沖縄三昧紀行
第10回 臼井光昭
  覇臨港道路の下を抜け港に出ると、大きな船が行き交い波の感触に酔っている余裕は無くなった。防波堤で囲まれた港の中を周りに注意を祓いながら一気に突っ切る。防波堤の外に出れば本当の沖縄の海だ。港の入り口は波があり、不規則な揺れと流れに戸惑いながら先頭を行くカヤックの後を行く。一塊になったカヤックは先を急ぐように港の外に向かった。

 頭の上を大形旅客機が通過していく。港から少し離れると那覇空港に着陸する飛行機が次から次に通り過ぎていった。真下から見える旅客機の腹は丸みを帯び銀色に輝いていた。それが直ぐ上を爆音を轟かせて通り過ぎる。青空を一瞬銀色の機体が覆い、見とれている我々を置き去りにしていった。

 照り付ける太陽は容赦なく我々に光りのシャワーを浴びせている。真っ青な海に腰掛けてパドルを回し、横に見える沖縄本島を遠くに眺めた。波に揺られながら周りを見たり、腰の周りの海面を期待を持って眺める。深い青色の海面は何処迄も透明で終りがない。その中から何かが出てきそうな不安と期待が交錯する。他の船は先の方を進んでいく。平野と伊藤さんの船も先頭の方に居るようだ。船と船の間はかなり離れ波間を漂う枯れ葉の様に見え、大きめの波が間に入るとその中に消えてしまう。流れがどの位あるのか分からないが、パドルを動かしていれば前には進んでいるはずだ。影のように黒く見える沖縄本島は相変わらず同じ姿を横たえ、全く変化がない。光りのシャワーは益々勢いを増し、長袖Tシャツを通して日に焼けた肌を更に焼いていく。ヒリヒリしてきた肌が痛痒い。我々の船が最後尾を走っている様だ。少しピッチを上げなければいけないが、先は長いしせっかく外洋に出れたのだからもっと楽しみたい。他人を意識して焦ってやっても楽しくはない。前を漕ぐ中野さんも一定のペースで調子良く漕いでいる。晴れ渡った空が眩しく、見上げていると心が洗われる様だ。少しずつ流れていく汗と海に浸した手を通して伝わってくる海水の冷たさが気持ち良い。それにしても横に見える沖縄本島は何時まで経っても変わらない。阿嘉島にフェリーで渡った時、本島からチービシ迄は島が無かったことを思い出す。変化のない景色に飽き飽きしてきた頃、前の方にカヤックが集まり波に揺られている姿が少しずつ大きく見えてくる。休憩が入ったようだ。久し振りに近くで見る仲間に懐かしさを感じてしまう。出発したのは1時間程前だ。まだこれからだ。パドルをカヤックの前に乗せ、脇のゴムに挟んでおいたペットボトルを取り出す。ペットボトルの水は暖まっていたが、僅かに甘さを感じさせ、体の隅々に行き渡り細胞の一つ一つを生き返らせていく。水がこんなに旨く感じられるのは何時以来だろう。波に揺られて遠くの雲を眺める。どの船からも会話は聞こえてこないが、お互いの存在を通して温もりのような安心感が伝わってくる。海の上に座って海水を掬い上げる。満足感が指先を通して伝わり、心の中を駆け巡っていった。

