【危険がいっぱい2】


☆目覚めれば隣に・・・

 暑かった。その上、腕の中にあるものが、眠りを妨げるように動く。
 眠いが、今のままでは、どうにも安眠できない。
 流川は、渋々目を開けた。
 腕の中に、頭が見える。短い髪が、腕に当たり、少しくすぐったい感じがする。
 流川は、寝ぼけた頭で、その短い髪が誰の頭で、何故、自分の腕の中にいるのかをぼんやり考えた。
 その時、その頭の主が身じろいだ。もぞもぞと頭を動かし、顔を上げる。
 相手も、現在の状況に理解がいかないようで、ぼんやりと流川の顔を見ているだけだった。
 猫毛らしい短い髪、広くも狭くもないちょうど良いバランスの額、整っているが今は少し不安げに寄せられた眉、その下の戸惑いに揺らめく眼、目元にはうっすらと昨日のボールが当たった時にできた痣、すんなりと通った鼻梁、不安げに少し開いた唇、その口元から顎にかけて引かれた傷跡。全体に男っぽい造りの顔だが、今の表情はとても幼い子供を見るようで、流川は、戸惑う。自分の知っている男のはずなのに、こんな表情は知らない。本当に自分の知ってる男なんだろうか。少し不安になる。
 『三井先輩?』
 目が合って、少し、じっと見つめ合う。
 相手の瞳が、不安げな色合いから、徐々にはっきりした、見慣れた意志の強そうな煌めきにかわっていくのを、流川は、興味深げに見つめていた。
 「流川・・・」
 寝起きで、かすれた声で三井が自分を呼ぶ。
 やっと、流川は、三井の家に昨夜ついてきて、そのまま泊まったことを思い出した。
 『泊まってよかった。』
 昨夜、腕の中に抱きしめたのは、寝顔を見たいという欲求からだったが、結局見ることができなかった。しかし、普段とは違う三井の表情を見れたことで、流川は満足した。
 そんなことを考えている内に、腕の中の三井が暴れ始める。
 「いい加減にはなせよっ」
 『やれやれ』
 言われるとおりに離してやろうとして、ふと、昨夜、自分は、三井の弱みを握ったことを思い出した。
 そこで、悪戯心が湧いてきて、三井を引き寄せて形の良い額にキスをする。
 すると、三井は、急に動くのをやめて、固まってしまう。目を瞠り、その後視線を逸らし、目元から、耳の後ろまで徐々に赤く染めていく様子を、流川は、感心しながら見ていた。
 『リトマス試験紙みてぇ』
 そんなことを考えて、ふと笑みがこぼれたのを見て、三井が我に返った。
 「何すんだよっ!」
 「おはようのキス。」
 そんなことも判らないのかというニュアンスの返事を返す。
 三井は、一瞬言葉に詰まり、すぐに脱力したようだ。あまりいじめると、拗ねてうるさいかもと考えて、腕の拘束を解いてやることにした。
 三井は、自由になった途端に飛び起きて、客間を出ていった。
 『可愛い・・・』
 流川は、三井のことが昨日からの一連の出来事でかなり、気になっていた。
 体育館に殴り込んできたときは、頭に来たし、普段の横柄な態度には、閉口してしまう(元々、しゃべることは少ないが・・・)。
 でも、バスケのことは、結構買っている。体力が人並みならと、思うほど惜しい、良い選手だと思う。ディフェンスもなかなかだし、パスもよく通る、シュートもうまい。同じチームでバスケして、とてもやりやすいと思う。
 とりあえず、三井という先輩の個体認識はそのくらいだった。
 しかし、昨日、気を失った三井の顔を見てから、流川の中で、三井に対する気持ちが、少し変わったかもしれない。
 昨日や今朝見せた、まるで子供の様な、頼りなさそうな表情の三井は知らない。しかもそれを、不快ではなく、もっと見たいと思っている自分がいるのに流川は、戸惑っていた。
