境界線

〜Epi.calling〜


     
「やっぱり戦士たるもの戦場で死ぬべきだろう?」
そんな風にいわれればつい頷くしかないような気がするのは、やっぱりろくでもない生き方をしている自覚のある傭兵の性ってモンじゃないだろうか?
なんてつい首を縦に振ってから俺はうなる。
それでいいたぁ思うけどよ。
しかしだねー、それもどうよ。
もう少し夢のある死ってものもいいんでないかい?
この場限りのことだろう?

「ばかやろー、愛する人を守って、世界を守ってその人を腕に抱いて死ねなくてどうするよ
戦場で死ぬなんて臆病者の言い分だぜ。俺は大怪我しても生きて返って、そんで
シャーラの腕の中で死ぬな」
おお、いいねぇ。愛する女の腕の中で死ぬ。ドラマティックで。

「おいシャーラってだれだよ」
「ああ、おとつい出来たばっかりのこいつの恋人さ」
けっのろけやがってーなんて四方から声が飛ぶ。
「どこの女だよ」
「4番街の酒場のすっごい美人」
「このやろーうまくやりやがって!!」
うーん?話が趣旨から外れてきたぞ。
でも本当の目的なんて前線のやつらの気分転換。
騒ぎたいだけのようだから、このままでいいのかも知れないけど。
聞いている方はやっってらんないぞ?
いいなぁ美人。
 

「やれやれ、ちょっと収拾がつかなくなりそうですね」

やはりやってらんなくなったらしい、そう話しかけてきたのはこの話の輪の隅にいた、妙に目立つ赤い服の騎士団長。
「おっ、カミューじゃないか。おめぇさんもよばれたのかい」
「まぁ、そうなんですけれどもね」
苦笑するカミューの目の前の連中はいつの間にかどこの女がいいだの、どこで知り合うだのそんな話になっている。
最初のテーマはどこいっちゃったんでしょうかねぇ。

「厄落としをするとかなんとかでつきあえといわれてきたんですけど…ビクトール殿もでしょう?」
「まぁな、騒ぎの中には俺様ありだ…といいたいところだが俺も呼ばれただけ。
どいつだい、こんな事始めたやつは」
さぁ…とカミューは肩をすくめて笑う。
こいつもなし崩しにつきあわされた口か。
つきあいいもんな、こいつ。
「でも、うちの騎士団内でも似たようなことが流行っているんですよね。傭兵の風習だと聞きましたが?」
「あー、あまぁそうだけどよ」
 

要するにこれは縁起の悪い話大会。
戦争中は縁起の悪い話ってのは御法度なんだが、傭兵などには別の風習みたいなもんがあって、わざと死ぬだの何だのの話を沢山する。
そうすると逆にそういう事が戦場で近寄らなくなるという、まぁ逆説的なおまじないみたいなもんだ。
だからちょいと城主のお出かけで暇なときに、縁の深い戦士達を集めていつ死にたいか…なんてやっていたらしいのだが…
なんだか目の前の騒ぎは恋人がどうのだとか、よく分からないものとなって、すでに収拾がついていない。
「それで安心できるのなら安いものなんですけれどもね」
どうやら適当につきあっていたらしいこの男も事態を収拾する気がないらしい。
足ものとの芝生にすわってのんびりと事態を眺めている。
「ま、いいんじゃねーの。生きてるうちは女と酒となんとやら。死んで花見も野暮らしいってね」
死への恐怖というのは頭のねじが2,3本すっ飛んだ奴でもこわいもんだ。
というか恐くなくては色々困るんだが…明るさが売りのようなこの城にもいろいろこういうほのかにさした影のような事柄はある。
これもいろいろ戦いが激しくなってきた反動という奴かな。
まぁ、即、女の話で抜け落ちるあたり健康男児。優良優良。
 

