「田舎の祖母が送って来たんですよ」
そう答えたのは今川だった。
「家庭菜園で作ったそうなんですが、ぎっくり腰になって畑の手入れが出来ない間にそんなに巨大化
しちゃったそうで、食べてくれって送って来たんです」
そう言って差し出したのは長さ30センチ程、太さも5cmは猶にありそうな馬鹿デカいキュウリ
だった。
段ボール箱いっぱいに入ったそれはいかにも家庭菜園の自家製のものらしく長さはもちろんのこと
形もふぞろいで丸く螺旋を描いたりしているものもある。
「キュウリってこんなに大きくなるものなのかい?!」
その言葉に希理子は大きく目を見開いた。どうみてもニガウリとなんらかわらないこの物体がにわ
かにキュウリだとは信じがたく、こんなに巨大になるものなのか、それともそういう品種なのかわか
らなかったのだ。
「ああ、なるぜ」
そう言って口を突っ込んできたのは澤村だった。
「キュウリって結構作りやすいし巨大化しやすいんだよ。日当たりがよくて水さえ充分貰ってりゃ5
日ありゃ『これ』が『これ』になる」
「ええ!!」
そういって澤村に指し示された2本のキュウリを見比べて希理子は目を見開いた。先にしめした
『これ』がスーパーで売っているのにくらべたら1回りほど大きなものだとすれば、つぎに示された
『これ』は長さも太さもその1・5倍はあったのだ。
「ま、ここまで大きくなったら大味で全然旨味なんてないだろうけどよ。ま、キュウリはキュウリ
だ。喰えないことはないぜ」
そういう澤村の顔はいつものポーカーフェイスも忘れてにんまりほころんでいる。欲しければ好き
なだけ持ってかえっていいという今川からの有り難いお言葉に食費が浮いたとばかりにごっそりと取
り込んでいるのだ。
「ふ〜ん」
その言葉に希理子は感心したように言い頷きつつ、その澤村の取り込んだ分を覗き込む。
「で、だからあんたの選んだのは『そんなん』なんだ」
澤村はたった今、『ここまで大きくなったら大味で全然旨味なんてない』と言った。そして自分は
我先にと今川が持ってきた大量のキュウリの中から選りすぐりの『小さなもの』ばかりを選びだして
いる。他のメンバーはみんな大きなキュウリが大味だとは知らないから、『面白い』とか『珍しい』
の一念で我先にともっとも大きなものをとって帰ろうとしている中でだ。
「あんたの人間性の小ささがそのキュウリによく現れてるよ」
「何ィ!」
「いただきっ!」
「!」
澤村が希理子のその言葉に怒りをあらわにした瞬間、希理子は澤村が指し示した2本のキュウリの
うちの片方、細みのキュウリにかじり付いていた。
「お、お、お、お前はっ!」
あまりのことにさすがの澤村も言葉が出ない。何故なら希理子は澤村が掴んで示している状態のキ
ュウリにそのままでかじり付いたのだ。その為希理子がそれを噛み切る感触、さらりと揺れて腕を掠
めた長い髪の柔らかな香り、その際に見えた白く美しい滑らかなうなじ────それらのすべてが澤
村を刺激してやまなかったのだ。
だがそんなことには微塵も気付かない希理子は噛み切って手に入れたそれをもぐもぐと消化し、飲
み下すと満足とばかりに満面の笑みで笑った。
「これホント美味しい!何だかすごく、全然美味しい!自然な味がするよ」
その笑みはまさに至福の笑み───この夏の恵みをもたらした太陽と寸分違わぬほどにまぶしい全
開の笑み。
その輝きに澤村は思わずぷいと顔を背けた。
「あ、あ〜あ、残念だな。ナマで喰うのも旨いけどよ、もっと旨い喰い方いくらでもあるんだぜ」
「え!」
希理子の笑顔に見とれてごまかす為に口にした澤村のその言葉に、そんなことには気付かない希理
子は興味津々に反応した。
「キュウリ揉みとかもろキュウとか以外になんかあるの?」
料理が苦手な希理子だからというわけではないが、『キュウリ』をつかった料理は以外と思い当た
らない。
「ああ、あるぜ。中華風に辛い目の醤油漬けにしたり、組み合わせ次第だけど海鮮のいためものなん
かとか、他にもいろいろ」
「へぇ、ビール一杯やながら喰ったら美味しそう」
澤村の口から出たメニューに希理子は舌舐めずりした。
「じゃあウチくるか?」
思わずそう口にした澤村は自分の言葉に驚いた。しかし次の瞬間にはそれはとてもイイ考えのよう
に思えて、巧みにエサをまくことにした。
「今日はたまたまバイトが休みなんだよ。せっかくこんないい食材手に入ったからひさしぶりに腕を
ふるおうと思ってるんだけどよ」
「行く行く!」
希理子は嬉しそうに目を輝かせた。
「絶対行く!絶対、絶対行く!」
「だけど他の材料費半分持てよな」
案の定、希理子は澤村のまいたエサに飛びついてきた。そのことに内心ガッツポーズものだった澤
村だが、相変わらずの巧みなポーカーフェイスでうっとおしそうな様子を装っている。
だけどそんなことには気付かない希理子はちょっとだけ不満そうにぷくりと頬を膨らませて、だけ
ど澤村のその言葉を是とした。
「わかったよ、このケチ!」
相手が澤村という誰もが認める貧乏人であればたかるところであるが、基本的に人がいい希理子は
そこで付け入ったり攻め入ったりすることはしなかった。と、いうよりもお金を払ってでも美味しい
キュウリ料理を賞味してみたいという欲求の方が大きいのかもしれない。
だがこの会話を交わされているのは部員達が集まっている部室でのことである。そんな『美味しい
話』に便乗したがらない人間がいないはずがない。
我先にと部員の中では澤村の一番の親友を自負している成瀬がそれに名乗りを挙げようとした。
「じゃあ俺も……グフッ」
だがそれは適わなかった。『俺もいきたい』と言おうと成瀬に澤村がすかさず強烈なボディブロー
を喰らわせたのだ。
「ん?成瀬?」
まさに一瞬の出来事で何が起きたか見ていなかった希理子は突然じべたにうずくまっている後輩を
見て目を白黒させた。
「『何でもない』、よな、成瀬?」
澤村はまるで某藤原台在住の策士が乗り移ったかのようにニコリと笑ってそう笑っている。その目
はもちろんのこと『来るって言ったら殺す』ときっぱりはっきり書いている。
「……はい、何でもありません」
「あっ、そう?」
気分はすでに美味しいキュウリでいっぱいの希理子はそれ以上つっこんだりはしなかった。
「キュウリ、キュウリ♪」
そう言ってすでに心はここにはない。
そしてこの日の練習の後、澤村が一番美味しい想いをすることになるのだが、その日以来上南バス
ケ部では『キュウリで鯛を釣る』とか『他人のキュウリで相撲をとる』とか訳のわからない造語が流
行することになった。
ただハッキリわかっていることは釣られた『鯛』はそれなりに幸せになり、通りすがりのサルは不
幸になった、ということだけである。
Fin.
|