遠くで雷鳴が鳴り響いている。
肌にまつわりつく湿った空気に身を震わせ
顔を伝う液体を思わず手で拭う。
雨だろうか?ばかな。ここは屋内のはずだ。
濡れた指を目の前にかざしても何も見えない。
明かりは?誰か明かりを。
その時、稲妻の光が辺りを明るく照らし出し
彼は自分の指に伝わるものを見た。
それは、彼の手を紅に染めていた。
否。
辺り一面が紅の海だった。
彼の傍らに倒れているのは良く一緒に話をした武官。
仰向けに人形の様に転がっているのは優しかった侍女。
そのもはや何物も映していない瞳が
彼をじっと見つめている。
どうして私が?
私は何も悪い事をしていないのに。
どうして私を助けてくれなかったの?
やめろ!そんな目で私を見るな!
これは夢だ。悪い夢だ。
だが、瞳を背けてもそのうつろな瞳は問いかけてくる。
どうしてあなたは最後まで戦ってくれなかったの?
あなたはそれで満足なの?
やめろ!やめてくれ!

「隊長」
「や・・・」
「隊長!隊長、どうなさったのですか?」
激しく体を揺す振られてパルマンは目を覚ました。テントの入口で歩哨をしていたはずのロッコが、心配そうに彼を覗きこんでいる。
「あ、ああ。何でもない」
頭を振りながら寝台の上に身を起こすと、ロッコが慌てて寝台から離れた。
「申し訳ありません。あまりにうなされておりましたので」
部下の兵士は叱責を覚悟しているのか俯いて言った。上官を揺さぶり起こすなど、普通だったら厳罰ものである。
「いや、起こしてくれてよかった。少々寝すぎたようだ」
それから言い訳のように付け加える。
「ここの暑さと湿度はやりきれないな」
「全くです。寝苦しくて参りますよ」
ロッコはようやく渋面を解くとくすりと笑った。
「最も、グレイなどは平気でぐーぐー寝ていますがね。全く隊長以上にぐっすり寝る奴なんて許せませんね」
まじめなロッコがおどけて見せるのは上官を気遣ってのことだろう。その気持ちを無駄にできなくて、パルマンは無理やり笑みを浮かべる。
「今のうちにぐっすり眠っておけ。次はいつゆっくり眠れるか判らん。『あの時眠っておけば』などという文句は受けつけないぞ」
「はい、隊長。では、ゆっくり眠れるように見回りに行って来ます」
ロッコは敬礼をするとテントを出ていった。
その後姿を見送って、パルマンは小さく溜息をついた。崩れる様に腰を下ろした寝台がじっとりと湿っぽいのは、この湿地帯の気候のせいだけではあるまい。
「もう忘れたと思っていたのに・・・」
小さく呟くと枕もとの水に手を伸ばした。一気に飲んでようやく人心地がつく。
遠くで雷が鳴っていた。この湿地帯ではいつものことである。あんな夢を見たのもあの雷のせいに違いないなかった。
いつのまにか見なくなっていた夢。それを今頃になって再び見るとは。
いや、雷のせいだけではない。
「私はどうすればいい・・・」
迷って、悩んで、結論が出せぬまま流されている自分。
それがあの時と同じなのだ。
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