夜 風
(24篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
師走/まだまだ続く/後ろ髪/思い出/悔しまぎれ
夢の中の夢/「日常」の中で/落とし物/てるてる坊主は/
気狂い/チェーンスモーキング/倦怠
熾火/ここで終わりか/詩心/あきらめ
どうしたら/ふさわしい形で/青い光/前/残り香/壺
月光/夜
師走


それでも明日はやってくる
そこにいるのも明日の私
何がどう変わっているかはわからないけれど
それでも明日はやってきて
明日の私もそこにいる
泣いていても
笑っていても
それでも明日はやってくる
そうして気づけば一年だ
まだまだ続く


潰えた夢のための鎮魂歌を奏で
それですべてを終わりにしたい
扉は開かなかった
そうしてまたひとつ希望を失った

かつては暖かかった夢の骸たち
ゆっくりと眠らせて
二度と目覚めぬように
もう二度とうずかぬように....

一本道
ここまで来て疲れが先走る
戻れもせず
かと言って道を変えるには
夢の骸が重すぎる
後ろ髪


笑って、泣いて、怒って
それでおしまいならいいのにね
そうして寝て起きたら
はい、今日一日
そうしていられればいいのにね
なんでものごとに執着するのだろう
いい執着と悪い執着?
寝て目覚めれば、それで次の日なのに
なんでいつまでも引きずってしまうのだろう
思い出


思いは私を包んでいたというのに
今ではこんなにも小さくなってしまっている
手のひらの上の小さな箱
重くもあり、軽くもある
その奇妙な質感は
あのとき私を包んでくれていた
空気の感じを呼び覚ましてくれる
だが、つまらない
そんなことを言っている私には
この箱を開ける鍵が見出せない
悔しまぎれ


もう恋愛詩は書きたくない
自分可愛になってしまうから
決まって嘘になってしまうから

最中はいい
片思いでも思いが生きているうちはいい
だが、思いが眠ってしまえば
なんて白々しいんだ

ほかの詩なら
嘘も方便、何とかなるけど
恋愛詩が嘘になったらいただけない
旬が終わり
味の落ちたものなんか、食いたくもない
夢の中の夢


置いてゆかねばならぬもの
もしかしたら私がそれを手放すのではなく
それが私から離れてゆくのかもしれない

それはもう、私を包んではいない

これから新しい生活に入るというのに
どうしてこんなにも寂しくなるのだろう
「日常」の中で


ふかーく息を吸い込んで
大きくためいき....

ためいきの重さの分だけは
自分の中にしこりがあるのはわかる
でも、それ以上のことは
何も感じない

ヒック、ヒック----
しゃっくりのような呼吸をくりかえし
そうして時折、深いためいき

こわれている
何かがあるはずなのに
喜びにせよ、苦しみにせよ
たぶん何かがあるはずなのに
ためいきの重さ以外、何も感じられない
落とし物


時間に追われ
日々に埋没し
そうしてみんな失っていくのかな?

僕には足らないことが多すぎて
それで自分が満ちていたのだけど
今じゃ、その中に日常が満ちている
足らないものはそのままなのに
日常だけは太っている
痩せた体の、出張った腹
てるてる坊主は


明日は晴れるかな?
雨、雨でもいいんだ
ただこの心がすがすがしいものであれば

うす曇り
どんよりとした空
風もなく、息苦しい

いつになったら晴れるのだろう
日の輝き、月の光
風は、星空は
どこに行ってしまったのだろう
気狂い


ゆらぎが焦りを募らせ
指先に無駄な力を伝えてしまう

プッ....

紡げない
ほつれた糸が紡げない
チェーンスモーキング


あれっ?
と、思うと吸っている
足らない....
その「....」の間に手にし
あれっ?
と、思うと吸っている
吸うぞ
と、気張って吸っているじゃない
だから、まずい
口の中がイガイガする
くそっ!
タバコを灰皿にこすりつける
あー、いらいらする
きっと何かが足らないんだ....
倦怠


ムズムズ
グズグズ
心の虫が蠢くときは
夜まで待って一人っきり
暗い音楽を流し
陰鬱な思いに沈み込んでゆくのが一番だ

明るさなんてイラ立つだけ
そのイラ立ちにも向かう場がない
それとも
向かう場を持たないからイラつくのだろうか

臨めない
望みが失われてゆく
だるい
妙にだるい....
熾火<おきび>


意欲、
なぜ私にはそれが足らないのだろう
ああしたい、こうしたい
でも、そこでおしまい
今日はきょう、明日はあした
今日の思いは、明日の思い出
ここで終わりか


失ったものは
取り戻せずに闇へと還り
そうして私はひとり----

風が吹いている
冷たく湿った風が吹いている

これでよかったのか?
ひとり、だからわかる
失ったもの
大切なもの
友、恋人、望み、社会性、生活力、安定....

