拾遺雑集
(1989−1991・その1/25篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
そんな日々が/そして/隠れた望み/ボーダー/自己嫌悪/予兆/様子見/きりぎりすの詩(1)/永遠の生命/何も成さぬ神/啓蟄/吐き捨て/分別面に/名残り/くそったれ!/バンザイしても/スケープゴート/反省/浮き草/祈り/全体性/天使の歌声/きりぎりすの詩(2)/点検/反撥
そんな日々が


悲しみを背負いきれない
そんな弱い自分に嫌気がさして
私は悲しみを感じる心に
フィルターをかぶせてしまいました
おかげで涙を流すこともなくなりました

でも、今
いるべきはずのところにいるべきものがいない
その空白が寂しさとなり
あのとき感じていなかったはずの
悲しみというものを甦らせています
そして


あなたのために
用意しておいた言葉たち
心のなかに留まり
今はもう
「好き」
という一言だけ
隠れた望み


あなたのことをもっとよく知って
それを手がかりに
あなたの心を
わずかでもわかることができたなら
そこに望むものがなくても
(おそらくそうなのでしょう)
私は素直な笑顔を取り戻すことでしょう
ボーダー


アウトサイダーではない
だが、インサイダーとなっているわけでもない
アウトサイダーとなる勇気もなく
インサイダーとなることも拒否し、拒否され
私はボーダー
境界線上に立つ
安定はない
だが、破綻もしていない
常にうつろい、変化してゆく
自己嫌悪


道化の笑い声が聞こえる
俺を嘲る道化の笑い声が

真っ白に塗りたくられた顔
俺に近づけ
狂気の色でくまどりされた目
カッと見開き
どぎつく
ブ厚く、真っ赤に彩られた唇
不気味に光る歯
厭らしくぬめる舌
赤黒い口奥を見せつけ
けたたましく道化が笑う
予兆


ひとつの扉
開けてみたその先に
時には何かしらの部屋
時には広い野原....
道ははっきりとしているわけではないが
ないというわけでもない
歩いてゆくとまた扉
いくつかの扉、そして闇
時に開かれており
時に鍵が掛けられている
それらいくつもの扉をくぐり抜け
ここまで私はやってきた
そして今、再び扉の前
私は思案にくれている
この扉?
どの扉?
開かない?
開けられない?
様子見


春は来るのかな?
こんな私にも春は来てくれるのかな?

今は冬
やはり冬
葉のない裸木
乾いた色の花壇
鋭く風が行き交う空
冷たく寒い
やはり今は冬

春はいつ?
春は来る?
春が来たら少しはましになるのかな?
きりぎりすの詩


  真っ暗で何にも見えないよ

ここは何処?
どうしていつまで経っても闇なんだろう?

  真っ暗で何にも見えないよ

道があると思ったけれど
でも、見えない
見えないけれど
あると思う、そう感じる

  真っ暗で何にも見えないよ

いつになったら闇が晴れ
道がはっきり見えるのだろう

  真っ暗で何にも見えないよ

僕は今
こうして歌っていたいから
ひとりで歌っているけれど
歌は闇の中へと消えてしまう

  真っ暗で何にも見えないよ

ありさん、ありさん
お願いです
僕の歌を聞いてくださいな
ひとりで歌っていてもつまらない

  真っ暗で何にも見えないよ

ひとりは寂しい
ここは寒い
お腹が空いた
でも、歌う以外に能がない

  真っ暗で何にも見えないよ

ありさん、ありさん
お願いです
僕の歌を聞いてくださいな
御代は後でいいですから、お願いします
永遠の生命


生きる、という
意志と意欲とが
死によって満たされたとき
ひとつの時がその瞬間に止まり
現実の場の中に
行き場を必要としなくなった
意志と意欲とは
純粋なエナジーとして解き放たれ
その一瞬に
すべての時間を越える
何も成さぬ神


神などいない
ただいると感じるだけだ
それは心
それは命
それは世界
神は一部にして全体を包み込む
人格とか
神格とか言ったものははなからない
相対
絶対
そんなものも関係ない
神など何処にもいやしない
ただいると感じるだけだ
啓蟄


とにかく、
もう春なんだから
僕もこの中から抜け出して

もう春なんだから
外の空気も
あったかなはずなんだから

もう春
確かに春
そう春なんだ
でも、どうして....
吐き捨て


さてと、
自分の弱さ、情けなさは
わかっていたつもりだったけれど
これほどひどいものとは
つくづく自分が嫌になる
こんな気持ちじゃ、どうしようもない
いつもと同じように詩に逃げ道を求めて
吐き捨てるように歌って憂さを晴らす....

