決して 叶うことがない

私の願い
 

今もひたすら

お前の眠りを願うのに
 

澄んだ藍色の瞳は

真っ直ぐに 私を見る
 

もしも・・ お前が

一瞬でも その瞳の中に
警戒や不信を見せたなら・・

私は躊躇うことなく
獣の欲望を剥き出しにして
 

襲いかかってしまうよ
 

何も知らない

純粋で・・ 残酷な
 

マイクロトフ
 

お前に この苦しみが分かるかい
 


 

私の願いも虚しく・・

そのまま マイクロトフが
眠りにつくことはなかった

瞳を覆っていた手に

温かな 彼の手が触れて・・
 

ゆっくりと 外された手の下からは
 

澄んだ 藍色の瞳
 

こんな暗闇の中でも
少しも損なわれることなく

私の瞳を射る その輝き
 

瞳ばかりか・・

心の奥底までも 刺し貫いて
 

ああ

何故 こんなにも・・
 

お前の瞳は美しいのだろう
 

口付けた口唇は
未だ 濡れ光っているというのに

その艶かしささえ
消し去ってしまうほどの

澄んだ輝き
 

決して 汚すことの出来ない・・
 

それに比べて

私の醜さは どうだ
 

陽の下では 神聖な愛を誓い
優しげな笑みさえ見せるくせに

夜になれば

こうして 闇に潜み・・

無防備に眠る 恋人の身体に
欲望の牙を突き立てようとしている
 

出来ることなら・・

隠しておきたかった
 

これほどまでに 醜く 浅ましい

私の正体
 

でも・・ もう 遅いのだ・・・
 


 

マイクロトフの瞳は

まるで 瞬きを忘れたかのように

じっと 私を見つめている
 

その藍色の瞳には

一体 何が映っている?
 

恐ろしくて 聞くことも出来ず・・

しかし その清らかな輝きに射止められて
視線さえ外せない
 

もし

この輝きが一瞬でも曇ったなら・・

私は どうするだろうか
 

今まで無類の信頼を寄せていた
友であり 恋人であった男が

実は 人の寝込みを襲うような
卑劣で 軽蔑すべき男であったのかと

その瞳が告げてきたら・・
 

そのときは

全てを 壊してしまえ!
 

心の中の 獣が唸る
 

今更 取り繕ったところで何になる
 

欲しいのだろう?
 

自分の下で 穏やかに息づく
温かな肉体が

薄く開かれたままの
濡れた口唇が・・
 

奪ってしまえ!
 

今更 何を躊躇うことがある
 

欲望のまま・・

情熱の牙を 柔らかな咽喉元に
 

暴れる身体を押さえつけ

思う様 責めて 責めて・・
 

やがて

清らかな輝きを放つ 藍色の瞳が
熱に浮かされたように潤み

歓喜のしずくを落とす
 

その瞬間まで・・!
 


 

ごくり・・ と

咽喉が鳴る
 

浅ましくも生々しい その音に煽られ・・
私は 再び顔を近づけようとする
 

と そのとき
 

不意に マイクロトフの口唇が動く
 

「・・眠れ・・ないのか?」
 

覚醒して間もない
掠れた囁きのような・・

しかし それは
私への気遣いが込められた

優しく 穏やかな声
 

何故・・だ?

何故 そんな声で・・
 

私が しようとしていたことを
理解していないのか?

強引に 口付けたことも・・
 

あまりにも思いがけない その反応に
 

ぐらぐらと 混乱する頭

痺れたように 動かなくなる身体
 

どうして・・・
 

息をするのも忘れ じっと見つめる先で

ゆっくりと 彼の片腕が
持ち上がっていく
 

温かな指先が 髪に・・
 

そのまま 後頭部に滑り込んだ掌が

私の頭を引き寄せて・・
 

辿り着いたのは 温かな恋人の胸元
 

とくん・・ とくん・・・
 

規則正しく 脈打つ鼓動
 

「・・心臓の音を聞いていると、落ち着くだろう?」
 

指先が ゆるやかに私の髪を梳き

闇に溶けるように 彼の優しい低音が響く
 

誰が・・

お前に こんなことを教えた?
 

それは・・ 遥か昔の・・・

幼い日の記憶なのか
 

カミュー・・
 

私の名を 呼ぶ声
 

「・・ずっと、こうしているから・・お前・・も・・・」

眠れ・・
 

身体を硬直させたまま
指先ひとつ動かせずにいる間に

彼は再び 眠りの中へと戻っていく
 

髪を撫でていた動きが緩慢になり・・

やがて 止まる
 

心臓の音と共に
ゆっくりと上下し始める 胸元

口元から 零れる寝息
 

それを確認して・・ 

漸く私は 震える息を吐き出し
身体の力を抜いていく
 

とくん・・ とくん・・・
 

耳を打つ 穏やかな鼓動
 

「・・・マイ・・ク・・・」
 

かれた咽喉からは
呻き声しか出てこない

それでも・・
 

そんな呼びかけに応えるように
私の頭を抱く手に 力がこもるのが感じられて
 

泣き出したくなる
 

これほどまでの信頼と愛情を向けられて
裏切ることなど どうして出来よう
 

愛情・・
 

そう この腕と胸の温かさこそ
愛情と呼べるものではないか

私の 浅ましくも欲望に塗れた想いなど・・
 

彼が 完全に寝入ってしまうのを待ってから
私は そっと身体を起こす
 

胸の奥底で

何時までもくすぶる未練を振り切り
ベッドから降り立つと

今一度 穏やかに眠る恋人に
心の中で語りかける
 

マイクロトフ
 

私には まだ・・
お前の隣で眠る資格はないようだ

この胸のうちで 吼え狂う獣を
完全に抑え込むまでは・・
 

帰るよ

これ以上 お前の眠りを妨げないように
 

おやすみ

どうか 良い夢を・・
 

静かに扉を閉め 鍵をかける
 

私の手の中

淡く光る 銀色の鍵で・・
 

カチャ・・
 

暗く冷たい廊下に その音は 切なく響いた
 
 

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