カヌーツアー

出発前夜編

 翌朝は、風も波も無く快晴だった。漁船がペンションの前の海に止まっている。穏やかな1日と共にダイビングが終り、カヤックツアーが始まろうとしていた。今日西表を発つ中野さん、文代さん、森谷君、小玉さん親子そして居残り組の中から津田ちゃんが、ハブ捕り名人山本さんの案内で1日カヌーツアーに出かける。出発組は宅配便で荷物を送り、ツアーの準備をして待っていると、8時30分に山本さんと安本さんが車で迎えにきた。安本さんは元保母さんで、実家は茨城県にあるらしい。池袋で行われた1月のカヌーショー以来の再会である。小柄だが元気そうな笑顔で再会を喜んでくれた。そして、ツアー参加者6人とガイド2人は出発していった。

 残された我々3人が部屋を明け渡すため荷物の整理をしていると、隣にある星砂亭のキャンプ場に仲村さんと池上君がカヤックを積んだバンで現れた。そして、タープを張り始めた所へ、まず伊藤さんが挨拶にいった。2人は荷物を下ろしたら舟を取りに直ぐに戻るため、寸暇を惜しんで準備をしている。我々もそれに釣られるように荷物を運び、キャンプ場にタープを張っていった。仲村さんと池上君は直ぐに車で大原に戻り、我々も張り終わったところで一休みする。照り付ける太陽が喉の渇きを促し、小玉さん親子が言っていた下の海水浴場で売っているパインが食べたくなる。1本100円のパインを3本買い木陰でのんびりと味う。甘さと冷たさが口一杯に広がり、疲れた体を蘇らせてくれた。
執筆のためにメモをとる筆者
そして、平野と伊藤さんは簡易ベッドに横になり居眠りを始める。のんびりと見つめていたハイビスカスの花にナガサキアゲハが止り、垣根の向こうに消えていった。それに釣られるように太陽に照らし出された道を歩いていくと、キャンプ場を出た所で道が別れていた。どちらに行くか迷ったが、鬱蒼と生い茂る森の中に入っていく道を選ぶ。道の両脇に生い茂る草むらがガサガサ音を立て、何かがいることを伝えてくれる。立ち止まり覗き込んだりしたが何も見えない。ハブがいるかも知れないので藪には入らずジッと覗き込む。その脇をトラックがゆっくりと通り過ぎていった。この先に畑でもあるのだろう。トラックがいった後をゆっくりと歩いていく。緩やかな上りをゆっくりと登っていくと、先程追い越して行ったトラックが戻ろうとしていた。そこが道の終点なのだろう。運転手が怪訝そうな顔をしてこちらを見ながら戻っていった。登り切った所の下に広い谷間があり、ごみが山のように捨てられていた。粗大ごみから生ごみまでいっしょくたに捨てられている回りをジャングルが囲み、大きなバナナの木が一際高く突き出していた。数匹の猫がごみの中を歩き回り、こちらの動きを鋭い目で見守っている。無数の小さな生き物が飛び回り、足や体にたかって来る。ペンションの周りをうろつく猫と飛び回る無数の蠅の出場所を見つけ、複雑な気持ちになる。複雑な気持ちに押されながら、元来た道を強烈な光に照らされてキャンプ場に戻った。戻る途中荷台にごみを積んだトラックと擦れ違い、ジャングルのごみ捨て場が頻繁に利用されている現実を実感した。


 平野と伊藤さんと3人で星砂亭の食堂で昼食を取る。俺は八重山そば500円、平野と伊藤さんはたけのこチャンプルー定食900 円を頼む。そばは大盛りでしっかりとした味が味覚を満足させる。たけのこチャンプルーは地元で捕れたたけのこを使い、甘みの強い柔らかいたけのこをベースに、これもやや辛めのしっかりとした味付けで味覚を満たしてくれた。

 昼食に満足し、後組みの大和田、畔上、村瀬、坂本、加藤を船浦の港に迎えに出発する。車は星砂亭の車を伊藤さんが無料で借り、途中の上原のスーパーで水の買い出しを予定する。道に沿って進んでいくと西表で唯一の信号が立っていた。この信号は交通整理が目的ではなく、子供達に信号とはどんな物かを学習させるために立っている物らしい。そこから僅かに走り、道沿いに家が多くなった所にスーパーが立っていた。車を止めスーパーに入ると、冷気が日に焼けた皮膚を刺激し心地良い。水の買い出しは合流してからにし外に出ると、道を隔てて斜め前に無人売店が建っていた。興味をそそられ売店に入ってみると真っ赤に熟した大きな西瓜の切り身が70円、冷凍庫に入れられた大きなパイナップルが50円で売られていた。冷凍庫の扉を開け取り出すと、ギンギンに冷えた巨大な切り身が思わず顔を綻ばせる。パイナップルの味に満たされ船着き場へ向かった。

