キャプテン・牧の憂鬱な日々
@旅立ち篇
「う…ん…っ」
ベッドの中で恋人がうーんと大きな伸びをした。
「目が覚めたか?」
牧は、傍らの恋人の短い髪を指で梳く。
「まき」
目の覚めた牧の恋人、銀河系宇宙連合戦艦『神奈川・改』新副艦長三井寿は、いささか掠れた声で牧を呼ぶ。
牧は、三井の額に軽くキスをして、恋人を抱き起こす。
「そろそろ時間だ。起きれるか?」
情事の後の気だるげな身体を、三井はゆっくりと起こしてベッドから立ち上がる。
「シャワー浴びてくる」
そういうと、シーツを身体に巻きつけて、バスルームへと消えていった。
牧は、さっさと身支度を終え、ソファにどっかと腰をおろした。
短い休暇が終わった。
牧と三井は、銀河系宇宙連合の軍人だ。
今日から、『神奈川・改』の艦長と副艦長としての任務が待っている。
戦艦『神奈川・改』は、最近、ドックを出たばかりの新鋭鑑だ。
提督クラスの乗る戦艦と比べればかなり小ぶりだが、火力は最新鋭の重火器をそろえ、航行速度も格段に速くなった。
先の惑星間戦争で牧の挙げた功績の結果、この戦艦を手にすることが出来たのだ。
いまや、牧は、同期の間では出世頭。
宇宙軍の中では、半ば英雄として伝説化されつつある。
しかし、牧自身は、さほど出世欲もなく、今は、恋人の三井と同じ艦に乗れることが楽しみなだけの、サラリーマン軍人だと思っているようだ。
今回の任務は、『神奈川・改』の処女航海も兼ねている。
辺境へと向かう輸送船団の護衛につき、護衛終了後は、辺境からの稀少鉱物を乗せた商船を折り返し護衛してくるという、退屈といえば退屈な任務だ。
しかも、護衛には、他に2隻づつの護衛艦と巡洋艦がついている、護衛艦団の旗艦ということで、面倒な仕事も待っていた。
総指揮官の堂本提督を牧の艦に乗せねばならないのだ。
せっかくの自分の艦に、上司が居座るとなると、何かと面倒だと牧は考えていた。
しかも、堂本は恋人の三井に気があるようで、あれこれと用を見つけては三井に声をかけてくるのだ。
三井を守りつつ、堂本の機嫌を損ねないように任務を遂行するのはなかなか骨が折れるかもしれないと、牧は知らず知らずのうちに溜息をついていた。
「なんだ?何溜息ついてんだ?」
シャワーを浴びて、バスローブを羽織った三井が、呆れたように牧に声をかけ、牧のとなりに腰をおろした。
その三井の腰を引き寄せて、自分の膝の上に抱き上げながら、牧は笑って首を振った。
「いや、別にどうって言うことはないんだが、休暇も終わりだなと思うとなんだか寂しいような気もするだろ?」
「まぁなぁ。ようやく宇宙に出られるってのも、嬉しいけど、こうやってのんびりするのも、いいもんなぁ」
「ま、仕事だからな。今度護衛の仕事が終わったら、また、こうやってのんびり休暇を取ろう」
「そうだな。今度は、南の島じゃなくって、北の国の温泉にいかねーか?」
「温泉か?三井は好きだったな。わかった。今度は湯治場にいってゆっくり魂の洗濯をしよう」
「やった!約束だぞ?」
「あぁ。約束だ」
そう言うと、どちらからともなく、キスをした。
軽く触れ合うようなキスが、だんだんと朝にふさわしくない濃厚なものに替わり始めた時、部屋のベルが鳴った。
「んあ?」
三井が、ドアのほうを不満そうに見る。
「あぁ、ルームサービスがきたようだ」
牧はそう言うと、三井の額に軽くキスをすると彼を膝からおろし、ドアを開けにいった。
朝からこんなに食べるのかというような豪勢な朝食が、運び込まれてくる。
美しくセッティングを終えたボーイが、牧のサインを貰い、恭しく部屋を辞していく。
「うわー、美味そう!そういや、俺腹へってたんだ」
三井が嬉しそうに席に着く。
