。仙道が、ミッチーのこと好きだっていうのは、ホントなのか?」
 「あぁ?んなことしらねーよ。イヤガラセじゃねーのか?」
 「でも、そ、その、キ、キ、キスしてたぞ・・・」
 「あ、あれは、ぜってーイヤガラセだっ!俺をからかって遊んでやがるんだっ!」
 力を込めて三井が叫ぶ。
 「そうなのか?ミッチーは、キスされてなんともなかったのか?」
 「何にもって何だよ?」
 「い、いや、その・・・」
 桜木は、気付かないうちに、三井の唇に、目が吸い寄せられてしまう。仙道が、流川が、この三井の唇にキスしようとしたことを思い出してしまった。残念ながら、桜木は、今までキスの体験はなかった。
 『どんな感じなんだろう。』
 それを思うと、もう頭の中には、キスのことしか浮かばなくなってしまった。そんな自分が、少し恥ずかしくって俯いてしまう。
 いきなり口ごもって、煮詰まってしまった桜木を見て、三井がどうしたのかと声をかける。
 「おい、桜木?どうしたんだ?」
 つんつんと、人差し指で桜木の二の腕をつつく。
 それで、やっと桜木は、三井の方を見る。
 上げた目の先に三井の唇があった。
 「ミ、ミッチー・・・」
 我慢ができずに、桜木は、三井の唇にキスしていた。
 「!」
 いきなりの事に驚いた三井が、我に返るまでの数秒間の後、もがき始めた三井に気がついて、桜木は、三井を解放する。
 「ミッチー・・・」
 「ば、バカやろーっ!いきなり何しやがるっ!」
 三井は、真っ赤になって、桜木の頭をポカポカと殴る。
 「ったっ!ミッチーっ」
 「何で、いきなりあんなことしたんだ?桜木?場合によっちゃ許さねーぞ」
 三井は、怒りで荒い息をついて、桜木を見る。
 「・・・わかんねーんだ。」
 「はぁ?」
 「ミッチーの唇見てたら、止まんなくなっちまって・・・気がついたら、そ、その・・・」
 「桜木?」
 真っ赤になって、俯く桜木に、三井の怒りは、徐々に削がれていった。
 「ったく・・・冗談じゃねぇ。何で俺ばっかりこんな目に遭うんだ・・・」
 何が悲しくて、一日に三人の男にキスされなきゃならないんだと、ぶつぶつ文句を言う。
 「ミ、ミッチー」
 俯いていた桜木が、キッと顔を上げて、三井を見る。
 「ぁあ?」
 「責任とる」
 「はい?」
 「キスしてしまったからには、責任とって、ミッチーの恋人になる!」
 「桜木?」
 話が飛躍しすぎて、三井はついていけなかった。
 「だから、今日から、ミッチーの恋人になるって・・・」
 「ば、ばかやろーっ!何言ってやがるっ!んなもんいらねーっ!俺は彼氏なんていらねーんだよっ!俺はノーマルなの!男はいらねーの!わかったか?」
 「し、しかし、ミッチー・・・」
 「しかしも案山子もねーっ!金輪際そんなこと言って見ろ、こっから追い出すぞ。明日から口きかねーぞ!」
 「ミッチー・・・」
 「いいな。もう寝ろ。てめーは疲れてんだよ。そんなときはろくでもねー事考えちまうんだ。だから、忘れて寝ろ。いいな?」
 「む、むぅ・・・」
 まだ何かいいたそうな、桜木を、無理矢理布団に押し込んで、問答無用で、寝かしつける。
 自分も、明かりを落としてさっさと布団に入り、寝るぞと声をかけて、桜木に背を向けて布団を被る。
 再び長い三井の一日が、終わりを迎えようとするとき、彼の背後には、まだ納得してなさそうな、桜木花道の困惑した眼差しが注がれていた。