社会復帰と食生活
社会復帰後、早くも2ヶ月近くとなりました。
社会復帰と食生活というタイトルですが、食事の摂り方を中心に書いてみたいと思います。主なイベントとしては、
7月15日(術後42日):復帰初日
8月3日(術後61日):初の外出
8月17日:昼をはさんでの初外出
8月18日:長い会議のある初外出
8月25日〜27日:宿泊出張(社内研修)がありました。
<復帰ゼロ日(7月14日、術後41日)>
病理診断結果を聞きに行った後、帰る途中にある自分の職場に顔を出しました。職場では予告よりも1日早く現れたので、少し戸惑った人もいるようでした。
「明日から出てきますのでよろしくお願いします。」
顔を合わせたみんなに、そして特に丁寧に挨拶をしておく必要のある方にそのように挨拶をしました。反応は
「あれ、もう大丈夫なの。」「ちょっと痩せましたね。」「元気そうだね。」「無理しないで下さいね。」
など様々でしたが、全体としては暖かく迎えてくれました。ただ、腫れ物に触るように、といった感触があったことは否めません。<復帰初日(7月15日、術後42日)>
会社の勤務時間は9時30分〜17時30分が標準勤務時間になっています。夜型の会社なので、朝9時に行ってもまだほとんど人はいません。そこで次のような食事プランを立てていました。
1)7時:朝食(和食)
2)9時:中間食(パン食)+牛乳
3)12時:昼食(パン食)+牛乳
4)15時:中間食(パン食)+牛乳
5)19時:夕食(和食)お弁当として持っていくのは2),3),4)のパン食の部分です。また夕方お腹がすいた時のために、「バランスパワー」というカロリーメイトと同じタイプの「総合栄養食」を持っていきました。幸い初日は計画通りに食事をすることができました。2),3),4)の会社での食事の時に牛乳と書きましたが、これはコンビニで500mlの牛乳パックを買って3回に分けて飲んでいるため、このように記述しました。手術をする前は500mlの飲料なんてあっという間に飲み干していましたが、やはり今はそうも行きません。
ちなみにこの3回のパン食の標準的なメニューは、
1)延べ4枚の食パンによるサンドイッチ(6枚切り食パンの2方向の耳を取ったもの)
2)おかず(小さな弁当箱に二段に分けて午後2回で食べる)
3)デザート(主にフルーツ)
です。おかずは徐々に増えています。さて話を元に戻して復帰初日は、机の周りの溜まった書類を処理することで始まりました。と言っても回答を至急要するようなものは会社から来た電子メールを家で処理していたので、特に慌ててすることはなく、いくつかの書類とあまり意味のないダイレクトメールの整理をしました。次に会社の医務室へ挨拶(前の項参照)。そして会社に居たグループのメンバーから業務のヒアリング。けれどもやはり、仕事をしているぞ、という感覚はありませんでした。
夕方、早速復帰祝いを会社の一室でしてくれました。でもこちらはほとんど「飲めず食えず」の状態でした。みんなが飲んでいたスパークリングワイン、おいしそうでした。
<8月3日(術後61日):初の外出>
しばらくは、あまり仕事らしい仕事がありません。入院前に手がけていた、「あれば便利だね」と言ったちょっとした仕事をしばらく片付けていました。
そうこうしていると、顧客先で打ち合わせをしてほしい、というリクエストが営業部門から来ました。ようやく仕事らしいことが少しできそうです。顧客との打ち合わせは午後から。早めに昼食を取り、他の業者と一緒にまず打ち合わせ。客先へ入りさらに打ち合わせ。会社を出るのは12時半、帰社するのは5時といったところでしょうか。そうすると昼食は取れますが、いつも午後3時ごろに食べている中間食をとっている時間がありません。しかたありません。この日は会社に戻ってきて、大慌てで遅い昼食をとりました。確かに腹は減りましたが、まあとりあえず一つの関門を突破したかな、という感じです。
<8月17日(術後75日):昼をはさんでの初外出>
お盆休みの時期も休みを取らず、会社に出ていました。それほど忙しいわけではなかったのですが、なんか休みを取り損ねてしまいました。食事の方は少しおかずの摂り方が変わってきて、昼にまとめておかずを食べ、3時ごろ食べていたパン食は5時ごろ食べるようになってきました。
お盆休みあけ早々の8月17日、昼1時に客先アポという案件を営業部門が持ってきました。この客先までは最低1時間はかかります。せめて1時半のアポであれば会社で昼を食べて出ることもできるのですが。
