With more happiness

      

 

  
   
「─────まだいいだろ?」

「ダメだってば………ん…あっ……」

 文化祭の喧噪ににぎわう校舎とは裏腹に静まり返った運動部長屋、その一室で2人は何度目とも知

れぬ口付けをかわしあう。

 口唇と口唇の間でたてられるその水音に希理子は恥ずかしそうに目をそらし、その初々しい様子に

年下の、たった今想いをかわしあったばかりの恋人澤村はますます熱を高ぶらせ、その甘い口唇を貪

る。

「もうダメだったら!」

 更に深く貪るために角度を変えようとして口唇が離されたその隙に希理子は無理矢理自分からその

恋人を引き剥がした。

「そろそろ戻ンなきゃ、とっくに休憩時間終わってるよ」

 そう言いながら希理子は自分の着ている衣服をただす。 今、希理子は部でやっているコスプレ喫茶

店での衣装としてお手製の魔女の衣装を身につけている。

「あん、もうグチャグチャ!」

 希理子は大部分はテレ隠しだがほんの少しだけ苛立たしさを織りまぜた乱暴な口調で、肩から背

中、そして膝の辺りまでを隠す長さのマントを引っ張った。だが完全にしわの入ってしまったそのマ

ントは元の形には戻ろうとしない。

「あんたが乱暴にするから!!」

 希理子の怒りの言葉に澤村はそしらぬ顔で言い返す。

「何も俺だけのせいじゃねぇだろ?あんただってちゃんと『応えて』くれたじゃねぇか?」

「なっ……」

 その言葉に希理子の顔は真っ赤になる。だが次の瞬間には拳を握って憤然と立ち向かう。

「語弊のうまれるような言い方すんじゃないよ!何にもしてないだろ、何も!!」

 だがやはり澤村は澄ました顔で、独り興奮している希理子を見てニヤついている。

「へぇ?たっぷり1時間はキスしておいて、それで何にもないって言い張るんだ?やっぱヤっときゃ

よかったか?」

「!!」

 希理子はその言葉に完全にぶちぎれてしまい、言い返す気力も恥ずかしさにやられてそっぽを向い

た。

 澤村の言葉が指すとおり、2人はただキスをし続けていただけだった。

 希理子が自分の想いに気付いており、また希理子も自分に想いを寄せてくれていて、自分の告白を

待っているのだと知った澤村はすぐさま希理子を追い掛けてその想いを打ち明けた。

 これまで全く、そしてこれからもほとんど素直になれないであろうお互いはその想いを確認しあう

ようにただ互いの身体を抱きしめ、その口唇を重ねあった。

 ついばむように、確認するように、貪るように、奪うように、口唇を重ねあい、その腕で互いが確

かに互いに触れあう権利と資格を得たのだと確認しあった。その間、どれほど幸福だったことか。確

かに『1時間も』だが『1時間でも』足りないほど心も身体も互いの熱を、存在を求めている。

「出てってよ!着替えるから」

 完全にしてやられた悔しさを紛らわすように、希理子は部室に置いてあった自分のカバンの中から

真っ白な衣装を取り出した。

「それは?」

 そう言いながらも澤村にはその衣装が何の衣装か検討がついていた。

「『天使』の衣装だよ。あたしには似合いだろ?」

 澤村の予想通りの答えを口にしながら、希理子はするりと羽織っていたマントを脱いだ。下に着て

いた衣装がノンスリーブのため、むき出しの肩がさらされ、その白い肌の上に対照的なほど真っ黒な

美しい黒髪がハラリと散る。

「さあさ、さっさと出てってよ、きが────!!」

 着替えるから───、そう言おうとしていたのだが続きの言葉を思わずのみ込む。

「───手伝ってやるよ、脱ぐのも、着せるのも」

 その言葉は希理子のすぐ間近、むき出しの背中の上で響いた。

「さっ、澤村?!」

 後ろから抱きしめる形で施されたその抱擁に希理子は驚きのあまり固まってしまう。いつもの希理

子なら即座に殴りとばしていたのであろうが、さすがにたった今想いを重ね合わせたばかりで、しか

も自分のそれと重なりあっていた口唇が優しく肌をなぞる感覚が希理子の中の女の部分を確かに刺激

し、そうする行為に移れない。

「は、離して、バカ!」

 しっかりと自分の身体にまわされた手をほどこうと澤村の手を剥がしにかかるのだが、まったくび

くともしない。だがかといって自分を抱き締める腕がきついわけではない。その腕の中で身じろぎ

し、向きをかえられるほどの余裕はある。なのに澤村の手は外れない。自分を掴まえたまま離さな

い。

 それゆえに本当は自分は逃げ出したいのか、それとも逃げ出したくないからこの腕を外せないの

か、希理子は自分自身の気持ちが判らなくなって、向きを変えたせいで膝をつき自分の胸元に顔を埋

めている澤村の方に視線を降ろす。

「───これ以上何もしない。お前が逃げないっていうのなら、絶対これ以上何もしない」

 澤村はそう言うとおろおろと視線を彷徨わせている希理子に向かって顔をあげた。

「だけど『逃げる』っていうのなら、イヤだっていうのならお前を犯す───ダメか?」

 その言葉に息を呑む。

「……ダ、ダメかって……」

 思わず視線をそらす。カッと頬が赤く染まり、自分の心臓が身勝手なほど踊り出す。

「ダメか?」

 繰り返された言葉に希理子は逆らえない。

「───うん」

 肯定の意味ではなく否定の意味で希理子は小さく頷く。それに澤村は小さく微笑むと希理子の背に

まわしていた手をファスナーに添わせた。

「!!──────」

 するするとした衣擦れの音が2人だけの密室に響き渡る。

 希理子はあまりの恥ずかしさにぎゅっと目を閉じていたのだが、澤村の視線が自分のすべてをトレ