「で、カミューおまえはどうやって死ぬ気だよ」
そういえばこいつには話が回っていなかったな、とちょっと興味に駆られて聞いてみる。
「どうやってって自殺の方法を聞いているんじゃないんですから」
カミューは肩をすくめてこっちをみる。
「はは、なんだっていいさ。お前はさしずめゆっくり平和に死んでいく方かな?」
なんかそんな感じだよなおまえって…。
その言葉にふとカミューは考えるように首を傾げるとゆっくりと穏やかに口を開く。
さらりと金茶の髪が風に流れるて秀麗な頬に影を作る。
 
 

「…そうですね、私はマイクロトフよりも先に死ねたらいいですね…」
「………」
「………」
 
 

さすがにとっさに言葉が出なかった。
思わず見つめ合ってしまった。
言葉と共に、軽い笑顔で、目の上にぱらぱらとかかる前髪が影になっても隠せない真摯な目。
ちょっと寂しそうに笑いながら目の前の赤騎士団長が、そんな風に言うもんだから自分はとっさに相当驚いたんだと思う。

「そんなにおかしいですか?」
咎めるわけでない口調でカミューはほんのりと笑う。
俺は頬に手を当ててとっさに首を縦に振る。よほど驚いた顔をしていたらしい。
みんな空で死にたいとか、老衰で孫あたりにやっかい払い出来るとうれし涙を流されて死にたいとか、そんな話ばかりだったし、この男が戦場で死にたいタイプには見えなかったんだが…。
「いんやぁ…でも意外っていったら意外だなぁ」
あんたあの特攻型のマイクロトフよりも長生きしそうだもんな。
 

「私は酷くわがままでしてね。マイクロトフが死ぬのを見たくないんです。マイクロトフのいない世界に
生きていたくなんかないんですよ」
うたうようにひそやかに、でも笑いながらでも恐ろしいほど真面目にカミューは言う。
揺るぎないほど思い詰めたような言葉に芯がある。
「そのマイクロトフがお前の死後どうなるかわかんなくてもか?」
「私は無心論者なので死後のことなんかしりませんよ。無くなるだけだと思っていますので何があっても見ないで済みますでしょう。
私の目の前で死ななければいいんです」
「こいつぁ情熱的だ…」
思わずため息が出てしまうほど。
本気で真剣。この男がこんな話をしてくれるとはね。
「どこが!自分勝手で冷たいだけですよ。あ、マイクロトフには言わないで下さいよ。」
マイクロトフは城主についてお出かけ中だ。
たしかにあの性格の男に聞かれたら一騒ぎ在るだろう。
 

「で、そちらはどうなんです?」
さりげなくも逃げは赦されないように話題をふられてちょっとだけ考える。
うーん?俺?俺はなんだっていいんだけど。

「そうだな、お前流に言うとフリックの死んだ後三日ばかし後かな?」
「3日ですか?」
「そそ、たとえどこで死んじまおうと側にさえいて、3日在れば墓を掘って木たてて、そうだな花も飾れるだろうからな」

あいつの生き様全部見てそんで幕を引いてやる。
今の心境からするとそんなもんかな?
何せ俺のことだから、またかわるかもしれないんだが。
「墓ですか…」
思いも寄らないことをいわれたというふうにカミューはしばしばと瞬きを繰り返す。
 

「そ、墓を掘るのは俺の役目らしいからな…」
 

あの村を出てからずっとそれは俺の役目だった。
最後の役目もそれでいいだろう。
誰かがやらなければならないことなら俺がやる。
それが大事な奴なら、全部見届けてやるよ。
死も生もどれも俺には大事なもの。
それから目をそらして、のざらしにはしたくないんだ。

俺自身が死んでも野ざらしは全然かまわないんだが…。

「………」
カミューは俺の言葉に何かを感じたらしい…こちらを眺めて何かをいおうとして
また口をつぐんだ。

うーん、しゃべりすぎたかな?さしあたりこの辺ではあいつとは相容れないだろうな。
今からあんまり深く考えるようなことでもないし。
どうせその時にならなきゃ分からない話。
なんて思いながら、勢いよくごろんと足下の芝生に横たわる。
やっぱ、やめやめ、死ぬ話なんて。死んだあとの墓なんてどうでもいいほど暖かくていい昼寝日より。
抜けるような青空に降り注ぐ日差しが心地よくて、おれはカミューにばいばいと手を振って、きっちりと昼寝を決め込む。
「あ、何か落ちましたよ」
すると、そういってカミューは俺の脇に落ちたものを拾って驚く。
「これは?」
俺も片目をあけてそれをたしかめて苦笑する。
どうもそれは腰につけた小さな袋から転がり落ちたものらしい。

