沖縄三昧紀行
第7回 臼井光昭
 本目のダイビングは9時に出発した。シーサーVは見る見る加速し、白波を立ててポイントに向かって行く。小さな島に囲まれた海を全速力で突っ走る。緑の島と青い海を水飛沫と共に遥か後方に飛ばしていく。出発してから15分ほどで野崎と言うポイントに到着した。

 このポイントは後日カヤックで訪れる事になるが、今は何の知識もなく只々海底まで見通せる透明度に驚嘆する。渡嘉敷島を左手に見ながら器材の準備に取り掛かる。ウエットスーツを着るだけだが、ぴったりとしたスーツに腕を入れ着込むのにかなりの体力を消耗した。僅かに息が上り、ただですら久し振りのダイビングなのに不安が募る。緊張した気持ちを落ち着けながら、タンクをしょって船縁に腰掛けた。心配な人は船の後部から入るように言われたが、人が多く移動が面倒だったのでバックロールで入ることにする。最初に伊藤さんが入り、船から離れたところで背中に重心を移し後ろ向きにひっくり返る。海に落ちると水面が泡立ち、青く透き通った海から水面に向かって小さな泡が沸き上る。仰向けになった儘水面に映る青い空を眺めていると、水の揺らめきに入道雲が映り懐かしいような暖かな気分になってくる。何時までもその光景を見ていたかったが、次の人が入るので直ぐに態勢を入れ替え船から離れる。流れがあり潜航用のロープに辿り着く迄に流れに逆らって泳がなければならなかった。泳ぎながら真下に見える青や緑、赤の珊瑚を眺め、回りを泳ぎ回る魚たちの色彩に驚嘆した。生き物が持つ生命の輝きを目の当たりにして、ケラマの海の豊かさを実感する。

 潜航用のロープを伝わって少しずつ海底に降りて行く。耳抜きが不安だったので出来るだけゆっくりと潜航する。ロープを使わずに潜っていく人達がどんどん海底に降りていくのを眺めながら、耳抜きのために唾を飲み込んだり顎を突き出すようにして水面を眺めたりした。今迄は鼻を摘んで耳抜きをしていたが、踏ん張り過ぎて潜航中に鼻血を出すことが殆どだった。それが今回のやり方だと時間は掛かるが出血する事なく潜ることが出来た。マスクの中に血の無いことを確認しホッとする。海底に着くと待ち構えていたようにガイドを先頭に海底散歩に出発した。

 真っ先にアカモンガラを見つける。それほど大きな群れでは無かったが、長くのびた鰭をゆっくりとはためかせる黒い姿が幻想的で思わず見入ってしまう。タイワンカマス、グルクン、ハナゴイなど次々に現れる魚の群れに時間を忘れ夢中になる。海の中の景色は深い透明な青に覆われ、吸い込まれるような広がりとそこはかとない不安に満たされていた。何処迄も透明だが、その先が何時の間にか消えて無くなっている。青の持つ不思議な静けさに浸り、カラフルな珊瑚や魚たちに沖縄の海に来た事を実感した。40分ほどの海底散歩を終えると、最初190気圧だったアルミ製のタンクも40気圧になっていた。海底から見える海面が鏡のように光り帰還する体を迎えている。船に上り器材を脱ぐ。メッシュバックに器材を入れコンパクトにまとめ、船の上で一息ついていると、他の人達も上り始めた。船に揺られながら島陰を眺めていると、ぼんやりとした頭を覚ますように海風が通り過ぎて行った。

 に戻るとフェリーの切符売場にある売店に行きかき氷を買った。分厚い緑の葉を茂らせた木の下に座ってレモン色の氷を食べる。目の前に広がる砂浜が輝いて眩しすぎる。太陽の輝きに飲み込まれてしまった砂浜と海の色を木陰の中から眺め、スプーンで掬った透明な粒々の塊を口の中に放り込む。絞り込むように抜き取られていった水分が、体内に補給され乾き切った肉体を潤してくれる。頭のてっぺんを突き上げるような刺激が心地良く感じられた。
 12時に昼食を取りに民宿に帰る。那覇からフェリーで運ばれてくるほか弁を食べ、1時のダイビングに間に合う様に港に戻った。

