体育館の端っこ、いつもの希理子の指定席に千葉県にあるくせに『東京』と偽証しているアトラク
ションパークのメインキャラクターである人型ネズミが鎮座ましましていた。その大きさたるやまさ
に等身大、小学校2、3年生の子供とかわらぬほどの巨大なものである。
「我が部の新しいマネージャーだ。大人しいし静かだし、お前よりよっぽど役にたつ───!!」
もちろん冗談のつもりで言った言葉だったのだろうが、そう言った意味での冗談をまったく通用さ
せるつもりのない希理子は容赦なく馬呉に『ガキッ』という、10メートルは離れていても聞こえる
程の音を発せさせるほどの激しい攻撃を仕掛けていた。
「で、本当は誰がこんなもの持ってきたんだい?」
「俺だ」
希理子のその質問に名乗りをあげたのは桜井だった。
「あんたが?」
つかつかと歩み寄ってくる桜井をしげしげ見ながら、希理子は驚きと同時に納得の色をみせた。
「まさか『添い寝』してもらってる人形を寂しいからって持ってきたんじゃなかろうね?」
「おいおい」
もちろん冗談だとはわかっているが希理子のその言い様に苦笑した。
「昨日さ、お祖母様が来て俺にってくれたんだよ。お祖母様にとって俺はいつまでたっても5つか6
つの子供らしいんだ」
その言葉に希理子はすかさず突っ込みをいれた。
「まあ、皆さんお聞きになられました?!『お祖母様』ですって、『お祖母様』!」
庶民な希理子やその他大勢の耳にはあまりに聞き慣れないその言葉は当然のごとく希理子のからか
いの対象になった。
「で、おぼっちゃま、どうしてそのお祖母様からの大切な贈り物をこんなむさ苦しいところに持って
おいでになられましたの?」
かなりノリノリのその言葉に普通の人間ならむっとするだろうがもうすでに慣れっこな桜井は平然
と返答してみせた。
「いやね、もうコイツで5匹目なんだ。さすがの俺ももうどうしていいかわからなくてね、それだっ
たらいっそ最近みんなインターハイ直前でぴりぴりしはじめてきてるから和むかな、と思ってもって
きたんだ」
あまりにあっさりと、普通の人間の感覚ではとても出てこないその返答に、やはり普通の感性では
ない希理子は納得した───とりあえず『ブツ』はともかく理由としては。
「で、どうするのさ?こんなにデカいのおいとく場所ないよ。持って帰るのかい?」
希理子の言うとおり、そうでなくても手狭な部室にこんなにデカいしろものを置いておく空間はな
い。
「そうだな───誰か欲しいっていう人間がいたらあげようと思ったんだけど、いるわけないか」
男しかいない部内で希望者を求める方が余程おかしいということだけはさすがの桜井も気がついて
いたらしい。仕方なくせっかく持ってきたのだが、折り返し持って帰る覚悟を決めようとしていたそ
の時、それに対して希理子が名乗りをあげた。
「じゃさ、あたしが貰っていい?」
「希理子が?」
「うん」
まさかの申し出に驚いた桜井に対して希理子はこう説明した。
「ちょうど大海が───あっ、あたしの甥っこね、こういうのだっこしてネンネする年頃でさ、きっ
と気に入ると思うんだ。姉ちゃんもけっこうこういうの好きだし」
「そりゃもちろんいいけど」
「ホント?!やった、ラッキー」
桜井からのOKサインに希理子は手を叩いて喜んだ。
「ならさ、どうせならアフターフォローもしてくんない?」
「『アフターフォロー』?」
「うん」
希理子からの言葉に疑問符を浮かべた桜井に対して希理子は当然のように要求した。
「あたしの家まで運んでよ。この暑い時にこんな暑苦しい人形だっこして家まで帰りたくない」
「暑苦しいって───」
思わず絶句しかけた桜井に希理子はすかさず言葉を重ねた。
「そのかわりに今晩ウチで晩飯奢るからさ。今日姉ちゃん帰ってきてるはずだから旨い晩飯にありつ
けるはずだよ」
そう言って有無を言わせぬようにケイタイで家に電話をかけてしまった。
「あっ、姉ちゃん?今日ね、桜井から大海にいいもの貰ったんだ。だからそのお礼に晩飯奢るって家
に招待したから、桜井の分もご飯用意しといてよ。『了解』、うん、わかった、ありがと、じゃね」
所用時間約1分、本人の意思確認もなしに本日の桜井の御予定は決定していた。
「ね、いいだろ?」
「ああ」
もうここまで決定されていて断れるはずもない。桜井は困惑のまま渋々頷いた。
「やったぁ、大海喜ぶだろうなぁ」
子供嫌いと言いつつ、自分の甥っこにべらぼうに甘い希理子は満面の笑みで喜んでいる。その様子
に桜井は幸せな気分になった。
「まだつき合ってもいないのに、いきなり家族と御対面か───」
「えっ?」
ぼそりと呟いた桜井の言葉は希理子の耳には届いてはいなかった。
「ううん、なんでもない」
とりあえずいつものように笑って桜井はごまかした。
大きなネズミがもたらした幸運はネズミの大きさと比例してそれなりに大きかったようである。
Fin.
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