無言の告白

      

 

  
   
 とある秋の日の午後、ここ上南高校の校内に絶叫が響き渡る。

「こんなの食えるかよ、クソ女!」

「何ィ〜!」

「やっ、やめてください、希理子先輩!あ、あやまれ、澤村!!」

 ……ちなみに最後のセリフは成瀬の声である。

 今日は上南高校文化祭、おなじみバスケ部は模擬店としてRPG喫茶をやっていた。今はその合間

をぬっての交替でお昼休憩を行っている最中で、いわゆるウラである調理室横の休憩用に作っていた

スペースで昼食をとっていた。

 メニューは無難といえば無難であるおにぎりと豚汁だったのだが問題はその作り手で、そのいっさ

いを希理子が一人で行っていた。

 皆希理子怖さに文句など言えずに顔を思いっきりしかめながら拷問ともいえるその料理を呑み下し

ていたのだが澤村だけは真正面から希理子の料理にケチをつけた。

「イモには火は通っちゃいねぇは大根には皮が付いたまんまだわ、こんなの豚汁じゃねぇぞ!ネコの

残飯の方がまだマシってなもんだ!それにおにぎりは岩みてぇに硬てぇし、塩が固まりでくっついて

たり、とにかくこんなモン人間の喰うモンじゃねえぞ!」

 遠慮も何もないその言葉はまさに希理子の逆鱗に触れた。

「ウルサイ!!」

 ガシュッ──────。

 希理子の雄叫びと共に銀色の物体が空を横切っていった。クイっと顔を傾けた澤村の顔数センチ横

を通り過ぎたそれは1メートル後方の壁に垂直に突き刺さった。

「……きっ、希理子…さん……?」

 側にいて2人のやり取りをハラハラしながら見ていた成瀬が冷や汗をだらだら流しながら2つ年上

の先輩の方をうかがう。そして零コンマ一秒足らずの時間でそのことを後悔する。

 うかがい見た希理子の表情はまさに般若そのもので、その手にはしっかりと出刃包丁が握られてい

た。

「その減らず口一生きけないようにしてやる!!」

 そう言いながら澤村を追い掛けまわし始めたのである。

 ちなみに先ほど希理子が投げ付けた壁に刺さったままの銀色の物体はいわゆる菜きり包丁で、澤村

が首をクイッと傾けなければまさに澤村の顔ど真ん中に突き刺さっていたはずだ。

 希理子が怒りのあまり我を忘れて誰かを追い掛けまわしたり、物を投げ付けたりするのはいつもの

ことであるが、いかんせん今日の得物は度がすぎている。本人ら同士だけが怪我をするならともかく

なのだが、巻き込まれる周囲は迷惑ではすまされない、……というか迷惑どころの騒ぎではない。

「あっ、あやまれ澤村!!希理子先輩もそんな物騒なモノ仕舞って!!」

 成瀬の絶叫が周囲に響き渡る。だがこの希理子の暴走を止められる人間などドコにもいない。かろ

うじて可能性がある桜井や馬呉などは休憩をとって他の模擬店を見に行っている最中である。

 このままではまさに流血の惨事が目前である。成瀬の脳裏にはすでに三面記事の見出しである『血

塗られた文化祭、17歳の少女の兇行』とか、その横に被害者である澤村の写真とか未成年犯罪者で

あるがゆえに目もとを黒く覆われた希理子の写真などまでがグルグルと周りはじめていた。

「ちっ、逃げやがって……」

 だが成瀬がそんな想像、別名『妄想』に耽っている間に事態は収束したようでこの場から澤村はと

っとと姿を消していた。その場に残された希理子が心底悔しそうに出刃包丁を研いでいる。

「ああ、よかった……」

 思わず成瀬は大きなため息をついたのだがその行為が希理子の気に触った。

「何ィ?!」

 出刃包丁を研いでいる手を止め、希理子が成瀬を睨み付ける。その視線の鋭さに成瀬はまさにヘビ

に睨まれたカエルよろしくぶるぶると震え出す。

 だがとにかく尊敬する…とは言いがたいが、同じ部活の先輩に親友を殺されるわけにはいかないの

でこの隙に希理子に取りなしておこうと考え直す。

「あっ、あの希理子さん……?」

「ぅんっ?!」

 まさにイライラ、爆発寸前のその返事に怯えながらも成瀬は懸命に口を開く。

「さ、澤村、口は悪いけど悪気はないっていうか、……その希理子さんならもっと上手く作れるよう

になると思ってるから言ってると思うっていうか……」

 要領が得ない。

「と、とにかく澤村のこと許してやって下さい」

 成瀬はそう言うと思いっきり、それこそ90度に頭を下げた。

「───────」

 だが希理子の返事はない。

「………あの………」

「───────」

 だがやはり返事はない。

「……希理子……さん……?」

 思わず目を見開く。

 思いきって顔をあげてみると怒っていると思っていた希理子の顔がどことなく優しげにほころんで

いた。

「────わかってる」

 希理子の口から漏れたその優しい響きに成瀬はますます唖然とする。

「何だかんだいってアイツだけなんだよね」

 そんな様子の成瀬にそう言いながら希理子は休憩用に設えられていた小さなテーブルを指し示す。

「文句言いながらも全部食べてくれるのは───さ」

 希理子が示したその先には残さず空になっている皿と器が残されていた。他にも幾つかの食器が残

されているがまさにネコのおすそわけのように残されていたり、それこそ一口手をつけただけの物も

あった。だが澤村の座っていた後に残されている器は綺麗に空になっている。

「ホント、バカな男だよね、澤村って男はさ」

