麗らかな昼下がり。
事はいつものごとく、心配性の従者の言葉から始まった。
「一体どうされたのですか?」
それは何故かセレストのところに届いた。カナンが何時の間にか頼んだらしい一つの小包。
「 うむ、毎度お馴染みの通販だ!」
「通販は分りますが、一体何を御注文されたんです」
「箱宇宙だ」
「はこ…うちゅう、ですか?」
疑問符を飛ばすセレストに見向きもせず、カナンは届いたばかりの包みを剥がしにかかっている。届けたのはセレストなのだが。と、云うか、何故かこの小包は騎士団宿舎に届いた。どうやら、荷物を受け取った者はカナン王子の部屋に上がれる立場の者では無かったらしい。それで、確実にカナンの元へ荷物を届ける事のできる人物の元へ小包は届けられたのだ。
一体何時の間にこのような注文をされるのか、一度現場を抑えてみたいと思うセレストだったが、カナンに内緒で荷物を没収するのも気が引けるし、かといって勝手に中を検分するのもまた気が引け、仕方なく、荷物をそのまま届けたのだ。
カナンはセレストが荷物を持ってきた事に何の頓着も見せず、ニコニコしている所からセレストに見られて困る類のモノで無いようだ。むしろ、セレストが持って来た事を楽しんでいるふしさえ見える。
やがてカナンが箱の中から取り出したのは、四角い金魚の水槽のような物の中に、幾つかの小さな球体が浮いている不思議なオブジェだった。
「カナン様、これが『はこうちゅう』ですか?」
「そうだ。お前も『箱庭』と云えば聞いた事があるだろう?」
「ええ、それは。でもうちゅうとは何でしょう」
「大陸の外も含む、もっと大きな世界を宇宙というだろう。そのミニチュアだ」
「でも、大陸が存在しませんね。そのかわりに球体が幾つか浮いているようです。大陸を支えるエライ聖獣もいません」
「これは、だから架空の世界なのだ。面白いぞ!この太陽のまわりを惑星と言う名の大陸が回っているんだ」
カナンに説明されて覗き込めば、箱の中央に一際輝く球体が見える。それが太陽なのだと言う。月と太陽が大陸のまわりをぐるぐる24時間かかって回っている事は子供でさえ知っている。それをいきなり、動いているのは大陸の方で、太陽は動かないのだと言われても理解出来るものではない。
だが、カナンにはその世界がどのように成り立っているのか、既に理解済みらしい。冒険家などと云うものに憧れているわりには、恐ろしく勉強家で、飲み込みも早い。そんな所は、充分尊敬に値するのにとセレストは考える。だのに、この主君殿は無駄な方向へ効果的使用法を思い付く事の方が断然多い。勿論、本人にとっては無駄な事をしているつもりは無いのだが、如何せん、セレストにとっては胃痛や頭痛の遠因になっている。
どうして、他の王族の方々のようにおっとりとした御性格になられなかったのか……
幼少の砌よりお側に居ながらこの体たらくは、やはり自分にも一因があるのだろうかなどと考えてみたところで結果は既に目の前に居られる。
セレストはカナンに見つからぬようにそっと、嘆息した。
「これにはオプションが付いていてな」
幸いと云って良いのだろうか、カナンはそんなセレストの様子に気付いた様子も無く、そう云っていきなりセレストの手を取った。そして、そのままセレストの指に何かを嵌めた。
「……」
セレストは無言で自分の左手の薬指に填められたものを見た。銀色の実にシンプルなデザインの指輪。だが、一瞬の後、彼は大慌てで指輪を外しにかかった。
彼の記憶に新しい、呪のアンクレット事件。カナンがギルドに登録した際に填められた「レベルが1になる」呪のアンクレット。解呪の方法は元のレベルに戻れば自然に取れると云うもの。セレストの脳裏にはその時の言い切れぬ無情感を思い出していた。だから、大慌てで指輪を抜いたのだ。
また、何か碌でも無いものを見つけてこられたのかと思って。
だが、指輪はなんの抵抗も無くすんなりと抜けた。
「って、あれ?」
「……お前、そんなに僕が信用出来ないか?」
咄嗟の事とは云え、言訳の出来ない状況を自ら作り出してしまったセレストは、ひたすら恐縮するより他無かった。カナンはすっかり機嫌を損ねてしまったらしく、今まで楽しそうに眺めていた箱宇宙を元の化粧箱に戻そうとしている。頬を膨らませて出来るだけセレストの方を見ないようにしているのがバレバレで、それはカナンから「引き止めるなら今だぞ」と云う無言の合図。
「カナン様、あの、すみません。その、説明も無しにいきなりだったもので驚いてしまいまして……。よろしかったら、今からでも説明して頂けませんか?」