宝石。

確かに驚くだろうな。あの時の宝石だ。
傭兵の持つようなものではない鮮やかな細工の土台。
アンティークとよばれる精密細工の銀の縁取りに大きなスーパーブルーのアクアマリン。
「ああ、もらいもんさ」
「こういうものを?」
くれるオトモダチと知り合いではおかしいかな?
……おかしいな確かに。
「うーん貰い物とは違うかな?死体からはいだ」
「…っ、……追い剥ぎですか…?」
カミューは俺の言葉に一瞬息をのみ…そしていぶかしげにそっと尋ねる。
「…ちかいかな?」
俺はのどの奥に笑いを飲み込んで頭上のカミューを見上げる。
その押さえようとしても押さえられない笑いを含んだ目に、カミューは何か気付いて苦笑を返す。
「まったく、そういうふうにからかうのはよくありませんよ」
「まんざら嘘でもねぇさ。死体から剥いだのは確かだもんな」
というか死体灰になって無くなっちまったけど。
「友人の死体…だけどもな」
「そういうのはもらったって言っていいんですよ…」
「どうかな?断り入れてねぇしな」
トモダチなんて俺が思っているだけだし?
「私なら、大事な物ほど墓に入れて欲しくなんかありませんよ。」
「まぁ。俺もそう思ってンだけどもな」
 

 あの時の宝石は一部を墓の中に、そして残りを重くならない程度にもらった。
どうせやつらももってけっていいそうな気がしたし、金はいくらあっても重くなければたぶん困らないからな。
死体は金なんか使わないし、死体もなくなっちまったし。
実際にあれはかなり役に立ったと思う。
金に困るような腕ではないので普段は使いはしなかったけれども、傭兵の砦を作るときとか、大きく人を動かすとき、まとまった金がいるときなんか、あれを出してフリックなんかの目を剥かせていたっけ。
その残り。
「すごいですね」
カミューはその宝石を光に透かして眺めて値踏みをしている。
「つかうんならやろうか」
「いえとんでもない!いいですよこんな値打ちもの」
慌ててカミューは宝石をこちらに押しつけてくる。
「ちゃんと使う奴にやるんなら惜しくないぜ」
使うためにもらったんだから。
「いえ、私も使う当てはありませんから。本当に必要な人に渡して下さい」
「あんたも欲がないな」
そう笑ってその宝石を袋にしまう。
「いいえぇ、欲ばかりですよ?私は。ただ本当に欲しいもの以外はあまり興味がないんです」
そうカミューは笑うともう昼の訓練の時間ですねといってこんどこそあっさりと離れていった。
おーおーやっぱり情熱的なことで、そんで最高にいい奴だ。
 

俺はその後ろ姿にひらひらと手を振ると宝石の入った袋を額に乗っけて目を閉じる。
涼やかな色合いの宝石。
それは必ずあの夜を思い出させる。
なぁ、吸血鬼のトモダチさんよ。
俺は元気だぜ。そんな風に話しかけちっと舌打ちする。
やっぱり名前きいときゃよかったな。…そしておれもちゃんと名乗っとけばよかったな。
そうすれば言いたい放題いえたのにな。
まぁいいや、ホント俺は元気にやっている。
ホント世の中はいろんな人がいて、いろんな奴と仲良くなったり喧嘩したり
殺したり、殺されたりした。
そんで意識を変えればけっこうトモダチってできちまうもんだな。
それから、やっぱり俺は人を見る目があったぜ。あの時からだよもう自分の人を見る目にくだらないほど、自信がついちまったのぁ。まぁったくどうしてくれるんだか。
おかげでお前の宝石持ってきちまったじゃねぇか。
埋めようとしたらどうしてもおまえがもってけって、もってかねぇと怒るような気がしてしかたが無くなっちまったんだぞ。
そんでもって、大概このカンという奴は、ちっとも外れやがらねぇんだ。
1人なんか世界をすくっちまったぜ。
でも恐いな。そいつ本当に酷い目にあって、そんでぼろぼろになって戦ったんだ。
俺が見込んで巻き込んだも同然の戦いでさ。
本当に見込んだ奴、好きになった奴が傷つくのはつらい。
でも、そういう奴が好きだから近づかないっていうのも出来ないらしくてね…俺は。
だってそいつらは俺の大好きな声で俺の名前を呼んでくれるから…。
 