 港に着いたとき5人の乗った船は、調度桟橋に着く所だった。船の窓から畔上さんや加藤さんの顔が見える。岸壁ぎりぎりに車を止め船から降りて来るのを待つ。釣竿やパドルなどを持ち、大きなリュックを背負ってくる仲間の顔が懐かしい。再会を喜び車でスーパーを目指した。明日からのツアーのため、全員がミネラルウォーターの2リットルのペットボトルを買い、黒砂糖など各自が必要なものを買い込む。そして、スーパーの前の無人売店でパイナップルを食べる。男ばかりのむさ苦しい集団も、キャンプとカヤックという目的にとっては、気兼ねのいらない楽しい集まりだ。


星砂亭前のキャンプ場にて、さあ、タープでも張ろうか
 スーパーから直ぐにキャンプ場を目指す。2時にキャンプサイトに着き、各自が早速今晩の寝床を張り始める。夜までたっぷり時間があるので再び散策に出かける。今日まで3泊4日の間西表の散策をしなかったせいか、他人の家に居候しているような居心地の悪さが、何処かで引掛かりせっかくの自然が自分のものにならなかった。それが僅かな散歩によって、少しずつ消えていく心地好さが体を覆っていく。二股に分かれたところはごみ捨て場と反対のほうに歩いていく。道の両脇にパイナップル畑が広がり、なだらかな斜面の向こうには牧場が広がり黒牛がのんびりと草をはんでいる。そして遥か後方に見える山並みが、島の大きさを語ってくれる。照り付ける太陽の下道に沿って歩いていくと、何処までも歩いて行けそうな錯覚に捕らわれる。小さな島だと散策で島の全体像が推測できるのだが、この島は僅かな散策ではその全体像をなかなか語ってくれない。ようやく分かりかけたような気持ちも完全にシャッタアウトされ、また居候になったような気持ちになる。それでも自分の足で見たものは、確実に感動を呼び心の中に蓄えられていった。何処まで行っても同じ景色が続くので、バナナの木がたくさん茂った所で戻ることにした。

 午後3時に仲村さんたちが戻り、何となくぶらぶらと過ごす。伊藤さんは珈琲をいれ、加藤さんは代わりに珈琲豆を粉にする。各自が各様なことをし、まったりとした時間を過ごす。そんな集団にパリ・ダカールラリーに参加するようないかにも高そうなバイクに乗った洒落た青年が現れる。彼にはこの後大変世話になるのだが、その時は誰一人予想もせず、気にはなるのだが気にしてないような不思議な存在としてその場に居合わせる。そんな中、山本さんと安本さんが1日カヤックツアーの6人を連れ戻ってくる。車から下り立った仲間たちは一様にこれ以上無い笑顔を振りまき、ギラギラとした目で我々にほほ笑みかけてきた。灼熱の太陽の下、僅か1日で締まった体付きは、ツアーのきつさを物語っている。それでも零れ落ちそうな笑顔は、山本さんの手作りカヌーで行ったツアーから得た物の多さを物語っていた。
星砂亭からの夕景
ツアー中は初心者ばかり6人の面倒で、ぱぴよんの山本さんには大変面倒を欠けてしまったようだが、死にそうだの連発を繰り返しながら絶えることのない笑顔が西表の自然の中で光っていた。シャワーを浴びた6人は、船に間に合うように山本さんの運転で港に向かい、残った我々は夕食までの時間を自由に過ごす。

 午後6時50分、星砂亭の食堂でツアー参加者全員で夕食を食べる。大根の味噌汁と刺身と御飯に生ビールを飲みながら自己紹介をする。そして、明日からのカヤックの組み合わせを発表する。伊藤さんと仲村さん、津田ちゃんと池上君、坂本君と一之瀬君、大和田さんと加藤さん、村瀬さんと畔上さん、平野と臼井のペアーを決める。食後は先程の青年篠田さんの差し入れの泡盛を皆で飲み、仲村さんや池上君、篠田さんの体験話で盛り上がる。奄美大島にいったとき、女の人が裸で浜に足っていたので、仲村さんが双眼鏡で覗き見をした話や、南風見田(ハエミダ)の浜には、住み着いてしまうキャンパーがたくさん居て、女性もたくさんいる話。浦内川にはホワイトチップ(鮫)が上がってきて、船で引いてしまった話や、篠田さんが与那国島から西表島にカヤックで向かうときにカヤックぐらい(5メートル)の大鮫が西表島の方から向かってきて擦れ違った話。ヤシガニは長時間煮ないと食べられない事や、大きなヤシガニを掴まえて鉄鍋で煮ていたら、逃げようとしてハサミで鍋をひん曲げてしまった話。小さいヤシガニを掴まえてパイプ椅子にくくり付けて置いたら、パイプ椅子ごと木に登ってしまった話など滅多に聞くことのできない話が次々と出る。そして、話の合間に頻繁に聞こえてくる鳴き声の持ち主をリュウキュウコノハズクなどと教えてもらう。そして、アッという間に時間が過ぎて、9時30分各自の寝床に潜り込み降るような星を眺めながら眠りに就いた。


つづく 。。。

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