あの頃
(その1/21篇)
◇◇◇ 目次 ◇◇◇
はじまり/個(目覚め)/見えない影/闇に潜む影/思い出
孤立/変わることのない寂しさ/雪雲/ささやき/一晩の微笑み
夜/不安/降る雪/分岐点/怠惰との出会い
遠心力/ノイズ/萌芽/ジグソーパズル/木人/空洞
はじまり


歩き続けてゆくうちに
しだいに
辺りが暗くなってゆき
支えてくれる人たちが遠のいてゆき
今はひとり
暗闇の中に立っている

白くぼんやりと光る道が
闇の彼方へと伸びている....
個(目覚め)


歳をとるごとに重くなる
この身が
この心が
歳をとるごとに重くなる
まだ僕は十八なのに
動けない....
縛られている
社会に
自分自身に
見えない影


つらい----
でも、何がつらいのかわからない
ひょっとしたら
つらくも何ともないのかもしれない

心の中が真っ暗だ
でも、深淵のような暗さじゃない
そんな澄んだ感じの暗さじゃない
いろんな色がぐちゃぐちゃに混ざってしまって
それで、どうしようもなくて
暗くなって我慢しているみたいだ

つらい?
こんな気持ちをつらいと言うのだろうか?
でも、いったい何が....
闇に潜む影


誰かが追ってくる
逃げても、逃げても、追ってくる
助けてくれ
苦しい
誰かが俺を殺そうとしている

闇の中に潜む影
誰だ!
奴等の声が聞こえる
「殺す!殺してやる」
「お前を殺す!」
なぜだ?
だが、聞こえる
闇の中の影が叫んでいる

寝苦しい
目をつぶると奴等の顔が目の前に
ああ、でも見えない
表情が見えない
誰だ、誰なんだ
言うな!

影が迫ってくる
振り払うことができない
苦しい
息が詰まる
逃れたい
誰だ
いったい誰なんだ
思い出


九月のある日
ふと、海に行った
夏の派手さ、熱っぽさは
すでになく
秋の浜辺は乾いていた

海の色は深みを取り戻し
波頭の白さがつめたい
波は打ち寄せ
波は打ち寄せ
帰ってゆく....

赤く、赤黒くなりながら
白い輝きをちりばめ
波がその音を後退させてゆく
音は広がりとなり
広がりは静寂となり

「!」
ひとつの波の音が
さっ、と僕の中を走り
ひとつの思いにつき刺さった
もう終わったんだ....
孤立


移ろいゆく社会の中を
流れゆく時間に任せ
慌ただしく通り過ぎてゆく人々
僕はひとりぽっちで
そんな流れから取り残され
そんな人々からはじき出され
ここからそれをじっと眺めている
変わることのない寂しさ


日に日に寒さが増してきて
大気はその張りを強めてゆく
暗黒を深め、遠く高い夜空で
星々は冷たい輝きを取り戻す

時は流れ、季節は移り変わり
今年も冬が来た
天上の闇に輝く星々の中
星のことなど知らぬ私にもわかる星座
冬のオリオン
それしか知らないが
それを知っているだけで十分だ

いつもこうやって
毎年、
ひとり、
凍りついた闇にあるオリオンを見上げている

気がつけばいつもそうだ
冬になり
夜が訪れると
心があの三つの輝きを見つけてしまう
雪雲


音もなく
 しずかに
  しずかに
 雪が降っている

あの人もこの雪を眺めているかな?
この淡く輝いている雪の
ひとつ、ひとつに
僕の思いを込めて
あの人のもとに届けられたなら

ちいさな、ちいさな
無数の思いが
ひとつの大きな願いから
まっ白な氷の綿となって
やさしく、やわらかに降りてきて

音もなく
 しずかに
  しずかに
 雪が降り積もる
ささやき


明日の通勤が大変だ
電車は遅れないかな
何を着ていったらいいかな
滑らない靴を履いて行かないと

でも、今はそんなことを考えるのはよそう
この降る雪の
美しさと冷たさをゆっくりと感じていようよ
街灯の光のもとで淡く輝く雪の白さを
触れればヒヤッと消えてしまう雪の冷たさを
一晩だけの楽しみなんだよ
こんな都会では
朝になれば
雪の白さも冷たさも
人の熱気で天に逃げかえってしまうよ
さあ、ゆっくりと楽しんでいようよ
たった一晩の安らぎなんだから
一晩の微笑み


街燈の光を浴び
降る雪が
淡い輝きを靄のように広げている

天からの贈りものに
地上の存在は頭をたれ
やわらかな美しさと
澄んだ静けさに包まれ、安らいでいる



机に向かい
じっと手を見る

この手でいったい何がつかめるのだろうか
一握りの金か
それとも名誉か
いや、わずかな幸せか
何もつかめない?
はたして何をつかむのだろう....

