沖縄三昧紀行
第9回 臼井光昭
  際通りで拾ったタクシーの運転手に「ソープランド街に行ってくれ。」と行き先を告げると驚いたように聞き返してきた。本来なら目的の店を言うのだが、カヌーショップの名前を言ってもどうせ分からないと思ったからだ。波上宮(なみのうえぐう)に行ってくれと言えば一番通りが良かったかもしれない。那覇市民に最も親しまれている神社でエコマリンからも近く、その付近に行けば直ぐに見つけることが出来たからだ。運転手に事情を説明し混雑している道路をカヤックセンターに向かった。人や車でごった返している道路を少しずつ進んでいく。沖縄イコール白い砂浜とマリンブルーの海というイメージを持った我々からは掛け離れた空間をゆっくりと進み、ネオンが綺羅めくギラギラした世界の中にぽっかりと風穴を開けた健康的なのか怪しいのか分からない建物の前に車を止めた

 沖縄カヤックセンターに入ると、1週間程前に来たときに説明してくれた女の人と数人の男の人が話し合っている最中だった。明日からアイランドホッピングに参加する伊藤ですがと言うと、15分程前に中野さんが来た事を伝えられた。行き違いになってしまいぶっつけ本番で会う事になる。少し心配になったが、取り敢えず明日の準備をするため建物の外に掛けられた階段から二階に上がった。数人の黒光りした体格の良い男達が歩きまわり、部屋の至る所に置かれた簡易ベッドの上には雑然と荷物が置かれていた。部屋の隅に空いている所を見つけ荷物を置く。4日間の生活に必要な荷物を揃えるためザックの紐を緩めた。ファルトボートでツーリングに行くのは初めてだったので、舟に積める容量を想像しながらパッキングしていった。冬山に行くわけではないので、陽射し対策と寝て食べて遊ぶ道具を忘れないようにパッキングする。何を持っていけば良いか3人で話していると、真っ白く輝く光が、額の中に描かれた絵のように嵌め込まれた入り口から、髭を茫々に生やした男が入ってきた。ガイドの一人だと思い軽く挨拶をする。荷物の事や明日の事を聞いてみるが、説明があっさりし過ぎて、かえって不安になる。髭を茫々にはやした風貌から不思議な雰囲気を漂わせ、話している表情から伝わってくる柔らかな空気が卓越した空間を作り出していた。

  んとか明日の準備を済ませ一階に降りていくと女の人が、今日の泊まるところを聞いてきた。二階には泊まれそうもないし、これからキャンプ生活をするのだから屋根のある家に泊まりたい。中野さんが泊まっている船員会館に電話をしてもらったが、あいにく一杯で泊まることが出来なかった。仕方なく、ショップから50mほどはなれたラブホテルに泊まることにする。ショップから出ると暑く湿った空気が体を包み込み、疲れも手伝ってべとつく体に苛立ってくる。チェックインする前にホテルの向かいにある波の上プラザスーパーで今晩の晩飯とツアーに持っていく1.5リットル入りのミネラルウォーターのペットボトルを買う。時間は6時を少し回っていた。買い物を終えホテルの入っているビルの2階に上がると下駄箱があった。その横のドアを叩くとお婆さんが顔を出した。空き部屋の確認をし、部屋を3つ借りるため前金で一万二千円を支払う。箪笥の引き出しのように大きな下駄箱に靴を入れ、薄暗い廊下を通って3階の部屋にむかった。

  時に伊藤さんの部屋に集まる約束をして夫々の部屋に別れた。部屋の中は意外に広く冷房もしっかり利いている。大きめのベッドにテレビもある。直ぐに服を脱ぎ風呂に入った。小さめの浴槽に満たされたお湯に入ると今まで鬱積していたものが一気に解き放たれ、脳味噌の中から壮快感が沸き上がってきた。目をつぶり自由になった空間をさまよって行く。一人っきりの空間から抜け出すため、浴槽から立ち上ろうとした時、体が浴槽にすっぽりと嵌っている事に気が付いた。太り過ぎてしまったのか、浴槽が小さすぎたのかはっきりしないが、湯船の中にしっかり固定された体が収まっていた。予想外の出来事を楽しむ余裕も生れ、晴れやかな気分で風呂を出る。寛いだ気分を味わうように部屋の中を見回すと、青色とピンク色の浴衣が一枚ずつ置かれているのを見つけた。いたずら心も手伝って青色の浴衣を身に付けてみる。やや小さめで窮屈な着心地だったが、沖縄に来て初めて浴衣を身に付け、満たされた気持ちで伊藤さんの部屋に向かった。

