2002年(1月−4月)

2002.04.27(Sat.)
 ナビスコカップ予選1回戦を観戦してきました。カードは柏−札幌で、会場は柏の葉総合運動公園。さてどうやって行こうかと迷ったあげくに大宮へ出て、東武野田線で行くという経路を選択しました。東武野田線の完乗もついでにやってしまおうという魂胆でしたが、道中はほとんど単線区間だったんじゃないかと思いますし、七光台駅から清水公園駅のあたりは、首都圏の近郊路線とは思えないくらい鄙びた感じでした。
 さて、江戸川台で降りて連絡バスでスタジアムへ。チケットは出発前にローソンでメインスタンドを購入していたのですが、どこもガラガラ、まあGW最初の土曜日ですしこんなもんですかね。入場者数は6,199人とアナウンスされていましたが、そんなに入っているようにも思えませんでした。もっとも、20,000人くらい入るらしいので、えらく空いているように思えた、ということかも知れません。日立柏サッカー場に比べて見づらい、という話を聞く柏の葉ですが、それほどとも思いませんでした。つまり、日立柏が相当に観戦しやすい、ということなんでしょうね。あと、風がメインスタンドからみて、柏側ゴール裏から札幌側に向けてかなり強く吹いていて、正直寒かったです。
 以下、試合結果を参照しつつ観戦記風に書いてみます。見る目がないのがバレバレかもしれませんが。

 スターティングメンバーは、札幌がGK佐藤、DFが今野、古川、曽田、MFに田渕、吉瀬、森下、大森、平間、FWが山瀬、小倉で実質的には3-6-1、負傷(というかサスペンションでもあったはずですけど)のビジュの代わりに、吉瀬が入った、ほぼ現状でのベストメンバー、リザーブにGK藤ヶ谷、DF吉川、MF中尾、FW堀井、新居、対して柏は代表に招集された明神と、韓国代表2名(黄・柳)を欠いたメンバーで、GK南、DF渡辺毅、根引、薩川、MF渡辺光輝、萩村、サンパイオ、平山、大野、FWは北島と加藤望の3-5-2で、リザーブはGK吉田、DF森川、MF永井、砂川、FW町田でした。札幌は3-6-1のはずなのに、山瀬がFWで発表されていたのは、柱谷監督が3-5-2にこだわっているんでしょうか。
 試合は前半開始早々の2分、山瀬にイエローが出てこれは荒れるかと思いましたが、そんなにカード乱発という感じでもなく、淡々と進みます。ただし、ほとんど札幌の陣内ですが。で、やはりというか、マークがずれたところで1点決められた...と思ったら、オフサイドに救われます。この後も加藤望、北島が面白いくらいにオフサイドを取られます。他方、風下の札幌はあまり攻め手がない感じでシュートらしいシュートは吉瀬の1本だけ、一度だけカウンターでいい形を作りましたがそれっきり、とても点が入る気がしません。
 サイドが換わった後半は、風上だし少しはと思っていたら、やっぱり柏に押し込まれます。流れを変えようというのか、田渕や小倉がミドルを打ちますが、小倉のシュートは正面、田渕のシュートは枠の上で、南を慌てさせるまで行きません。他方、札幌は頼みのGK佐藤洋平が何とも不安定で、かぶってゴールを空けてしまったり、キャッチミスが目立ちますが、柏の雑なフィニッシュに救われます。また、札幌のラインが押し込まれて下がったのと、おそらくはハーフタイムに柏が指示を出したのでしょう、オフサイドを取ることができなくなりました。
 後半15分頃に札幌がPKを取られてしまいます。蹴るのは大野ですがこれは佐藤がコースを読んで弾いて事なきを得ます。その後、先に動いたのは柏で、後半20分、加藤望に代えて町田投入、が、やっぱりどうにも佐藤が不安定で、これは時間の問題かなあと思っていたら後半34分、サンパイオからのパスに飛び込んだ大野にDFの穴をつかれて(裏を取られたか?)ゴールを許してしまいます。
 この直後の後半36分、札幌は平間に代えて堀井投入、後半38分に田渕に代えて中尾を入れて曽田をFWに上げます。その後、札幌はゴール左でフリーキックをもらったりチャンスを作るのですがいま一押し決められないまま、後半43分、柏は萩村に代えて時間稼ぎ(?)の永井投入、そのままタイムアウト、0-1で敗戦です。