  上くんが乗った舟が動きだし、他の船もそれに従って動き出した。これからどれくらい漕げば良いのだろう。仲村さんの船に近付き距離を確認すると、那覇から目的地まで15キロぐらいらしい。風も無く天気も良いので、海流の影響だけが気になる。海流は進行方向に向かって左から右に流れているらしい。回りの景色に変化が無く単調な動きに飽きてくる。飽きた気持ちをそのまま受入れ漕ぎ続ける。慣れないとそこで休んでしまうが、休んだらそこから進むことはない。歩くのと同じだ。パドルを動かすため肩を回し続けるので一度は肩が重くなるが、そこを通り越すと意識せずに回し続けることが出来るようになる。これも歩くのと同じで、散歩に慣れてない人は直ぐにかったるくなってしまうが、慣れた人は長時間歩いても平気な顔をしている。伊藤さんと平野のカヤックが遅れだす。競争をしてるわけでは無いのでマイペースでゆっくり行けば良いのだが、パドルを動かすことを止めてしまうとドンドン置いてかれていってしまう。そして、疲れも追い討ちをかけて来る。カヤックは一見遅そうに見えるが、兎と亀の話しのようにアッという間に差が開いてしまう。少し心配になったが、自分の力で総てをこなして行くだいごみもカヤックの楽しみの一つだ。後ろを振り返ってみると2人の船はまめ粒のように小さくなってしまった。先頭の船もまめ粒のように小さく見える。喉も乾いてきたので取り敢えず休んで水を飲むことにする。中野さんと2人で波に揺れながらペットボトルの水を口に含む。とてつもなく旨い。何処迄も続く海原が宝石をちりばめたように光り輝き、空から降り注ぐ光りが迫ってくるような迫力で空と海を照らし出す。景色に酔っていると直ぐに2人の船が近付いてきた。その後も何回か休みを入れ、とてつもなく旨い水を口に運んだ。

 ゆっくり進んでいく我々のカヤックの脇を、仲村さんのカヤックが戻っていった。遅れ始めた2人の様子を見に行くのだろう。暫くすると仲村さんの船に引っ張られた伊藤さんたちの船が近付いてきた。平然と牽引していく仲村さんのパワーが何処から生まれてくるのか驚きと共に見守ってしまう。光りと疲れが増していく中、前方に小さな島が見えてきた。やっと来たのだ。小さく見える灯台を目指し進んでいく。パドルを漕ぐピッチは変わらないが、心の中で叫び燥ぎ回って居るもう一人の自分がいた。

  う1時に近かった。出発してから3時間海の上を歩き続けたのだ。神山島(かみやまじま)に着くと直ぐに船から降り、海の中に体を沈めた。長座の姿勢で漕ぎ続けた体を容赦なく太陽に痛め付けられたのだ。ほてった体を海の水で冷やし、同じ姿勢で痛め付けられた筋肉を延ばした。そして、ホッとすると暫くの間水面から手首、足首、頭だけ出したおかしな格好で無の時間に入り込んでいった。気が付くと全員の頭が水面に浮かび、まるで芋が水に浮かんでいるようだった。仲村さんと池上くんが先に海から上がり昼食の用意をし始めた。疲れ切っているため食欲がわかない。どおやって持ってきたのか大きな西瓜をまな板の上で切っている。西瓜とコンビニのオニギリ2個が昼飯だ。暖まっていたが西瓜の溢れ出る水分が体を蘇らせてくれた。オニギリは余り食べたくなかったが、力を付けるために無理やり押し込んだ。ペットボトルの水は殆ど飲み干してしまい、別の水筒から補給した。

 今日はここでキャンプしてもらいたかったが、ここから少し離れた島に行くため各自カヤックに乗り込んだ。肩を痛めてしまった伊藤さんは、ここから仲村さんと組み、平野は横浜から来た青年と組んで出発する事になった。チービシ(慶伊瀬島)に浮かぶ島は、リーフに囲まれているため浅瀬を避けながら外海に出る事になる。水路を探しながら大回りしてリーフの外に出ると、目の前に見える真っ白い島に上陸するため、小さな海峡を渡り島に沿って進んでいった。島の回りは浅く、透き通った海の底がはっきりと見て取れる。水の色も何処までも引き込まれそうな青からエメラルドグリーンに変わり、真っ白く光り輝く島の上をアジサシの大群が飛び回っている。時折、カヤックの側の海面に飛び込み、小魚を嘴にくわえて飛んでいく。ナガンヌ島はアジサシの営巣地になっているらしい。真っ青な大空を飛び回る白い小さな鳥たちをゆとりの心で眺めていった。僅かな休憩と回りの景色、目の前に見えるゴールが心にゆとりを作り、目の前に見える総ての物をより美しく写し出してくれた。