 『好きかもしれない・・・』
 三井本人がか、その表情がかは、まだ、どっちとも言えないけれど、三井という人に興味を持ってしまったのは、確実だった。
 とにかく流川は、この気持ちをもとに、しばらく三井を見ていようと思ったのだった。

   * * * * * * *

 『完全に舐められてるっ!』
 三井は、何処にもぶつけようのない怒りで、煮詰まっていた。
 昨日の疲れで、不覚にも朝まで、二歳年下のクラブの後輩(しかも男)の腕の中で微睡んでしまい、あろうことか、額に”おはようのキス”までされてしまう有様。
 昨日の痴漢といい、部活で顔面に受けたボールといい、おまけに朝のやりとりとくれば、何でこんなに不幸が続くんだと愚痴の一つも言いたくなる。(そういえば、夕べは、キスまでされてしまった)
 思い出す度に、屈辱に身が震える。自分の弱みを逆手に取られ続ける内に、いつか自分は切れてしまうかもしれない。
 そんなことなら、もう、牧との約束をバラされたって良いと思ったり、バレた時に桜木や宮城の非難に曝されることを思うとやはり隠しとおしたいと思ったり、どうして良いのか判らなくなる。
 身支度をして、流川に渋々朝食を届ける。母に、運良く後輩の腕の中にいることを見られなかったことに少し安心しながら、何でこんなことにまで気をつかわなけりゃならないんだと、情けなくなる。
 「おい、本当に病院についてくんのか?」
 朝食をパクつく流川に、気が変わったことを祈りながら、尋ねる。
 「行く」
 あっさりと返されて、次の言葉が出てこない。
 「それなら、とっとと用意しやがれ」
 溜息をつきながら、ふと、昨日から、溜息ばかりついているなと思う。昔の流行歌で、溜息の数だけ幸せが逃げていくというのがあったっけ、なんて考えて、悲しくなる。
 流川の用意が整って、二人そろって、家を出る。見送りに来る母を適当にあしらって、やはり、一人暮らしの方が気が楽だったなと思う。もう一度、あのマンションに戻ることはできないだろうか、何か良い理由を探そうと心に誓う。マンション自体は、未だに三井家の所有で、自分の荷物も少し、あの部屋に残っているのだ。両親の説得次第で、気楽な暮らしにいつだって戻れるのだ。
 学校で倒れたことを理由にできないかと、三井は、駅までの道のりを流川そっちのけで、理論武装の準備に当てた。


☆何でこいつがここにいるんだ?

 ”異常なし。”
 今朝起きてからは、全然痛みもなく(目元の痣の周りは別にして)なんともなかったものの、やはり、結果が出るまでは、不安なものだったりする。訪れた病院の診察結果は、安心できるものだった。
 三井は、診察室を安堵で胸を撫で下ろしながら出て、流川が待っているロビーの待合コーナーへと向かう。
 院内は、朝1番のラッシュが終わったのか、比較的ゆっくりとした雰囲気で、ロビーあたりも人がまばらだった。
 待合に流川の姿を見つけて、手を挙げようとした三井の後ろから、あまり緊張感のなさそうなのんびりとした声がした。
 「あれぇ?流川じゃないか?」
 その声が自分の連れを名指したので、三井は驚いて振り返る。
 そこには、一昔前に流行ったニワトリヘアーのバリエーションのような、髪を根元からつんつんに立てた、どこかで見た男が立っていた。
 2M近い長身にその髪型、整っているくせにどこか締まりのない顔(でもこの顔が、真剣に引き締まる時を自分は知っている)、がっしりした体躯にちょっとおじさんぽいポロシャツと綿のスラックスを着ている。足下は、サンダル履きという軽装である。
 「せ、仙道・・・」
