沖縄三昧紀行
第6回 臼井光昭

良間諸島(ケラマショトウ)は那覇の南西40キロ余りに浮かぶ珊瑚礁の島からなり、渡嘉敷島(トカシキジマ)や阿嘉島(アカジマ)など大小30余りの島々からできている。泊埠頭とまりんに集まった酔水ダイバーズ9名は突き刺すような陽射しの中、北岸の乗船場に向かって出発した。埠頭に沿って走る道路は、路上駐車の車が並び駐車禁止の札を貼られた儘の車も止まっている。排気ガスを振り撒いて走る車の影から青い海を眺め、遠くに見える島陰に期待に膨らんだ気持ちを映してみる。5分間の移動中も膨らみ続ける期待の大きさを持て余し、ジリジリと焦げて行く肌から吹き出す汗に現実の世界に居る事を実感する。乗船場の前で待つタクシーと、観光客に声を掛ける運転手の姿から船の到着の近いことを感じた。

 港を取り巻くようにビルが建ち、青空の中に沸き上がる入道雲に時間を忘れ沖縄を感じていると、ケラマから戻ってきた高速船クイーンざまみが岸壁に近付いていた。
 着岸した船から、満された顔の乗客たちが降りて来る。これから向かう者と全てを経験してきた者との間に、上下関係の様な意識の違いを感じながら乗船の順番を待った。降り立った人たちを避けながら乗船すると、冷房の利いた船室が迎えてくれた。出港を待つ間、座席に座り船の空気を感じてみる。何の変化もない空間にほんのりと沖縄の香りが漂よっているが、観光客の持つ高ぶりにかき消されてしまう。

 港を出港した船は、深い青に支配された海の上を突っ走っていった。ダイビングの後、この海をカヤックで渡っていくのかと思うと波の一つ一つに親近感を覚え、波の揺れが腰を通して伝わってくる。何処までも広がっていく海の中に珊瑚礁を見つける。チービシは那覇を出て最初に見える無人島で、高速船で20分程の距離にある環礁だ。白く砕ける波が横に広がり、太陽の光が浮かび上がってくるような立体感を与えている。近寄り難い激しさを感じていると、真っ白い砂で出来た無人島が見えてきた。ナガンヌ島だと思うがはっきりと断言できないもどかしさを感じる。苛立ちを押さえているうちに目の前に見えていた島は遥か後方に消えていった。感慨すら感じさせてくれないスピードで海の上を滑って行く船は、青い海を次から次へと後ろに飛ばしていった。そこから10分程走っていくと、緑に覆われたかなり大きな島が3つ連なっているのが見えてきた。ハテ島、中島、前島だと思うが、これもはっきりと言い切れない。頭の中に海図が収まっていないため、答えの分からないもどかしさと戦い続ける。黒島、儀志布島を通過し渡嘉敷島を左手に見ながら座間味港に入港したのが5時だった。出港してから1時間で最初の港に着いてしまった。呆気なさと嬉しさが同居した時間の中で阿嘉島の海に思いを馳せる。

 間味から15分程で阿嘉港に着いた。港にはダイビングショップの車が迎えにきていた。陽はまだ高く照り付ける太陽の陽射しに青く澄んだ海面が輝いていた。真っ黒に日焼けしたスタッフの運転でショップに向かう。車がやっと一台通れそうな道を1分程走ると店に着いてしまった。こんなに近ければ歩いても良かったが、知らない道を刺すような光に晒されて歩く辛さ考えると僅かな道程でも歩かなくて良かったと思う。ショップのテラスに置かれた椅子に座り、アンケートに答えたりライセンスカードの確認をしたりダイビングの手続きをする。手続きが終わり、200メートル程離れた民宿さくばるに向かった。舗装されてない道は、白い砂が太陽の光を反射し真っ白の光線を我々に浴びせ掛けてきた。目も眩むような強烈な光のトンネルを抜けると、ウエットスーツやBCなどダイビング器材が所狭しと干されている民宿の入り口に着いていた。サンダルに占領されてしまった玄関が我々を迎えてくれる。サンダルとサンダルの間の僅かな隙間に割り込ませるようにサンダルを押し込み民宿に上がると、先に送っておいた器材がフロアーの端に雑然と並べられていた。案内された部屋は、クーラーのスイッチが切れているため外の空気と殆ど変わらない。30分100円の有料クーラーを恨めしく思いながら料金箱を眺める。襖で仕切られた同じ大きさの部屋を男部屋と女部屋に分ける。

