沖縄三昧紀行
最終回 臼井光昭
 の流れが逆だったため、1時間余りで渡る事ができる距離を倍以上掛かってハテ島まで辿り着いた。島の回りは環礁で覆われているため遠浅になっている。そのため、島に近付いていった波は大きく盛り上がり、白く泡立ちながら成長して島に打ち寄せている。白い波に近付かないように遠くからハテ島を眺め、中島とハテ島の間の水道を通って中島に上陸した。島の回りは遠浅で、カヤックが底を擦る前に舟から降りた。舟を砂浜に上げると全員で海に入り、芋が海に浮かんでいる様な頭だけ水面から出した格好で水に浮かんだ。13個の頭が水に浮かび太陽に晒されている

 全身が伸び切りリラックスした儘波に揺れていると、総ての物から解放された体から魂が抜け出し、空の上を飛び回っている様な錯覚に陥った。白い砂浜から反射する光と降り注ぐ光が、眩しすぎる空間を作り出している。山の影で食事が配給されている。オレンジ1個、ゼリー4個、ケーキ1個、サラミ1本を受け取り、夫々山の陰に入る。山は海に迫り出していて、岩が幾つかの空間に砂浜を分けている。調度日陰になったその空間に各人が入り、個室に収まって休んでいる。斜めに溜まった砂は、リクライニングシートの様に快適で、サラサラした砂は気持ちよかった。山影から目も眩むように光り輝く空間を眺める。カヤックを上げた砂浜だけ長く突き出し、障害物のない広々とした空間を作り出している。昼食の終わった人達は、個室に入り昼寝を始めている。時間は1時だ。仲村さんと数人の人達は、流木を探しに島の回りを波打ち際に沿って歩いていった。平野はハテ島と中島の間の水道を泳いでいる。島と島の間を流れる海流はかなり速く、浮かんでいるだけだとアッという間に流されてしまう。流されないように流れに逆らって泳ぎながら水中を観察する。強い流れが砂やごみを洗い流し、美しい珊瑚の群生に群がる熱帯魚が泳ぎ回っている。珊瑚の影にハナミノカサゴが2匹隠れていた。種類も数も豊富な水道を後にし、島に沿って泳いでみる。流れの少ない浅瀬が何処までも続き、流されてきた砂が珊瑚の上に積もり、何処と無く濁った海を作っている。魚の数も少なく、単調な風景を眺めながら前島に向かった。

 前島と中島の間の水道も流れが速く、透き通った海に魚たちが群がっていた。前島は、昔、人が住んでいたらしいが、今は夏場だけ人が住んでいる。そのため、今回のアイランドホッピングの目的地から外されることになった。中島から前島を眺め上陸するか迷ったが、人が住んでいると思うと興味も半減してしまい、結局、キャンプの設置された砂浜に戻る事にした。
 砂浜に戻り、サラサラの砂で出来た個室のリクライニングシートに横になると、直ぐに深い眠りに落ちてしまった。

 無の世界に飲み込まれた意識が戻り、砂の布団の上でまったりとした時を過ごす。光の空間は相変わらず輝いている。心地好い痺れを味わい、寝ぼけたままの頭で光の海を眺めた。動き出した頭が時間を気にしている。午後5時を少し回ったところだ。3時頃眠りに着いたのだから2時間ほど寝ていた事になる。他の個室が気になり覗きに行くと、平野と伊藤さんは砂の上で何やら話していた。中野さんは焚き火の側にたっている。焚き火にかけられた鍋から湯気が立ち夕食時が近いことを教えている。焚き火を取り囲む輪が少しづつ膨らみ、燃え盛る炎と池上君を中心に集まってきた人達は砂の上にしゃがみこんで薄暮の空間を漫ろな目で見入っている。海に潜って漁をしていた加藤さんが台湾サザエと岩シャコ貝を捕って戻ってきた。岩シャコ貝は岩の間に入っているシャコ貝で、なかなか捕ることは出来ないが、たまたま脆い岩だったので岩を砕いて取り出す事が出来たらしい。早速さばいて貝の刺身にした。全く臭みが無く、シャキシャキした歯応えが心地好く、適度な塩味がバランス良く調和している。初めて味わう味は、何処にでもある人工的な美味しさでは無く、自然の中に溶け込んだあっさりとした味覚を味合わせてくれた。