 ぽつりと、三井が呟いたのを、名を呼ばれたその男が耳に留める。
 「あれっ?、三井さん・・・ですよね?湘北の。どうしてここに?」
 『それはこっちが聞きたいっ!』
 陵南のバスケ部の選手である、目の前の男に、来院の理由を言っても良いものか迷って、立ちつくしていると、答えが出るのを待っているのか、小首を傾げて相手も立っている。
 日本人としては大柄な2人が、じっと向かい合って立ちつくしているのは、かなり不気味なものがあったのか、来院患者達は遠巻きに二人を見ている。その視線を体中に感じて、三井は居たたまれなくなった。
 そんな三井を庇うように、腕が二人の間に伸ばされ、これまた長身の流川が二人の間に割り込んだ。
 『流川・・・』
 三井は、気詰まりな空間に、流川の身体が割り込んで、仙道の視線から逃れたことで、ほっと一息ついた。
 「これは、また、湘北の綺麗ドコロお二人がお揃いで、どうなさったんです?」
 180センチを越える男二人を綺麗ドコロと称する感覚に、三井は脱力する。
 「るせー」
 いともシンプルな返答をして、流川が、三井の腕をとって、さっさと病院を去ろうとする。
 引っ張られながら、三井は、はっと気がついた。
 『あっ!薬と支払い・・・』
 「る、流川、ちょっと待ってくれ、窓口行って来る」
 言い置いて腕を放し、精算をすませに窓口に急いだ。陵南と湘北の両エースは、その場に残されて、結局また向かい合っている。
 「三井さんが、診察なんだ。流川は付き添い?三井さん、どこか悪いの?」
 「・・・・・・」
 流川は、せっかく三井と二人きりでいられた、(流川にとっては)楽しい時間に割り込んできた目の前の男に、全身で威嚇するように立っている。三井の精算がすんだら、さっさとこの場から立ち去ろうと身構える。
 「う〜ん。つれないなぁ。せっかくだから、昼食でも一緒に・・・と、思ったんですけどねぇ。どうです?三井さん」
 精算の終わった三井が、近づいてくるのを見て、声をかける。
 『えっ?なんで俺に聞くんだよっ!』
 驚いた三井は、どうしようかと流川の方を見た。その目が、”断れ”と訴えかけているのを見て、後々不機嫌になられると困るので、流川の希望に添うように断ることにした。
 「あ、いや、・・・」
 そこまで口にして、断る理由を考えてなかったので、口ごもる。流川に、助け船を出してもらおうと、目線で合図をしようとしたら、すっとその目線の先に仙道が顔を持ってきた。
 三井を見て、反対側の流川を見て、もう一度三井に視線を合わす。
 「まさか、主導権が流川にあるなんてこと無いですよね。先輩の三井さんが、流川にお伺いを立ててるなんて。あっ、何か弱みでも握られてるんですか?」
 「ばっ・・・馬鹿ヤロー!っんなことあるわけねぇだろうがっ!」
 「あ、じゃぁOKですよね。三井さんが心の広い人なら、寂しい俺のお誘いを断るなんて、無いですもんね。」
 「うっ。」
 飄々とした口振りで、さらりと断るポイントを押さえられてしまって、三井は固まってしまった。
 仙道の後ろで、流川が大きな溜息をもらしているのが見える。
 『それなら、自分で断わりゃ良いだろうがっ!』
 恨みがましい目で、三井が流川を睨むと、そんなことも断れないのかという非難の視線が返ってくる。所詮、急場に対応できない三井と、元々口数の少ない流川の二人には、仙道を言い含めるだけの能力はなかったに違いない。
 間に立っている仙道は、二人の表情で、これ以降の二人への傾向と対策のツボを掴んだと、ほくそ笑む。
 「じゃぁ、そろそろ行きましょうかぁ?」
 うれしそうに仙道が二人を促す。


☆ちょっと待て仙道!

