痺れたような意識の中で、瞼に映った映像が瞳に迫り、おもむろに目を開けた。時間は午前3時40分。暗闇の中で光の点が無数に綺羅めいている。曇ったように白っぽい帯が天を流れている。これが天の川なのだろう。夜空を何度も見てきたはずなのに、天空の世界を認識できない音痴さを反省しながら綺羅めきを眺める。そして、闇の世界を足早に通り過ぎていった光を追いかけ、地上に戻ってきた意識が身の回りの事を心配する。不思議と蚊や蠅は全く居ない。ホッとした気持ちが眠りに誘ってくれた。 周りを飛び回る気配が意識を呼び戻してくれる。時間は朝6時になっていた。大きな蚊が飛び回り、余りの煩さに1匹殺した。ところが、殺したはずなのに、再び飛び回る蚊にじっとしていられず、ついに起き上がることにした。天気はカヤック日よりだ。太陽が昇に連れ、上昇していく気温を感じていると、体の周りを蠅が飛び始める。起き上がったガイドの池上君の頭が輝いている。昨年は毛があったのに、今年は何故か坊主になっている。太陽のように輝く坊主頭を眺め、寝床をたたみ始める。一人二人とおもむろに起出した仲間もキャンプをたたみ始める。そこには時を感じない異空間が広がっていた。 |
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赤崎の浜に上陸すると舟を上げ一休みする。海に入り沖の方に泳いでいくと、アマ藻の生えた砂浜が続きその周りをフエフキダイが泳ぎ回っている。濁った感じの海に美しさは感じられない。顔を上げ岸を見ると、大声で皆が遠回りをして戻ってくるように叫んでいる。何ごとかと思い言われるままに戻って見るとハブクラゲが出たためだった。
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浜を離れ次の上陸地に向かってパドルを立てる。時間は午後1時を回っている。行く手に見える水路は外離島と内離島を"はなりばなり"に分けている。そこを目指して風をうけて進んでいく。右手に見える養殖筏は黒蝶貝を養殖している。黒い光沢の球形が透明な輝きを放つ情景を思い浮かべ、欲望を駆り立てられる。そして、カヤックはエメラルドの光を放つ海域に入っていった。水深は数十センチで、パドルを深く入れると底の砂を掻いてしまう。浅めに入れたパドルで先端の水を掴んでくる。舟の底を擦らないように慎重に進路を選びエメラルドの海を進んでいった。 外離島に沿って海岸線を進んでいくと、素っ裸の人が海に漬かっている所に出くわした。この島は無人島の筈なのでキャンパーなのだろう。海岸では焚き火の煙が狼煙のようにあがっている。海で行水をしていた人は我々が近付いてくるのに気付き、海から上がりワンピースを身に付けてきた。上陸した我々は舟を上げる。
今晩の宿をこの島に決めると、男の人はパパイヤの実がなっているところに案内してくれた。ジャングルを分け入り奥に入っていくが、俺は途中で遅れてしまい浜に戻る。それにしても西表と言うところは、土地も自然も底知れ無さを我々に感じさせ、その全貌をなかなか現さない。変わり過ぎて収まりの悪さが、不安定な気持ちを増幅する。戻ってきた仲間はパパイアを持ち、旧軍隊の兵舎があったり、猪のぬた場が数箇所あった事を伝えてくれた。男の人によると、猪は食糧が無くなると海を泳いで対岸に行ったりすることもあるらしい。男の人は10年くらいこの島で生活し、1か月に2回ぐらい対岸の舟浮集落にいっている事も話してくれた。仲村さんによると男の人は目付きが完全に自然には戻っておらず、パワーボートもあり、池上君が見てきた奥の水場は手が付いていない。完全に自然に戻ってしまった人間は、目がぎらつき明らかに動物のようになっているらしい。澄んだ目をした男の人の過去を想像し、テントを設営する。 |
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午後2時過ぎに島に着き海に潜ってみたが、ここの海にもあま藻が茂りフエフキダイが泳いでいた。そして、横を見ると見たことのある黒い触手を靡かせたハブクラゲが漂っていた。驚き慌てて浜にあがる。海に漬かる気力が失せ、気持ちが少しブルーになる。仕方なく砂浜を岩場に向かって歩いてみる。波打ち際にカラスがたくさんたかっている所に行くと、1メートルぐらいある大きなダツがあがっていた。ダツは槍のような口をしており、夜明りを目掛けて海面から飛んでくる。そのためダツに刺されて死んだ話や入院した話を聞くことがある。実物を目の当たりにするのは初めてだったが、嘴から生えるぎざぎざの歯と内臓を抉られた胴体が印象に残った。そこから少し行くと川が流れており、水量が減ったため海へは河口に溜まった池からチョロチョロと流れ込んでいる。池の周りは木々に囲まれ、流れてきた葉や枝が幾重にも溜まっていた。濁った池では魚がはね、コノハチョウ、イシガケチョウ、カバマダラなど色とりどりの蝶が強い陽射しを受け、鮮やかな羽を一際輝かせて飛び回っていた。そして、無数の飛び鯊が水面を跳ねて遠ざかっていった。 西表の自然に満足しキャンプに戻ると、カクテルが出来上がっていた。コップに注がれた液体を飲み、夕食の準備をする仲村さん、池上君、一之瀬君を眺める。時間は5時を回っている。太陽が暑く感じられ、アルコールが暑さを飲み込んでいった。 午後6時。池上君、村瀬君、大和田さんがルアーを投げてみるが、大和田さんのルアーをダツが追いかけただけで成果はなかった。そして、午後7時。夕食の準備ができ、自分の食器を持って集合する。
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夜の犬の遠吠えのような鳴き声が島の空間に響き渡り、定期的な波のざわめきが明るくなりつつある空間に谺する。太陽が昇り明るくなるに連れ、西の空が真っ赤に染まっていく。ジャングル全体を覆い尽くす虫や鳥や動物の鳴き声は、明るさと共に消えていった。寝床から起出し対岸の岬を見る。波打ち際で大和田さんが釣りをしている。昨日は大和田さんが25センチぐらいのコトヒキを釣り、村瀬君が40センチぐらいのダツを釣り上げた。コトヒキは加藤さんが波打ち際でさばき刺身で食べたが、ダツはまずいのでリリースした。今朝は何もかからない。刺身は諦め、飯とふりかけ、ワカメと高野豆腐の味噌汁の朝食を食べて出発した。 |
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