出来るだけ、反省の色を声音に乗せて、セレストはカナンの背中に言葉を掛けた。セレストの言葉にカナンはちらりと振り返って様子を窺う。大概の場合、喧嘩のような事になっても折れるのはセレストの方で、こんな時、カナンはまるで捨て犬と目を合わせた時のような気分になる。自分よりも遥かに体格の良い大人が、両の手を組んで上目遣いにカナンの様子を窺っているのだ。
しかも、カナンはセレストと付き合いが長い分、案外脆い面を持っている事迄知っている。以前、冗談で3日程拗ねた振りをして口を利いてやらなかった時など、誰が見ても哀れな程、セレストの行動は奇態だったらしい。
演習中に柱にぶつかる、会議は耳に入っていない、食事もまともに喉を通らず。睡眠不足なのはカナンにも分かる程だった。
よほど、自分が何か重大な失態をしでかしたのかと、1人ぐるぐる悩んでいたらしい。
この一件以来、カナンはセレストをからかう時は限度を見極めるよう、細心の注意を払っている。
一旦化粧箱に箱宇宙を収めた後、カナンはくるりとセレストの方に向き直った。
今度は正面からその顔をじーっと見る。
「あの、カナン様?」
果たして、カナンの従者は哀れな程狼狽え、顔色を赤くしたかと思えば青くなり、次の瞬間には青を通り越して白くなるといった具合だった。
「見ろ」と言ってカナンの突き出したのは左手だ。やはり薬指の位置に指輪が嵌っている。
「今回はお前と僕とで使おうと思って、二つ注文しておいたんだが、嫌ならいい」
「私と……ですか? でも一体何を」
なんで、左手の薬指に指輪なのかと云う疑問は頭の隅に追いやって、やっと振り向いてくれた主君の気を引留めようと、セレストは一旦膝を付き、突き出された左手をやんわりと掌に包み込んだ。
「それとも、もう、私にはその資格はありませんか?」
敬愛する……いや、心より御慕い申し上げている主君の手の甲に、そっと、唇を下ろして、再びカナンを見上げた。
「……」
カナンの視線がセレストの心情を探るように覗き込んだ後、ふうと、小さな溜息がその口からこぼれ落ちた。
「つまり、この前のアレはお前にとって、それくらい不本意だったと云う事なのだな」
俯き加減に紡ぎだされるカナンの言葉には覇気が感じられない。セレストはいい知れぬ不安を感じて覗き込むようにカナンの顔を見上げた。
伏せられた睫が微かに震え、その下の澄んだ青い瞳が瞼に閉ざされている。
実際、カナンの為にと鍛えて来た剣術のスキルが、カナン自身の手によってレベル1まで引き下げられた時には目も眩む思いだった。今迄の苦労は一体なんだったのかと。だが、経験で得た知識の全てがリセットされた訳では無く、カナンと共に成したレベルアップはかなり要領良くこなしたと思う。
なにより、カナンと共有した時間は掛替えのない思い出となっている。今更それら全てを否定出来るはずも無い。
「カナン様、それは……確かにあの時は驚きましたが、今の私には既に過去の事です。カナン様も仰ったじゃありませんか。2度もレベルアップができるとは羨ましいと……。
実際あの時、私は一度目の時には気付かなかった沢山の事を学びました。ですからその事はもう、お忘れ下さい」
そっと、カナンの手を掴んでいた手を放し、今度はその手をカナンの頬に添えるように伸ばす。
そして、少し俯いた顔を自分の方に向けさせた。
「カナン様?」
「……ん……」
気まずいと思っている時の癖で、中々カナンはセレストと視線を合わせようとしなかったが、やんわりと頭を包込むようにして抱えると、僅かに身じろぐ気配がして、袖を掴まれた。
「でも、本当に今度のは僕も使うつもりだったんだ」
「 それを私は……。まことに至らぬ従者で申し訳ございません。
それが何であるかは存じませんが、カナン様御自身が身に付けられて居られる事からも、危険なものである訳もございませんでしょう。そんな事にも気が付かず、大変御無礼を致しました」
「……元はと云えば、その原因は僕にもあったわけだな。すまない。
ただ、僕はお前を驚かせたかっただけなんだ」
「私を驚かせる……んですか?」
セレストにされるがままに頭を預けて居たカナンは、自ら視線を緑柱石の瞳に合わせて来た。
「これは精神だけをこの『箱宇宙』の中に飛ばす事が出来るアイテムだ。無論、こちらの意図していない時に精神が行ってしまっては危険だ。意識を飛ばす事が出来るのは眠っている時だけだから、夢の中でまた、一緒に冒険が出来るかと……………!!!!」