ースするかのように見つめているのがわかった。その視線のあまりの純粋さに希理子は身動き一つで

きない。

 『───ダメか?』、そう言って自分を見上げて来た澤村の瞳は何かに怯えていた。脅迫の言葉を

口にしながらも何かに怯えていた。

 その正体をおそらく希理子は知っている。───それは澤村の中だけでなく自分の中にも確かに存

在しているから。

「───ほら、『完成』」 

 ぎゅっと目を閉じている間に希理子の着替えは完了していた。澤村は希理子に対して宣言したとお

り着替えさせただけでそれ以上の行為を強いてはこなかった。

 目を開けた希理子の前にはいつもと変わらぬ澤村が居て、希理子は小さく息をついた。

「行くぞ」

 そっと差し出された手に希理子は一瞬目を見開き、ためらいがちにその手を重ねる。その重ねあっ

た指先がどちらからともなくからめられ、決して離れぬように強く結び付けられる。

「───今日、ウチに泊まりに来いよな」

 前方を行く澤村の声が確かに希理子の耳をうった。

「こんなんじゃ全然足りねぇだろ?」

 その言葉に希理子は目を白黒させる。

 あからさまな誘いの言葉。たった1時間ほど前に恋人同士になったばかりの間でかわすにはあまり

に露骨な誘いの言葉。だけど解るから───その言葉の意味が解るから。

 確かにカラダの欲求がないわけじゃない───男として、女として、それを望んでいないわけでは

ない。だけど本当に欲しいのはそれじゃない、本当に欲しいものはそんなモノではない。

 ただ信じられないから、互いの手に入れた物があまりにも幸福すぎて本当なのか信じられないか

ら、手で触って、心で触れて、身体を重ねて、溶かしあって、そんな風にして確認しあいたいだけ─

──。

「───美味しいゴハン、食べさせてよね」

 それが分かっているから余計に恥ずかしくて素直にうんと言えない。

 そんな気持ちのこもった返事に澤村は微かに笑うと同じく軽口で言い返してくる。

「今日のメインディッシュは『お前』だろ?」

「バカ!」

 つないだ手とは反対側の手で思いっきり殴りつける。それをかわしながら澤村は笑う。

 似たもの同士だと心から思う。絶対にそんな言葉は口に出来ないけど自分と澤村はイヤと言うほど

似ていると心から思う。

 ただ幸福で、幸福で───たぶんこうしているだけで一生幸福なのだと思う。他の誰に理解されな

くても独りでいる寂しさをイヤと言うほど知っている自分達だから2人になれた幸福を互いに一生手

放せない。

「愛してるんだからね!」

 強引を装いながらも本当は優しい手をしている澤村の背中に希理子はそう言ってやる。その背中が

びくりと震え、一瞬で首筋まで真っ赤になる。

「何ぬかしてやがるんだ、てめぇは!!」

 案の定、返ってきたのは乱暴な反発で希理子は思わず笑う。何だか嬉しくて、嬉しくて、笑いたく

て仕方がない。

 次はきっと聞こえないような小さな声で同意の言葉をつぶやくはず───希理子はそれを予想して

うきうきとした気持ちで澤村の次の反応を待つ。

 だが返ってきたのは予定外───まったく予想外の反応に希理子はすっかりしてやられる。

「俺もだ、愛してるぞ」

 くるりと振り返った澤村の顔がばっと近づいてきて、希理子の鼻の頭をぺロリと嘗めた。

「!!!!!!!!!!」

 思わず後ずさって身構える。恥ずかしくて、恥ずかしくて、そして何より悔しくて全身の血がカッ

と上り詰める。

「やりやがったね、コンチクショウ!!」

 拳を振り上げ澤村を殴り掛かる。

「ハハッ」

 してやったりといった表情で澤村は次々とくり出されてくる希理子の攻撃をかわしながら高らかに

笑う。

 こんな日常が嬉しくて、嬉しくて、泣きたいくらい嬉しくて、あまのじゃくな自分達は思わず笑

う。

「覚えてろ!!」

 なんでこんなこと言ってるのかわからない。ただただ幸福で、幸福で──────。
   

    

                                  FIN
                                 

  
  

 

        

 ははははは、『隠し』小説です。この存在に気付かれた方は相当な通でございますな。
 この作品は読んでいただければお判りいただけたであろうように『無言の告白』の続編です。でも内容はまったくつながってません、ただシチュエーションが同じなだけ。
 私の中で澤村と希理子は恋愛というか人と深く付き合うことに臆病な人種として出来上がっています。それゆえにいったん誰かを愛したり、その人と想いを通わせられたなら一時も離れられなくなってしまうほど、端から見ればおかしいんじゃないかと思われてしまうほど、その幸福が本当に自分のものか再確認せずにいられない人種として存在しています。
 ちなみにタイトルはどうしても思い付かなくて適当につけました。こんな適当な物をつける為に1時間以上も悩み続けた私っていったい……。

                         2001/5/26   日向 葵


↑上でしっかりたっぷり作品解説してるので書くことなし。ただ意識して韻を踏んだ音楽のような言葉の流れを目指して書いたのを覚えてます。その所為で何となく文章が不安定。う〜ん、まだまだ勉強が足りません。                                 <2001/7/5>

   

    

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