 夕食の準備ができると池上君が焚き火のそばに立ち、散らばっている人達に知らせてくれる。その声を聞きつけ食器を持って焚き火の回りに集まって来た人達は、各自自分の食器に盛り付けていく。今晩のメニューは、高野豆腐と台湾サザエの入ったダコ汁とライスとサラダだ。台湾サザエは10個に1個は当たるらしい。池上君は皆に説明しながら平然と汁に入れ、食べることが当たり前のように調理した。ツアーの参加者は、その動作を見ながら動揺するでも無く、当たり前の事のように眺めていた。集まった人達を眺めながら、自然の中に溶け込んだ感覚が、全ての観念と基準を変えてしまったように思えた。

 に覆われた砂浜は、オレンジ色の炎に浮かび上がり、食事を終えた人達の輪が出来上がっていた。オレンジ色に浮かび上がった人達の顔を眺めながら自己紹介が始まる。今回は学校の先生が半分、薬品会社やテレビ局の会社員などで構成されていた。みんな神奈川、東京、埼玉の出身で、隣近所に住んでいる様な親近感が沸き上がる。仲村さんがショップの表向きの代表で、池上君が毒の研究者だった。ショップの実質の社長は、我々に親切にしてくれた女の人だった。お互いの事が少し分かり、気心が通いあう。昨日より小さくなった那覇の光をハテ島に脇に見つけた。話は星の話題になり、天の川や流れ星、星座の話が中心になる。闇にちりばめられた無数の輝きを、砂に横になり会話を聞きながら眺める。見つめていた星の光が、一瞬の内に移動したように見える。個室に戻って寝ようと思ったが、闇に包まれた空間に移動することにためらいを覚え、人の温もりを感じる焚き火の側で寝ることにした。

 10時を回った頃、人の話し声の様な囁く声が聞こえてきた。耳の錯覚だろうと思ったが、少し気持ち悪くなる。寝ぼけた頭は直ぐに出来事を忘れ、闇の世界に入っていった。
 月が明かるすぎて目が開いてしまう。時間は午前2時。まだ、起きるには早すぎる。砂の感触を背中で感じながら眠りについた。

 まだ暗いうちに目が開き、星のきらめきの残る空を砂浜の感触を体全体で味わいながら眺める。昨夜の様に流れ星を見ることはないが、衰えること無く輝き続ける無数の小さな光の点を、涼しい朝の空気を感じて見つめた。
 砂浜には男達が横になり、景色の中に溶け込んでいる。水平線が赤くなり、日の出の時間を伝えていた。後ろの砂山に登り、遠く那覇の方を眺める。舌の様に突き出た砂浜の先端にカヤックが並べられ、付け根に4張りのタープやテントがバランス良く張られている。池上君が起出し焚き火を始めた。仲村さんもカヤックの近くに張られたタープから起出し、砂浜を歩き回っている。流木の様に転がっている男達を気にするでもなく、自分の時間を過ごしている。水平線から延びた雲が紅くなり、澄んだ空気に太陽の温度が伝えられると周りを取り巻く景色も目覚めを迎える。腰掛けた砂山の斜面にキャタピラーの跡が縦横無尽に付いている。ハブの這った跡かと思い恐る恐る跡を辿っていくと視界の中にオカヤドカリの姿が飛び込んできた。10メートルほどの高さの砂の斜面の至る所にヤドカリたちが転がっていた。上の方の林にはもっと多くのヤドカリが生息しているのだろう。視線を海に戻すと大きな貨物船が近くの海をゆっくりと動いていった。

 砂浜に戻り、潮が引いてむき出しになった海底を歩いていくと魚が潮溜りで飛び跳ねていた。鯊とは違うやや大ぶりの魚を追いかけ回して掴まえた。仲村さんに魚の種類を聞くと、イワシだと答え、直ぐ掴まえた場所に探しにいった。魚屋で見るイワシよりやや平べったい体型をした魚は、運が良いと潮溜りに大群が取り残されている事があるそうだ。今回は居なかったが、潮溜りでもう一匹掴まえ伊藤さんと分ける。爪で鱗を剥がし生きたまま齧る。内臓と頭はさすがに食べなかったが、全く癖のない自然な味で、野生のまま過ごしている実感を与えてくれた。伊藤さんは魚を焚き火で炙っていたので、少し貰い食べてみる。肉の旨味が現れ、文明の匂いを感じさせてくれた。
 潮溜りを歩き回っていた中野さんが、大きなクモガイを拾って戻ってきた。池上君に食べられる事を確認し、焚き火で炙っている。燻された肉を少し貰って食べたが、旨味が凝縮された肉から甘みが口中に広がった。ただし、後で口の粘膜に痺れが残ったのが気になった。