  ガンヌ島の先端の砂浜にカヤックを上げ、そのまま海に漬かる。全員の頭が浮かんだ海面は、異様な雰囲気に占領される。野生の本能をむき出しにした動きが作り出す飾り気のない空気が、無人島の自然とぶつかり合ってスパークしたような存在感のある空間になるのだ。ゆっくりと体を冷やし、おもむろに池上君と仲村さんが海から上がりタープを張る。珊瑚や貝のかけらの砂で出来た細長い島には、膝ぐらいの木とアザミの一種しか生えていないため日陰が無く、タープの中が唯一の日陰になる。照り付ける太陽の下、海から上がった人達は次々と自分たちのテントやタープを張っていく。これから明日の出発までは総てが自由時間だ。泳いでも良いし、テントに入って昼寝をしても良い。伊藤さんは早速テントを張り昼寝にはいる。平野は海岸伝いにアジサシを撮影に向かった。中野さんは胸まで海に漬かって釣竿を振る。その竿に白い体色をしたベラが掛かる。池上君にそれを見せると水っぽくて旨くないが、それを餌に一晩海にぶち込んでおくと1メートルぐらいの魚が掛かると言って薪を拾いに行った。仲村さんも薪を拾って戻って来るとファルトボートの中に張り巡らしたチュウブから空気を抜く作業に取り掛かった。俺は仲村さんからカヤックセンターに飾ってある海亀やイルカの骨は、ナガンヌ島から拾ってきたと聞いて波打ち際に沿って歩いてみる。細長い島の中央部に建物の廃墟があり、壊れかけた桟橋が掛かっていた。昔は砂でも取っていたのだろう。そこから少し歩いていくとアジサシの大群が島を覆い尽くしていた。アジサシたちは見慣れない侵入者に向かって威嚇を繰り返す。立ち止まって眺めている俺の体に向かって突っ込んでくる。そのまま突っ込めば間違いなく体を突き通してしまいそうな勢いで向かってくるが、1メートルほど手前で旋回していった。暫く見ていたが、余りにも頻繁に本能をむき出しにしてくるので、怖くなってキャンプに戻る事にした。

  ャンプでは集めた流木を適当な大きさに折って薪を作っていた。日陰が無く直射日光に晒された砂浜は砂漠の様な暑さで、とても長時間砂の上に居ることは出来ない。タープやテントの中の日陰で直射日光を避けじっとしている人や海に漬かっている人。俺はシュノーケルをくわえて海の中に涼を求めた。島を洗うような強い流れに流されないように珊瑚に掴まりながら魚を観察する。白いベラが泳ぎ回るのを見ながら涼を楽しんだ。その間も2人のガイドは夕食の準備のため火を起こし、時折涼を求めて海に入る。5時30分頃にようやく涼しくなってくる。そして、夕食の準備が出来あがり、日陰から食器を持った人達が集まってきた。御飯とンチャーの野菜炒め、キャベツと海草のサラダと肉団子野菜汁を各自好きなだけ自分の皿に盛り、砂のジュータンに座ってディナーを楽しむ。夜のカーテンが少しずつ下ろされ、食事に舌鼓をうっているとガサガサ物凄い音が低木の中から我々に向かってきた。驚いて回りを見回すといちめんの砂浜が向かってくる。それは食事を取っている我々の回りに集まり、激しい音を立てて食べ物に群がってきた。オカヤドカリは、ヒッチコックの鳥の様に我々の回りを歩き回り、油断していると食器の中に入り込んでくる。昼間もヤドカリはたくさん居たが、これ程のヤドカリが居たとはただただ驚くばかりだ。大きいのは女性の握り拳ぐらいあり、寝ているうちに食べられてしまうのではないかと不安になる。オカヤドカリは天然記念物であるため殺すことも出来ず、周りを歩き回る姿を眺めながら食事をした。