みな冷たい闇へと還ってしまった
ただ私だけが闇にとけこめず、ここにいる

澄んだ闇は果てもなく見通せるが
闇でいることに変わりはなく
私はひとり、取り残されたまま----
詩心<うたごころ>


「ねえ、どうして?」
さらっとした口調で彼女は私に尋ねる
「ねえ、どうして?」
すっと目を見開いて私を見つめ
軽く微笑みながら、彼女は尋ねる

ああ、言いたい
言いたい、言いたい
話したい、伝えたい
語りたい....

誰?
いったい、誰なんでしょうね?
確かに彼女はそこにいるのに
どうしてここには彼女がいないのでしょうね
あきらめ


夢は夢のまま
やさしい光を放ち続け
現実は何も言わず
ただぼんやりとした
それでいて死なぬ程度に息苦しい影を漂わせ
僕は現実の中で十分に生きていず
かと言って、夢の中では生きられず
消え失せるシャボンの玉
色とりどりの光を絡ませながら
光を失い
はじけ飛ぶ
どうしたら


倦んだ気持ちが
雨雲となり、雨が降り
それで一夜が明けて
朝日を迎えられるのなら
私は祈り、眠ろう
明日はいい日でありますように
そう祈り、眠りにつこう
ふさわしい形で


夜よ、私を抱いてくれ
ひっそりとしたその闇の空気で
私の目を、体を
心を包んでくれ
私が何者であるかわからなくなるまで
夜よ、私を抱き続けていてくれ
何もない
意欲も、夢も、
望む思いさえも
今の私は失ってしまっている
私には、もう
お前しか
通じあえるものがいない
青い光


湿り気を帯びた夜の風が
懐かしむ気持ちを呼び覚まし
私は過去への思いに沈み込む

明日を夢見ることの光は
現在の影を強く浮かび上がらせてしまって
今の私にはつらい

過去は現在の影
思い出だけが
穏やかな光を投げかけてくれる



お話ししたいことがありました
もっといろんなことを
そう思っていました

でも、いったい
どんなことを?
何のために?

今となっては
そうした気持ちがあった
その懐かしさが残っているだけです
残り香


本当に小さくなってしまった思い
あの頃は、暖かな空気となり
私を包んでいてくれたというのに
今では、こんなにも
掌にのってしまうほどまでに
小さくなってしまっている....

いくつもの言葉
それでは足らなかったはずなのに
これでいいんだよ、そんな気がする
尽くせぬ思いも、思い過ごし
形にしてしまえばここまでなのか?

そうつぶやいて
出てくるのは、わずかな笑顔



滲んでも
流れ落ちることのない私の涙

涙もろくなってしまっている
でも、涙は溜まるだけで
決して流れ落ちることがない

男としてのプライド?
いいえ、そんなんじゃありません
私はそうなってしまっているのです

泣けたら楽になれる
そう感じていても
湧き上がる思いは涙となって----

でも、そこまで
涙は再び思いに還り、沈みゆく
月光


眠れぬ夜を抱えた人たちが公園に集う
ある者は恋人と連れ立って
時を静けさに溶けこませながら
互いの寂しさをやさしさに変えて
ある者は仲間とともに
得体の知れぬ不安を闇に返そうと
何とはなしに時を過ごす振りをして
ある者はベンチに座り、じっと闇を見つめ
ある者は闇の静けさに心を預け
眠れぬ夜を闇にささげる



いつか夕日は朝日へと還るだろう
黄昏どきに感じるあの重苦しさは
死に逝く者への鎮魂歌<レクイエム>
訪れる宵闇の静けさは
土の下の世界のもの
天の上の世界のもの
月の光のやさしい子守歌
眠れる者を起こすな
死者の安らぎを妨げるな
このひとときは
生者に与えられたかりそめの死なのだから
その2へ→
「鈴の音」の入口へ ホームに戻る
"send a message" 
to Suzumi