 荷物を整理し、休んでいると直ぐに夕食になってしまった。時間に追われるように食事を食べ終わり、明日のダイビングの時間と船を確かめるため、暗くなった路地をのんびり歩いてショップに向かった。めり込むような足の感触を味わいながら砂地の上を歩いていくと、天井を覆い尽くす暗闇に無数の星が輝いていた。

 30分で100円の冷房に怯えながら寝た夜も明けようとしていた。まだ暗いうちから人の動く音で目を覚ます。カップやポットのぶつかる金属音が暗闇に響き、誰かが起きているのが分かる。ぼんやりとした頭で昨夜の事を思い出す。伊藤さんが日の出を見る話をしていたことを思い出した。屋上に上がってみると、遠くの雲が紅く染まり、涼しい空気に浮かび上がる島陰が幻想的な雰囲気を作り出していた。横井さんと文代さん、津田ちゃん、平野も上がってきてケラマの朝焼けに見入っている。簡易コンロに掛けられたポットから蒸気が上がり、粉に引かれたコーヒーの香りが空気に溶け込んで行く。お湯を掛けられドーム状に膨れ上がった褐色の塊から甘く魅惑的な香りが広がり、透明な紺色の空に混ざり会ったピンク色の光が拠り所のない甘さを漂わせている。カップに注がれたコーヒーを飲み、明るさを増していく空間に阿嘉島の朝を感じた。

 熱の太陽が島の空気を一気に暖め、吹き出す汗がむき出しの肌をしっとりと濡らす。ラジオ体操の音楽が村中に鳴り響き、子供の頃夏休みに感じた透明な朝を思い出す。沸き上がってくる軽快な高まりが心の扉を押し広げ、差し込んできた光の輝きに時の経つのを忘れた。

 ラジオ体操が終わった頃、朝の散歩を兼ねて一人ニシ浜に向かった。一昨年、平野と伊藤さんと福田君がキャンプをした所で、海の美しさと言ったら例えようもない程素晴らしかったと絶賛していた所だ。道に沿って歩いて行くと、鬱蒼と生い茂る雑草の中に田圃が埋まっていた。脇に流れている水路が田圃であることを証明している。水路の中では、お爺さんが雑草に埋まりながら草刈りをしていた。それを横目で見ながら通り過ぎる。浜までそれ程遠くないと思っていたが、小さな丘のような山を2つ越えなければならなかった。2つ目の丘の向こうに松林が見え、その奥に透明な輝きを放っている海が横たわっていた。そして、それを見つけた瞬間思わず歩みを早めてしまった。林を抜け砂に足を取られながら波打ち際に走る。朝日を受けた海面が輝きを増し、いっそう透明に感じられる。沖に停泊している客船が白く輝き、海の静けさをより深いものにしている。波打ち際に立ち、ちりばめられた宝石のように光る海に時の経つのを忘れて見入っていたが、朝食の時間を思い出し慌てて民宿に戻ることにした。

 途中までは来た道を引き返したが、草むらに細い道を見つけ好奇心が頭を擡げる。好奇心に支配された体は、何時の間にか細い道に踏み込んでいた。草が生え少しぬかるんだ道は、草むらから何が出てくるか分からない怖さが有り、思わず歩く速さを早めてしまう。草に止まっていたトンボが飛び立ち、好奇心を刺激する。蝶が飛びバッタが跳ねる草むらの中を歩いて行くと、道が終わる所に小高い丘が見えてきた。人工的に作られた丘に上がると直ぐ下に海があった。道は無かったが戻る時間も無かったので、波打ち際を港に向かって歩くことにした。暫く行くと川があり、魚が泳ぎ回っていた。側の砂地に鹿の足跡が無数に付いている。思わず周りを見回しケラマ鹿を探してみたが、その雰囲気すら感じられなかった。諦めて港の岸壁に沿って歩いて行くと、透明なイカが数匹港の中を泳いでいた。何処迄も青い海に透明なイカが浮かび、ぼんやりとした南の島の自然を感じさせる。
 慌てて戻って来たのに、イカを見た瞬間に時間が止まってしまい、結局朝食に遅れてしまった。慌てて食事を取り、器材を宿から50メートル程離れた路地の角に運ぶ。メッシュバックに詰め込まれた器材が山のように並べられ、太陽の光に照らし出されたバックの色が不自然に浮かび上がっていた。


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