晴れるわけないか
それでも少しは楽になるだろう

詩は私にとって武器だったはずなのに
いつの間にやらそれは防具
弱さを強さに変革するはずが
弱さは弱さのまま
ますますひどくなってゆく
鎧も次第に重くなり
もうすぐ身動き取れなくなる

もう詩を捨てちまおうかな
戦いに向かわない戦士には
(もう戦士ではないか)
武器も
(そんなものがどこにある)
鎧も
(あー、重い)
必要ない
余計なものは捨て去って
普段着のまま日々を暮らしてゆけばいいのだろう
敵を見出さず
敵を作らず
戦いは避けて
日々の安寧を求め
毎日毎日を
ごまかし、ごまかし生きてゆけばいいのだろう
戦士でない者にはそれがお似合いだ
武器もなし
足かせでしかない鎧をまとっていても邪魔なだけだ
分別面に


たったひとつのことなのに
それが私の道行きの邪魔をする
たったひとりのことなのに
それが私の心を激しく乱す

恋など、思いなどと
そんな甘っちょろいことを考えているから
お前はいつまでたっても大人になりきれないんだ

そうかよ
じゃあ、この心にある
あの人への思いをどうすればいいというんだ

恋は決して甘いものじゃない
心だって同じだ
これほど重く
これほど確かなものはない
名残り


ここには一本の木があったのです
それはそれは大きくて立派な木でした
深く広く地面に根を下ろし
太い幹を元にして、枝を四方八方に伸ばし
豊かに葉を茂らせていました

でも今はありません
切り倒されてしまったのです
いや、切り倒してしまったのです
今はその切り株が残っているだけ

大きな木だったのです
立派な木だったのです
切り倒してしまいましたけど
あの木は本当にかけがえのないものだったのです

でも今はただ切り株
深く広く地面に根を食い込ませたままの
そんな切り株が残っているだけ
今はもう、それしかここにはありません

ここには一本の木があったのです
それはそれは大きくて立派な木でした
花が咲くことも
実が成ることもなかったけれど
確かにその木はここにあったのです
くそったれ!


これが私の人生だ
私が主体的に選んだにせよ
受動的に動かされたにせよ
今、私はここにいる
そうして
完全な自分を求めて
自らの思いとともに
この道を歩んでゆく
だが、
だがそれにしても
「くそったれ!」
ついて出る一言はこれだ
これが私の人生であるにしても
これが私の生きざまであるにしても
「なぜ?」
「どうして?」
そんな疑問が消せやしない
だが、その疑問が
私をここまで引っ張ってきた
「くそったれ!」
やっぱりこれが私の人生なんだ
生きざまなんだ
疑問があろうと、なかろうと
その答えが見つかろうが、どうだろうが
すべての思いが
私の生きゆく力になっていることは確かだ
疑問はあっても
否定はできない
「くそったれ!」
バンザイしても


どうにもならないことを
どうにかしようとし
ますますどうにもならなくなってゆく

頭は聞き分けいい子なのに
心はやっぱりわがままだ
どんなに言っても聞き入れない
口で言ってもわかりゃあしない
傷つき、痛い目を見るまでつき進む
一度ぐらいじゃ学習しない
何度もおんなじことをくり返す

私の心は愚かだ
可哀想なくらいに愚かだ
そう言って自己憐憫の涙を流しても
安ぽっい同情などはねのけて
やっぱり心は望む方へとつき進む
スケープゴート


光から見れば
闇は敵
影は闇の申し子

闇から見れば
光は敵
影は光によって削り取られた自身の一部

影から見れば
光は父
闇は母
だが、光は彼を疎んじ
闇は彼を呑み込もうとする
反省


ごめんなさいね
馬鹿なお願いをしてしまって
私の思いを受け入れてくれること
それだけでもう十分なのに
(だけどそれが難しいことなのですけどね)
それが私にとってのあなたの愛なのに
私はそれ以上のものを求めてしまっていた
あなたはあなたというひとりの女性なのに
私はあなたを、あなた以外のもの
人間以上のものにしてしまっていた
あなたにもあなた自身があるというのに
私は自分の心から
自分の生から逃れるために
この思いとともに、自分のすべてを
あなたに預けてしまおうとしていた
たとえあなたが女性の持つ強さでもって
そんなことを可能にしたとしても
そのとき私は私でなくなり
あなたはあなたでなくなる
そこにあるものを「愛」と呼ぶなんて
それはあまりにいい気なもんですよね
あのときあなたが私の思いを受け入れていたら
そんな悲劇だか、喜劇だかわからないような
馬鹿げたことが起きていたのでしょう
本当にごめんなさい
そうは言ってみても
あなたを求めていることに変わりはないのですけど....
浮き草


望みのない戦いには慣れている
負けることが多かった私には
望みがしだいに遠くなって
それでも戦わずにはいられない

望んでいるのか?
まだ望む気持ちが残っているのか?

