2002-09-010
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えぴろーぐ 朝、カナンは眩しい光で目が覚めた。 「目を醒まされましたか?」 いつもの耳に心地よい声がカナンの意識を現実へ引き戻す。 「せれすと……?」 「おはようございます。カナン様」 カナンが欠伸と共に起き上がって、いつもの習慣にそって彼の従者の方を見れば、どこかバツの悪そうな顔をして視線を逸らされてしまう。 「おはよう、セレスト。どうした?」 カナンの声に、一瞬肩が引きつるのが分かったが、セレストは困ったように口を開いた。 「その、昨夜の事なのですが……」 「ああ、昨夜は大変だったな。お前、頭とか痛い所は無いか? 流石に僕もヤバイと思って、緊急離脱を使ったんだが」 緊急だの、ヤバイだのと言われて、セレストは驚いてカナンの側に駆け寄ってその手をすくう。 「あ、あの、実は昨夜の事をまったく思い出せませんで、一体何があったのですか? 商品に致命的な欠陥でも?!」 そのあまりの必死の形相にカナンは大仰に溜息をついてみせた。 「落ち着け。壊れていたのは箱宇宙の方じゃ無くて、それに取り付けた僕の目覚まし時計の方だ」 「目覚まし時計って……確かナタブーム盗賊団が現われた折、子分君達に持って行かれたとかなんとか、仰ってませんでしたか?」 「そうだ。箱宇宙の説明書には、持ち主とのシンクロ率を高める為に出来るだけ愛用の時計をセットしておくようにと書かれていたんだが、お前も知っての通り、僕の愛用の目覚まし時計は子分達が持ってってしまっただろう? だから仕方なく、子供の頃に使っていたポッポーが鳴くゼンマイ式の時計をセットしておいたんだが……」 「……って! あれは1時間に2時間も3時間も進むと云うのに、修理出来る技術者が見つからず、そのまま倉庫に仕舞っておいたのでは?!」 「うむ。おかげで酷い目にあった。考えたらそうなのだな。 箱宇宙は寝ている間だけのもので、朝には目を醒まさなければならないのだから、愛用の目覚ましならばほぼ確実に安全に目が覚めるように、自然に身体が動く。だが、壊れていたのでは話にならん。 だから、新しい目覚ましを買って、それに慣れるまでしばらくこいつはお預けだな」 少し、残念だけどと小さな声で呟きながらカナンはセレストを安心させるように微笑んだ。どうやら昨夜の夢の記憶がまったく無いのは自分の所為でも、箱宇宙の不良の所為でも無いと知ってセレストはほっと胸を撫で下ろす。 だが、どこか寂し気なカナンの表情にセレストは元気づけるように握りしめている手に力を込めた。 「では、この次の機会を楽しみにお待ちしております」 「うん、昨夜はすまなかったな」 「と、申されましても、私は何があったのかまったく憶えておりませんので」 「そうか。そう、だったな」 「ではカナン様、そろそろお着替えになって下さい。朝食の時間に遅れてしまいますよ。今日は騎士団の方で朝から出かけますので食堂まで御一緒出来ませんから、急いで下さいね」 「……そう云う事は先に言え!」 セレストののほほんぶりに、枕を引っ付かんで投げ付ければ、ばふんと、音をたてて顔に命中する。 「申し訳ございません……」 「ああ、言い訳も謝罪もするな。時間が惜しい。お前も忙しいのならもう行っていいぞ。アーヴィングは遅刻とかすると、五月蝿いだろう」 「では、失礼致します」 カナンに謝罪をするなと先に釘を打たれてしまったので、セレストは早々に退散するより他は無かった。後ろで慌てながら着替えているカナンを残し、部屋を出て行こうとして、セレストはふと、何かを忘れているようなと立ち止まった。 ド アに手を掛けたまま立ち止まっているセレストを不審に思ったカナンも着替える手が止まってしまう。すると、セレストが小さく「ああ!」と頷くのが見えた。 「カナン様、危うく忘れてしまう所でした」 にこにこと笑いながら戻ってきた忠実な従者が主君の前に立って、その頬に触れる。そしてそのままゆっくり唇を合わせ「おはようございます」と云った。 呆然とするカナンを後に、それでは急ぎますからと今度こそ本当にセレストは部屋を出て行く。 そうして、残されたカナンはと云うと。 たっぷり、数分間布団の上で笑い転げ、結局その日の朝食には遅刻してしまった。食事の時間に遅刻した事を御家族に窘められてしまったが、その日一日カナンは御機嫌だった。唐変木で、頭の固いセレストにしては上出来と。 何故なら、 約束通り、おはようのキスが出来たのだから。 END. |
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私はねッ、このッ、このシーンが書きたかったのよっ!! 2002.09.10. |