意を決した告白は、最後迄物言う事が出来なかった。
セレストが言葉の途中で、きつく、その細い肩を抱きしめたのだ。
「カナン様……!」
カナンが何を望んでいるのか知らなかった訳では無い。だが、クーデター事件以来、主だったダンジョンには見張りが付き、その内すべて魔法による封印が施される予定だ。
ダンジョンの中ではパートナーだと、約束をした。だが、そのダンジョンに再び潜る事は許されず、城に戻れば主従の立場に戻ると云うのは暗黙の了解。セレストが態度を軟化させるからと、城下に下りられる事もあるが、それでも主従の壁は越えられない。
そうした事実がカナンの心に、小さな不満をいつも抱え込ませ、痼りとなっている事を知らなかった訳では無いのに、見て見ぬ振りを決め込んでいたのだ。
それがこのような形で表に出るとは思っても見なかった。
冒険をしたいと云う。
一緒に。
この甘美な誘いに、どうして抗えようか。確かに夢の中でなら、誰にも見とがめられる事無く、思う存分冒険ができるだろう。
ふたり、で。
切なさと、愛おしさが込上げてきて、セレストはその勢いのまま、カナンの唇に触れた。
「まさか貴方がそような事を考えておいでだとは思ってもみませんでした。では、その冒険のお供に私をお連れ下さると仰るのですね」
「何時だって、僕のパートナーは1人だけだろう」
少し、怒ったように話すカナンだが、予告無しのキスに心持ち頬を染めている姿からは全く迫力が感じられない。
セレストはくすりと笑いを零して、再びカナンの両手を取った。
「是非、私もお連れ下さいませ」
「うむ、どうしても、と云うのなら考えてやらない事も無いぞ」
「 私はいつでも、カナン様のお側に居たいと思っていますよ。たとえそれが夢の中だとしても」
とろけそうな視線で見られて、流石のカナンも潮時だなと観念した。
普段は唐変木の朴念仁で、恋愛音痴の鈍感男の癖に、どうしてこんな時だけは雄弁になるのかと思ってしまう。カナンは頬が熱くなるのを押さえるので必死だ。きっと自分は真っ赤な顔をしているのだろうなと思うと、ほんの少しだけ悔しさを感じる。
何故なら、セレストの方はまるで余裕の笑みでもって自分反応を楽しんでいるように見えるからだ。
まぁ、実際は見えるだけで、セレストの方も結構照れていたりするのだが、カナンよりは分かりにくいと云うだけだ。それでももっと他の人物から見れば、充分分かりやすいと言えるのだけれど。
カナンさま、とセレストの唇が言葉を刻む。
カナンは黙ったまま、セレストの手に握られたままだった指輪をそっと引き抜き、再びその指に嵌め直した。
「眠る時、忘れずに身に付けておけよ。でないと僕1人で行くからな」
「はい」
カナンはまだ、本気で許した訳では無いのだぞと、一所懸命に怒った表情を作って指輪を嵌めた後は明後日の方を向いている。そんな姿もお可愛らしいな、などと考えつつ、セレストはその背中から腕を回して抱きしめた。
「ちゃんとお伺い致しますから、お一人で遠くになど行かないで下さいね」
腕の中の人が小さく頷いたのを見て、セレストはその腕を解く。だが、拘束を解かれてもカナンは動く気配さえ見せず、ずっと俯いている。
どうされたのかと、そっと横から顔を覗き込んでみれば、顔だけで無く耳までも赤く染まっている。きっと気恥ずかしかったのだろうと、セレストは気付かなかった振りをしてゆっくりと立ち上がった。
途端に逆転する視線の高さ。
いつもの視界が戻るのと同時に、セレストの中に従者としての務めとか、責任感とかいったモノが戻って来る。
そうして分る、カナンがいつもの日常の会話に戻る為の切っ掛けを掴めずに居るのだろうと。
だから、セレストは努めて平静を装い、いつもの言葉を掛けた。
「カナン様、本日のおやつはリナリア様特製のフルーツゼリーですよ。今からお茶を御用意致しますね。どうぞお席に着いて下さい」
出来るだけ、自然に見えるようにカナンの手を引いてテーブルに連れて行く。
「そう云えば、里帰りされている母上から何か届いたと聞いていたが」
「はい。カタリナ様の御実家の方でしか採れぬ珍しい果物だそうで」
「それは楽しみだな」
やっと、微笑みを取戻したカナンにつられるようにセレストも微笑み返す。
そうして、戻ってきた和やかな雰囲気の中、カナンは上機嫌でセレストにも席に着くように言聞かせ、自らスプーンですくったゼリーをセレストの口許に運んでやる。始めのうちこそは「主君にそのような事(給仕)をして頂く訳には行かない」と固辞し続けていたセレストだが、カナンの「口移しならいいのか?」の声に前言を撤回し、その光栄に与る事にしたのだった。
