口唇は
蕩けるように 甘い
眠る恋人の口唇は
何時もより 熱を帯びていて
・・錯覚しそうになる
軽く 触れ合わせただけで
次第に 息が上がり
紅潮していく 自分の顔
きっと 瞳はぎらぎらと光り
血走っているだろう
まるで・・ 獣のように・・・
どうか 瞳を覚まさないでくれ
こんな浅ましい姿を
澄んだ その藍色の瞳に
どうか・・
映さないでくれ
◆
分かっていた
触れるだけでは
決して 満足などできないことを
分かっている・・ はずだった
触れてしまえば
もう 止めようなどないということを
それでも 私は・・
瞳の前で 無防備に眠るマイクロトフに
触れずにはいられない
恋人として
許されているのは キスだけ
こんな不意打ちのようなキスでも
彼は 許してくれるだろうか
心の中で 自問しながら
寄せた口唇で
そっと 彼の口唇に触れる
じわりと・・
伝わってくる 温かさ
吐息が
口唇に 甘い
瞬間 魂が抜けていくように
頭の奥がぼうっとする
自分が 何処で 何をしているのか
忘れてしまうような・・
ああ 何という甘さだろう
たった一瞬で
私の全てを麻痺させる
禁断の果実にも似た・・
全ての幸せと 全ての禍は
常に こんなキスから始まるというのに
分かっていても
求める気持ちは止められない
もう 知ってしまったから・・
その口唇の熱を
吐息の甘さを
一旦 離した口唇を
今度は強く押し当てて
僅かに綻びかけている彼の口唇を
無遠慮に割り開く
そのまま口内に舌先を挿し入れ・・
触れた 舌の熱さに
途切れる 思考
あとは もう・・
衝動のままに・・・!
◆
指先で彼の顎を掴み
口を閉じられないように固定して
私は 深く 深く・・ 口付ける
柔らかな口唇を吸い
熱い舌を貪って
「・・う、んっ・・!」
ようやく
異変に気がついたらしい彼が
苦しげな声を上げ
身体を捩るのも押さえつけ
更に その口唇を求める
もっと もっと・・
全然足りないんだ
マイクロトフ
お前が 私に全てを委ね
口付けに応えてくれるまで・・
いや それでも
満足など出来ないだろう
それを手に入れたなら
きっと私は その次を求める
何処までも
尽きることのない 欲望
自覚しながらも
どうすることも出来ない 熱
燃え狂う炎
どうか 鎮めてくれ
お前の この口唇で
甘い吐息 熱い舌先
そして
まだ許されることのない
お前の この身体で・・
それは
どれほど甘味な時間だろう
溶け合うほどに 互いを繋げ合って
燃え盛る炎に焼かれながら・・
苦痛と快楽の狭間を彷徨う
お前の姿は
どんなに美しいだろう
すぐにでも 手に入れてしまいたい
夢にまで見た その瞬間
今・・
すぐにでも・・
手に 入れてしまおうか?
◆
不意に
力強い手が 肩を押し返してくる
私は はっとして口付けを解き・・
恐る恐るマイクロトフを見る
驚きに見開かれた
藍色の瞳
その澄んだ輝きの中に映る
浅ましい獣の姿
ああ とうとう・・ 見てしまったんだね
お前にだけは
隠しておきたかったのに
見ないでくれ
そんなにも穢れのない瞳で
見ないでくれ
こんなにも欲望に満ちた
私の姿を
見るな!
彼の視線に絶えられなくなった私は
掌で その藍色の瞳を覆い隠す
そして 震える声で
「・・マイク、これは・・夢、だよ・・・」
と
お前にとって
これは 悪夢でしかないだろう?
だから・・
もう一度 その瞳を閉じて
そのまま 何事もなかったように
再び眠りに就いてくれ
そうしたら 私も
静かに この部屋を去るから
そのまま 今夜のことを
忘れてくれるのなら
二度と夜中に
忍んででくるようなことはしないから
どうか・・
このままでは
何をするか分からないんだ
お前のことを案じながらも
私の中には
獲物を前に 牙を剥き涎を垂らす
獣がいる
見られてしまったのなら
もはや躊躇うことなどないだろうと
囁いてくる
狡猾で残忍な獣が・・
どうか
マイクロトフ
そんな私から逃れてくれ
本当の 夢の中へ
きっと 優しく微笑んでいる
夢の中の
私のもとへ・・!