ダイビング編  

 我々の乗った船は叩き付ける雨と強風を切り裂き、猛スピードで突っ走っていった。鋭角的に盛り上がった波に持ち上げられた船首が、次の波にぶつかっていく。風と波に煽られながら波間に浮かぶ幾つかの島を、次々と後方に置き去りにして行く。そして、モクモクと湧き上がる黒雲に覆われた陸地が、船の行く先を遮るように視界に飛び込んできた。雲の下に広がる深い緑が陸地を覆い、異次元の世界に底知れない不安を感じるような不思議な空間が、荒れ狂う波の向こうに横たわっていた。視界を覆う深い色の世界が、はっきりと姿を現した時、雲の切れ間から流れ落ちる巨大な滝が、緑の中に浮かび上がった。ピナイサーラの滝は、島を覆う黒雲の水を一か所に集めて流れ落ちるような錯覚を与え、深い緑の中に吸い込まれていった。

 船が船浦の港に着いたとき、叩き付けるように降っていた雨はすっかり上がっていた。錆の浮かび上がった車が船着き場に並び、降りてくる客を待ち構えている。何組かの客が次々と車に乗り込み消えていった。船から降ろされた貨物を受け取って帰っていく車もある。そして、並んでいた車が居なくなったとき、残された物は我々とまだ迎えの来ない数個の荷物だけになっていた。その港はコンクリートで固められた船着き場が有るだけの至ってシンプルなもので、売店も無ければ電話も無くコンクリートの白い広場が有るだけだった。島に辿り着いたことで気持ちにゆとりがうまれ、迎えの来ない不安な時も、回りの景色を眺める余裕すら生まれる。平野が携帯電話でペンションに連絡をし、迎えを待った。余りに何もない空間が、この島を象徴している。空虚な空間を隠すように分厚い緑が取り囲み、ジャングルが我々のいくてを遮っていた。

 迎えは錆び付いた2台のバンでやってきた。運転手はどちらも若い女性で、空虚な空間に不思議なバランスが生まれる。我々は挨拶を交わし言われる儘に荷物を積み込み、錆の少ないまともな方の車に乗り込む。女性の割りには運転が乱暴で、カーブで減速はしないし発進や停車も成り行き任せのような運転だった。それでもジャングルに覆われた島、人跡未踏の島をイメージして来たので、イメージ通りの運転に満足し心も弾んだ。運転に酔っているうちに、車はペンション星の砂に到着した。綺麗なレストランの脇に長屋のような平屋の建物が2棟(4部屋)並び、その脇に真新しい2階建ての建物が建っていた。我々は平屋の明らかに汚いほうに通された。2部屋が当てがわれ、女部屋と男部屋に別れる。同じ大きさの部屋に男6人と女3人に別れると、6人分の布団は収まり切れず端を重ねてようやく敷くことができた。クーラーは有料だったが、男部屋の機械は壊れていたので、お金を入れずに使うことができた。荷物の整理を簡単にして海に面した庭に出ると、目の前に小島の浮かんだ小さな湾が横たわっていた。芝生の周りにパパイアの木があり、たわわに実った青い実が南の島にきたことを印象づけてくれた。

 その日は天候もはっきりせず、到着も夕方になってしまったため、夕食を済ませ布団に潜り込んだ。十畳ほどの部屋に男が6人で寝ているため、寝苦しさで何度か目を覚ましてしまう。何度目かに目を覚ましたとき、余りの暑苦しさと息苦しさで完全に目が開いてしまった。時間は午前4時だった。クーラーが完全に止まっており、どんよりとした空気が立ち込めた部屋は、蒸し風呂に近かったような気がする。ぼんやりとした幕に覆われた頭で周りの気配を探っていると、外で鳴く猫の声が微かに聞こえてきた。働かない思考の中で猫の鳴き声を認識しながら浅い眠りに入っていった。