そうするとどう考えても、顧客先の近くで食事を摂るか、電車の社内で摂るかのどちらかしかなさそうです。けれども先方の会社の近くには公園のような場所は思い浮かびません。これまた仕方がないので、電車の中で食事をとることに決めました。この電車、阪急宝塚線という私鉄電車で、急行も走っていますがすべてベンチシートで、弁当を広げている人なんて皆無です。ただ日中の下り電車だったので、車内はがらがらです。車両の端のところに陣取りまわりの目を気にすることはやめて、20分くらいの移動車中で食事をとりました。
こうなってくると次第に怖いものはなくなってきます。この後次第にJR神戸線(正確には山陽線)で外出する機会が増えてきているのですが、もう何度もこの電車の中で食事をとっています。(関東の人にはピンとこないかもしれませんので補足すると、ちょうど横須賀線で川崎−大船間で食事をしているような感じです。昔だったらともかく、通勤電車になった現在、そんな人はほとんどいませんよね。)<8月25日〜27日(術後83〜85日:宿泊出張(社内研修)>
退院前後に社内研修があることを知りました。本社・東京での研修で、2泊3日の研修です。内容も自分に適当だし、会社に復帰して1ヶ月を超えているのでそろそろ遠出の訓練も必要かと思い、申し込んでおきました。幸い両親の家が横浜市内にあり、多少遠いのですが数日間であればそこから通うことも可能なので、2泊とも泊めてもらうことにしました。そしていよいよその日がやってきました。
8月25日
朝5時起床。朝食。
6時自宅出発、新幹線乗車。
小田原通過くらいで中間食(いつものパン食)。
10時、東京本社で研修開始。
12時半、昼休み。近くの公園で一人昼食(いつものパン食)。
16時、休憩時間に中間食(いつものパン食)。
21時、両親宅着。慌てて夕食。8月26日
6時半起床。朝食。
7時半出発。
9時会社着。中間食(コンビニのサンドイッチ+200ml牛乳)。
10時、東京本社で研修開始。
12時半、昼休み。近くの公園で一人昼食(コンビニサンド+コンビニおかず+200ml牛乳)。
16時、休憩時間に中間食(コンビニサンド)。
21時、両親宅着。夕食8月27日
6時半起床。朝食。
7時半出発。
9時会社着。中間食(コンビニのサンドイッチ+200ml牛乳)。
10時、東京本社で研修開始。
12時半、昼休み。会社の食堂の隅で一人昼食(コンビニサンド+コンビニおかず+200ml牛乳)。途中知り合いが来て一緒に食事。
16時、休憩時間に中間食(コンビニサンド)。
20時、新幹線の中で夕食(コンビニサンド+コンビニおかず+200ml牛乳)というわけで、サンドイッチばっかりの生活になってしまいました。おにぎりでもよいのでしょうが、弁当は小分けができないのと揚げ物が多く何が入っているのか判らないのでやめておきました。
とりあえず無事に研修は乗り切りましたが、昼食は皆外に食べに行ってしまい自分はほとんど一人で食べざるを得ず結構孤独な感じでした。公園ではキャッチボールをしている人をぼんやりと見ていました。普段自分のオフィスでは自席で食事しているので結構ごまかせるのですが、身を置く場がないと一層孤独を感じます。母親が気を使ってくれたこともあり、両親宅での食事はまあまあでした。手術後自宅では家内がご飯よりもおかずの品数に重きをおいて食事を作ってくれていました。ところが両親は結婚以前の10年以上も前の私のことを思い浮かべていたため、おかずもご飯も量が多めでした。そこでおかずを中心にご飯を少なめに食べていると、「昔の4分の1も食べられないわね」と嘆いていました。
<その他いろいろ>
今本当に困っていることは特にありませんが、2つ少し不便に思っていることがあります。
一つは同僚と一緒に昼食が取れないことでこれは少し不便です。今まで昼休みに下らない話をすることでコミュニケーションを取っていたのですが、これがなくなってしまうと、飲みに行くことはもちろんできないので、一層周囲との会話が減ってしまいます。
二つ目は夕方からの打ち合わせです。会社での打ち合わせを急に夕方からやろう、と言われてしまうとドキッとします。始まる前から終わりの時間が気になります。9月に入って業務も本格化してきて、とうとう一度、帰宅が午前様になってしまいました。もちろんこの時は会社近くのコンビニで食料を買い込んで、空腹にならないよう(胃に悪い負担がかからないよう)にしながら仕事をしましたが、入院前のように無理に仕事ができるとは思えなくなってきています。まあ今までが悪すぎたのかもしれませんが。(このページここまで)