 食事を終え食器を片付けると、今まで回りをうろついて居たヤドカリが一斉に低木の中に戻っていった。潮が引くように去っていったヤドカリの素早さに不思議な物を見た時の割り切れなさを感じる。そして、静けさを取り戻した砂浜は夜の闇に覆われ、見上げた空に溢れるようにたくさんの星がきらめいていた。視線を水平線の彼方に向けると、那覇の街の光が遠くのほうに見えている。光の塊を覆う漆黒の空に、大きく広がった打ち上げ花火が一瞬のきらめきを与え、闇の中に消えていった。遠くの町の光と一瞬のきらめきが、無人島に居る我々の気持ちをしみじみとした物にしてくれた。砂浜に横になり名前の分からない星を眺める。天の川もはっきりと見える。波の音を聞きながら何時の間にか眠りに落ちてしまった。

 砂の上に裸で寝てしまったため、夜中に寒さで目を覚ました。起き上がりカヤックの中から大きめのバスタオルを探し、体に被せて砂浜に横になる。まだ夢の中をさ迷って居るような視線の定まらない意識で夜空を眺めていると、星のきらめきの間を流れ星が流れていった。砂の感触を背中で感じ夜空を見つめていると、また一つ流れ星が流れていった。止まっていた空気が動きだし、風が出てきたようだ。風の流れに身を任せ瞳を閉じた。  どのくらい経ったのだろう。大粒の雨が体をたたき、慌てて起き上がった。風も強くなり足元ではヤドカリが動いている。雨はしだいに強くなる。タープの中に潜り込むと暗がりの中に人が寝ていた。仕方無く、その側で膝を抱えて夜の雨を眺める。少し惨めな気持ちになり、外の雨を恨めしく思う。那覇の光が文明の温もりを思い出させる。時間は午前1時だ。何時になったら止むのか不安な気持ちで眺めていると、一時的に強く降った雨も直ぐに止み闇の中を雲が流れていった。ともかく眠かったので風を避けるため、カヤックの間で寝ることにする。砂浜に横になると直ぐに心の闇に引きずり込まれてしまった。

 目が開くと頭の上で大きな月が輝いていた。何も考えずに月を見つめていたが、意識がはっきりしてくるにつれ時間が気になってきた。午前5時。沖縄の朝は遅い。掌で砂を掴んだり穴を掘ったりしていると、何やら堅い物を掴んでしまった。握った手の中を堅くて鋭いものが動き、思わず驚いて起き上がった。ヤドカリだった。波打ち際に座り海を見つめる。海を覆う爽な空気を感じていると、水平線に見えていた雲が真っ赤に染まり始めた。何時の間にか伊藤さんも起きて日の出を眺めている。闇に閉ざされていた空間が、光と共に姿を現し紅く染まっていった。赤と黒を基調としたおどろおどろしい色彩は、明るさの中に溶け込んでいき、明るさを増した太陽は島の空気を暖めていった。幽玄な光に支配された空間に雲間から漏れた光のスポットライトが当たり、輝きを増す海を目掛けて十数羽のアジサシがダイビングを繰り返す。舞台の上で激しく踊るバレリーナの様に靭に躍動感に満ちた踊りを、一瞬の間繰り広げ散っていった。

 池上くんが流木で焚き火を始めた。朝御飯の準備に取り掛かるのだろう。お湯を沸かしてもらい、伊藤さんが豆を引いている。ツアーの参加者たちも何時の間にか起き出し、朝のまったりとした空間の中、砂の上で膝を抱え海を眺めている。涼しさの残る空気がコーヒーの香りを引き立たせ、豊潤な香りでナガンヌを満たしていく。香りに酔っているうちにキリマンジャロがはいり、皆で分けあってコーヒーを飲んだ。

 太陽が顔を出すと気温は一気に上がり、蒸し暑い空気に覆われた。焚き火で炊いた米にふりかけを入れ、味噌汁と海苔とお新香をおかずに朝飯を食べる。焚き火で炊いた米は最高に美味しかった。

 朝食が終わると各自片付けをして自由時間を楽しむ。まったりとした時間を味わいながら出発の準備をしていく。決められた時間は無い。出発したくなった時がその時間になる。ゆっくりと歩みを止めず、自分のやるべき事を済ませていく。仲村さんと池上君は食事の後片付けを済ませ、カヤックの準備をしている。存在感を消しさった動きが、時間を感じさせない無人島の鼓動と一致する。白い砂浜が潜り込んでいく青い海を膝を抱え平野が眺めている。時間は9時。カヤックの周りに集まり、水路を確認し次の島へ向かうことにした。