一口すくっては自分の口に、また一口すくってはセレストにと、一つのスプーンで食べるのは些か気恥ずかしいが、嬉しくはある。
一口事に「美味しいか?」と聞いて来る姿は最近結婚の決まった妹、シェリルを見ているようだ。
察するに、カナンは「恋人」らしい事がしたかったのだろう。
誰かに見られたら言い訳は出来ないなと、心の隅で考えつつ、二人は幸せな一時を過ごしたのだった。
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その日、カナンの部屋を下がる際に、セレストは気になっていた事を思いきって聞いてみる事にした。
「あの、カナン様。指輪の件ですが……」
セレストが不安そうにそう切り出すと、僅かにカナンの表情が硬くなる。もしかしたらまだ嫌がっているのだと誤解されたかと、大慌てで言葉を続ける。
「左手の薬指で無ければならない理由とかあるのでしょうか?」
あるのなら仕方が無いが、カナンとお揃いの指輪を、それも薬指に嵌めているともなればそれは公に二人の関係を認めてくれと言っているようなものだ。だが、カナンはセレストとの事は秘めておくべきものだと認識しているはずで、どうも納得がいかない。
「え?指輪って、左手の薬指に嵌めるものではないのか?」
「………………」
「………………」
「………………」
奇妙な沈黙が二人の間を流れた。
「なぜ、そのように思われたのですか」
「父上も、母上もそうしていたし……
そうだ、お二人だけでは無い。
モロゾフ大臣とかユーハイムも薬指にしていたと思ったぞ」
「……御結婚されている方々ばかりですね」
はたと、カナンが手を打つ。
「そう言えばそうだな。他に指輪なんてしているのを見た事があるのは……」
視線が天井付近を彷徨い、独身の身で指輪を付けていた者を思い出そうと、必死に記憶の中を探るカナン。ふと、閃いて誰かを思い出したところで、何故かその表情は苦虫を噛み潰したように眉間に皺が寄ってしまった。
「そう言えば居たな……。指輪を二つもしていた奴が」
誰の事だろうと思いつつ、セレストも色々思い出してみる。
「カナン様、『奴』だなんて、お言葉は使わないようにして下さい。
ええと、独身なんでしょうか……。確かじょにぃさんが人さし指に、ナタブームさんが中指にしていらしたと思います」
「奴なんて奴でも上等過ぎるくらいだぞ! 赤くて白いのが薬指と小指にしてたじゃないか」
カナンの思い出した人物が誰だか分かってしまったセレストは、思いっきり噎せ返ってしまう。
「ぶっ……! な、ななななな、なんて方を思い出されるんですか!」
「記念すべき、送られ狼の相手じゃ無いか。……キス、されてた癖に」
「だ・か・ら! あれは不意をつかれたんです! 忘れようとしているんですから、これ以上掘り返さないでくださいっ!お願いしますよ〜」
折角良い感じで部屋を下がれると思っていたのに、選りによって一番思い出したく無い人物を思い出してカナンの機嫌は低気圧。セレストはセレストで逃げ出したい気分だ。だが、ここで逃げる訳にはいかない。
「まさか、あそこでいきなりああ来られるとは思ってもいなかったんで、避け損ねたんです。あの方が近くに入る時はもう、油断など致しませんから」
それに、あの時はレベルが下がって間も無い時。今は努力の甲斐あって、元のレベルまであと一息と言った所まで戻っており、あの一件以来、回避力が上がるように毎日のトレーニングの内容も手を加えてある。
「……僕の時は?」
やたらと絡んで来るのは拗ねているからだろうか。
「それは……カナン様が『動くな』と仰ったので……」
「僕の……命令だったからか?」
「あの時は……そうですね。どうも、自分はカナン様のお言葉には逆らえないものですから。
ですが、 あの時の事が無ければ、私は一生、自分の気持ちに気付かずに居たでしょう。
今こうしている間も、貴方への気持ちを『忠誠心』だと言聞かせながら」
「気付かずに……居た方が良かったか?」
「そんなレベルはとうに超えてしまいましたから。……この間まで私の失職がどうのと仰っていた方のお言葉とは思えませんね」
もともと部屋を退出するつもりでいた為にドアのところまで来ていたセレストだが、一旦踵を返してカナンの元へ戻る。