 午前6時頃、外が明るくなりその光で目覚める。外に出ると小雨がぱらついていた。生暖かい南風が心地好く、関東のじっとりとした目覚めより数段心地いい。そして、レストランの脇の階段を降りて行くと浜に出ることが出来た。茶色っぽい砂浜と溶岩が固まったようにゴツゴツとした岩場があり、他の惑星に来たような錯覚に陥る。岩場に僅かに貝が付着しているが、砂浜を走り回るカニ以外生物の雰囲気すら感じられない。少しがっかりした気持ちで沖合のリーフを眺める。昨日はリーフに沿って白波が発っていたが、今日は見られない。リーフの外に目をやると風があるのだろう、僅かに波があり白い兎が飛び跳ねていた。
 部屋に戻りダイビングの準備をしながら庭に目をやると、植えられている赤いハイビスカスの花が閉じていた。太陽の光りが戻るまで華やかな色の大輪は堅い蕾になっているのだろう。朝食で出されたパイナップルの甘い味が体を蘇らせてくれた。

ダイビングへ向かう車中 筆者
 9時に錆び付いてぼろぼろのバンの荷台にのって、ボートが係留されている浦内川に向かった。舗装道路を暫く走り、濃い色の植物が生い茂るジャングルの中に入っていった。ジャングルを切り開いて作ったような無舗装の道の脇に、ビニールハウスが並んでいる。人の気配を感じながら車の揺れに絶えていると、突然現れた水辺の砂浜に車が突っ込んでいった。そこでターンした車はバックを初め、躊躇せずに川の中に入っていった。驚いて成り行きを見守る我々の存在を無視した動きに、一瞬我を忘れてしまう。車は僅かに水の中に入って停車した。鍵の中身がむき出しになるほど錆てぼろぼろになったドアーから降りると、そこは川の中だった。そして、そのまま水の中を歩いてダイビングボートに乗り込む。広い河口に浮かぶ船から見える川岸の景色は、そそり立つ絶壁がそのまま川に落ち込み、茶色い岩が南の島と全くかけ離れた所をイメージさせてくれる。ダイナミック過ぎて中身の見えない戸惑いが心の片隅を過ぎていく。捕らえ所のない気持ちを持て余したまま川上を眺めていると、船長と他のダイバーが乗り込んできた。各自が思い思いの場所に陣取り船の出発を待つ。後からきたダイバーたちは、高そうな撮影器材を準備し甲板に並べている。その様子を眺めこれから向かう海底の様子に期待を膨らませた。

 全員が揃うと直ぐに船は出発した。そそり立つ絶壁に沿って河口から海に出ると、大きな波が船を待ち構えていた。ダイビングボートは躊躇せずにスピードを上げていく。島から離れていくに連れうねりは大きくなり風も強くなっていった。この天候の中で潜るかと思うと少し不安になっていく。それでも船は風と波を切り裂いて、思うが儘に走っていった。暫く走り、陸地を大きく周り込んだ所で、エンジン音が低くなっていった。陸地に囲まれた海域は、落ち着いた海面と空間が横たわり、ダイビングには十分穏やかな所だった。

 ポイント名はサバ崎。海に突き出た岬の名前がそのまま着いている。横に見える島は外離島(フカバナリ)だ。1年振りのダイビングなので少し緊張しているが、潜ることに執着してないせいか、なんとなく海中に沈んでいった。耳抜きは余り上手くないので時間を掛けて潜航する。仲間たちはドンドン潜っていくので少し困ったが、自分のペースだけを心掛ける。降り立った所は山の頂上のような所で、そこから少しずれると大きく落ち込んでおり、谷の底は深い青色の中に隠されている。先頭のガイドにしたがって次々と山から離れ水色の空間に飛び出していく。その後に従がって山を離れたが、深い青色の中に吸い込まれていくような錯覚が、体から魂を切り離してしまう。周りに見える珊瑚は死に果てており、遺跡の上に泥が滞積した様な雰囲気を醸し出している。そして、その上を紫色の綺麗な魚が舞っていた。スミレナガハナダイ。埃が舞う埋め立て地に見つけた可憐な花のようだ。その他、2匹の大きなロクセンヤッコが、岩場をゆっくりと泳いでいくのが印象的だった。もう少しゆっくりと潜っていたかったが、最初180気圧あった空気が40気圧になってしまったため、ガイドに言って一足先に船に戻った。