  食を終え、平野がハテ島との間にある海峡を泳いでいる。昨日は流れが強かった所だ。出発前に潮が引いたときの状態を確認するため泳いでみる。昨日までの流れが完全に止まり、澄んだ海底に色とりどりの魚と珊瑚を観察できる。海の中にある大きな岩の上を眺めていると、保護色をした細長い魚が岩の窪みでじっとしているのを見つけた。最初は海蛇の子供かと思ったが、とんがった口に尾鰭と背鰭があり魚の特徴を持っている。ヨウジウオは、動きが遅く手で触っても僅かに動くだけで逃げようとしなかった。初めて見る魚に興奮し、暫く泳ぎ回ってキャンプに戻った。

 9時45分にカヤックを海に浮かべて出発した。食料と水が減りだいぶ軽くなったが、それでも4人で持ち上げて調度良い重さの舟に乗り込み、浅くなって岩が露出した海を深場を探しながら進んでいく。リーフの外に出る前で深場が無くなり降りて舟を引くことになった。ゴツゴツした海底は歩きにくく、水の抵抗で足取りも重い。ようやくリーフの縁に辿り着き、カヤックに乗り込んでスプレーカバーをコックピットに被せる。さあ出発だ。渡嘉敷島と儀志布島(ぎしっぷじま)の間の海、シル(瀬戸)を目指し一団となって進んでいく。心なしか今日が一番体が軽い。体が野生に帰ったからだろう。出発前に伊藤さんが仲村さんに毎晩何度も目が覚めてしまう事を訴えていた。仲村さんも毎晩定期的に目を覚ますが、それは体が野生に戻ったせいだろうと答えていた事を思い出す。野生の生き物は、布団に横になって熟睡することはない。常に危険と隣り合わせなのだから自然に目が覚めるのだろう。野生という言葉を新鮮な気持ちで心に焼き付け、野生の心に戻ってカヤックを操作した。
 今まで加藤さんが漕いでいた一人艇に乗り込み波を切っていく。加藤さんは伊豆から伊豆大島までカヤックで渡った兵だ。力強いパドリングで船団をひっぱていく。どの舟も今日が一番軽快に進んでいる。舟同士の間隔も大して開かず、時折会話を交わすことも出来る。太陽に照らされた海面を眺めながら進んでいくと、川のせせらぎのように小さく世話しない波がたっている海域に入った。側を漕いでいた仲村さんに聞くと、海が流れている箇所だという。川のように流されていく感じはないが、大河をおもわす海域を慎重に通り抜ける。

 黒島を右手に眺め、遠くにゴリラの顔のような島を見つける。男岩(うがん)だ。儀志布島の近海は、大きく波が盛り上がり白く砕けた波が寄せている。海が浅くなっているのだろう。先を行く船団が数十羽のアジサシの群れが乱舞する光景をパドルを休めて眺めている。その先に大きな島が横たわっていた。渡嘉敷島の緑に覆われた山並みに白い筋が小さく見える。この島には滝もあるのだ。シルはもう目の前だ。乱舞するアジサシの群れにカヤックを入れると、群れは散らばり別の海域に飛び去った。
 島と島の間のシルは流れが早く、緑の島にへばりつくように横たわる白い砂浜が僅かに見える。そして、船団は渡嘉敷島の砂浜に上陸した。時計は11時30分を差していた。舟を島に揚げると仲村さんは、島伝いに滝が見えた地点を目指して歩き始めた。山が波打ち際に迫り、直ぐに砂浜は無くなった。波が寄せる岩だらけの海を滑らないように注意しながら進んでいく。海に膝まで漬かり、大きな岩を回り込むと、小さな水の流れが緑の中から海に流れ込んでいた。小さな川は鬱蒼と生い茂る緑の中に続いている。川に沿って進んでいく仲村さんを追って上流を目指す。ハブに注意しながら岩伝いに進んでいくと、茂みの中にぽっかりと開けた空間が見えてきた。滝壺に向かって流れ落ちる清流のシャワーを浴び、渇き嗄れた体を優しく労る。後を追ってきた人達が次々と到着し、かわりばんこに真水のシャワーを浴びていく。滝壺には手長海老が泳ぎ回り、魚も泳いでいる。仲村さんが山を登り始めたので後を付いていくと、岩影に一抱えもある大きなヤシガニが隠れていた。落ちていた太い木の枝をヤシガニに挟ませ、穴から引っ張り出す。紫色の堅い甲羅に覆われ、挟んだハサミが太い枝に食い込んでいる。滝壺に持ち帰った仲村さんを囲んでヤシガニを眺める。今晩食べるか相談したが、特別美味しいわけではないので野生に戻してあげることにした。充分真水を浴び川を下っていくと、ニゴイが泳ぎ回っていた。大きな鰻もたくさん隠れていて、手長海老を餌にして針をぶち込んでおくと直ぐに掛かるらしい。岩を伝わるような小さな流れの中に多くの生物を見つけ、新鮮な気持ちになった。