「いつもは私がお止めしても、お一人で城下へ行かれてしまう程のお元気はどうされましたか。貴方がそんな風では、私は心配で部屋にも戻れません」
そっと、カナンの頬に触れる。
「すまない……」
ぽつんと、カナンが呟いた。
「貴方に謝られるような事など何も心当たりがありませんから、今の言葉はしまっておいてくださいね」
にっこりと笑いながらそう告げるセレストに、カナンはほんの少し、心が痛むのを感じたが、今はセレストの言葉に甘える事にした。頬を撫でるように添えられた手に、自分の手を重ね、掌の温もりを確認する。
「そう言えば……指輪の話をしていたのだったよな」
セレストの手に己の手を重ねた時、いつもと違う感触に、カナンの意識が現実に戻って来た。
「僕は今まで、お揃いの指輪をする時は薬指に嵌めるものだと思っていたが、本当は違うんだな?」
セレストはいきなり戻った話題に面喰らいながらも、その問いに応える。
「そうですね。
御結婚されている方がその証として、左手の薬指にされるのが一般的ですから。
同性でお揃いの指輪と言うのは……その、めいいっぱい……自己主張しているのと変わらないのではと……」
この場合、『何が』とか、『何を』とか言ってはいけない。
セレストの言わんとしている事を瞬時に理解したカナンの頬が赤く染まる。
「あ〜、つまり、お前と僕が揃って左手の薬指に指輪をしている事を誰かに見られた場合、それは、僕達が実は……そーゆー関係だと言い触らしているようなものだと、お前は言いたいんだな?」
そーゆー関係のところで、カナンの声が小さくなってしまい、誰も見ていないと分かっているのに、お互い揃って赤くなり、辺りを見回してしまう。
「わ、分かった。以後気を付ける。
指輪はだな、説明書には身に付けていれば良いと書いてあったから、何所の指に嵌めても大丈夫だろう。あ、絶対指には嵌めろよ。
たしか、ネックレスに通してペンダントヘッドのような使い方をした場合の動作は保証対象外だと書いてあったからな!」
「分りました。では、普段は無くさないように鎖にでも通しておいて、夜の間だけ指に嵌めるように致しましょう」
「うむ」
普段は人目につかないようにと、カナンはどこかから銀の鎖を持ち出してきて、自分とセレストの首に掛けた。
「コレなら普段は目立たないだろう。あ、お前は騎士達の共同風呂だろう?誰かに聞かれたりしないかな」
「私が入る時間は、他の者達と微妙にずれているので、大勢に見られる事は無いと思いますが、なんでしたら入る前だけは部屋に置いて行くようにしますよ。
でも、カナン様から頂いたものだと言えば、誰もそれ以上は突っ込んで聞いてこないと思いますが」
「? なんでだ」
「前例がありますから」
再び奇妙な沈黙が横たわる。
外したくても外せぬものがセレストの足に付いている。当然、風呂場で外せる訳も無く、同僚達に見つかった際、嘘の苦手なセレストはそれがカナンによって付けられた事を白状させられているのだ。だが幸いにも、彼らはカナンから賜ったものなので、セレストが外せずにいるのだと誤解したらしい。
確かに、呪のアンクレットが外れるレベルに達しても、セレストは付けたままでもいいかな?と思っている。何故ならそれをくれたのがカナンだからだ。どんな形であれ、カナンが自分にくれた品は、自分にとっては大切な物なのだ。
───― 呪付き、であっても。
そんな感じだから、今更もう一品増えたところで、同じ用に勝手に解釈して勝手に誤解してくれるだろうと、予測されるのだ。こんな時、ルーキウスののんびりとした国民性は有難い。
「つまり、何だな。お前がきゃんきゃんの耳飾りとか、おかゆの着ぐるみとか身に付けていても、他の騎士達は僕がお前に着せたと思って、何も聞かないだろうと言う事か?」
「なんで、きゃんきゃん何ですか?! どこからおかゆが出てくるんですっ?!
……まぁ、とにかくですね、そうゆう可能性があると言う事です」
「いや、分かった。分かったから、もう良い」
「そこで納得しないで下さいっ」
「じゃあ、夢で会おうな!」
にっこりと、上機嫌で微笑まれて、セレストは半ば追い出されるようにしてカナンの部屋を後にする。閉じてしまった扉の前で、また何かとんでもない悪戯を思い付いたので無ければ良いのだがと、ちょっと胃の辺りを撫でてしまうセレストだった。
やっほ〜、次から箱の中ですぜ!
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