今はただ
じっと手を見る
不安


虫がいる
心の中に虫がいる
どろどろとした気持ちの中で
そいつらは
蛆虫のようにヌメヌメ蠢いている
ねとつく心の壁の上で
そいつらは
蟻のように這いずりまわっている
降る雪


雪の白さが思い出させる
記憶の片隅に眠っている
はるか昔の空気
俺だって昔は天上にあった
白銀の翼も失っていなかった
それが今じゃ、堕天使だ
あの雪の明日の姿が今の俺
人に踏みにじられ
泥にまみれ
白さなどどこかに行ってしまった
分岐点


もし時が流れることなく
今のままで生きてゆけたなら....

不安と恐怖
希望なんて見えやしない
外へ出るのが怖い
今のままでいられるのなら....
来年僕は二十歳になる
怠惰との出会い


いったい何をしているのだろう
そう自らに問いかけてみても
何も出て来やしない
何かがあって、こうなって
それで一体どうしたらいいのだろう

ひんやりとした静けさが広がっている
抜け出したいけれど
どうしたら抜け出せるのだろう
それよりも何も
何もしたくない....
遠心力


一本の紐の先に錘をつけて
もう一方を手に持って
ぐるぐる、ぐるぐる回してみる
ぐるぐると
ぐるぐると
力を込め、スピードを上げ
ぐるぐる、ぐるぐる回してみる
錘は外へ、外へと行きたがるけど
それでももっと力を込める
と、
プツン....
錘が何処かに行っちゃった
ノイズ


湧き上がる思いが
めくるめく思考となって意識をもつれさせる

いったい何を求めているのだろう

自分を抑えるも何も
抑えるべきものの姿がわからない
ただ叫びにも似た思いが湧き上がってくるばかりで
求めるものの姿が見えてこない

思いの正体をつかもうとしても
意識がもつれ、ほつれ
頭の中にノイズが広がってしまう
それなのに----

何も考えまいとすると
思考の線はつながりを取り戻す
複雑に
複雑に絡みあって....
萌芽


僕は本当に正気なのか
それともすでに狂ってしまっているのか
わからない....
頭の中で
無数の小さな光の粒が飛びまわり
何が何であるかの判別がつかなくなってきている
夢と現実とが絡みあってしまって
今いるのがどちらの世界かどうかも自信がない

これは夢?

こんなことを考えるなんて
やっぱり狂ってしまっているのかもしれない
何かがおかしいのはわかっている
それだけはわかる
だから夢と現実とが絡みあって
僕はこんな風になっちゃって....
きっと何かが狂っているんだ
ジグソーパズル


いくつもの流れが
互いを巻き込み、呑み込みしている中で
君は君自身のままでいられるのか
暗く大きな影が見える世界の中で
君は自身の輝きを失わずにいられるのか
僕はほんの少し現実に触れただけで
粉々に砕け散ってしまい
何もわからなくなってしまった
だから、今
薄暗い部屋の中で、ひとり
ひとりでいることの気楽さを味わい
ひとりでいることの苦しみを受け
失った自分を見つけるために
こうして言葉を並べ続けている
木人


しとしと
しとしと、雨が降り続く

梅雨のうっとおしさを感じながらも
降りしきる雨をただぼーっと眺めている

自分のやっていることに意味を感じられなくなり
なすべきこともわからなくなってしまった

ああ、雨が降っているな
うん、雨は降っているね
空洞


一日が一日で
一分が一分である現在
僕の心は、がらんどう

ない、
何もない
時間がそのままに過ぎてゆく

時は止まったまま
未来も、過去もない
ただ現在、それしかない

一日は一日
一分は一分....
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