だが、希望が感じられない
ひょっとしたら
自信がないだけなのかもしれないけれど
それにしてもこの空しさはなんだ
「報われない」
「やめとけ」
そんな声が聞こえてくるのはなぜなんだ
やめたところで
煩悶することになるのはわかっているはずなのに

夢はある
だが希望がない
報われるのか?
報われるのか?
また駄目なのか?
祈り


信じられるものを与えてください
たったひとつだけでいい
ただの一度だけでいいのです
信じられるものを与えてください
ひとつだけ、一度だけでいいのです
私が本当に望むもの
それを与えてください
それで終わりなのです
それが始まりになるのです
その一度があれば
私に信じる力が与えられるのです

私は疑問と否定の中で自分を育んできました
そこで得られたものは大きなものです
しかし、困ったことに
そのせいで私は信じる力を失ってしまったのです
信じたいのに信じきれない
そんな矛盾を抱え込んでしまったのです
せっかく自分が見出したものでさえ
信じられなくなってしまったのです

信じる力を失っている私は小っぽけです
信じる力を失っている私が
どうして大きくなれましょうか?
外にあるものも
自分の中にあるものも信じられない私は
託すべき力を
託そうとする先を失ってしまっているのです
私は無力です
私は憶病です
だからお願いします
力を
信じる力を与えてください

それはたったひとつのことでいいのです
たった一度でいいのです
この恋を実らせてください
それが私には一番効果的なのです
心の中にあるもので
女性を
ある一人の女性を思う気持ち
それは私にとってかけがえのないものなのです
私には女性への思いが何よりもの弱点なのです

失恋はもう嫌です
片思いはもう嫌です
これ以上私から信じる力を奪わないでください
心を覆う冷たい氷をこれ以上厚くさせないでください
お願いです
この恋だけは実らせてください
全体性


不思議だな
生の力
心の力
私の力は小さくもろいのに
私の中にある
生の力、心の力はなんて強いのだろう
重く厚みがあって
それでいてやわらかで
エナジーに満ちあふれている
自分の弱さをどんなに嘆いてみても
生と心はひ弱な私に
あたたかなエナジーをそそいでくれる
天使の歌声


崩れようとしている中で
「求める」気持ちが
必死になって持ちこたえている

越えてしまえば楽になれるのかもしれない
だが、崩壊せずにたどり着けたときの
今、この時にでもはっきりと予感できる感覚
それを求める思いの方が強い

崩壊してしまえば楽になれるのかもしれない
だが、その保証はない
「求める」気持ちはついて行かない
きりぎりすの詩


私は詩人だ
誰が何と言おうとも
私は詩人だ
私の詩が世間で認められずとも
それでも私は詩人だ
生きること
それが歌となり
言葉となり
詩となる
その私が詩人でなくて
いったい誰が詩人であると言うのだ
歌いたいんだ
生の調べを言葉にのせて
詩という形にしたいんだ
点検


そうさ
たとえこれまでのことが
うまくいっていなかったからって
自分を投げ捨てやしない
どんなに否定したところで
これまで私が生きてきて
そうして今も私は生きている
この確かさに比べたら
悲観的な姿の自分なんて小さなものだ

うまくいかなかった
うまくいっていない
そうそれは確かだ
だがそうだからといって
自分を投げ捨てられるほど
私の人生軽くない
私のこれまでの軌跡はうつろではない
うまくいっていないにしろ
やはりどこかでうまくいっているのだ

そうか
うまくいっていないのは現実の中の私で
うまくいっているのは私の中の私なんだ
私自身という車の両輪のうちの
一方はうまく回転できず
もう一方はうまく回転してきたのだ
そんな二つの車輪でもって
ぐるぐると回りながらも
それでもここまで来れたのだ

まだ大丈夫
まだ車輪の一方は力強く回っている
もう一方の車輪をどうするかが問題なんだ
うまく回っているほうの車輪の力を借りて
この車輪が少しでもうまく回るようにするんだ
そうさ
うまくいっていない今も確かに道はある
うまくいっていない
それさえも一方の車輪の力になるのだから
反撥


もう自分を憐れんだりはしない
自分を憐れんでみたところで、結局
そこには小さな自己愛の世界しかないのだから
小さな自己愛の世界の中で安らぎを得ようとしても
そこに収まりきれない大部分の心は
なかでいじけている一部の自分をあざ笑い
そうして私はますます苛立ってゆく

これまでそんなことの繰り返しだ
うまくいかない
その結果の重さに耐えかねて
自分を憐れんで
小さな自己愛の世界の中で満足を得ようとしていた
それをせめてもの代償として、自分で自分を慰めていた

バカくせえ
それでどうなるっていうんだ
結果?
何が結果なんだ
お前はまだ生きている
死以外に終止符があるというのか
お前が生きてる以上結果はまだ出ていない
すべては過程だ
そしてお前自身も過程だ

自己欺瞞
自己閉塞
そんなもんだ、実際
自己憐憫の涙は
それはそれで気持ちいいものだけど
あまり流しすぎると、溺れて窒息しそうになる

くそっ!
もういい
もういいからこの中から抜け出そう
前だ!
前に向かって歩こう

どうせ変わることのないわがままな自分だ
それなら目一杯に広げたわがままでいこう
同じ自己満足なら
大きな自己満足のほうがいい
自分の心が入るぐらいの
大きなわがままでもってやっていこう
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