拾遺雑集
(1989−1991・その2/25篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
不安/刻み/今はもう/秋の夜の詩/震え/歎息/氷の中の炎/氷の中の幻影/問いかけ/微笑み/きりぎりすの詩(3)/あなたまかせ/究極の中心/あかし/糸口/伝言/片思い/影法師/残り火/空虚/空虚な現実/休息/遠くて近い/道行く/宝石箱
不安


冷たい風
冷たい風
秋か
毎年のことだ
大丈夫、今年も乗りきれるさ
今年も破綻せずにいけるさ
刻み


もっと風を与えてください
それでいいのです
それでいいのです
それで私は強くなれるのです

過ぎる風は刃となって私を刻んでゆきます
そのたびごとに、私は
叫び、血を流しはしますが
その痛みが
私の中に眠る力を呼び覚まし
流した血が癒しの力を持つようになるのです
今はもう


あなたの求める人が、どうして私ではないのだろう
私が自分の思いをどうにもできずにいるように
あなたも自分の思いを
どうすることもできず、苦しんでいるのだろうか

私の努力は無駄だったのか
あなたの心を私に向けようとしたことも
少しでもあなたをわかろうとしたことも
すべては無駄な努力でしかなかったのか

どうして----
そう問い続けて、どれくらい時が経ったのだろう
時の長さなど、所詮は無力な助けでしかないのに
今は少しでも助けが欲しい
私があなたを傷つけてしまい、こうして
どうしようもない言葉を並べているしかない今
流れゆく時だけがささいな慰めだ
秋の夜の詩


泣きながら
笑いながら
怒りながら
多くの詩を私は綴ってきました
そうして今日は泣きながら
こうして詩を書いています
さびしいから
かなしいから
今日は泣きながら書いています
秋の夜に一人でいることが
やはり私には耐えきれなくて
どうにもならない思いが涙となって
詩となってこぼれ落ちてくるのです
季節のせいにしてみても
それは思い違いなのかもしれませんが
それでも今宵の風が
私のさびしさをあおっていることは確かなのです
泣きながら
泣きながら
今日は詩を書いています
震え


ひとりでいるのはもう嫌だな
秋の夜の風が、冷たくて
寂しくて、たまらないよ
こんな夜にひとりでいるのは本当に寂しくて
でも、やっぱりひとりでいるしかなくて
こうして詩を書いて寂しさを紛らわせている
だけど、紛らわせてちゃ駄目なんだよね
紛らわせてちゃ本当の詩は歌えないんだよね
自分を包んでいるこの寂しさを
逆にしっかりと抱き抱えて
そこで生まれてくる言葉を詩にするんだよね
自分で自分を包み込んで
自己愛以上のものを育めたとき
他人の心を震わすだけの
本物の詩が生まれてくるんだよね
歎息


救いを求めて
救いを求めて
得られたのは
救いようのない自分
氷の中の炎


否定しても駄目
だが、肯定できるものはない

感覚と感情
受ける力と出づる力
この二匹の化け物が
一方で、私の力となり
一方で、私を引き裂いてゆく

知性
ただそれだけで、せめて
自分自身だけでもわりきれればいいのだが
そんなことはできもしない夢のまた夢
私は感覚と感情の二匹の化け物の中で
わりきれない自分をどうにかするしかない

否定しようとしても駄目
感覚は自分以上のものを伝えてくる
感情は頑強に否定をはねのける
だが、肯定できるもの
それがあるというのか?

