空の色、風の声
(第2部・その4/20篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
意識と心/移ろう者に/その後の旅人/さて、と/一歩
続く/健康/大空/宝石
来た/ふたつの時/便り/一年経って/現在/こたえ
終日、曇り/卒業の日
ふたつの光/かなしみ/路傍の石
意識と心


冬の空が
高く、深く広がっている

空よ、お願いだ
私の心を吸い上げてくれ
背負うことも
投げ捨てることもままならぬこの心を
その高みへといざなってくれ
お前がこの心に与えている感覚
その真っ只中に私を引き込んでくれ....

そう願ったところで
両の足は大地に据えつけられたまま
空は高く広がったまま
ただ与えられた感覚だけが軽い気持へと育つ
移ろう者に


友人たちはみな職に就き
中には家庭を持つ者もおり
安定
それが秘訣なのだろうか?
彼らはそれぞれに楽しんでいる
だが、私は楽しめずにいる

彼らも苦しんでいるのだろうか?
それが私には見えていないだけなのだろうか?

わからない
私に伝わってくるのは
彼らの楽しさ
彼らの活力....

所詮、ひしがれた者には地面しか見えない
天空の微笑みは空を見上げる者に与えられる

これが答え?
生活の中に、ではなく
生活を楽しむ
生きる中に、ではなく
生きることを楽しむ
そういう賢さ
その後の旅人


いろんな旅をしてきました
甘い桃源郷のようなところに行ったことも
真っ暗な闇の中に落ち込んだこともありました
地獄と呼ばれるところにも
天界にも行ったことがあります
宇宙を旅したこともありました
でも、今はあまりそういうところには行きません
大地の上を、二本の足でしっかりと
歩いてゆく旅をすることにしているのです

私はあまりに飛びすぎました
あまりに飛びすぎたせいで、社会の中の私は
そこで通用する力をどんどん失っていきました
この世界で私があまりに力を使いすぎるので
社会の中の私は、いつも疲れて寝てばかり
だから最近は、なるべく遠くへの旅はやめにして
社会の中の私に合わせた旅をしています
社会の中の私が必要としている世界の中を
限られたところに留まることなく
てくてくと歩いて回ることにしているのです
そうして、そこで私が経験し蓄積したものを
社会の中の私に与えてあげることにしているのです
さて、と


きっといつかは風向きも変わるさ

そうだよな
たとえ今が逆風の真っ只中であっても
この風の強さが
私という存在の確かさを教えてくれているんだ

大丈夫、まだ行ける
今はつらい風向きだけど
いつかはきっとそれも変わるさ
一歩


再び姿を現わした門番は言った
「やっと気づいたな
お前のその苦しみだけを認める力は
この門をくぐった先ではお前自身を破滅へと導く
この先にある世界で
苦しみだけでなく
同じように喜びを認めようとし
また喜びと同じように
苦しみも大切にしようという意欲を持った今
おのずと扉は開く
だが、忘れるな
お前がその意欲を手放せば
再びまたここに戻ってくる羽目になる」
門番の姿は門に溶け、扉は開かれた
私が喜んでそこを通ろうとしたとき
門の上にある鳥の石像から声が聞こえた
「いつまでそうしていられるかな?」と
私は冷たく言い放った
「お前はいつまでそうしているつもりなんだ
私は行くぞ」
石像は梟へと姿を変え、私の肩に止まった
続く


やるべきことを、耐えながら
こらえながら、懸命にやり続け
求めるものを、ためらわず
ごまかさず
求め続け、追い続け
なるようになり
なるようになった
そう素直に言えるようになりたい
健康


上を向いて歩けば
そこには、空

もう私の心は空に吸われることはないけれど
それでも、上を向いて歩けば
空が力を貸してくれる
私が自分を持ちこたえる手助けをしてくれる

上を向いて歩こう
小さな自分に負けないために
上を向いて歩こう
そこに大きな心があるのだから
大空


下を向いてため息をついてはいけません
それではダメなんです
ため息とともに吐き出そうとする心の重荷
それは、下を向いていたら
吐き出すことができません
何しろそれは重荷なんですから
下を向いて
ちょっと息を吐いたぐらいでは抜けやしません
そんなやり方では
抜いたはずの心の重荷は
背中の側に回り込んで
ますます重くなってしまいます

下を向いてため息をついてはいけません
ため息をつきたくなったら
そこで、ぐっとこらえて
はいっ、大きく息を吸って
ためて、貯めて、溜め込んでー
もうダメだ
そこまで行ったら
空を見上げ
大きく思いっきり
溜め込んだものを吐き出しましょう
宝石


がんばりましょう
がんばっていきましょう
あせって答えを見つけようとしても
答えなどそう簡単には手に入らないのですから
あせる気持ちを抑え
さもしい判断は止めにして
とにかくがんばっていきましょう
そうすれば
いつか必ず答えが見つかります
求める力が答えを育てるのですから
さあ、がんばっていきましょう
来た