 
 

「ビクトール」

おっとフリックの奴だ。
呼ぶって事はなにかあったかな?
ああ、訓練をすることになっていたっけか?
そんなの変更すればいいのにな、こんないい天気に。

そういや、あんたの仲間にもあったよ。あんたが色々飲み込んだ話しも少しだけ聞いた。
あんたが何も言わなかった理由も少しだけ今は分かる。
あ、そうそう、ちゃんと敵もとったぜ。
これもやっぱりみんなの助けを借りてさ。
ちゃんとあの世に送り込んでやったつもりだから、あんたは
あんたと友人の敵をあっちでとってくれよな。
 

「ビクトール!」
 

いい気持ちだ。
こうやって目をつぶって奴が俺を呼ぶのを聞いているとあの夢を思い出す。
遠くで誰かが読んでいるようなあの霧に包まれた夢。
あのあといろんな所に行っていろんな奴にあったよ。
心を許せる奴にもそこそこ会った。大事な奴もできた。
でも相変わらず夢はずっと霧のままで
夢の声はいつもその時の大事な奴の声に聞こえた。
だから今はフリックだ。
「ビクトール!」

怒るように、楽しそうに。
遠く近く。
しかし重なることのない声。
いつだって大好きな声。
だからいつも俺はそこへ行こうと歩いていく。
けっして本当の意味で留まることなく…。
人生を歩くように歩いていく。
ああ、でもどこまで歩いてもその声は先を歩いているんだ。
まるで俺を導くように。
俺が俺であれるように…。
俺がどこかへ道を外れていっちまわないように…。
いさめるように、優しげに
真っ直ぐに、愛おしげに
遠く近く…。
 

「そこで悠長に寝てンじゃねぇ!!ビクトォォォーール!!!」
 

何度も奴が名前を呼ぶ。
何度も何度も…やがて怒ったように。
親しげに、どこか楽しげに。
目をつぶったまま聞く声。
ああ、ちゃんと返事をするから今はその声を聞いていてもいいだろう?
俺を呼ぶ声。
呼ばれるたびに身体がじんわりと暖かくなる。
傷つけなくても、痛みはなくても、わかる。

その暖かくなったところまでが俺…俺自身。

そして目を開ける…

「何昼寝なんかしてやがんだ。今日は訓練するって決めてただろう」
「ああ、すまんすまん。あんまりいい天気だったんでな」

友の顔、空、大地…目に映る全てが俺の世界。
飛び込んだ光に目をすがめて仰ぐ。
覗き込む友の顔は逆光の影に沈んで見えないけれども、俺は心から俺らしい笑顔でにかっと笑ってやる。
ああ、どこまで行っても、なによりも綺麗で醜くて血塗れで愛しい俺の世界。
どうしようもないほど、果てしなく広がる悠久の世界。

境界線はやはり見えないまま…。
 

 

〜終〜

 
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終わったーー。ホント蛇足話。
さしあたってのこだわりは、最後彼が死んだあとでビクトールが
名乗るまでは一切話にビクトールの名前を入れなかったこと(くだらない)
ラストはプロローグと同じことでも対にしたかったこと。
しかしこの人は本当に楽しいです。
続きかいちゃ…駄目(よせ)?

(2002.6.22 リオりー)