 まだ動き難そうな二人を見て、仙道は何を思ったか、三井の腰に手を回し、まるでアベックの彼氏が彼女をエスコートするように、歩き出した。置いて行かれた流川は、呆然としている。
 「ちょっ、ちょっと!仙道!何だよこの手は?」
 三井が慌てて抗議するが、抱きかかえるように力を入れて、そのまま仙道は歩いていく。
 「だって、三井さん。いつまでも、流川と見つめ合ってて、一緒に行ってくれないんだもん」
 「見つめ合ってなんかねぇ!そ、それより、この手を離せっ」
 ぐいぐいと引きずられながらも、とりあえず三井は抵抗する。
 「まあまあ、そう堅いこといわずに・・・」
 『しかし、細いな、三井さんって。』
 仙道は、腕の中でもがいている三井の、体型に気付いた。筋肉もちゃんとついているが、一言で言うなら細い。こんなに細くては、スタミナ切れするのもわかる。県予選で倒れた三井の姿を思い出して、なるほどと思う。その上、もがいてはいるが、本気かと思うほど非力だった。軽く腰を抱いただけで、それを振りほどけない。押し倒されたら、もうほとんど無抵抗状態だ。なんて考えて、自分が三井を押し倒している情景を、ふと想像して、仙道は慌てた。
 「いつまで触ってんだ。どあほー」
 その時、我に返って、やっと追いついた流川が、仙道の腕をとって、三井を引き離した。そのまま自分の後ろに庇うように立つ。
 「いやぁ、三井さんの腰ってとっても抱きやすくって、感動しましたよ」
 先ほど抱いた、あやしい想像を振り払うように、無理に、おちゃらけてみる。
 「ばかやろーっ!男に腰抱かれた上に、そんなこと言われて嬉しがると思うのかよっ」
 真っ赤になって、流川の後ろから三井が抗議しているのを見て、仙道は、くらくらしてしまった。
 『この人って、すごくかわいい。なんだか、こんな顔を見れるなら、いくらでもいじめちゃうな。』
 なんて、危ないことを考えてしまっている自分に驚く。とりあえず、この場は引いて、より長く三井を観察できるように、昼食の場につこうと仙道は思った。
 「いやぁ、すいませんでした。お詫びに、昼奢りますよ。ね、機嫌直して下さいって」
 駅前の、ファミリーレストランの名をあげて、そこまで行こうと二人に提案する。
 渋々ついてきた二人と店に入り、オーダーをすませる。
 「さて、三井さん。どうしてあんなとこにいたんです?どこか悪いんですか?」
 一息ついて、仙道は、さっきの質問を蒸し返す。
 「うっ・・・」
 水を飲みかけていた三井は、気道に水を入れてしまった。げほげほと、むせている。
 流川は、慌てて、恐る恐る背中をさすってやる。横目で仙道を見て、面白そうに見ていることに気付いてむっとする。
 「てめーこそ、何であんな所にいやがった」
 年の差を無視して偉そうに流川が反撃をする。
 「俺は、クラスの奴が入院してるんで、そいつのお見舞いだけど」
 さあ、三井さんはどうして?という顔で仙道は、二人を見る。
 流川は、話すしかないかと、舌打ちして、三井の方を見た。三井も、溜息をついて話し始める。
 「昨日、練習で頭打ったかもしんねーから、念のために検査にきたんだよ」
 とりあえず、必要最低限の内容提示をする。
 仙道は、ふーんと言ったまま、三井をじっと見た。この様子では、深刻な結果でなさそうだと仙道は、内心安心する。じっと三井の顔を見ていて、その整った造りが、かなり自分の好みかもと思い、ふと、口元の傷跡に気がついた。
 『目元の痣は、日が経つにつれて消えるだろうけど、こっちは無理か、なんてもったいないことを・・・』
 どんな理由で怪我をしたのか、あれこれ考えていると、じっと見られることに馴れていない三井が、仙道にかみついた。
 「な、何だよ、何か文句あんのかよ」
 「いえ、言っちゃうと、三井さん怒りそうだから・・・」
 仙道は、もったいぶって答えない。
 それがよけいに、三井の神経を逆撫でした。
 「もう怒ってんだよ!いってみろよ!あぁ?」
 「うーん、じゃ、怒らないで下さいね。三井さんの顔って、タイプだなーって、見てたんですよ。目元の痣も、口元の傷ももったいないなーなんて・・・・」
 最後まで言わない内に、三井がおしぼりを仙道に投げつけた。
 「ばかやろーっ!何考えてんだっ!男に言われたってちーっとも嬉しくねーんだよっ!」
 鳥肌ができるっ!と抗議を始める。