感覚と感情
この二匹の化け物を肯定しても
ともに自身の中にとどまったままだ
外に出られない
外に出せない

知性
羨ましいが私の源はそこにはない
私は氷の中の炎だ
知性は見せかけの衣にして刃
源は炎、
二匹の化け物にある
氷の中の幻影


私の心の中には、いつの頃からか
表情を失ったピエロがひとり棲んでいて
それは、斑模様の服を着てはいるのですが
闇の中、ぽつんとたたずんでいるだけなのです

以前は、そのピエロも表情を持っていたのです
しかし、手真似をしても、唇を動かしても
その意味が伝わらない
ピエロからまず微笑みが失われました

悲しい思いをする度に
ピエロはひとつ、またひとつと
表情を失っていきました
最後まで残っていたのは、哀しみと悔しさ

そうして、悔しさも失い
一粒の涙をぽつり落とすと
哀しみの表情を凍りつかせ
ピエロはすべての表情を失ってしまいました

時折、私が訪れても
ピエロは闇の中、たたずんだまま
私に視線を向けることもありません
ただ、じっと闇を見つめている

それでも、たまに言葉を発するときがあるのです
抑揚のない声で、ぽつり
「殺したよ」
問いかけ


あなたの中にも
こんな欠落感はあるのかな?
だとしたら、それを埋めてくれる人はだれ?
あなたがその人といると
そんな欠落感が薄れるという人はいったいだれ?

私はあなたといると
この欠けた部分に薄い靄のような
ぼんやりとした暖かみが広がり
この欠落感がやさしく満たされたのですけど
それは私だけのことなのでしょうか?
それとも、私では駄目ということなのでしょうか?
微笑み


しあわせ、
 に対する期待感
そのやわらかなふくらみが
 現実に
そっと
 息を吹きかける
きりぎりすの詩


ありさん、ありさん
お久しぶりですね
ほら、あのきりぎりすですよ
いつぞや、冬の夜
寒さに震え
飢えに苦しんで
どうにもならない歌を歌っていた
あのきりぎりすですよ
おかげさまで私も元気になりました
今はあったかな空気のなか
こうして明るく元気に歌っています
それもありさんたちのおかげです
あのとき
あなた方が助けてくれなかったら
私は野垂れ死んでいたことでしょう
本当にありがとうございました
あなたまかせ


わかりませんよ
私にはあなたがわかりません
それ以前に
私はあなたのことをほとんど知りません
でも、別にそれは
あなたの過去のことを言っているのではありません
社会の中でのあなたのことを言っているのでもありません
私が知りたいのは
あなたが何をどう思い、どう感じているかなのです
はっきり言えばあなたの心が知りたいのです
「知ってどうなるの?」
そう聞かれると困ってしまいますが
人を変えうる力というのは
その人が自身に対して素直であることで伝えられる
その人の全体的な姿から生まれてくるものではありませんか
そうすることの困難さはよくわかっています
自分を守りたいというのもわかります
でも、そういったことも含めて
私はあなたのことが知りたいのです
究極の中心


中心点はなかった
点は存在しない
究極の中心
それは
それ自身としてあること
その全体性が
調和を生み出す中心となっている
あかし


過去を捨てず
だが、過去に留まるのではなく
未来を捨てず
だが、未来を逃げ場にするのではなく
現在
そう、私はいつも現在にいる
生きる場は常に現在だ
生きている
私はここにいる
取り替えのきかない私自身を
生きる
糸口


わかってくださいとは言いません
ただ知っていてもらいたいのです
わかってくださいとは言いません
そこまで無理は言いません
ただ私のことを知ってもらいたいのです

私はあなたにいろいろとお話ししました
それは知ってもらいたかったからなのです
わかってもらうためではありません
知ってもらうためなのです
冷たい言い方ですが
今のあなたに
そして今の私にも
お互いを理解しうるだけの
心の広がりがあるとは思えません
「わかっている」
そう思ったところで
そこにあるのは、結局
小っぽけでいい気な同情心
私はそんなものはいりませんし
またそんな気持ちにもなりません
私たちがわかりあうには
もっともっと多くの時が必要なのです
(それがいつになるのか
それが可能なのかは、互いの心次第ですけど)
今は知ってもらえればそれでいいのです
そして私はもっと知りたいのです
あなたのことが

寂しい言い方ですけどそうなのです
わかってくださいとは言いません
ただ知っていてもらいたいのです
そして私は知りたいのです
伝言


何て言ったらいいのでしょう....