 波に揺れる船に上がると、廃船のように全く人気が無かった。器材をしまい海底散歩が終わるのを待つ。久し振りの潜水で疲れたのか、時間の経つのを忘れ只ひたすらぼんやりとした時間を過ごした。暫くして一人二人と船に上がってくる。会話を交わす元気も無かったが、それ以上にスタッフが無口のせいか味気無い雰囲気が漂う。戻ってきた仲間も器材をしまい水を飲んで一息着くが、高そうなカメラを持った人達がまだ潜っているので、ぼんやりとした時間を過ごす。平野がスタッフの一人に、船から飛び込んでいいか確認している。船を囲む海面が何処迄も続き、ゆったりとした波が船を撫でていく。暗い色の海面に伸び伸びとした空間を見つけ、平野に続いて海に飛び込んだ。デッキの上の制約された空間から解放され、広がっていく心と体が心地良い。暫くの間船の回りを泳ぎ、デッキに戻った。泳ぎ回っているうちに潜っていたダイバーたちも船に戻ってきたので、錨を上げ昼食場所に移動する。船は外離島と内離島(ウチバナリ)の間の水路を進んでいく。水路は全体的に浅く、エメラルドグリーンに輝いている。その中に濃いエメラルドグリーンが1本の線のように伸びている所がある。船はその上を進み、前方の集落に向かって進んでいった。白浜集落。港に着くと公衆トイレの脇の休憩所で弁当が配られ、光のシャワーを浴びながら弁当を食べた。強い陽射しのもと眠気が襲い、心地良い疲れが覆い被さってくる。それぞれが思い思いの場所に陣取り、気怠い昼下がりを過ごす。白いコンクリートをより白く輝かせる光の下、のんびりとした時間が過ぎていった。

 出発前に一台の車が小玉さんを港に連れて来た。小玉さんは親子でこのツアーに参加している。午前中は子供と2人で過ごし、午後から我々と合流することになっていた。たんたんと流れる時間の中で、新しく加わったメンバーが僅かな変化を与える。そして、何もなかったように白い光が港を覆っていった。


 午後は網取(アミトリ)というポイントを目指した。ここは、昔ジュゴンが取れたことがあり、期待のできるポイントだったが、何処迄も広がっていく砂浜が海底を支配し、単調な地形が心に刺激を与えない。しかもエントリーのときなかなか沈まず手間取ってしまい、意気消沈の中潜ったため海全体が色あせてみえる。そんな中細長いものが海底の砂浜から長く伸び、藍色の空間で揺れていた。その細長いものはダイバーが動くと、それに比例して砂の中にきえていった。その速さはスローモーションを見ているような動きだったが、紐状のものは周りの動きに敏感だった。ガーデンイール、和名をチンアナゴという紐の群れは、藍色の空間で我々をからかっているかのように揺れていた。そして、視線をずらすと砂漠の中のオアシスの様に珊瑚の塊が砂の上に置かれていた。根城にしている小さな魚たちが珊瑚の周りを泳ぎ回り、砂漠の中にお花畑が突然現れた様だった。お花畑を覗き込んで見ると、臙脂色の地肌にばら蒔かれた青色の点が鮮やかなユカタハタが、のんびりと珊瑚の間を泳ぎ回っている。砂地の一部が僅かに動き、旗を立てて滑るようにモンダルマガレイが遠ざかって行った。手付かずの自然が残された豊かな海なのだろうが、大きすぎる自然と珊瑚の白化現象が小さな人間には感動を与えなかった。

 午後3時に浦内川に戻り、そのまま車でペンションに帰った。ペンションの前の海岸は引き潮で干上がり、海水浴の客で賑わっていた。その景色を部屋の前の芝生から眺め、ゆっくりとした時を過ごしていると、足の周りを飛び回っているものがいる。薮蚊が集まってきたものと思い追い払うが、煩く付き纏いなかなか離れようとしない。仕方なく掴まえてみると、それは蚊では無く小さな蠅だった。蚊の存在は予想していたが、これ程たくさんの蠅が草むらを飛び回っている事に驚いてしまう。大きな自然がここでも戸惑いと疑問を投げ掛けてきた。