 平野と三人でテーブルを囲み食事を始める。トマト、オレンジ、梨、沖縄バナナ、牛乳を食べる。疲れたからだが野菜類しか欲しないため動物園の猿の様な食事になってしまう。食事を取りながら明日の事を簡単に話しをする。気持ちが高ぶり色々な話をしたかったが、それ以上に今までの疲れが体を支配し気持ちとは逆に口が億劫になる。結局、食事を済ませ夫々部屋に戻った。部屋のテレビの光が眩しく感じられ、締め付けられる様な痛みを眼球に覚える。暫く目をつぶり瞑想にふけるが、集中できない苛立ちに絶え着れず電気を消し眠りの世界に入ることにした。

  覚めると朝になっていた。三階の窓から顔を出して街並みを眺めていると、朝の光に照らし出された路地を若い女性が気怠い空気を振り撒きながら通り過ぎて行った。時間は6時を少し回っていた。今日からいよいよアイランドホッピングだ。沖縄の光が不安をかき消し、心の中はこれから起きる事への期待でいっぱいになる。蒸し暑い空気で溢れ返った街角をタクシーが流して行く。優しくゆっくりとした時間が止ども無く流れていった。

 伊藤さんの部屋で朝食のサンドイッチを食べていると、ラブホテルの廊下から伊藤さんを呼ぶ声がする。伊藤さんが部屋のドアを開けると、そこに中野さんが足っていた。中野さんは一足早くカヤックセンターに着いたのだが、3人の姿が無かったため二階の宿泊所を覗きながら困っていたらしい。宿泊所の中は黒光りした男達が歩き回り、飯場の様な異様な空気が支配していた。場違いな空間に放り出された戸惑いを隠し着れない儘途方に暮れていると、その様子を察知した男の一人がこのホテルを教えてくれたらしい。やっと合流した4人は、朝の歓楽街をカヤックセンターに向かった。

  り敢えず二階に揃えておいた荷物を下に下ろす。そして、この後何をやって良いのか分からず、歓楽街の清々しい空気にのんびりと浸りながらファルトボートを眺めた。少しして、時間を気にするでも無くのんびりと仲村さんが現れると、ショップの前にたむろして居た男達が集まってきた。何となく出来上がった男達の輪の中に女性が1人含まれていた。仲村さんが簡単に挨拶をし、戸惑いを含んだ名前だけの自己紹介をする。ガイド2人を含んだ総勢13人の集団は、自分たちの荷物を白いワゴン車に乗せ、組み立てられて運ばれるのを待つ2人乗りファルトボート6艇と1人乗りファルトボート1艇をタイヤの付いたキャリアに乗せていく。仲村さんが側の人に手伝いを求めたのを切っ掛けに自然発生的に13人がそれぞれ自発的に手伝っていく。個人の持ち物も全体の物も手際良く揃えられていった。

  発の準備が整うとキャリアに乗せられたファルトボートを引っ張って特種浴場の間を抜けていく。ソープランドの建物が作った影の中を7艇の船が進んでいった。道路を連なっていくカヤックを不思議な表情で道行く人が眺めていく。朝の光に照らされた道路が光り、人の視線以上に眩しく感じられた。今日も暑くなりそうだ。

 カヤックセンターから5分程歩いてカヤックを出すのに丁度良い砂浜に着いた。那覇で唯一の海水浴場、波の上ビーチだ。カヤックを砂浜に運び、ワゴン車から手際良く荷物を下ろしていった。運ばれた荷物で砂浜は一杯になる。こんなに大量な荷物を船に詰めるのだろうか。砂の上に並べられた物だけで4日間過すことを考えると今度は少なく感じられた。

 ガイドの仲村さんと池上君が手際良く荷物をカヤックに積み込んでいった。白く輝く砂浜が少しずつ表れ、その輝きにカヤックは包まれていった。光りに飲み込まれ、輪郭がぼやけてしまった7艇を海に浮かべる。大量の荷物を積み込まれた船は予想以上に重く、6人の男が持ち上げて丁度良かった。水に漬かった足が気持ち良く、船出を待つ気持ちを刺激してくれる。水面に浮かんだ7艇に次々と乗り込んでいく。デッキの色が赤いカヤックにガイドが乗り込み、緑色のカヤックに我々が乗りこんだ。平野と伊藤さんがペアーを組み、俺と中野さんでペアーを組んだ。

  ヤック船団は浜を後にし、一路、慶良間諸島を目指し出発した。


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