冷たい風の中
かすかだけれど
春の感じが含まれている

私の全身は
風の中に隠れている
小さな春のシグナルを見逃さない

季節は巡る
ささやかな春の感じが
冬にたえている気持ちを反転させてくれる

春、
再びだ
ふたつの時


地下鉄のホーム
あの人は向かい側のホームに

淡い色のタンガリーのシャツ
涼やかな立ち姿
そのそよ風にも似た感じは伝わってくるのに
あの人の視線は私には向けられていない

近づく電車の音がはじけ
光を伴って風が過ぎゆく

止まる、開く、乗る----

窓越しに見える光景はくすんだ墨色
時折流れる黄色い光

進む、流れる、過ぎる----

地上に出れば光の景色
見上げれば空
うっすらと流れる雲
花の香りを運ぶ春のそよ風が
すっとやさしく私の頬をなで通りすぎる
便り


もうすぐ一年ですね
卒業の日から
私が思いを告げた日から
もうすぐ一年が経ちますね

変わらないのですか?
あなたの気持ちは

私自身この一年で変わりました
あなたへの思い
これも変わりました
でも変わらない頑固なところもあるのです

もうすぐ一年が経ちますね
一年経って


振り返ってみてこの一年
現実の中の私には
たいした変化はありませんでしたけど
私の中の私にはいろいろありました

この一年長かったです
「もう一年経つのか」
そうも思いますけど
「えっ、これで一年?」
そんな気持ちです

振り返ってみるとこの一年
私の中にいくつもの小さな結晶が生まれ
そのひとつひとつがそれぞれ時を持っていて
そうしてそれらは今も活動し、育っているのです
現在


怒りや恨みでもってあなたを覆えたら
ひどいことですけど
時折そう思ってしまうのです
(できもしないことだから願いたくもなるのですが)
そう思いながら、私がしているのは
あなたとのわずかな思い出を紡ぐこと
自分の思いが大切であるように
それらもやはり大切なんです
あなたはもっと大切なんです
何にしても、すべてのことが
現在の私へとつながっているのですから

ただ、どう言ってみても
すれ違いということだけは納得がいきませんけどね
こたえ


こんな私だからあなたのことが好きなのです
そして、そういうあなただから私は好きなのです
でも、今の私には「こんな私」があるだけで
「そういうあなた」はありません

「こんな私」と「そういうあなた」
私は「こんな私」をさらってゆきました
あなたも「そういうあなた」でいたのでしょう
それでふたりが離れているのですから
それはそれで仕方がないことなのでしょう

と、今はそういうことにしておきます
「こんな私」の中には
他にもいろいろありますが
それらは、これから先のこと
まだ答えとはなっていません
終日、曇り


今日が曇りでよかった
気持ちにあわせて
空はどんより鈍色の
今日は曇り空

おかげで私は気が楽だ
空に映る気持ちの中に
胸にたまる重苦しさを
大きなため息として吐き出して----
卒業の日


その日は晴れてはいましたが、たいへん風の冷たい一日でした
それでも日ざしは春で
時を迎えた桜の花は一斉に咲き乱れ
でも一方で、冷たい風にあおられて
散り散りになり
やわらかな光の切片となって舞っていました
あなたは微笑んでいました
少しかなしげでしたけれど
確かにあなたは微笑んでいました
春の日ざしのような
咲き誇る桜の花のような
そういうやさしい美しさがあなたの微笑みにはありました
でも、私は不機嫌でした
散った花びらが自分の思いの切れ切れのように感じられ
うつむき、地面を踏みしめている以外になかったのです
あのとき私は、周囲のものと隔絶し
自分だけの寒さの中に入り込んでしまっていました
日は照っていたのに
私にはちっとも暖かくなかったのです
風だけが冷たかったのではありません
日の光さえ冷たかったのです
氷の中に閉じ込められている
そんな冷たさの中に私はいたのです
ただ舞い散る花びらだけが
小さなぬくもりを
いくつも、いくつも残していってくれました
あの日あなたは春の空気でした
咲き誇り舞い散る桜の花でした
そして私は、冬の名残りの風でした
うち捨てられた花びらでした
あの日あなたは微笑んでいました
桜の花びらが舞い散る中、あなたは微笑んでいました
ふたつの光


しっかりと
しっかりと前を見て歩く

それでも時には振り返ってしまい
きゅるり、心に痛みが走る

闇へと沈みゆく藍の世界の中
かつての思いが淡い光となって
ともにあった光景を断片的に浮かび上がらせる

さあ、行こう
道はいつも歩む先にある
かなしみ


青く澄んだ空
晴れているのになぜか雨
ぱらぱらと
ぱらぱらと
冷たい雨が降ってくる

泣いているのかな?
平気なつもりでいても
やっぱり、
どこかで、
泣いているのかな

雲ひとつない青空
それでも雨は降っている
ぱらぱらと
ぱらぱらと
冷たい雨は降っている
路傍の石


私が死んだら墓石は
御影石の角張ったヤツなんかじゃなく
川原にころがっている
丸っこい、漬け物石みたいなものがいい
そうして、そこには何も手を加えずに
それをそのまま骨を埋めた土の上に置いて欲しい
ささやかな印だ
だから、お墓参りも何にもいらない
ほんのちょっとの間だけ
お墓としてあればそれでいい
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