  が引いているためリーフの中は浅くなり、深く切れ込んだ所を探しながらリーフの外に向かった。目の前に見える中島まで距離にすると8キロぐらいだ。楽に着くはずだが、潮の流れによっては時間が掛かるかもしれない。太陽の光が気温を上昇させ、海面が光り輝いている。昨日より波があり、大きな揺れがカヤックを揺さぶり、波の底に入ると隣の舟が見えなくなる事もある。風は逆風のため漕ぎづらい。波に揺さぶられ斜めになったカヤックや、舳先を持ち上げられて波から突き出すカヤックなど激しく大胆な動きを羨望の目で眺める。血沸き胸躍る光景が展開され、握るパドルにも力がこもる。仲村さんと伊藤さんのコンビと平野と横浜の青年のコンビも今日は元気に中島を目指している。我々は東京から来た夫婦の後ろから島を目指す。光り溢れる大海原を一列になって進んでいくと、遠くからプレジャーボートが近付いてくる。波を激しく蹴立てて進んでくるボートは、カヤックの間を通り過ぎていった。ボートの作る波は波長が短く世話しない。二つの波頭がカヤックを持ち上げ、ボトムを叩いていく。落ち着きのない波が次々と向かってくる。激しい揺れに暫く耐えていると、世話しない波も消えて行き大きく大胆な波に戻っていった。舟同士の間隔は、お互いの舟が見える程度の距離を保っている。今日は目標がはっきり見えているため気持ちにゆとりが出来ている。腰に伝わる揺れの底から生き物が現れることを期待しながら青い海を眺める。何処迄も青く澄んだ藍色の中を透かしてみるが、何も視界の中に飛び込んでこない。那覇からナガンヌに向かう海峡では、運が良いとバンドウイルカの群れと出会うことがあると仲村さんから聞いたことを思い出す。この海峡でも出会う可能性は有る筈だ。波の動きが海の輝きに変化を与え、銀色の光が青く変わったとき生き物が現れる事を期待して、斜め前に横たわっている海にパドルを立てた。

 1ノットは1時間におよそ1.85キロの速度を表わす。我々のカヤックは2から3ノットの速さで進んでいるはずだ。海の上を散歩する感覚でパドリングを楽しむ。陸上では道という線の上を散歩するが、海の上は周りに広がる面が道になる。行きたくなったら何処へでも行くことができる。舟の向くまま気の向くまま、ラダー(舵)一つで右にいったり左にいったりカヤックの向きを操作していく。最後尾を行く我々はゆっくりと散歩を楽しみ、遠くに見える仲間の舟を目標に波の上を進んでいった。喉が渇きパドリングの手を休め、ペットボトルから命の水を喉に流し込んだ。渇きに喘いで居た細胞の一つ一つに黄金の水が行き渡り、嗄れていた細胞から金色の光が輝き始めた。元気を取り戻し前を見ると、前を行くカヤックが2メートル程有るパドルを立てて何かに合図している。横を見るとこちらに向かって来るフェリーが遠くに見えた。フェリーはおよそ20ノットから30ノットの速さで進んで来る。歩いている人に自動車が向かって来るようなものだ。大きく手を挙げて合図をしているのだ。向かって来る自動車に、道を渡るか止めようか迷いながら先を急いだ。何処までも広がる道を必死に渡りながら横目でフェリーの動きを観察する。遠くに見えていた船の舳先がはっきり見え、蹴散らされた波が白く盛り上がっている。パドルを握る手に力が籠り、少しでも前の水を掴むため背筋が伸び肘が立つ。しっかり掴まれた水を支えにカヤックのスピードを上げていった。仲間の舟の近くに行き一休みしたとき、小さな島のような船が横切りデッキから若い娘やカップルが手を振っていた。船の大波がカヤックを揺らし消えて行った。遠ざかっていくフェリーを見ながら水を口に含んだ。太陽の光は何もなかった様に降り注ぎ、心なしか海の輝きが増した様に思えた。


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