何も言えない強気の自分 1


食欲がない…。
腹痛や食中り以外での何年かぶりの快挙にマイクロトフは皿の前で、
この日29回目かの小さなため息を吐いた。
風邪をひいたって自分は食欲だけはなぜか落ちない男なので思い返すと
前に食欲がなかったのは流感かなんかで39度の熱を出した時以来ではなかったろうか。
さすがにあのときは食べるとか言うより前に意識が保てなかった。
無理に朝練に出ようとして廊下にへたり込む醜態をさらし
回り中の人間に…それこそ部下にまで怒られたっけ。

ものを食べるということは、体力を維持する上で必要不可欠なことだ。
多少の疲労は食べることでごまかしが効く。
食べなければだんだん力が入らなくなる。
というわけで正常な食生活だけは維持できるように、
それなりの食方面からの努力はしているのだが…。
 
 

食べられないわけではない。

食べれば食べられる。
だから食べてはいる。
一応食べているので問題はあまりないのかもしれない。
 

吐き気や嘔吐感があるというわけではない。
ただ、胸に何かつっかえているようで食欲がわかない。
食べても飲んでも、いまいち味を感じない。
味覚障害を疑ってみたが味覚障害で胸焼けの類はないだろう。
それ以外は至って健康だから医者に行くわけにもいかない。
いったって何も出てきやしないだろう。
ただ憂鬱になっていくだけである。
なんとなく、もそもそと目の前のいかにもおいしそうな料理を片づける。
せっかくの食事を楽しめないのはなんともむなしい…。
 

「マイク?どうしたの?変な顔をして…」
正面にいたカミューが首を傾げてマイクロトフを覗き込む。
昼のカフェテリア。
お昼時のあわただしくも活気あるざわめき。
急に回りの音が騒がしく耳に飛び込んでくる。

「変な顔…していたか?」
「眉間コイル巻き」
パスタ付きのフォークを眉間に向けられる。
行儀の悪さも今更ながらに自分達なら赦される。そんな相手。
「む…そうか?」
コイル巻きとはいかなる状態だかわからなかったがどうやら眉間に皺でも寄っていたらしい。
表情を引き締め指で眉間をごしごしこする。
「食欲もないみたいじゃないか」
心配そうに言うのはその隣に座るフリック。
「そ、そんなことはないですよ」
大慌てで皿の上の肉を口におしこんで飲み込んでみせる。
味はやはりあまり感じない。
胸につっかえていくようにおりていく肉の固まりの感触に、いっそう憂鬱な気分になる。
 

もったいない。
絶対にもったいないぞ。
などと心の中で力んでみても現実の味は欠片も変化を見せないからよけいに胸がむかつく。
 

「何か変なものでも食べた?」
10歳かそこらのガキか…俺は…。
「なんでそうなる」
「なんかね、こう…魚の骨が喉に刺さった子供のような顔している」
やはり子供か。
「なんだそれは…心配するようなことではない。
ただ朝から書類仕事ばかりで運動をしていないから
それほど腹が減らないだけだ」
多少つっけんどんに言い返す。
 

心配してくれているのだろうけれども、そんなふうにいわれたって困る。
ちゃんと言葉で説明なんか出来ない。
なぜ食欲不振なんて状態に陥ったのかマイクロトフ自身にだってよくわかってはいないのだから。
ただ何となくわかるのはこの原因は目の前に座っている人間のせいだってこと。
原因に原因を聞かれたって答えられるわけもない。
ただ、引っかかった魚の骨はある意味とっても正しい。
吐き出したくても吐き出せない胸のつかえ…。
頭を占めるはっきりとした形を取らないつまらない思考。
 

仕事なんか…
 

 そう…、とカミューはふに落ちないような返事をして…でも追求はしなかった。
こういう時のマイクロトフは自分で答えがでるまで多分何も言わない。
黙っていた方がいいと判断したのか、追求するだけ無駄と思ったのか、カミューはまた隣のフリックと話し出す。
 

