沖縄三昧紀行
第5回 臼井光昭

浜の端に大きな岩が突き出ていて、その下に魚が集まって居そうだった。ゆっくりと泳いでいくと、岩場の近くの浅くなった所にイソギンチャクが群生し、大きなクマノミが数匹イソギンチャクの上を泳いでいた。オレンジ色に白いラインが浮き出ていて、野生の中で生きているものだけが持つ輝きのある色を放っていた。このままずっとここにいても良いなと思いながら水に浮かんでクマノミを観察する。何時まで浮いていても飽きないが、他にも良いところが有りそうだったので誘惑に駆られ沖を目指して泳いでいった。珊瑚やイソギンチャクが着生した岩場が、白い砂地に変わりその中にコンクリートの塀のようなものが何処までも伸びている。垢のような藻が付着しているコンクリートの周りを数十匹のシマハギの群れがのんびりと泳いで行く。シマハギは淡い黄色で海底の色と殆ど同じだが、5本の黒褐色の縞模様が鮮やかに浮かび上がり見る者を魅了してくれる。シマハギの群れと泳ぐ事に飽き、クマノミのオレンジが恋しくなって岩場に戻ってみたがその場所を見つける事が出来なかった。海に突き出た岩の影から大きな真っ黒い目をした赤い色の魚が覗き込むように様子を伺っている。ハナエビスは赤い体色に白い縞が有り、金魚の様だが金目鯛の様でもある。掴まえてみたくなり手を出すとサッと動いて別の岩影から様子を伺っている。直ぐに諦め周りを泳ぎ回る熱帯魚を観察する。色鮮やかな魚が泳ぎ周り余りの美しさに魅了され、他の海岸も見たくなってしまった。

に上がり日光浴を楽しんでいる平野と車に乗って島の反対側の海に向かった。畑の脇の農道に海水浴にきた人達の車がたくさん止められ、奥の方にやっと一台止められるスペースを見つけた。車から降り細い道を歩いていくと、畑に咲く花の周りを色とりどりの蝶が舞っていた。鬱蒼と生い茂る木の中に一本の道が海に向かって付いており、その入り口にあるゴミの山が悪臭を放っていた。ハブに注意と書かれた看板が、ゴミの中から何かを警告しているようだ。
 林を抜けると真っ白い砂浜、何処までも続く青い海、遠くで砕ける白い波が迎えてくれた。砂浜にタオルを置き海に入る。遠浅の海はどこまで行っても膝ぐらいの深さで、泳ぐにしても中途半端だし歩くには抵抗があって歩きにくかった。しかも、珊瑚が砂に浅く埋まっているためゴツゴツして足を取られてしまう。浅い海に顔をつけて覗いても小さい魚が僅かにいるだけで全く面白くない。海の中を泳ぎ回ってようやく見付けた魚は、小さいし種類も少なく何となく拍子抜けしてしまった。しかも水着は破れてしまいタオルで隠しながら帰ることになってしまった。
 宿に戻る途中、畑の中に氷屋を見付けレモンのかき氷を食べる。店の前で遊んでいた子供達に水着が破れていることを発見され、冷かされながら食べた氷の味は暑さのためかやっぱり美味しかった。

宿では夕食の用意が出来上がっていた。シャワーを浴び服を着替えると、荷物を二階の部屋に運び上げた。二階の部屋に予約を入れた客が来なかったので二階の部屋に移してもらえたからだ。冷房はないが十畳以上ある部屋を二人だけで使うため、広々とした空間が熱せられた空気を和らげてくれるような気持ちにさせてくれる。広すぎる部屋のすみに布団が積まれており布団部屋のようにも見えたが、昔の海水浴場の宿のような暑苦しい潮臭さが漂った空間に涼風が通り過ぎ、ホッとする瞬間を味合わせてくれる懐かしい雰囲気を漂わせた部屋だった。
 1階の座敷のテーブルには、魚と鳥の足の揚げ物、キュウリのつまの付いた刺身、煮物、てんぷら、そば、御飯、ドーナッツが並べられ、どの料理も大盛だった。食べ切れそうに無かったが、取り敢えずビールで乾杯をしようとお婆さんに注文すると、側の酒屋で買って来なさいと言われてしまった。平野が、砂地からの照り返しの残る路地をビールを買いに酒屋に向かった。薄暗い座敷で並べられた料理を前に平野を待っていると、直ぐにオリオンビールと久米仙を持って帰ってきた。何となく食欲は無くなっていたが、喉を通って行く冷たいビールの感触が喉の詰まった様な重苦しさを和らげてくれた。テーブルに並べられた料理は冷めていたが、田舎のおばあちゃんが作ってくれた素朴な暖かさを感じさせてくれた。