 キャンプに戻り昼食を取る。大きめのケーキ一切れ、グレープフルーツ、トウモロコシ、ビスケットを食べ、海に入った。強い流れを横切り向かい側の儀志布島に向かう。強い流れは海底の砂を持ち去り、素晴らしい珊瑚の群生を作り出していた。大きく切れ込んだ海底にテーブル珊瑚や枝珊瑚が密集し、その回りを今まで見たこともない程種類の豊富な魚たちが泳ぎ回っている。色とりどりの魚たちの中で取り分け目を引く魚が泳いでいた。ナンヨウハギは、目に焼き付くようなコバルト色をブルーの海で引き立たせ、黄色い尾鰭がワンポイントになっている。流れに逆らって追いかけてみる。狭い瀬は舟や人が入り込んでないのだろう。全く荒らされていない海底を夢中になって眺めていく。潮通しの良い澄んだ海を横切って儀志布島の砂浜に辿り着いた。島に沿って泳いでいくと、白い砂地に溶け込むように大きな魚が2匹泳いでいた。体形から考えてコバンアジだと思うが、こんな浅瀬にこんなに大きな魚が泳いでいるとは、驚きと共に嬉しくなって一緒に泳ぎ回る。ゆっくりと泳いでいく魚を追いかけて行くと、フウライボラの大群が目の前を横切って行った。縦横無尽に泳ぎ回るボラの群れを追いかけ、岩場に出るとツバメウオにそっくりな大魚が1匹ゆっくりと泳いでいく。近付いてみるが、全く逃げる素振りが無く、逆に後ろから付いてくる。手を伸ばして触ってみようとすると、素早く体をかわし近くを泳ぎ回る。ペットの様な不思議な魚と暫く泳ぎ、瀬を渡って戻ることにした。先程まで激しく流れていた水が、完全に止まり湖の様になっている。潮が完全に止まったのだろう。干潮から満潮に変わり、潮の流れも逆になり、暫くすると激しく流れ始める筈だ。流れの止まった海底を眺めながらキャンプに戻った。

