夜 風
(その3/21篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
なぐさめ/句点/カンパニュラ/ようやく笑顔で
力場/課題/エロス/リハーサル/ありがとう/そうなんだろう
再編成/つむぐ/宗教心/小さなこと/環鏡/個性化の過程/デミアン/個人から
深夜/望み/明日
なぐさめ


やさしい夜風が
懐かしい感じを呼び覚ましてくれる
何が、あれが
そんな具体的な姿は
とうに失ってしまっているけど
この夜風には何度も出会っている
このしめやかな感じと
薄くかすりゆく甘香しさ
涙とともに
ふっと微笑みたくなるような
そんな感じを与えてくれる夜風----
句点


思いは、重いから「おもい」と言うのかな?
それとも、思いが重いから
重いが「おもい」なのかな?

でも、軽くなってしまった思いもある
薄れてしまった思いだってある

もう手遅れなのかな?
それともこれでいいのかな?

苦しくもない
つらくもない
薄れゆくことが
ちょっと寂しいけれど
このささやかな感じが今はうれしい
カンパニュラ


あのときは
思い出になどにはしたくない
と、願っていた思いが
今となっては思い出となってしまい
時を経て
かつてはさざめいていた水面から
これが最後
と、思えるメイフライが
そのやわらかな白き姿を現わし
ふわぁ
と、穏やかな空気の中へと舞いゆく
ようやく笑顔で


もし今、あの人と出会ったとしても
やはりあのときと同じく
「私は相も変わらず----」
って言うんだろうな

本当に変わっていない
変わったとすれば
それは私のいる状況が良くない方にであって
でも、そんなことはここだけの話

本当に変わっていない
いったいどう成長したというのだろう
以前と較べて
はて?

ちょっと図々しくなった
少しは強くなった
でも、まあ
相も変わらず、ぐらぐらしている私です
力場


過去があるから現在がある
でも、
未来があるから現在がある
そうも思う

今、私がこうしているために
過去の自分があった
だとしたら、現在の私は
未来の自分のためにあるのかもしれない

まだ実現されていない未来の自分よ
好ましい姿で
やさしい心で
現在の私を呼び続けてくれ
課題


眠れぬ夜
机に向かうとホッとする

訪れた闇は私をやさしく包んでくれる
だが、心はさざめく

目を閉じると、光の板が
何枚も何枚も素早く通りすぎてゆく

気づくと、闇に慣れた目で
天井をじっと見つめてしまっている

眠れぬ夜
机に向かう
エロス


一人でよがってどうするの?
気持ちいい?

----そうみたいね
でも、一人でよがっているぐらいなら
私のことをよがらしてみたら?
できる?
それができたなら
私がもっと気持ちよくしてあげる
リハーサル


観る人もない
舞台とも呼べぬ場所で私は歌っている

歌うことの楽しさ、充実感
それはここにある
だが、歌声は何に届くこともなく
薄暗い空間に広がりゆき
小さな残響だけが私のもとへと帰ってくる

誰が?
まだ誰も

私は歌っていたい
私は聴いてもらいたい
そうして、確かな手ごたえ
何らかの動きが欲しい

そうしたことを望み
今夜もまた、歌い続ける
ありがとう


パチン
と、硬い音を立て
夜中に一人、足の爪を切っていた

そえていた指の先に
足の裏の感触が伝わってくる

これまでずっと、私を支え続け
私の歩みを担いして、足の裏は硬い

お前はその硬くなった自身の姿でもって
「さあ」
と、己れの力強さを誇っているんだね
そうなんだろう


私は死ぬのが怖い
いつかは死ぬことがわかっていても
今、死ぬのは嫌だ
でも、明日になら死んでもいい
そう言いながら
明日になればなったで
今、死ぬのは嫌だ
と、なってしまうのだろう
そうやって
死ぬそのときまで
死ぬのは嫌だ
と、思い続けているのだろう
そうして
気づいたら生きていたように
気づかなくなったら
死んでいるのだろう
再編成


一たす一は二
いいえ、違います
一たす一は二プラスです
「足す」という動き
それを忘れています
つむぐ


広がってゆく
思いをめぐらせば広がってゆく

私という人間がいて
動く、あたる、関わる
瞬間
それだけでも私と外界との関わりは複雑なのに
それに時間を掛けあわせたら----

原因もなければ結果もない
あるのは、きっかけと望む思い
宗教心


困難にぶつかり
苦しみ
どうすることもできない
そう感じたときに
ふっと
何かがやさしい気持ちを与えてくれることがある
そんなときに覚える
「ありがとう」の思い
それを広げてゆく
身近な人に、多くの人に
さまざまな生命に、存在に
現在に、過去に、未来に----
小さなこと