 さて感想ですが、何よりもまず、佐藤洋平って、こんなに不安定なGKだったかなあ、と。えらくキャッチミスが目立ちました。柏にもう2〜3点入れられていてもおかしくなかったように思います。
 と言いつつも、「あと2〜3点入れられていても」というのとは矛盾するようですが、修正中と考えれば内容はそんなに悪いものではなかったように思います。曽田はDFでもFWでもほとんど競り勝っていましたし、森下、山瀬の運動量は目立っていました。吉瀬も無難だったと思いますし、途中出場とはいえ中尾が出られたこともよかったかと。小倉もそんなに悪くなかったかな?ただ、シュート数6本ではねえ。平間も何度かいいドリブルを見せていましたが、はっきり言って持ちすぎ、でしょうね。監督の采配については、曽田をFWに上げるのをもう少し早くしてもよかったかなあというのと、前の試合で得点を挙げた、新居を使ってみても面白かったのではと思います。
 要するところ、チーム戦術の意思統一の問題、でしょうね。このシステムでしばらくやってみるのがよいのではないでしょうか。攻撃は全体に散発的なのが問題かなあ、と。現状、小倉に当てて山瀬と森下が飛び出すという形を作るのがよさそうに思いますが、とにかくシュートを打たないことには。全般にゴール前で手数をかけすぎていますので、もう少しシンプルにやるべきでしょうし、思い切ってミドルから狙ってもいいのではないでしょうか。ただ、現状フリーキックからの有効な攻め手がないのはつらいですねえ。あと、次戦はGK藤ヶ谷を試してみても...と思ったら山瀬ともどもU-21代表に呼ばれているんですな。
 他方、柏はサンパイオにボールを預けて前に出られるので楽ですね。と言っても、サンパイオもそれほど出来はよくなかった感じですが。
 ちなみに、試合後のヒーローインタビューにはPKを外した後にゴールを決めた、大野が呼ばれていました。


2002.04.13(Sat.)
 川越に行ってきました。”小江戸川越”というキャッチフレーズで売り出している観光地ですが、東京からの通勤圏でもあります。まあ、川越から東京に通勤している方には申し訳ないですが、住人でない私にとっては手軽に旅行気分にひたれるところなのは確かです。
 見所は30数軒残っている蔵造りの家と、”菓子屋横丁”ですかねえ。どちらも、少々駅からは距離がありますが(というか、駅が割と旧市街から離れているということなんですが)、十分に徒歩圏内です。私には、蔵造りの建物より、その通りにあった、”ローソン”が、通りのイメージを壊さないように外装に手を加えていたのが面白かったです。
 他には、サツマイモも名産品で(これは結構有名だったと思います)、いろいろな芋菓子が販売されていましたが、それだけでは飽き足らないのか、”芋うどん”だの”芋とうふ”だのが売られていました。そのうち”芋寿司”とかが売り出されるんでしょうか。

 コンサドーレ、また負けてしまいました。やはり、さっさと監督の更迭とFWの獲得を考えるべきかなあ。開幕6試合でFWがノーゴールというのもなんともはや。小倉はポスト役として機能しているみたいですが。
 次戦は中断前最後の試合、なんとかいい形で終わって欲しいものです。


2002.03.31(Sun.)
 2002.03.15(Fri.)に帰国しました。ばたばたしていて、帰国前後は更新どころじゃありませんでしたが。いくつか書きためてはありましたけどね。

 コンサドーレ、ようやく初勝利だそうですが、オウンゴールがあったにせよ、名古屋から3点取るとはねえ。無失点というのは、やはり、3バックに戻して古川先生を投入したのが正解でしょうか。しかし、未だにFWが点を取っていないというのは、いやはや何とも。ともあれ、今年もまず目標はJ1残留です。ええ、監督が何を言おうとも。