やはり、
「好きです」
そうとしか言えません
そして
「側にいさせてください」
そうお願いするだけです

願いはただそれだけなのです
それ以上のことは
何を言おうとしても素直な言葉にならないのです
それに「好き」という言葉以外、すべて
自分を守るための嘘をまとったものなんです

「あなたが好きです」
素直な気持ちはそれだけです
片思い


「どうして?」
そう聞かれても答えようがないのです
私にとって
「恋」は大切なのものなのですから
それは私全体に関わった問いなのです
そして、それがどうしてあなたに向かうのか
それは私だけでなく
あなたにも関わった問いなのです

「過去」
それだけがこの思いのすべての源であるのなら
その答えを見つけるのもそう困難ではないでしょう
「現在」
それを満たすだけの答えでいいのなら
その判断をつけることもたやすいことでしょう

でも、「望む」
その気持ちは前へと向かうものです
「恋」
それは未来をも包み込んでいるのです
それは未来から送られてくるものなのです
その秘密を解く鍵は
私自身のなかに
そしてあなた自身のなかに
それぞれあるのです
影法師


あなたを追いかけて
あなたを追い続けて
私は追い続けるだけで
決してあなたにはたどり着けない

あなたは何処に?
まだ私のさきに?
離れている?
逃げている?
残り火


あなたは何でもひとりで決めてしまう
それがあなたの素直な気持ちなのですから
仕方がないと言ってしまえばそれまでですが
あなたは何でもひとりで決めてしまう
あなた自身のことも
私のことも
あなたは何を尋ねることもなく
いつもひとりで判断をつけてしまう
私に返ってくるのは
入りこむ隙間のないあなたの判断

それでもいい
それでもいいのです
私はあなたの側にいられさえすれば
何ものにも負けない強さを持てるのです
そこで何があろうとも
私は思いを力として乗りきってみせます
だからお願いです
何をどう決めようとかまいませんから
あなたの側にいてもいい
それだけは許してください
空虚


あなたに心を寄せて
私の心にあるものをあなたに捧げて
でも返ってきたのは....

無言
暖かな気持ちも
拒絶の気持ちもよこしてもらえず
ただ無言

思いを捧げ
私の心は空っぽになってしまった
質感のない現実
空虚な現実


何の言葉も返ってこない
空気
スカスカの空気
暖かさも冷たさもない

気持ちを読み取ろうにも
何もなくては
何の判断もつかない

無反応
それとも無関心
力をそそいでも
広がって何処かに消えてしまう
休息


意味を見出せず
希望を託せず
何をしようにも
疲れが先走ってしまい
今はただ
何もせず
何もせず
何もしたくない
遠くて近い


終わりが見えないから
余計に人生は厄介だ

一年後かもしれない
十年後かもしれない
でも、明日なのかもしれない

終わりが見えれば
これまでの時と現在を基準に
残りの人生をはかることもできるのに
終わりが見えないから
いつまで経っても、私は
死を怖がり、生を遠ざけ
「どうして」のまま
寂しさや苦しみの意味を理解できずにいる
道行く


私は待ちます
でも、あなたを待つとは言いません
誰かを待つと言います
それがあなたであるのか
あなた以外の誰かであるのかは
今は疑問のままにしておきます

私が自分自身であることで
そうして、その人がその人自身であることで
ふたつの道がともにあるような
そういう誰かを私は待ちます
宝石箱


そっと開けてみると
そこには色とりどりの石がいっぱい
人に見せられるような
ちゃんとした宝石は少ないけれど
僕にとってはどれもみんな大切なもの
だから、夜中にひとり
こっそり取り出して眺めたりするのです
そうして、
そこからひとつ、取り出して
宵闇のやわらかな光にかざしつつ
削って、磨いて
またひとつ、どうにかお見せできるものを
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