枯葉が地面の上に落ちる
枯葉がアスファルトの地面の上に落ちる

汚らしいもの
役に立たないもの

雨が降ると水を含み
踏むとグチュ、気持ちの悪い感触

はみ出した自然
土の上に落ちていれば立派な枯葉なのに
環鏡


環境は鏡となって
私たちの姿を映し出してくれる
謙虚な者には謙虚な姿で
微笑む者には微笑みをもって
身勝手な者には身勝手な振舞いで

鏡の部屋に入れられた
四六のガマは
己れの姿の醜さに
たらーり、たらりと
あぶら汗
これぞ万病に効くガマの油
個性化の過程


もし人間がガイアの一部であるとしたなら
それは意識
人類という自我を中心に
ガイアという広大無辺の無意識から生み出された意識
しかし、それは分裂している
自我はまだいくつにも分裂している
分裂した自我は、互いに
憎しみあい、罵りあい、蔑みあい
自我がひとつにまとまるなど、まだまだ先のこと
ガイアの中で調和を保つなど、なお無理なこと
でも、先ならいい
先があるのならいい
個人の意識が傲慢な世界に入ったとき
その人自身の自我が崩壊してしまうことがある
そうしたことが
ガイアの意識である人間に起こらないと断言できるだろうか
断言、それ自体が傲慢と
無知の現われであるというのに
疑問でいい
疑問でいいんだ
今はまだ疑問を突き詰めてゆくことの方が大切だ
そうすればいつか答えはもたらされる
人生と歴史はスケールこそ違え、似通っている
個人において疑問が新たな道を拓くように
歴史においても、人類全体においても
疑問が新たな道を切り拓いてくれるはずだ
科学は進歩した
文明も進歩した
だが、これまで人類が
答えを出せなかった問題がまだ残っている
問題を先送りしてきたツケが今、現われつつある
民族、宗教、貧困、差別、環境....
いさかいの種は尽きない
自我の分裂はいまだ続いている
個と全体、個と環境
ふたつの相は
攻めぎあい、相補いして
より大きなひとつのものとなっている
なぜ私は生きているのだろう
なぜ私は意識を持っているのだろう
なぜ人類は生まれたのだろう
なぜ人類は知性というものを持つのだろう
すべての疑問に断定的な答えは下せない
私はまだ生きている
人類はまだ滅亡していない
地球はまだ生命の住む星として生きている
デミアン


誰かが開けてくれる?
いいや、誰も開けてくれない
この扉は自分で開けるためのもの
横を見れば
いらっしゃい、と開かれた扉
そこから伸びる自動歩道
でも、行き着く先は----

行きたくない
まず自分で
それが大切なのだから
扉を開ける鍵を打ち作り
狭くなってしまったこの部屋から
広い世界へ、そうして
そこにある道を私は歩んでゆく

さまざまな道を織り込み
世界は時代という紋様を浮かび上がらせている
いつか道は集いの場へと至る
己れの部屋の扉を開けた鍵を胸に
それぞれの道を歩んできた人々が集う場
そこにある閉ざされた門
自分で、そうしてみんなで----
個人から


形あるものもいつかは崩れ
生あるものは必ず死ぬ
それでもあなたは
自身の生とその意味を
しっかり捕まえていられますか
他人によって与えられた宗教に頼るのではなく
自分の心の礎を自分自身で築くのです

疑問を消さないでください
不安を誤魔化さないでください
安易な方便に逃げずに
疑問と不安との中を進み行ってください
本当に大切なものは
そう簡単には手に入りません
信じているかぎり
安らぎは得られません

信じることで隠された不安は
心の中から逃れ
外部からあなたに襲いかかってきます
その結果が現在です

これから必要なのは
信者を増やすことではなく
教祖を増やすことなんです
一人一人が、それぞれ
自分自身の宗教の教祖、開祖となることが必要なんです
大切なのは、信じることではなく
認めること
認めようとすることなんです
深夜


すすり泣く声が聞こえる
かすかにどうにか
聞き取れるぐらいだけれど
やっぱり
どこかで
誰かが泣いている
涙を流しながら
心の重みにじっと耐えている

頑張れ!
私はここにいます
私はあなたの涙を感じています
そうして私も
心の重さに耐えかね
やはり涙を流しています
だから、頑張って
きっといつか
その涙がやさしい光となる日が来ますから
望み


当てどなく歌い
目当てなく歌い
歌声はただ闇の中へと消えてゆく

聴く者は私一人
歌っているのも私
だが、奏でるは心
そして闇

私に預けられた調べを
多くの歌に
もっと言葉を
舞台を、観客を
明日


明かりを消したら
瞼を閉じて
今日一日を振り返り
過ぎゆく時を闇の中に眠らせて
明日への望みを揺り起こす

涼やかな闇のやさしさに
自分の存在をとけ込ませれば
期待が健やかな広がりとなってくれる
だから、ぐっすり

明日も訪れるのは
今日となった明日
そうして
いつまでも今日という日が続き
明日は夢の中のともしび

でも、今夜の夢が
いつかの今日に形となれば----
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