2002.02.16(Sat.)〜02.18(Mon.)
 これが何か、と言うと、見ての通りのゴルフ場のスコア・カードですが、何やらサインが入っています。
 誰のサインかといいますと、タクシン首相のサインでして、ちょうど私がプレーしていた日に、同じゴルフ場でプレーしていました。このPinehurstというゴルフ場は、27ホールあるのですが、ちょうど、ハーフが終わって次のハーフへ移動してスタートを待っていたところ(3組ぐらいたまっていました)、首相ご一行(他に工業大臣と首相の長男と後1人)がカートでやって来て、「この後首相には用事があるので、先に通していただけないか」という話があったので、もちろん順番を譲りました。
 で、日本では考えられないくらい至近距離から首相ご一行のティーショットを見学した後、サインをもらう人が続出したので、私もサインをお願いした次第です。もちろんSPもいたのですが、せいぜい2名くらいだったでしょうか。別に制止されるということもありませんでした。ちなみに首相のティーショットは、実に見事でした。そのためでもないでしょうが、首相は非常に上機嫌で、「みんなにホールインワンを配るわけにはいかないから」なんてことを言ってました。
 なお、私のスコアについては訊かないように。もう少しまともなスコアの記載されたスコアカードにサインしてもらうべきだったとは思いますが。

 さてその後、いったん自宅へ帰ってから、パタヤへ出かけてきました。宿泊したのはRoyal Cliff Beach ResortのGrand Wingです。
 Royal Cliff Beach Resortは、宿泊棟だけで4棟、レストランは10以上という非常に大規模なリゾートです。
 Grand Wingは、中で一番新しい建物だそうですが、宿泊した部屋がエレベータの近くだったためか、エレベータのドアが開く音や人の話し声が結構部屋の中まで聞こえてきました。それを除けば、まずまずの部屋だったと思います。部屋からの眺めも左手にラン島が見え、なかなか結構でした。
 レストランもさすがに数が多い分、多彩にそろっていたという感じです。和食のカウンターもありました。
 滞在中は、理紗子の水遊びにつき合ったりしてのんびりしていましたが、ミニゴルフが3コースあるというので行ってみたところ、十分にアプローチの練習くらいはできる規模のコースでした。
 ついでのことに、理紗子にパターを持たせてみました。面白いので連続して撮影した結果(1234)です。

2002.02.03(Sun.)
 2002.01.06の宿題になっていた、バンパイン宮殿に家族で出かけてきました。
 宮殿内は広いので、バッテリー式のカートを借りて回りましたが、やはりここは絵はがきなどで見るとおり、大変にきれいですね。
 その帰途、アユタヤの帰りに目星をつけていたバンパイン駅に立ち寄ってみました。駅舎から少し離れて別な建物があったので気になっていたのですが、やはり予想通り、王室待合室でした。全てチーク材使用だそうですが、画像では物置みたいに見えてしまうのがつらいところです。


2002.01.13(Sun.)〜01.18(Fri.)
 6日間の中国韓国出張に出かけていました。中国の用務地は北京、韓国の用務地は太田(Daejeon)、北京3泊、太田1泊、ソウル1泊という行程でした。
 以下、中国と韓国に分けて簡単な印象など。多少鉄道にも乗車しましたが、”最近の鉄道旅行”に書くほどでもないので、こちらに記載しておきます。なお、この出張期間はきわめて暖かい日が続いていたそうで、準備していったセーターは結局着ないままでした。

中国
 中国と言っても北京のみです。
  • まずやたらと道が広い。道だけでなく、広場も大きい。そのため、遠近感が狂った、と言うんでしょうか、距離感が少々おかしくなりましたです。
  • 全体に広いためか超高層の建物は少ない。まあ土地がありますから当然必要ないわけですけど。
  • 街中に漢字表記があふれていますが、当然ながら簡体字です。これら簡体字には、対応する漢字をまずしばらく考えて、その後で意味がわかるものもあれば、対応する漢字すら見当もつかないものもありました。それでも、なまじある程度わかってしまうだけに、意味をとらえようとして例えば道路の案内を見てしばらく考えてしまうことも多かったので、街の風景を漠然と見るには向いていないというんでしょうか。
  • 私は社会主義国を初めて訪問したのですが、街中にはやたらとスターバックスやらマクドナルドやらが目立つし、特に社会主義国という感じはしませんでした。まあ、上海などの沿海部はもっとすごい(何が?)そうですけどね。
  • とにかく乾燥している。やたらと静電気が飛んでました。
  • 宿泊したホテルは4つ星のSci-Tech Hotel(北京賽特飯店)というところでしたが、値段も案外安かった(出張旅費で足が出なくて済んだ)し、ファシリティにはぜんぜん不満はありませんでした。ただ、最後の夜、寝入りばなに"Massage girl, young massage girl?"という電話が3度もかかってきたのはねえ(苦笑)。あとで北京駐在の職場の先輩に電話で報告したら、「やっぱりか」という反応でした。
  • 地下鉄のみはとりあえず完乗しました。一律3元で、現在の路線は環状線と東西線です。環状線と東西線は復興門と建安門で交差しており、乗り換え可能です。東西線は東の終点の一つ手前の四恵東(Sihui Dong)から四恵までは地上区間でしたが、他は地下、環状線は全線地下でした。