星の砂の食堂で
 太陽が沈む時間が近付いてきたが、雲が多く夕焼けは見えそうにない。明日以降に期待しレストランのテラスで暗くなっていく海を眺める。明後日の1日カヌーツアーの打ち合わせに、山本さんが夕方来ることになっているので、それを待ちながら空を眺めているとヘリコプターが低空で旋回し始めた。何かを捜索しているのだろう。色々と想像を巡らしてみたが、遭難者の捜索以外思い浮かばなかった。夕食を済ませ星を眺めているところに、山本さんが訪ねてきた。伊藤さんが珈琲を入れている間にいろいろな話をしてくれた。山本さんは沖縄カヤックセンターの案内にハブ捕り名人として紹介されている。過去にハブを一日で10万円分ぐらい捕ったことがあり、今、家の冷蔵庫には300匹ぐらいは居るらしい。1匹の値段が分からないので価値は分からないが、最近安い中国産が入ってきて困っていると言っていた。過去に7、8回ハブに噛まれたと平然と言っている姿が印象に残る。ハブの話を聞きながらカヌーツアーの打ち合わせをし、ヘリコプターの話をすると、最近は携帯電話で東京の海上保安庁に電話をして救助を求める人が多くなっているため、何もないときもヘリコプターが監視のため飛ぶらしい。携帯電話が普及し便利な反面直ぐ諦めて救助を求める人が多くなったため、海上保安庁の監視が厳しくなってカヤックをやっているときに上空から威嚇されることもあるらしい。自然と付き合う時の楽しさや怖さを思い浮かべて聞いていると、だんだんと西表の楽しさが失われていくような気持ちになっていった。

 山本さんと別れて直ぐに寝床に付く。壁に張り付いたヤモリがウキキキキキキキと甲高い声で鳴き、電灯の影に紛れて僅かに動いた。大原から出発した仲村さんたちのカヤックツアーは、南風見崎(パイミザキ)を回って鹿川(カノー)湾を目指したが、風が強く波が激しくブレイクしていたため命からがら大原に戻ってきたらしい。回復しつつある天候を思い浮かべ、カヤックツアーの事を考えながら眠りに入っていった。

 目覚めると時間は、まだ午前1時だった。闇の中で人の起き上がる気配を感じ、様子を窺う。気配を感じたところから察すると、起き上がったのは平野だろう。そっと戸外に出て行くのを見守り、闇に埋もれた天井を眺める。暗く変化のない空間を時間だけが過ぎ去っていくが、平野は戻ってこなかった。そして、何時の間にか眠りに就いてしまったのだろう。人の動く気配で再び目覚める。僅かに明るさを感じる空間で、伊藤さんが外に出かけていった。すっきりした目覚めが明け方に近い事を教えている。布団の中からガラス越しに見える空間が僅かに明るいが、起き上がる気持ちは起きなかった。 外の景色が光の中に浮かび上がる頃、寝床を離れた。時間は朝6時。穏やかに晴れ上がった空が、気持ち良く迎えてくれた。西表に滞在した3日間で最も良い天気になった。珈琲を飲みながらテラスから海を眺め、平野と伊藤さんが話している昨夜の流れ星の話しに耳を傾ける。平野は12時、伊藤さんは4時にたくさんの流星を見たらしい。藍色に透き通った空を駆け抜けていった流れ星は、ペルセウス座流星群のなごりだったのだろう。昨年ナガンヌ島でみた星の祭典を思い出し、目の前に広がる穏やかな海に思いを馳せる。これから訪れる西表島の自然が、どのような形で目の前に現れるか、不安と期待が交じり合った複雑な気持ちに支配されていった。


 至る所腐食して穴が開いてしまった車に乗り込み、船を目指す。移動中、床の穴から排気ガスが車内に流れ込み、灰色の空気に鼻孔と喉が激しく刺激される。それでも車は昨日と同じ道を通って川に係留された船に向かって激しい揺れを繰り返した。細い砂の道を抜けて川岸に着くと、赤茶色の絶壁が我々を迎えてくれた。川に落ち込む茶色い壁から生える緑の樹木が水墨画の風景のような不思議な雰囲気を醸し出し、光り溢れる南の島の穏やかな空間と掛け離れた世界を形作っている。心の映像と掛け離れた空間が、不安定な感覚を増幅する。納まり所の無い気持ちを持て余したまま、我々を乗せた船は全速力でポイントを目指した。河口から出ると船は昨日と逆方向に進んでいった。島に沿って東に向かっていくと、島陰に我々の宿舎を見つけることができた。海面に膨らむ波を切って更に東に移動していく。暫く行くとエンジン音が低い唸りを発し、スピードが落ち始める。ポイント名はバラス西。昨日のポイントと違って堆積物がなく、色とりどりの熱帯魚と珊瑚が澄んだ青色のベールに浮かび上がる。西表の海にくすんだ感じを持ち掛けていた気持ちが洗われ、目の前が大きく開かれていく感じに浸った。