 仙道は、三井の横に座っている流川の目が、よりいっそう挑戦的になってきたのに気がついて、一度話を振ってみた。
 「流川はそう思わないか?」
 突然話を振られた流川は、眉を少し上げて、仙道を見返した。返事をしようとしたが、三井が割り込んできたのでとりあえず黙った。
 「んなわけねぇだろーっ!何で男がんなこと思うんだよっ!ホモでもあるまいしっ」
 ホモと言われて、流川は怯んだ。実は、三井の顔が気に入っているのだ。昨日から。まぁ、無防備な表情のと、但し書きはつくけれど。
 『三井さん、ひでー。容赦なし。』
 そう思って、ちょっと三井を困らせてやろうと思った。この先輩は、時々相手の立場を思いやらないで、口を滑らすときがある。人柄でかろうじて、憎まれないタイプの人間だと、常々思っていたからだ。
 ただし、仙道に同意するだけも癪に障るから、少し牽制をする。
 「三井さん、言い過ぎ。俺も結構好みだから、前言撤回して」
 「なっ!流川?何言ってんだ?」
 「だから三井さんの顔が好きだって」
 「流川ーっ!」
 目の前で、漫才みたいな言い争いを始めた二人に、仙道は取り残されないように、話に加わる。
 「やだなぁ、二人の世界創らないで下さいよ」
 「ちがーうっ!」
 「邪魔すんな、どあほー」
 「おや、流川って本気なんだ?へぇっ。でも、俺も三井さん気に入っちゃったから、独り占めは無しだよ」
 「なに?」
 「るせーっ。てめーには分けてやんねーから諦めろ」
 自分以外の話す内容が、どうも自分の望む方向と離れていくのに三井は気付いた。
 「おいっ、二人とも何言ってんだよ」
 「やだなぁ、三井さんが誰のものかって話ですよ」
 「俺のモンだどあほー」
 「バカやろーっ!俺は誰のモンでもねーっ!」
 「つまり、三井さんは流川とは何でもないってことですか?」
 「当たり前だっ!」
 「じゃぁ、俺が立候補しても良いんですね」
 「はっ?」
 「だから、三井さんにお付き合いしてもらおうっていう立候補ですよ」
 「はぁ?」
 三井は、頭が真っ白になった。何をこいつは言っているのか、一瞬わからなくなる。
 「だめだ!」
 代わりに、流川が答える。
 「流川には聞いていないよ。どうなんですか三井さん?」
 「うっ・・・」
 思いの外真剣な眼差しで、仙道が見つめている。おちゃらけた色は無くなり、三井の目をただじっと見つめている。こんな顔をみるのは、バスケの試合の時以来だ。
 流川は流川で、仙道へ1ON1さながらに敵意むき出しで睨み付けている。
 YESとNOのどちらを答えても、どちらかが傷つきそうで、三井は答えに詰まってしまった。
 『どうしよう』
 三井が、答えられずに悲しそうな顔をしているのを見て、仙道は、これ以上追いつめるのをやめにした。
 「あぁ、もう良いですよ。三井さん。そんなに悲しそうな顔しないでください。いじめちゃうつもりはなかったんです。すみません」
 あっさり引いた仙道に、三井は、ほっと胸を撫で下ろす。
 「ったく、訳のわかんねぇこと言いやがって」
 それでも悪態は、忘れずついてしまう三井であった。
 「じゃぁ、この件は宿題ってことで。そのうち、三井さんに直接答えを、聞きに行きますから」
 「はぁ?」
 一本取られた形に、三井は呆気にとられる。
 流川も悔しそうな顔をしていたが、言い返すほど、語彙のない流川には、無理なことだった。
 そうこうしている内に、オーダーした料理が届き、3人は、とりあえず目の前の誘惑に取りかかることにした。
 『いやあ、これは面白くなってきたな』
 仙道は、ご機嫌で、普通の人の倍は軽くある料理群を片づけ始めた。
 新しいおもちゃとして、仙道の中で三井のことがインプットされ、当分飽きそうにないキャラクターに仙道は、クラスメイトの見舞いにきて良かったと、やっと思えるようになった。
 そんな仙道の思惑など、気遣うことができるわけなく、三井は、目の前の昼食に神経を集中した。
 これから始まる、仙道がらみのごたごたの、原因が、今日のこの会話にあったと、三井が気付くかどうかは不明である。
 しかし、本人の気持ちに限らず、仙道との接近が、これからの三井にいろんな影を落とすことになる。
 まだ、迷える子羊は、そんなことには気付かず、ランチセットの添え物のエビフライをパクついていた。