韓国

  • 新しいソウル国際空港(仁川にあります)から太田までは車で移動。かなり遠かったです。
  • 太田は温泉で有名なところでもあるようで、宿泊したYousung Hotelには地下に公衆浴場もありました。ホテル到着が遅く営業が終わってましたので試せませんでしたけど。
  • そのホテルの周囲は、なんか東京近郊の私鉄駅前のようで、100万都市とはあまり思えませんでした。飲食店のネオンが緑やら赤やらできらびやかだったというのも何ともはや。
  • 用務中の雑談で、韓国の方から「日本のリセッションは、裏にヤクザがいるからであり、政治家とヤクザが深く結びついているからと聞いたが、事実か?」なんて聞かれましたが、こういった場合どう反応するのが正しいんでしょうかねえ?「実はそうなんだ」とでも言えばよかったかな?
  • 太田からソウルまでは特急セマウル号(48号:太田18:16発、ソウル着19:58)を利用しました。用務で外国の鉄道に長距離(ちなみに166.8km)乗車したというのはたぶん初めてかな?夜でしたので全く景色は楽しめませんでしたが。太田ーソウル間はムグンファ号も含め、毎時4本(各2本)走っているのですが、いやあかなりの乗車率でした。乗車したのは特室ですが、シートの手すり部分に飲み物の缶が置けるようになっていたのは面白かったです。あと、飲み物などのワゴンサービスがありましたが、これは特室のみのサービスかも知れません。
  • ソウル到着は20:00(列車が2分遅れた)、ホテルを出たのが翌朝7:30。結局、ソウルの昼間の様子がどうなのかはよくわかりません。
  • ただ、ソウルに限らず雰囲気は全体に日本に少し似ている、という感じでしょうか。コンビニエンスストアでおにぎり売っていたりね。ただ、ソウル駐在の職場の先輩の話では、「これは最近になってから」という話でしたけど。
  • 太田でもソウルでも、ホテルではNHKのBS1とBS2が放送されていました。電波が入っても不思議じゃないし(事実入るそうです)、また、ソウルではケーブルテレビで配信しているんだそうです。さらに、「昨年だか、NHKの人が来て、ケーブルTV会社と放映権料の話をしていったらしい」ってことを聞きましたけど、よく考えたらNHKの海外放送はNHKワールドかNHKワールドプレミアムでなければおかしいわけで、これら本来の海外放送ではスポーツニュースなど、「放映権の都合で放送できません」ってのが多いはずなんですがね。どうなっているんでしょうか。


2002.01.06(Sun.)
 家族でアユタヤに出かけてきました。もう少しかかるかと思いましたが、車でちょうど1時間くらい、まあ適度なドライブといえます。
 寺院を全部見て回る気はなかったので、有名どころに絞って、理紗子が飽きない程度にしようということで、まずはWat Phra Si Sanphet、ついでWat Phra Mahathatに立ち寄りました。前者にはアユタヤの象徴のような、破壊を免れた3つのチェディ(仏塔)が、後者には木の根に埋まった仏像があります。バンコクの有名寺院ほど人もいませんし、芝生の場所も多く広々としているためか、理紗子にとっては公園のようなものなのか、そんなに機嫌が悪くなるという感じでもありませんでした。
 もっとも、理紗子は帰路の車の中で寝てしまい、帰りに立ち寄る予定のバンパイン宮殿はまた今度、ということになりましたけど。


2002.01.03(Thu.)
 明けましておめでとうございます。年末年始とマレーシアに出かけていました。
 内容はこちらです。

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