 1本目のダイビングを終え、場所を移動する。昨日までと打って変わって穏やかになった海面を走り抜け、珊瑚が積もった小島の脇に錨を下ろした。降り注ぐ太陽の光が珊瑚で出来た島を輝かせ、それを取り巻く海面は青いセロハンを敷き詰めたような色合いで我々を魅了してくれる。船の影には何万匹というイワシの群れが泳ぎ回っている。西表に来て初めて感じる期待通りの景色に昼食もそこそこに海に飛び込んだ。波に揺れる珊瑚のかけらの掠れる音が青い空間に響き渡り、泳ぎ回る大小の熱帯魚や白と黒の斑模様が美しい海蛇、銀色に輝くイワシの大群がアメーバーのように形を変えながら泳ぎ回る。バラス島は南の島の美しさを、そっくり我々に味合わせてくれた。

バラス島にて
左から、つだちゃん、ゆっこ、守屋君、そして筆者
 バラス島で休憩を取り、2本目のダイビングポイントへ移動する。鳩間東。鳩間島の東側に当たり、潮通しも良さそうだ。運が良ければトビエイも見れるらしい。器材をセッティングし、直ぐにエントリーする。澄み切った海の中をカスミチョウチョウウオが乱舞し、起伏の激しい珊瑚の地形が海の広さをより広く演出してくれる。山の尾根から尾根へ幾つもの谷を越えて移動していく。大きく落ち込んだ谷の中へ吸い込まれるように潜っていったり、空中に浮いた儘青いゼリーに飲み込まれたり、海という大きな生き物と一体化した満足感が心地好さを倍増してくれた。最後のダイビングで海の素晴らしさを堪能し、ゲージが散歩の終りを告げる。一足先に太陽が降り注ぐ空間に戻り鳩間島を眺める。今まで海だったところが大きく干上がり、広々とした干潟が現れている。目の前に広がる海面の半分が干上がってしまったかのように、広々とした珊瑚の陸地が鳩間島に向かって何処までも広がっている。自然の壮大な変化に圧倒され、その素晴らしさに心打たれる。昨日までの灰色の空間と今日の光り溢れる空間。自然の変化とそれに合わせた旅。風が強く波立つ条件では島影の澱んだ海底を散歩するのが最善の選択だったのだろう。そして、1日で治まった天候が、潮通しの良い広い空間への散歩を許してくれた事に感謝しつつ河口に戻った。

 ペンションではダイビングをキャンセルした伊藤さんと小玉さん親子が待っていた。小玉さん親子は自転車をレンタルして西表で唯一の温泉を目指したらしいが、余りの暑さに途中で引き返して来たらしい。伊藤さんはのんびりと誰にも邪魔されない時間を味ったようだ。合流し1日が終わった事を確かめ合うためレストランに行き泡盛を注文する。全員揃った安堵感が飲むピッチを早める。750ミリリットルのボトルが、アッという間に空き2本目に突入する。酒の揺らめきのようになった伊藤さんの笑顔と小玉さんと平野の会話が杯を重ねる程に深まっていく。小玉さんは横でアイスクリームを食べる子供に言い訳をしつつ杯のピッチは変わらない。子供が小玉さんの世話人の様に見えてくる。話の中味の数倍の早さで深まっていく酔いの中で、2本目も空になっていった。3本目に突入し、話が見え無くなってきたので外のテラスに出てみる。西に傾きつつある太陽が、至る所から沸き上がる入道雲の間から、オレンジ色の光を鮮やかに浮かび上がらせている。その色は刻々と変化し、より鮮明な色合いで空のキャンバスを染めていった。そして、黒くモクモクと伸びていく入道雲のように、空一面が闇に閉ざされたとき1日が終わっていった。


次号へカヌーツアー編へつづく 。。。

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