 事を取って直ぐに潜るので少し心配だったが、2本目のダイビングも順調に潜ることができた。白(シル)という名のポイントで、海底に敷き詰められた砂の上をゆっくり泳いで行った。ガイドの出口さんの後ろを列を作って進んでいく。初心者を先頭にして最後尾を平野と森谷くんと津田ちゃんが固めている。彩ちゃんと中野さんが列の真ん中でチョロチョロ悪戯している雰囲気を感じながら出口さんの後を付いていった。真っ白い砂の上にゴミの様な物が浮いている。出口さんがホワイトボードにニシキフウライウオと書いて指し示してくれた。タツノオトシゴに似た顔をした魚で、遠くから見ると昆布の切れ端が浮いている様だ。その回りの砂に這いつくばってじっと観察する。ゴミのように動かない夫婦のフウライウオを取り囲んだダイバーをどんな気持ちで眺めているのか聞いてみたくなる。離れるときは手を使ってそっと後退りした。手で触ったり、砂を掛けたりすると居なくなってしまうからだ。不思議な形をした繊細な魚を後に海底散歩を楽しんだ。

 に戻ったのが2時30分だった。俺と伊藤さんと文代さん以外は3本目のダイビングに向かうため木陰や休憩所で休んでいる。俺は島の中を見てみたかったので、ジョギングスタイルにきがえて宿を出発した。出来たばかりの阿嘉大橋を渡れば慶留間(ゲルマ)島に渡る事ができる。海峡に大きく弧を描くように架けられた真っ白い橋を渡り、道沿いに走っていくと背丈の高い草むらが揺れ何かの泣き声が聞こえた様な気がした。走るのを止め草むらを覗き込むと、大きな目をしたケラマ鹿の顔がすぐ傍にあった。むこうも驚いた様だが、こっちはもっと驚いた。頭に角があったので雄鹿だろう。小柄だが良く締まった体が僅かに動き、ゆっくりと木に覆われた崖の上に上がっていった。そこから道沿いに走っていくとそそり立つ巨大な崖の下を通る事になる。崩れ落ちた岩が転がり、不気味な感じがする。海岸では子供達が素潜りで何かを掴まえている。照り付ける太陽が影になり僅かに涼しいが、そこを抜けると上り坂になった。道の脇の草むらから何かが動く音が盛んに聞こえてくる。その都度立ち止まり覗いてみたが、何も見つけることが出来なかった。坂を上がり切ると今度は下り坂だ。一気にかけ下りると二股に別れる所にダイビングショップがあった。お爺さんが木陰に座りじっとしていた。気まずい感じがしたので遠ざかるように左に曲がる。少し行った所にまた橋が掛かっていた。橋の下には学校があり、すぐ横が海峡だ。真っ青に澄んだ海峡では数人の若者が泳いでいる。それを眺めながらケラマ空港のある外地(フカジ)島に渡った。急な上り坂が空港まで繋がっており、かなりきつかった。やっと上り切ったが滑走路と綺麗な建物が有るだけで拍子抜けしてしまった。
 帰りは同じ道を取って返した。道端で草刈りをしている叔母さんに応援されたり、小さなセメント工場の跡地から山の中に入っていったが柵が結われていて元に戻ったりしながら特に変化のない一本道を戻ることになった。

 宿では伊藤さんと文代さんがのんびりとお菓子を食べていた。シャワーを浴びのんびりしていると、ダイビング組が戻ってきた。ポイントに向かう途中、ケラマ鹿が海に浸かっているのを見たらしい。鹿も海に入る様だ。話を聞きながら海を泳いでいる鹿を見てみたくなった。 夕食を6時に済ませ、7時30分頃ログブックに今日のダイビングの記録を付けにショップに向かう。二階のレストランでビデオを見ながら魚の話やポイントの説明を受ける。何組ものグループが集まりレストランは満員だった。外では順番を待っているグループも有り、南国のゆっくりとした空気と違った感じを受けた。それでも砂の小道を歩きながら夜空に輝く星の数を数えていると南の国に居る事を確認することが出来た。


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