しばし無言で、食事を平らげた二人は、最後のコーヒーでようやく人心地がついたようだ。
「あー喰った。これから、当分、こういう食事喰えねーんだなぁ」
「そうだな。艦内ではやはり保存のきく食材中心になるからなぁ」
「料理長の腕はいいのか?たしか、魚住だっけ?」
「あぁ、魚住は一流の料亭で修行をした板前出身だ。特に和食は絶品だぞ。ただし、食材次第という感じだな」
「なんだー?期待できるような出来ないような言い方だな?」
「魚住が、市場で食材を調達しているはずなんだが、如何せん予算というものがあるからな。料亭の豪勢な食材から比べれば、俺たちの艦に持ち込める食材の単価は知れているからな」
「そっかー。なんか宝の持ち腐れにならねーといいんだけどな」
「まぁな。しかし、『神奈川・改』には堂本提督が乗り込むから、普段の俺たちだけの予算よりはいいはずだぞ」
「そうか?じゃ、少しは期待できるか」
「まぁ、過剰な期待はしないほうがいいが」
「ちぇっ」
二人は、食事を終え、身支度を整える。
ホテルをチェックアウトし、ニュー・トーキョーの宇宙港へと向かう。
宇宙港で艦に乗り込み、最終の準備を行い、明日辺境に向けて出発するのだ。
宇宙港の民間ブースに明日から護衛する輸送船団が既に停泊しているのが見える。
牧達の艦は、宇宙港に併設された宇宙軍基地にその美しい姿を見せていた。
僚艦の護衛艦や巡洋艦も儀装が終わり、後は発つだけという雰囲気だ。
休暇を取る前に、艦の状態チェックや積み込みする荷物の確認などを終えていたので、後は、乗り込むだけとなった『神奈川・改』だが、留守を守っていた各フロア担当者と最終の確認を行わねばならない。
艦長と副艦長が同時に休暇を取っていたので、混乱をしていないか心配だったのだが、各フロアの代表は牧や三井と同期のものたちが多く、なかなか気心の知れた連中だった。
牧と三井の関係もどうやら知られているらしく、二人同時の休暇も反対するものもなく受け入れられたのだ。
やりやすいような、やりにくいような複雑な心境で、牧は『神奈川・改』のブリッジに向かった。
「じい!ミッチー」
ブリッジでは、以前三井の指揮していた辺境探査船『湘北』のクルー達が忙しそうに動いていた。
入ってきた牧達を目ざとく見つけて声をかけたのは、三井たちの仕官学校の2年後輩の桜木だった。
桜木は、今回『神奈川・改』では、保安要員として彼の友人の水戸達とともに乗り込んでいた。
「桜木…ミッチーはやめろって…」
「ふぬ?ミッチーはミッチー、じいはじいだぞ?」
「まったく…桜木にはかなわないな」
牧は肩を竦める。
どうやら、『神奈川・改』はかなりフランクな艦になりそうだ。
せめて、指揮官の堂本提督にだけは敬語を使ってもらいたいものだと、望み薄な願いを牧は抱いた。
休暇に入る前に、乗艦するクルー全員に演説とまではいかないが、軽い所信表明をしていたので、クルー達はそれに添ってやっていってくれるものとは思うが、如何せん心配性の牧は不安を抱かずにはいられなかった。
牧と三井は、手分けをして各部署のチェックに出かけた。
休暇前と比べて、何かトラブルが起こっていないか、念入りに確認をする。
どうやら、問題もなさそうで、ようやく胸をなでおろす。
夜に牧と三井は、堂本提督と輸送船団の団長と会合という名目の食事会が予定されている。
そして、翌朝、宇宙空間に出発だ。
牧は、恋人との二人三脚で仕事を無事に終えられるよう、胸の中で神に祈った。
しかし、恋人を中心にトラブルが起こることを、今の彼は予想できても、予想したくなかった。
牧艦長の憂鬱な日々が始まろうとしていた。
2002.4.14
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