「この補給ラインを確保に必要な人数は…」
「ああ、ならその人員はこっちの歩兵隊から出そう。緊急ラインはこのルートで…スピードが勝負になるから…」
「ええ…こちらのほうでローテーションを組みますが必要推定人数の確保について」
「最悪戦闘員じゃないものに馬車の運転を頼む羽目になりそうだな…」
「でしたら途中の町に補給ポイントを置かせてもらって…」
仕事の話、あたらし割り当て、必要な兵の数…
二人の間でよどみなく話が進む。

少し、うんざり。
こんな時でも仕事の話。

”ご飯の時ぐらい仕事の話なんか止めればいいのに…。”
思い出すのは、笑いながらカミューによく言われた言葉…。
 

今ぐらい仕事の話なんか止めればいいのに…
 

自分らしくない考えだ、とマイクロトフは目の前の肉に乱暴にフォークを突き刺す。
目の前で展開される仕事の話は、ちょっとややこしくて、おまけに進みが恐ろしく早い。
聞いていれば何のことだかマイクロトフにもわかる…が、わかるだけ。

この席では、目の前の二人に見ているだけ聞いているだけ、ついてはいけない。
ここ一週間ばかり見慣れた光景だった。

また胸がむかむかする。
やっぱり原因はこの辺かな?と胸を押さえる。
魚の骨か。
笑う気にもならない。
言い得て妙で嫌になる。
せっかく平和で暖かい午後なのに…。
 

…今だけでも仕事なんか止めればいいのに…。
 

机の上にはサラダとスープ、温野菜やら肉やら魚のフライなどが盛り付けてある大き目の皿。
あとパンと飲み物が乗せられた理想的なランチプレート。
それが二つと無造作にその間にならべられた書類。
穏やかな日差し、平和なひととき。
通りすがりの人々はある人は2,3言話しかけ、挨拶と笑顔を交わし、ある人は会釈をして通り過ぎていく。
回りも人の心も暖かくやさしい、幸せな環境。嬉しい風景。
こんな感情を持たなければならない光景では断じてないのに…。
正面にはジョークを交えながら話かけてくれる友人。
フリックとカミュー。
どちらも気をつかわなくても良い得難い友人だ。
さっきからなにかと様子を気にかけてくれる。
二人とも仕事を抱えて昼食のまで持ち込まなければならないくらい忙しいのに…。
自分ばかりこう何もするわけでなく…
 

胸焼けが酷くなる。
 

マイクロトフは申し分ない午後の休み時間に、一人変な胸焼けを抱えて
只座っているのも申し訳なくて残りのスープを胃に押し込みさっと席を立った。
「マイク?」
「マイクロトフ?」
ステレオで呼びかけられる。
「書類が溜まっているから先に執務室にもどる。」
後ろから何か呼び止められたようだが、聞こえないフリをしてさっさと席から離れた。
出ていけばこの胸焼けも少しは収まる、理由はともかくそう思った…。

トレーを洗い場に渡してパンを一つだけ持って食堂を出ていく。
胸焼けが収まったら食べよう。
食べられるなら、食べなきゃ体力にかかわる。
それを怠るのは騎士としては最低のことだ。

ちがうか…
最低なのはつまらないことで胸焼けなんか起こしている自分。
気分じゃなくて自分。
理由は本当はわかっている。
目を向けたくないのかもしれない。
目を向けられもしないようなことに捕らわれた自分が最悪。
対処も出来ず宙ぶらりんでいるのが最低。
 

仕事なんかやめて欲しいとか…
何考えているんだ自分らしくも無い、ホント最低。

いらいらとかむしゃくしゃとか…
そっちの方がもう少しわかりやすい感情だなんて。

廊下でゆっくりとパンをかじる。
やっぱり胸焼けはすこしだけ楽になっていた。

仕事場になんか行きたくない…。

…本当に最低だ…
今日30回目のため息はおもいっきり深く。
つまらないことを数えてしまう自分に31回目のため息を追加してしまう。

仕事の話なんかしないで欲しい…
つまらないことを考えてしまうから…
 
 

 続く


イントロ…にもなっていません…
恋愛がらみの嫉妬はよくみるので
ちょっとひねろうと…玉砕気味(頭痛)
 

(2002.7.10 リオりー)