事が終り母屋の外を通って二階に上がった。階段を上がり切ると部屋の入り口があり、その脇にコンクリートで出来た平らな屋根が広がっている。屋根の上から見える夕日が空をオレンジ色に染め、家々から漏れる明りが夕暮れをいっそう早めていった。海に浮かぶ島陰が黒さを増し、薄暮の時が島を覆っていった。何処からともなく流れてくる三線の音が、蒸し暑い夏の空間に彩りを添え、流れの止まった空気の澱みを飲み込んでしまう様な朴訥とした存在感のある音色を響かせていた。喉が渇いてきたので少し離れたスーパーの自動販売機でジュースを買うため、家々の間を縫うように繋がっている路地を風情ある三線の音色と共に歩いていく。立ち止まって見上げた空に北斗七星が輝いていた。

宿に戻って泡盛の麦茶割りを飲んでいると雨が降り始めた。少しは涼しくなる事を期待しながら布団の上に寝転がって天井を眺める。一本しかない蛍光灯が薄暗く、少し離れて本を読んでいる平野を横目で見たり、扇風機の羽の動きを追っているうちに寝てしまった。夜中に余りの暑さで目を覚ますと、頭の上で鳥が喧しく鳴いていた。寝ぼけて視線の定まらない目で時計を見ると午前1時を回った所だった。縄張りを主張しているのか、雌を呼んでいるのか、はたまた寝ぼけて鳴いているのか良く分からないがともかく煩さい。冷房がないし、煩いし、平野の腰は治ったかなあと関係ないことを断片的に考えているうちに眠ってしまった。
一階の年寄りが起きる気配で目を覚ました。夕べの雨は上がり太陽と共に気温は一気に上がっていった。部屋から出てコーヒーを入れていると、イソヒヨドリが飛び回り喧しいくらいに朝の挨拶を交わしていた。夕べの鳥の事を話すと平野も煩くて暫く寝れなかったらしい。
 朝食を済ませ朝の空気を吸いながら路地を歩いていると、俺の後ろをお婆さんが必死になって歩いてくるのに気が付いた。不審に思い立ち止まっていると、お婆さんが嬉しそうに俺の手を握って話し掛けてきた。数日前に俺が立っている斜め後ろの家で一人暮らしをしていたお爺さんが、漁をするために海に出て溺れ死んだらしい。死体は幸いにも港に流れ着いて見つかったので昨日葬式を行うことができた。お婆さんは海水浴場に掃除に行く途中で、この道が一番近いのだがお爺さんの家の前を通るので遠回りをしようと思っていたらしい。頭には笹の葉を細く切って八の字にしたものを簪のように差していた。歩きながらこの簪は魔除けの為に差している事を説明してくれる。海水浴場で別れ伊計大橋まで歩き、そこから民宿に戻った。
 民宿では平野が腰を休めていたが、俺が戻ってきたことを確認すると本を読むのを止め出発の準備に取り掛かった。今日は2時までにレンタカーを返し、とまりんでダイビングの仲間と合流することになる。時間はたっぷりあるので、濃い緑の葉を付けた大木の赤や薄紫の花を眺めながら車に荷物を運び込んだ。
つの島を通り越して本島に戻ると、国道をひたすら南下した。プールが有ったら泳いでいくことになり、沖縄総合公園のプールに立ち寄ることになった。公園内にはいろいろな運動施設があり、外れの方にプールはあった。入り口に自動券売機は設置されているが、係員の姿は見えなかった。25メートルの温水プールと50メートルの屋外プールがあり、25メートルのプールでは水泳教室が開かれていた。照り付ける陽射しに光輝いている50メートルプールには人気が全く無く、平野と二人だけでゆっくりと泳ぐことが出来た。塩水と太陽の光に晒され続けた皮膚を通して真水の淡い甘さが伝わってくる。締め付けられていた体が解放され、全てのストレスが発散されていく心地好さに浸りながら生暖かい真水の中を泳いだ。1時間程泳いで出ると、入り口のプール利用予定表に今日は水泳教室のため一般開放は中止と書かれていた。どうりで人が居ないはずだ。平野がプールサイドを歩いていた時、保護者のような人に挨拶されたらしい。講師と間違えられたのだ。二人で苦笑いしながら車に戻った。 ファミリーレストランで昼食を取り、レンタカーを返すと1時30分を回っていた。

まりん迄レンタカー会社の人に送って貰い、持ち合い所でのんびりと港を眺めていると、後ろから聞いたことのある声が聞こえてきた。伊藤さんと津田ちゃんが懐しい顔を柱の影から覗かせ、後から横井さん、森谷くん、彩ちゃん、ゆっこ、文代さんの5人も荷物を抱えて現れた。そこへ平野も戻ってきたので総勢9人全員が揃い、ダイビングの旅が始まった。


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