 希理子はそう小さく笑いながらその澤村が使っていた食器を持ち上げる。

「こんな『無言の告白』するんじゃなくて、直接言葉にしてくれたならあたしも『直接』してやるの

にさ」

 そう言うと成瀬の目の前でチュッと澤村が口をつけたであろうその豚汁用の器に口付けた。

「──────えっ?」

 数瞬の空白。希理子の言葉、行動が正しく理解されるまでそれだけの時間を要した。

「〜〜〜〜あ、あの、それって……」

 思わず顔が真っ赤になる。もしかしたら、もしかして、もしかしなくても、もしかしまくらなくっ

ても───わけの判らない語列が頭の中を駆け巡るがおそらく行き着いた想像は大きく外れてはいま

い。

「フフフ」

 希理子は面白そうに笑うとくるりと身を翻した。

 そしてしきりに使ってある黒い天幕の側に立つと成瀬にむかってしたり顔でニコリと笑った。

「成瀬クン、女はね、態度だけじゃなくて言葉も欲しい生き物なんだってこと、ちゃんとオトモダチ

に『伝えて』あげなさい。───でないと後悔するって、ね」

 そう言うとすっとつま先だちするように背伸びをし、天幕に向かって口付けて見せた。そしてもう

一度ニコリと笑うとそのまま廊下に出ていってしまう。

「──────えっ?」

 成瀬は再び唖然とする。

 やけに希理子の言葉が引っ掛かった。

「もしか…して……」

 希理子が口付けて見せた天幕の辺りだけやけにひだの間隔が大きかった。それに向こうには何もな

いはずなのに希理子が誰かにキスする『フリ』をしてみせたその場所は、希理子がもたれ掛かっても

傾ぎも揺らぎもしなかった。まるでそこに『何か』が存在しているかのように────。

 成瀬はそっとその場に近づき、そっとその場の天幕をめくってみる。

「・・・・・・・」

 想像通りの結果がそこに待ち受けていた。思わず目が合ってしまったその『何か』は珍しいほど顔

を真っ赤にしながら、バツが悪そうに成瀬から視線をそらした。

「……前途多難だね……」

 縁起の悪い言葉だと言ったすぐあとに気が付いたが、これ以上適切な言葉は見当たらなかった。そ

して『何か』もそのことは同様に感じているようで苦笑しながら肩をすくめる。

「────“just walk in the Park”」

「えっ?」

 『何か』から漏れた言葉に成瀬は目を見開く。

「なるようにしかならない、そんなもんだろ?」

 いっけん投げやりないい加減な言葉──しかし成瀬は知っている。ここにいる『何か』が口にする

その言葉には意味がある。中途半端で終わらせない、強い決意があることを他の誰より知っている。

「きっとなんとかなるよ」

 だからそう言って笑う。それに対して『何か』は軽く手をあげると背を向けて希理子が去っていっ

た方に向かって歩き出す。

「じゃ、行ってくるわ、あとよろしく」

「えっ?」

 突然のその言葉に成瀬は目を丸くする。

「だって『直接』したらちゃんと応えてくれるんだろ?だったらさっさと貰ってくらぁ」

 そう言ってニヤリと笑う。

「もしかしたら『食後の運動』までつきあってもらうかもしんねぇから遅くなるかもな」

「───はぁ?」

 だがその意味が理解出来ない成瀬を置いて『何か』はそのまま出ていってしまう。その時に『何

か』が見せた自分をからかう、だけど確かに微かに熱を帯びていた視線が妙に気にかかる。

 『直接』したら応えてくれる?貰ってくる───何を?それに『食後の運動』って───。

「あ〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 思わず顔が真っ赤になる。発してしまった絶叫が辺り一面にこだまする。

 

 その後のことはまた別のお話()。

   

    

                                  FIN
                                 

  
  

 

        

 どうも私は文化祭ネタが大好きなようです……というか、ハッキリいって大好きです。
 もともと文化部出身のため、運動部系のノリがわからないというのもあって、文化祭に親しみがあるんです。まさにまったく見知った、日常的な空間が非日常に満たされるあの雰囲気。う〜ん、好き(笑)
 ちなみに文中の“just waik in the Park”はわかっておられるとは思いますが、意味は『なるようになる』ではありません。『気軽にいこうぜ、気軽によ』ってな感じが一番妥当だと思います。そしてまた別のお話に続くんでありんすね(笑)

                         2001/5/25   日向 葵




 連載開始直前企画の3作品のなかで一番『小説』になってると思ってる作品です。何気ない澤村の優しさとか、その不器用な愛情表現とか、そんな読んでもらった後にほのぼのしてもらえたらな、と思ってかいたような……。気付かれた方は気付かれたでしょうが、この作品には『続き』があります。でも『続き』といっても厳密には続いてなくて、このシチュエーションだけ同じです。このページからリンクしてますので探してみてやって下さい。毛色(くすっ)が微妙に違うのですぐにわかると思いますよ  <2001/7/5>

   

    

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