 照り付ける太陽が砂浜を銀色に輝かせ、僅かにできた日陰に入って午睡を楽しむ。暖かい砂が体を包み込み、直ぐに眠りに就いた。
 4時30分に眠りから覚めた。太陽は相変わらず輝き、夢うつつの気分で光の空間を眺める。カヤックで買い出しに行っていた池上君が、ビールを買って戻ってきた。日陰で昼寝をしたり、海に浸かって涼を取っていた人達が集まり、久し振りの冷たいビールで乾杯をする。加藤さんの取ってきた蛸を茹で、刺身にしてつまみにする。茹でてあるが、生の様でとてつもなく旨い。日のあるうちから盛り上がり、色々な話をする。目の前の島は今は無人島だが、昔は人が住んでいて、山の奥に大きな家が有った事や、お爺さんとお婆さんが住んでいてお婆さんが亡くなってから一人暮らしのお爺さんがおかしくなって島に火を放ち、島が丸坊主になってしまい、それまで水が出ていた井戸が枯れてしまった事。2億円で売りに出されている事。バブルの時は開発されそうになった事。興味深い不思議な話を薄暮が迫る空間で冷たいビールに酔いながら聞いていく。その脇で池上くんと仲村さんは夕飯の準備をし、カレーチャーハンとジャガ芋、カボチャ、タマネギのスープが出来上がっていった。
 酒を飲まず、一人海に潜って漁を楽しんでいた加藤さんが、大きなホラ貝を持って戻って来た。小川の流れ込み辺りの海底で見付けたらしい。加藤さんを囲んで皆で食べるか食べずに海に返すか協議したが、結局、珊瑚の大敵オニヒトデを退治してくれるので海に返す事になる。ホラ貝の刺身を食べ損なってしまったが、美しい珊瑚の海を守ってくれる大切な命を守った事で、また何時かこの美しい海に潜ることができる。微かな満足感に支配され、薄暮の中に横たわる無人島を静かに眺めた。
 橙色に揺れる焚き火で調理されていた食事が出来上がったところで各自が食器に盛り付けていく。このツアーで初めて出会った人達も気心が知れ、自然な会話を楽しんでいる。高さ2メートル程の大岩に登り男岩を眺める人。薄暮の海に浸かり水平線を無心に眺める人。夫婦で自然の空気に包み込まれ、夕食を食べる人。暗くなった砂浜では食事が終り、酒盛りで盛り上がっていった。
 月明りに照らし出された人の輪から笑い声が響き、黒く浮かび上がった島陰に消えていった。どのくらい経ったのだろう。時折流れる静寂の時が最後の晩を、より強く印象づける。会話が切れたとき、聞き覚えのある羽音が薄暗い空間を通り過ぎていった。仲村さんがおもむろに立上がり、岩影に張られたタープに向かって歩き始めた。聞き覚えのある羽音は、時折頭の回りを飛び回り会話を楽しむ意識を乱していった。
 巨大な蚊は、風が無く穏やかな空間を飛び回り、夜討ちに会った大群が動揺するような苛立ちと不安と恐怖を我々に与え続ける。和やかだった輪が崩れ、各自のキャンプに一人また一人と消えていった。そして、虫除けスプレーを持った人達は、話の輪に戻って来る。仲村さんも強烈な匂いのする塗り薬を持って輪の中に戻ってきた。本州の3倍はある巨大な蚊は、輪の周りを飛んでいるが近付いて来なくなる。池上君が真水のある所にはハブも蚊もいると言っている。時間は8時。不思議なくらい早く酔いがまわり、話の輪から外れ波打ち際で寝る事にする。引いてしまった潮は砂浜を広げ、蚊から体を守ってくれるように風が吹いている。仲間の話し声や笑い声が、遠くに聞こえ、空には零れ落ちそうな程たくさんの星がきらめいていた。
 夜中に仲村さんの声で意識が戻る。引いていた潮が満ち始め、ここに寝ていると海に浸かってしまうと伊藤さんと話している。伊藤さんに促されカヤックの近くまで砂浜を上がる。覚め切れない頭の中で楽しげな話し声と星のきらめきが交錯し、最後の夜に相応しい景色を作っていた。

  快な目覚めを迎えた日の朝は、海の色も空の色も砂の白さも輝きを増して迫ってくる。那覇を出て4日目。今日が最終日かと思うと、暑く照らし出された景色と共に黒く日焼けした体もほてりを増し、流れの向こうに佇む無人島がより大きく崇高な物に見えてくる。波打ち際に座り何処迄も澄んだ海を眺め、その上に座り続けた日々を思い出していく。海の上にいた4日間は33度を記録し、那覇の最高気温を更新していた。照り付ける太陽と渇き喘いだ肉体との戦いの日々も懐かしく思えてくる。光り輝く色彩に酔い、夜の闇に浮かび上がった那覇の光に文明の温さを感じ、零れ落ちそうな星の光や砂浜を埋め尽くしたヤドカリの群れ、大空を飛び交うアジサシの群れも一瞬の光を放ちきらめきながら消えていく花火のように目の前に蘇ってくる。沖縄に来て11日目を迎え、羽田を飛び立つとき食べたあづさからの差し入れの御握りの味が思い出される。感傷に似た思いを水平線の彼方に見付け、走馬灯のように浮かび上がってくる出来事に僅かな間浸り、目の前を流れていく流れの中に入った。
 海の中は昨日と同じ様に色鮮かな珊瑚に覆われ、色とりどりの魚が泳ぎ回っていた。水に浮かびながら振り替えると、大岩の上に座り水平線を眺める人の姿と波打ち際で水に浸かり波の動きに身を任せている人の姿が目に入り、その側を何ごとも無いかのように火を起こしている池上君と仲村さんの姿が目に飛び込んできた。 美しく色鮮かな沖縄の自然に接する事が出来た僅かな時に感謝をし、日常の生活に戻るため渡嘉敷の港を目指した。

終わり。


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